森の広場には、巨大な亀か甲虫のような硬質な殻を持つ何かが鎮座していた。その殻の内側には濡れた黒土のような風合いの人の脚ほどの太さの触手が無数に蠢き、その隙間からちらちらと歪んだ蹄のようなものが見え隠れしている。
草原を突き破ってそれが現れた時の膨大な土煙は、ゆるゆるとした心地よい初夏の風に広場の向こうまで運ばれ、ゆっくりと森の中へ吸い込まれていく。
呆気にとられその場に硬直していた者たちのうち、人ならぬ者の鋭敏な感覚も、魔法詠唱者としての常識的な感覚も、熟練の戦士として目の前の存在の力を察知する能力も持たないエンリがどうにか硬直から脱して口を開く。
「……あ、あれは……何?」
「えっと
その名を出された人間最高の戦士は、流れ出る嫌な汗に背中を濡らしながら、腰のスティレットからそっと手を離した。
「さて、最低限の守りは用意したので、ぼくの支配下に入ってもらいます」
「うぅ……仕方ないか……」
マーレはピニスンの木に手を触れ、スキルでピニスンとの間に繋がりを構築する。相手の同意が必要な、一時的ではない深い支配の繋がりだ。そして――。
「な、なんか力が流れ込んで……あばばばばばばば!!」
「……ちょっと急すぎました。ゆっくりやりましょう」
白目をむいて全身を硬直させ奇声を発するピニスン。その様子を見て、マーレは注ぎこむ力を抑える。
「ぜー、はー、ぜー、はー。見た目と違って、君ってかなり乱暴だよね。……って、あの、ちょっと、私の根っこ凄い伸びてるんだけど! そっちは危ないのに!! ひっ、ひゃぁああぁぁぁっ!!」
「あ、居ました」
「居ました、じゃないよーっ!! 今ちょっと吸われたよ!? せっかく遠ざかったのに、なんで魔樹の所まで伸ばしちゃうのさ!」
力を注ぎ込まれたせいか慎ましい少女から大人びたメリハリのある形態に変化したピニスンだが、落ち着きが無いところは変わらない。
「助けを呼ぶって言ったじゃないですか。その前にちょっとその『ザイトルクワエ』の方を調べてみたんです」
興奮するピニスンに対し、マーレは涼しい顔だ。ただ、一度繋がりができた以上、ピニスンの方からそれを切り離すにはマーレの支配力を上回る抵抗を行うほかなく、何をさせられても文句を言うことしかできない。
――大昔に来た人たちに助けを呼ぶ方法なんてあるのかな。
「マーレ、助けを呼ぶっていうのは、実際にはどうやるつもりか教えてくれる?」
とてつもなく嫌な予感を感じたエンリは、再び会話に割って入る。
「はい。まず、時間がもったいないので『ザイトルクワエ』に出てきてもらいます」
その言葉に、その場のほぼ全員が凍りついた。
「ちょーちょちょっ、ちょっとぉっ! なぁんてことを言うのさ! あれは世界を滅ぼす魔樹だよ! でで出てきてもらうって、君、正気なの!?」
「助けにくるっていう人たちもその気があるなら、実際に復活したら来るんじゃないですか。それに、どうせもうすぐ復活するなら、それを待つ時間がもったいないので」
「待つって何だよ! 時間があったら普通逃げるだろぉぉ!! 馬鹿なのか君は!? だいたい君はさっきか……ら……」
「あのさー、少し黙ろうか」
「……はい」
わめき立てるピニスンをスティレットの刃のない腹でコツコツ叩くクレマンティーヌ。人間の強さなどわからないピニスンだが、その鋭いオリハルコンコーティングを施された先端には千の
「マーレ、もしかしてその魔樹と戦うつもりなの?」
