マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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二四 大森林の支配者たち

 マーレの魔法でカルネ村に転移した一行は、空き家のエモット家に一泊して、早朝に出発した。

 

 久々に会ったネムは少しだけ聞き分けの良い子になっていたが、エンリたちと一緒に泊まるという点だけは頑として譲らなかった。マーレだけでなく、妹の教育上あまり接点を持たせたくなかったクレマンティーヌに「カッコいい!」と懐いてしまったことは妹の将来に一抹の不安を感じさせたが、子供らしい部分を見せてくれたことにエンリは少し安堵した。

 朝になって、なかなか離れないネムには村人たちに土産を配るという仕事を任せ、その間に出発することにした。感情的な問題から村長個人の分だけは用意しなかったが、村長夫人の分とネムを含め家族で食べてもらう分は用意したので問題はないだろう。

 

 

 

 

 

 一行はトブの大森林の南、森の賢王の縄張りに踏み込んでいた。

 

「幹の割れた枯れ木の少し右あたりから、大きなものがこちらへ向かってきます」

 

 マーレの言葉に、前を歩くクレマンティーヌは神経を研ぎ澄ませる。続いて与えられる強化魔法により、全身に力がみなぎってくる。

 前衛を務めているのは、マーレの非常識なまでの知覚能力を信頼しているのもあるが、結局そこが最も快適な場所だからだ。まだまだ心の傷は深く、マーレの姿を長く視野に入れたままではいつもの自分ではいられなくなってしまうかもしれない。

 

 微かな、空気が軋むような音。木の葉が弾け、クレマンティーヌが大きく横へ跳ぶ。それを追うように傍らの樹木へ穴が穿たれると、それを貫通した太い鞭のようなものは急に硬度を失ったかのように垂れ下がるとズルズルと戻っていく。

 

「それがしの初撃を避けるとは、やるでござるな」

 

「ふふん、伝説の魔獣という割にはお粗末な攻撃だったね。糞兄貴(あのテイマー)じゃないけど、私も魔獣を従えてみるってのも悪くないかな」

 

 木々の向こうから響く声に、クレマンティーヌが応える。目の前の魔獣は、魔獣使い(ビーストテイマー)である大嫌いな兄が従えていた魔獣たちが束になっても対抗できない、遥かに格上の存在だ。それを戦って従えるというのは困難極まる仕事だが、悪い気はしない。

 それでも、強がっているわけではない。尻尾による攻撃はクレマンティーヌの攻撃速度をも上回っていたが、それが加速しながら向かってきていたことを見逃してはいない。攻撃の性質さえわかれば対処は可能であり、魔獣が木々の枝葉を避ける軌道を選ぶような思慮深さを持たない時点で今のクレマンティーヌにとっては脅威とはならない。

 

「口だけは回るようでござるな。縄張りへの侵入者にそれがしの偉容を晒すのはどれくらいぶりであろうか……」

 

「……素直に言うことを聞けば、痛い目にあわずに済むかもしれないよー?」

 

 茂みをかき分け現れた姿は強大な、まさに伝説の魔獣にふさわしい偉容。小山のような巨大な体躯も、それを覆う白銀の体毛も、力を感じさせる大きな瞳も、全てがこの森の支配者としての風格を漂わせていた。

 しかし、クレマンティーヌの言葉は本心から出たものだ。魔獣の攻撃は威力も速度もクレマンティーヌを上回るが、技量や駆け引きでその差は容易に埋まるだろう。すなわち、マーレが出てくれば行われるのは戦いではなく屠殺となる。そして、殺さずに情報を得ようとするからには、その一歩手前の繰り返し――数日前のクレマンティーヌと同じ運命を辿るのは確実だ。伝説の魔獣といっても、もはや親近感さえ覚える、()()()側の存在でしかない。

 

「命の奪い合いはこれからだというのに、随分と大口を叩くものでござる。……行くでござるよ!」

 

 

 

「話を聞きたいので、殺さない程度に傷めつけてください」

 