クレマンティーヌとンフィーレアに半ば促されるように、エンリが全員の危惧する部分を確かめる。
「ぼ、ぼくは戦いません。あれを倒しに来る人たちをここで待って、その人たちに戦ってもらいます」
マーレの目的は魔樹ではなく、それを倒しに来る者たちだった。二百年前の十三英雄と『国堕とし』の話に仲間の影を感じたマーレは、それと近い時期に魔樹と戦ったという七人組にも大きな関心を持っていた。
「そんな昔の人たちが、マーレの仲間と接点なんてあるの?」
「探すための色々な魔法が効かないんです。ぼくの居た世界とはまるで違う世界のようだし、先に来ている人もいるかもしれません」
「……なるほど、そうなんだ」
エンリはマーレの言っていることが全く理解できないが、頭が悪いように見られるのも不味いので適当に返事をする。そんなエンリの態度を見透かしてか、ンフィーレアが言葉を繋ぐ。
「人間だったらもう生きてないと思うけど……種族によっては生きているかもしれないね。それで、魔樹を倒しに来た人たちとはその後で戦うのかい?」
「えっと、ピニスンを通して『ザイトルクワエ』の力を見ましたが、あれを倒せるほどの存在とぼくが戦ったら巻き添えで全員死にます。それも困るのでまずはそういう存在を知るだけ、戦い方を見ておくだけです」
全員の緊張が高まる。魔樹を倒しに来るのが人間に友好的で善なる存在とは限らない。村をマーレに助けられたエンリはそれを特によく知っている。
「……マーレが敵かもしれないと思っているなら、向こうもマーレを警戒したりはしないかな」
エンリのこれまでの経験上、マーレが関わって穏やかに済むとも思えない。
「近づいてきたら隠れるつもりですが、ぼくの仲間と戦った人たちかもしれないので、もしかしたら見つかって戦いになるかもしれません。死にたくなければ『ザイトルクワエ』と戦ってもらえるように交渉してください」
「もし法国の人間が来たらどうします?」
荒事に慣れているクレマンティーヌは臆さず口を挟む。漆黒聖典にいた頃は、竜王に神人の存在が知れれば似たような状況になることを常に覚悟させられており、マーレに従う際も相当に悩んだ部分でもある。もはや強者に挟まれるリスクは想定内だ。
そのまま、幾つかの場合について対策を話し合うが、どの場合でも大筋では変わらない。マーレが敵対し、クレマンティーヌが裏切ったスレイン法国の人間は、たとえ世界を救うために現れようとも、どのような陣容であれ全力で撃退されることとなった。
「第五席次の糞兄貴だけは私にやらせてください。金髪の
隊長はマーレとでは勝負にならず、番外席次が来るとも思えない。クレマンティーヌは、むしろ漆黒聖典との遭遇を望んでいた。
「……そ、そろそろ喋ってもいいかなぁ」
「いいですけど、舌を噛まないようにしてください」
「へ? それってどうぃうばばばばばばばば!!」
身体の中を駆け巡る力の奔流に耐え切れずピニスンが意識を手放そうとした瞬間、重々しい轟音とともに大森林が震えた。木々の悲鳴がピニスンを揺さぶり、厳しい現実へと引き戻す。
「な、何!?」
「エ、エンリ……あれ……」
「マーレ様、あれが魔樹……ですか……」
北の空にそびえるのは、百メートルは超えるだろう、天を突かんばかりの大樹の幹だ。その周囲には、その数倍の長さを持つ枝の触手がゆらゆらとうねりながら立ち上がる。その先端は六つほどあるだろうか、それを空を丸ごとその手に戴くかのように大きく広げた姿は、まさに世界を滅ぼし全てを奪い尽くす者としての風格を備えていた。
「ぜー、はー、ぜー、はー、……あ、あ、あの、あのさ、今やったのって、もももしかして……」
「はい。ちょっと刺激して、出てきてもらいました」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと刺激ぃぃ!? でで出ぇてきてぇ!? ……き、きき君、いっ、一体、自分が、何をしたか、わわわぁかってるのぉぉ!?」
「割と大きかったですね。あれくらいだと、ここはちょっと近いかもしれません」
「なな、何を他人事みたいに言ってるのさっ!! おかしいだろぉっ!! ……あぁぁああ、もぉ駄目だぁぁ!! 本体が! 本体が蘇ったんだよ!! あ、あ、あんなのなんて……」
「うるさいです。大きな足音も立てない方がいいです。とりあえず地面から離れましょう」
《
その場の全員が地面から浮き上がる。
「ちょっと足場作りますね」
「わわっ、私の枝がっ!」
ピニスンの本体の枝がざわめき、高い所に枝葉を集めて見晴らしの良い樹木の展望台のようなものを作り上げる。一行がそこへ降り立って視線の高さが森の木々の高さに近づくと、魔樹の姿は今にも我が身に迫るかのように感じられる。
「に、逃げよ? 薬草とかもういいから……凄い近くに来てるし!」
「……あれが居るのはさっきの場所みたいだ。薬草は頭頂部のあれかな? エンリ、あれは近いんじゃなくて、とてつもなく大きいだけだよ」
「枝の触手で掴んでそのへんの木を食べてますねー。共食いっていうのかな? 気付かれないうちなら逃げられるかも」
「あぁぁ……終わりだ……君たちのせいで世界は終わりだよ……」
「力を吸うより、食べる方が好きみたいですね」
「君たちだって他人事じゃないんだよ! ほら、木だけじゃなく森の獣を捕まえて食べてるじゃないか」
「えっと、これくらい大きいモンスターって、ほかに居ますか?」
「ぃいるわけないだろぉっ!! 強い
「あー、竜王でも半分の半分も無いと思いますよ?」
興奮するピニスンを冷めた目で眺めていたクレマンティーヌが補足する。見たわけではないが、法国に居た頃に得ていた曖昧な知識だ。
「でも、これじゃあまり遠くからだと見えないかもしれませんね。山の方へ誘導してみます」
「何を呑気な……って、誘導!? もう私の根っこは使わないでよ!」
「……嫌ですか?」
「当たり前だよっ!! 死ぬかと思ったんだからねっ!」
「では、ちょっと行ってきますね」
あからさまに面倒くさそうな顔をしながらも、マーレはピニスンの本体から広場に鎮座す
「行っちゃったね」
「私らは、ちょっと逃げておきます?」
「足音を立てない方がいいって言うし、やめとこう。エンリもいるし、大丈夫だよ」
「ぇ……あ、うん。身を守るくらいは……ね」
ンフィーレアの考えは、あくまでマーレの意図に従うものだ。この場に他に魔樹をどうにかできる者など居ないからこその判断だが、弱気になって地が出かかっているエンリをフォローしておくのは忘れない。
答えに窮するエンリはンフィーレアの方を恨めしそうに見ながらも話を合わせておく。世界を滅ぼす魔樹を相手に弱気になったところで問題があるとも思えないが、惰性みたいなものだ。ともかく、ピニスンと巫女姫も含め、五人は枝の上で待つことしかできない。
「ちょ、上に乗って何かむしり取ってるよ!! 命知らずにも程がある! ほら、触手が……危なーいっ!!」
巨大な精霊とともに魔樹の北側に転移したマーレは、《