 そんな声に従って戦うクレマンティーヌだが、戦況は芳しくない。

 クレマンティーヌと森の賢王の戦いは周囲からはクレマンティーヌが優位であるように見えただろう。確かに傷は負っていない。魔獣の攻撃は殆どを回避し、受けざるを得ないものも<不落要塞>で弾いている。魔獣の使う《全種族魅了(チャームスピシーズ)》や《盲目化(ブラインドネス)》といった魔法には驚かされたが、それらも英雄級の戦士であるクレマンティーヌの抵抗を打ち破るほどの力は無かった。

 ただ、クレマンティーヌの攻撃は魔獣にそれなりの痛みは与えているものの、見た目の雰囲気よりずっと硬い体毛に阻まれてスティレットを深く突き入れることが難しく、たまに突き入れることができても中を抉ることができず巨体の魔獣にとってそれほどの痛手とはならない。身体能力に優れ、急所を守れるだけの知恵を持つ魔獣に対して、巨体に致命傷を与えるには短すぎるスティレットで戦うクレマンティーヌは決め手を欠いていた。

 結局、一方的に攻撃を命中させていても魔獣の体力を多く削るには至らず、逆に疲労が目立ってくると回復魔法が与えられた。

 

――人間同士ではそれなりでも、人類の敵である異形種や亜人相手では兄クワイエッセに遠く及ばない。

 

 クレマンティーヌは漆黒聖典に所属していた頃の不快な評価を思い出し、苛立ちを強める。

 もちろん、自分の弱点への対策がなかったわけではない。基本的には人間との戦いに特化していたクレマンティーヌだが、こういう時のために《魔法蓄積(マジックアキュムレート)》で魔法を込められるスティレットを用意している。そして、さほど長くないスティレットとはいえ、どんな魔獣が相手でもその表皮を突き破るのに充分な長さはある。身体の中までスティレットを突き込んだ状態で元々込めてあった第三位階の魔法を発動できれば、必殺の一手とはならないまでも隙を作って魔獣の眼球を抉るには充分だ。すなわち、クレマンティーヌにとって、本来、森の賢王は単体で勝てる相手なのだ。

 しかし、今込められている魔法はマーレによる非常に強力なものであり、一撃で魔獣を殺してしまう可能性がある。殺さずに傷めつけるよう命じられたクレマンティーヌは魔法を解放することができず、魔獣を傷めつける以上に疲労を蓄積していく戦況を打開することができない。

 つまり、ここでは完全に手詰まりだった。

 

 

「チクチク痛いでござる。埒が明かないので、回復役を潰させてもらうでござるよ」

 

 状況を不利と見ているのは一方的に手傷を負っている森の賢王の側も同じだった。

 魔獣の尻尾が加速し、巫女姫に迫る。その瞬間、クレマンティーヌの視界の端で欠伸をしていたマーレの姿が消え、巫女姫の前で尻尾の先を掴んでいた。

 

「なんと! 魔法詠唱者(マジック・キャスター)がそれがしの攻撃を完全に防ぐとは、いったい何者でござろうか!」

 

「あの、少し話を聞きたいんですが」

 

「そなたらが勝ったら何でも……なななっ……何でござ――」

 

 尻尾を手繰り寄せるマーレに、なすすべもなく引き摺られる森の賢王。最後にふわりと浮き上がり、背中から地面にびたんと叩きつけられる。

 

「ぐぎゃ!!」

 

「話を聞いてもらえま――」

「そのような小さな身体でその力!! いったいどういうからくりで――いだだだっ!!」

 

 仰向けになった森の賢王が自分の言葉に応えないと見ると、マーレは尻尾を手繰り寄せたまま魔獣の下腹を踏み潰す。その細い足で魔獣を大地に縫い留めたまま、尻尾を両手で掴み――。

 

「ぎゃぁあああぁぁぁっ!! もげるもげる! いぃ痛いでござるぅぅっ!」

 

「……聞きたいことと、頼みたいことがあります。話を聞く準備はできましたか?」

 

 強い力で引かれた尻尾の付け根から一瞬白いものが見えると、すぐに赤みがさして血がどくどくと流れ出る。

 

「ななな何でも言うことを聞くでござる! 殺さないで欲しいでござる!」

 