「ええっ!? 受け止めた? あんな小さい身体で、嘘でしょう!? って、まだ
「あ……薬草、とってるんだ」
「薬草ぅぅ!? 死んだらそんなの使えないんだよっ!! 君たちはどーしてそんなに平然と見ていられるのさっ!!」
ピニスンとエンリのやりとりを聞いて、ンフィーレアの目が輝く。
「本当? うーん、見えにくいけど、ああいう薬草は毟るんじゃなくて根元を残して刃物で丁寧に切らないと、次に採取する時に生育が――」
「なぁに冷静に薬草の心配してるのさ!」「ンフィ? 次って何!?」「次とかないでしょーが!」
「あ……そっか、うん、そうだよね」
全員の声が突き刺さり、希少薬草に思いを馳せていたンフィーレアは現実に戻ってくる。
気が付けば、既に魔樹の上にマーレの姿は無かった。魔樹の頭頂部に生えていた草のようなものも既に無く――。
その時、不気味な轟音とともに、魔樹の周囲の森が大きく揺れた。その音は魔樹が出現した時ほど大きくはないが、地獄の底から響くような深く禍々しいものだ。
「なんで向こうだけ揺れて――」
言いかけて、エンリはガゼフから聞いた、マーレが隣の国でしてきたことを思い出す。そして目を凝らし、揺れの中央の魔樹の様子を見るが――そこには何の異変も無かった。まるで、揺れから取り残されたように静かにその場に立っている。ただし、異変が無いのは魔樹だけだ。
「森が……消えたね……」
「うわぁ、世界を滅ぼすってだけはあるねー」
魔樹の周囲の森が、大きく損なわれていた。そこにあるのは、多くの木々を飲み込んだ複雑な地割れの跡ばかり。トブの大森林に開けられた大穴は魔樹の周囲からエンリたちのいる広場まで繋がり、その全容を晒すようになった魔樹の向こう側には巨大な精霊の居場所も含めてかろうじて森と呼べる領域がぽつりぽつりと残され、地割れを逃れた森林の向こう側に繋がっていた。
エンリだけは、マーレが試み、そして失敗したであろうことに心当たりがあった。
「あぁぁ……木々の悲鳴が……。木々を食べるだけでなく、大地を……あんなむごいことまでするなんて……」
ピニスンは恐怖に顔を引きつらせながら、呆然と魔樹を眺める。ンフィーレアとクレマンティーヌも、地形すら変える強大な力に言葉を継げなかった。
静まり返った一行の前に突如マーレが姿現し、皆のいる足場にふわりと降り立つ。転移の魔法だろうか。
「ええと、ついでに取ってきました、薬草です」
「こ、これはっ!! す、凄い、生きてる間にこれを見られるなんて!! ちょ、ちょっと預かっていい?」
ンフィーレアはマーレから薬草の束を受け取り、足場に座り込む。その息は荒く、血走ったような目にはもはや魔樹も見えていない。それを残念なものを見るような目で一瞥し、地獄のような光景から生還したマーレにピニスンが驚きの声をあげる。
「よ、よくあの凄い地割れに巻き込まれなかったね!」
「いえ……あれ、やったのぼくですけど」
「ええっ、君がぁっ!?」
「……凄い魔法だけど、それでも魔樹には効かなかったんだね。これからどうするの?」
エンリは、あれがマーレの魔法と知っていたのは自分だけだと気付き、マーレの理解者になれたような気がした。そんなエンリの抱いたささやかな優越感のような思いは、次の瞬間あっけなく崩壊する。
「えっ? 『ザイトルクワエ』の所は魔法の範囲から外しましたけど」
「は?」
「外し……た?」
「な、何!? どういうこと?」
――こいつはいったい何を言っているんだ?