「マーレ、それくらいにしてあげて!」

 

 心配して駆け寄るエンリの声にマーレが手を離すと、森の賢王は血が流れ続ける尻尾の付け根を短い手で押さえようとしても手が届かず、丸くなって転げ回った。

 

「……所詮獣ね」

 

 圧倒的な体力の差で全く傷を受けないまま押し切られそうになっていたクレマンティーヌは、激戦を繰り広げた相手の変わり身の早さに呆れたような声をかけた。

 

 

 

 

 

 転げ回る巨大な毛玉は、回復魔法を与えられるとすぐに従順なしもべとなった。

 かつての侵入者から森の賢王という名を与えられたこの魔獣は、二百年間この森で引き籠っていただけの存在だった。アインズ・ウール・ゴウンに関する情報や痕跡どころか、現地の強者や伝説なども知らず、探している薬草についても縄張りの外のことなのでよくわからないという。

 

「お役に立てず申し訳ないでござる。しかし、命を助けてくれたこの恩には、絶対の忠誠で報いるでござる!」

 

「いい心がけだねー、賢王ちゃん。……もし従わなかったら、死んだ方がいいくらい大変な目にあったんだよ」

 

 クレマンティーヌは自分が苦戦したことは気にしてはいないが、森の賢王の獣らしい単純さが少しだけ妬ましかった。

 

「冷静に考えれば、敗れて殺されないだけマシでござるよ。すぐに降伏しなかったそれがしが愚かでござった」

 

「まあ……死ななきゃいいってものでもないんだけどねー」

 

「いずれにせよ、マーレ様の力を知ってなお逆らい続けるとか、よほど頭が悪いのでなければありえないでござろう。それこそオーガやトロールでもわかることでござるよ」

 

「お、オーガやトロール?」

 

 クレマンティーヌの顔がひきつる。

 

「話ができる程度の知能があれば当然として、そうでない獣などの中でもそこまで知能の低い生き物が居るとは思えないでござる」

 

「知能の低い、生き物……」

 

「まあ、虫とかナメクジとかならそういうこともあるでござろうが」

 

「……賢王さん、やめてあげて」

 

 肩を震わせるクレマンティーヌを心配しエンリが口を挟むが、少し遅かった。

 

「んふふ、ふふふっ……糞がぁああぁぁっ!!」

 

「痛っ、痛たたっ、ヒゲを引っ張らないでほしいでござる!」

 

「遊んでないで先を急ぎますよ」

 

「はヒッ!」「了解でござる!」

 

 マーレは薬草には関心が無かったが、森の賢王が縄張りの外と繋がりが無いのなら、他にも同様の広い縄張りを持つものを従えて目印にしていくしかないと考えていた。一行は森の賢王を従え、その縄張りから北へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その道程において、一行の最後尾では知られざるもう一つの戦いが繰り広げられていた。

 

「……やっぱり私、欲しい」

「今は駄目だよ、エンリ」

「だってチャンスだよ。欲には勝てないよ」

「見られたら駄目だって、わかってるはずだよね」

 

 欲望に突き動かされる少女を、少年が諌める。しかし、その少年も少女と同種の欲望と戦いながら、どうにかそれを抑えつけているに過ぎない。

 

「でも、みんな先を歩いているから、見えない所でこっそり抜けば大丈夫じゃない? ンフィーなら凄く早いだろうし」

「確かに早い方だとは思うけど……でも、さすがに臭いでわかっちゃうよ」

 

 少年はそこまで早いつもりはないが、少女からはそう見えるのだろう。

 

「そういえば、臭いを消す薬とかないの?」

「臭いっていうのも大切なものなんだよ。くさいから消せばいいってものじゃない」

 

 少年は仕事柄、鼻がよく利いた。

 

「ンフィーって……くさいのが好きなんだ」

「違うよ。……残念なものを見るような目で見ないでよ。臭いの中にも、色々な情報が含まれているんだ。それを消すっていうのは、目を閉じてしまうのと同じくらいもったいないことなんだよ」

「……知らない世界だ。私にはわからないや」

 

 少女の意識は既に少年の言葉から離れている。くさかろうが見られてはまずかろうが、欲しいものは欲しいのだ――。

 