その時、マーレを除く全員の思いが一つになった。……希少薬草を吐息がかかる距離で食い入る様に見つめるンフィーレアと、命令が無いので居眠りをする巫女姫も除く。
「さっき、山の方へ誘導するって言ったじゃないですか」
「はあ……。確かに、少しずつ遠ざかって行ってますね」
この場の人間では最も目の良いクレマンティーヌが状況を確認し、持っていたスティレットを鞘に戻す。
マーレは周囲の驚きを理解できない。魔樹が目立つように北の山の方へ誘導するには、召喚した精霊による釣り出しだけでなく北側に多少の
「と、ともかく、ピニスンも助かったし、無事薬草も採れたから帰ろうか」
「いえ、ここで『ザイトルクワエ』を倒しに来る者を待ちます。先に帰りたかったら帰ってもいいですよ?」
エンリは周囲を見回す。鳥の動きは明らかに普段の秩序を欠いている。森からも魔樹の咆哮のような不気味な音に混じって様々な音が聞こえ、やたらと騒がしい。
昔、村の
「……一緒に待つけど、いつまで?」
「来るまで、ずっとです」
そこでクレマンティーヌが食料の問題を気に掛けるが、採取困難な希少薬草が相手ということで元々食料は多めに持ってきており、水は手持ちもあるが、マーレが魔法で出せるというので飲み水を探す必要さえ無いようだ。
エンリが大森林の滅びの生き証人となることを覚悟した時、ピニスンは俯いて何やらブツブツと言っていた。
「――復活させて、山の方へ動かすためだけに森の木々を地割れに沈めて、魔樹は利用するために無傷のままで、今も破壊の限りを尽くして……」
「ピニスン……大丈夫?」
エンリが声をかけると、ピニスンは、きっ、と顔をあげてマーレの方へ詰め寄る。
「君は、なんてことをしたんだ!! それでも
「ぼくの守らなきゃいけない森は、ここじゃないですから」
「でも、沢山の木々が地面に飲まれて死んでいったんだよ!! その悲鳴は聞こえないのかい!?」
「どうせ食べられちゃうので一緒です。誘導に使うのは、ピニスンの根っこでも良かったんですよ」
ピニスンは食って掛かるが、マーレにはピニスンが興奮する理由さえ理解できない。
「どうせ……って……。でも、根っこは嫌だけど……あんなことができるなら君が魔樹を――」
「あのさー、過ぎたことをギャーギャー言うのやめようよ。余計なことを聞かれて、魔樹を倒しに来た奴らとマーレ様が戦いにでもなったら、私ら全滅するかもしれないんだよ」
古びた鳥の巣をくるくる回しながらクレマンティーヌが口を挟む。ピニスンの枝のどこかにあったものだろうか。
「確かにマーレは手段は選ばないし……その……色々あるけど、協力すれば助かるから、ね。……そうだ、そろそろ食事にするけど、あなたは食べる?」
「色々って何なのさ! ……私は人間の食事なんて食べないから、勝手にしなよ。美味しい水と太陽と土壌の栄養があれば充分なんだから」
エンリもピニスンを宥めつつ、危険が遠ざかったことで自覚できるようになった空腹感を思い出していた。
「火口箱ありますー?」
「あ、ハイ。これでいいかな」
「って、ちょっとそこっ、何してるのっ!?」
「いや、ちょうどいいのがあったからね。古い鳥の巣なんていらないでしょ?」
「そうじゃなくて、その上だよっ!」
「鍋だけど?」
答えたクレマンティーヌは、足元に置いた古びた鳥の巣の上に荷物から出した鍋を載せて安定感を確かめていた。確かに、あれなら乾燥していてちょうど良さそうだ。
水がいくらでもあるとなれば、食事はスープとなる。クレマンティーヌの偏食――泣くほど嫌いな食べ物ってどうなんだろう――のために道すがら茸を採取できなかったのが残念だが、代わりに取っておいた木の実なども使えるので、冒険中としてはかなりまともな食事になるだろう。
「わっ、私の枝の上で何をしようとしてるの!!」
「勝手に料理でもしようかと」
クレマンティーヌは深い笑みを浮かべ、火口箱を開く。
「なぁぁっ!! 何考えてるのさ、ここは火気厳禁だよっ!! 火事になったらどうするのさっ!!」
「逃げる」
「そういうのは駄目だよ。近隣の村に迷惑がかかるから、火の管理はきちんとしないと」
エンリは、ピニスンとじゃれあっているクレマンティーヌを真面目な顔で諭す。