「そう言いながら掴もうとしないでよ。手に臭いがついたら水で洗ったくらいじゃ落ちなくなるからね」

「これ、そんなにくさいの?」

 

 少女はそれへ伸ばした手を引っ込める。個体差が大きいのは経験上知っているから、少年がそう言うのなら本当にくさいのは間違い無いだろう。

 

「抜いた時に汁が手についたら、さすがに誰でもわかると思うよ」

「そんなの気をつければいいし、とりあえず、後のことはこれ抜いてから考えない?」

 

 少女の視線はまだそれに釘付けだ。

 

「駄目」

「ンフィーのケチ」

「こう見えて、ぼくだって相当我慢してるんだよ」

 

 溜息混じりの少年の、その言葉も確かな本音だ。実際のところ、ンフィーレアの方がエンリより早くからその扱いに長けている分、欲求も強いくらいかもしれない。

 

「そうだよね……でも手を出さずに通り過ぎるなんて、悔しくて夢に出そうだよ。このあたりのエンカイシなんて全部抜いたら金貨何十枚になるんだろう。あそこなんてアジーナが雑草みたいに群れてるし」

「森の賢王の縄張りで長い間誰も踏み込めなかったからだろうね。でも、あの人の前で低位の冒険者みたいに普通の薬草を集めるわけにはいかないよ」

「わかってるけど……地面からお金が生えてるみたいな状態なのに無視しなきゃいけないなんて……」

「森の賢王は君にも恩義を感じているし、この旅が終わったら……その時、エンリが普通の女の子に戻れたら、大きな台車を引いて二人で集めに来ようよ」

「……うん」

 

 この旅が終わったら――。

 少年にとっては、少女とそんな約束ができただけでも大きな前進だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめー、トロールちっともわかってねーじゃねーか! 適当なこと言いやがってこの二頭身魔獣!」

 

「細かいことを気にするなでござるチクチク人間!」

 

 それは、しもべとなって数時間後のこと。

 

 森の賢王はクレマンティーヌの扱いが自分と同等であることを早々に見抜き、ここまで小競り合いを繰り返していた。同じ主に仕えるものを害することはできないが、クレマンティーヌは人間にしては頑丈で、さらに粗暴で攻撃的な性格な上に鋭利な武器を持つためあまり加減をしてもいられない。

 

 今、一人と一匹が揉めている向こうでは、グと名乗ったトロールの王が凝りもせずマーレに襲いかかっている。これは森の支配者の一人で、東の巨人と呼ばれる存在だ。

 

 先程までクレマンティーヌの一方的な攻撃を受けながらも圧倒的な回復力で戦闘状態を維持していたところまでは森の賢王と同じだが、回復力への自信から漫然と戦闘を続けた結果、グは長い戦闘を見飽きたマーレに杖で片脚を折り飛ばされることとなった。その回復の後、マーレの話を聞くことなく武器を持った腕をもぎ取られ――今は、殴りかかった腕を砕かれたところだ。

 グのあまりの愚かさに、先に透明化状態での追跡を見抜かれてしもべとなった西の魔蛇ことナーガのリュラリュースも頭を抱えていた。胸から上は骨ばった老人の姿のリュラリュースはその姿に相応の知能を持ち、蛇の胴体を素手で千切られかけた段階で即座に降伏していた。東の巨人グのもとへ一行を案内したのもリュラリュースだ。

 

「話も通じないし使えそうもないので、潰しちゃいます」

 

破裂(エクスプロード)

 

 マーレの詠唱とともに、グの身体は爆散する。クレマンティーヌは自身と互角の戦いを繰り広げた巨人の回復力が気になり、あっさりと肉片となった姿を食い入るように見る。すると――。

 

「うわっ、こんなになってもこいつ、少しずつ回復してますよ! きもちわるー」

 

「はい、いま処分します。……これ、本当は実用的な魔法なんです」

 