冒険者が起こした火事で森が荒れると、最大で数週間は森へ入れず近隣の村人が薬草などを採れなくなってしまう。火の管理を怠るようでは冒険者失格だ。
「管理しても駄目だよぉぉっ!! 私の本体が一緒に燃えちゃうでしょーっ!!」
「あっ、そっか」
「でも、生木は燃えにくいっていうよー」
「焦げるよ!!」
居心地の良さに忘れかけていたが、今居るのは木の枝の上だ。この木は
そんな時、エンリは炭も貴重な木々の恵みだから大切にしなければならないという母親の教えを思い出す。
「炭の精霊とかって、いないのかな」
「いるかーーっ!! もぉ、降りてよぉっ!!」
既に魔樹とも距離が開いているので、下に降りても大丈夫だろう。マーレに頼んで皆で下へ降り、食事の準備にとりかかる。
結局、最初の食事はスープ無しの簡素なものとなった。地表で火を使おうとしたところ、マーレから「念のため」魔樹の北側の森に何発か《
その後、距離もだいぶ離れた五食目にしてようやく美味しいスープにありつくことができた。魔樹の周辺を警戒していたマーレの魔法の知覚によって、この場より魔樹に近い所で火の手が確認できたからだ。
「北の方で火を使う集落があるって、それ、助けた方がいいんじゃない?」
「助けて、何か意味あるんですか?」
「い、意味……」
「意味なら、あると思うよ――」
言葉に詰まったエンリの後をンフィーレアが引き継ぐ。ちょうど希少薬草を取り出し愛でるという日課を終えたところで、満たされた表情だ。
既に全員が理解していたマーレの狙いは、魔樹に戦いを挑むような強者を釣り出すことであり、魔樹と戦わせてその手の内を見ることだ。しかし、マーレ自身もわかっているように、その強者が魔樹より先にマーレの敵に回る可能性も無いわけではない。そこでンフィーレアが提案したのは、助けられるものは助けておいて魔樹から保護している姿を見せることで、魔樹に挑む者の警戒心を削ぐことだ。
助けに行った先には湖が広がり集落があったが、それは人間のものではなかった。二日後には森の広場は北から大回りで逃れてきた
最初の部族こそ魔樹を侮り、クレマンティーヌがゼンベルという巨大な蜥蜴人を一騎打ちでねじ伏せることで強引に従える形となった。
しかし、森の広場に連れていく途中で魔樹の姿を目にすると、ゼンベルの
「これ、法国の連中が来たら逆効果かもね」
そう言いながらも、ゼンベルだけで飽きたらずザリュースとも揉め事を起こしてねじ伏せたクレマンティーヌは上機嫌だ。揉め事の理由は、火勢の衰えた焚き火のために、近くにいたクルシュという白い蜥蜴人が身につけていた草の塊を剥ぎとったことらしい。ザリュースとクルシュというのは、確か避難後の食糧事情を最も強く心配していた者たちだが、部族は違っていたはずだ。
――いつの間にあんなに仲良くなったのかな。
まるで恋人を侮辱されたかのように激しく戦ったザリュースは、野次馬の蜥蜴人によると、今回の騒動までクルシュとは面識さえ無かったらしい。
戦いの後でンフィーレアが何やら仲裁をしていたので蜥蜴人の側にも遺恨は無いようだが、たとえ亜人種が相手でも必要以上に恐れられるというのは気分の良いものではない。
「今さら帰ってくださいとも言えないし……それにしても、姐さんはやめてほしいなぁ」
「いい練習になって、いいんじゃない?」
エンリは近くで無責任なことを囁くンフィーレアには恨めしそうな目を向け、移動の準備を進める。既に魔樹は蜥蜴人の集落あたりで破壊の限りを尽くしており、その北の
――私、普通の村娘なんだけど、なんで族長級の方に混ざることになってるんだろう。
ンフィーレアも混ざっているから大丈夫。そう考え、エンリは心を落ち着ける。その族長たちからも「エンリの姐さん」と呼ばれていることからは、目を背けることしかできなかった。
樹木の滅んだ荒野を北へ進めば、魔樹の復活の地へ繋がる。かつての枯れ木も一つとして残っておらず、荒野となったその地を異形や亜人たちを従えて進む。
そこには
そして、魔樹によって
「
そう言い残し、マーレの姿は消えた。
ピニスンですが、ドラマCDのあの何とも言えない独特の騒がしさは凄いですね。
捏造召喚モンスター。マーレが喚べる中で強さより壁役としての使い勝手に優れたモンスター。