 スキルで自然回復能力を持とうが、《生命力持続回復(リジェネレート)》の魔法をかけていようが、ぷれいやーの心まで回復するわけではない。

 かつて至高の方々のお茶会で話されたそんな説明の意味はよくわからないが、至高の御方が実用的と言えば実用的に決まっている。幸い、強化を加えてマーレの魔力で使えば、遥か格下の目の前の相手に対しては充分に実用的に使うことが可能だ。

 

 

 

魔法三重化(トリプレット・マジック)》《食い散らかす蠕虫群(イートアンタイディリ・ワームス)

 

 

 

「ひぃっ――おげぇぇぇぇっ! うえぇぇぇぇっ!」

 

 

 

 クレマンティーヌは、かつて自分の中に潜り込み混ぜ込まれたおぞましい蟲たちを見て大粒の涙を流し、大量の嘔吐物を撒き散らした。

 魔法で生み出された大量の白いミミズ状の生き物は次々と回復途上のグの肉片に潜り込み、這い回りながら回復を超える速度で無抵抗の肉片を喰らっていく。グの存在を完全に喰らいつくすと、倍以上の太さに膨れて白から桃色に変わった蟲たちは少しずつ地面に潜り込むようにして去っていった。

 

「だ、大丈夫でござるか?」

 

「やめ……やだよ……混ぜちゃやだ……やだ……」

 

 自身の嘔吐物に構うことなく、その場に座り込んで頭を抱え子供のように泣き続けるクレマンティーヌ。直前まで鋭い爪でそのスティレットを受け止めながら喧嘩をしていた森の賢王も、その豹変ぶりにおろおろするばかりだ。

 

「確か、グの剣には毒があったはずじゃな」

 

 訳知り顔のリュラリュースの言葉に、クレマンティーヌを見守るンフィーレアは首を振る。クレマンティーヌはグから一度も傷を受けていないし、この症状も毒ではない。

 ンフィーレアが鎮静薬を与え回復させたのは、クレマンティーヌの正気を食い散らかしたものたちが全て地面の下へ去った後のことだった。

 

 

 

 東の巨人の部下は半数ほど斃されたところで降伏し、大森林の東半分とともに西の魔蛇リュラリュースに任されることとなった。マーレとしては単純に相手をするのが面倒だったに過ぎないが、急に部下と支配地を与えられたリュラリュースは「踏み潰す前の蟻でも見るような」視線だとしてマーレの瞳の奥に広がる闇に強い畏れを抱きつつ、よりいっそうの忠誠を誓った。

 リュラリュースとグの部下により、東西それぞれの縄張りの先には広い縄張りを持つ支配者が居ないことが判明すると、マーレは森の賢王とリュラリュースにしもべとしての役割を説明していく。

 その役割とは、森への侵入者を監視し、アインズ・ウール・ゴウンに連なる者を探すことだ。そこにはマーレと同等の存在が幾人もいるという話に、魔獣たちは震え上がった。リュラリュースの質問に答える形でそれら仲間たちについても説明がなされた。魔獣たちは、絶対に敵対してはならない者たちの名を心に刻み込んだ。

 

 

 近くで話を聞いていたエンリは、クレマンティーヌの手前、必死に驚きを抑えていた。マーレと同格の存在が他に七人もいるというのは、世界の危機どころの騒ぎではない。それが全てあのモモンガに仕えているというのだから、モモンガがその気になればすぐに世界中の少女たちが使い捨ての玩具として地下の墳墓に集められてしまうだろう。

 しかし、既にそうなっていないということは――マーレによる簡単な説明では種族のようなものまでしかわからなかったが、やはりそれらの者たちもマーレと同じようにモモンガの寵愛を受ける、外の存在の全てが霞むほどに美しい少女たちであるに違いない。

 闇妖精(ダークエルフ)でマーレの姉のアウラ、吸血鬼の少女シャルティア、二人の悪魔の少女デミウルゴスとアルベドまではどうにか想像がつく。竜人の少女セバスというのは鱗や尻尾でもあるのだろうか。そこの大木くらい巨大なゴーレムの少女ガルガンチュアというのはどうやって寵愛を受けるのだろうか。蟲の少女コキュートスともなるともはや想像もつかないが、常に裸で過ごしているというからにはモモンガの性欲の対象なのだろうし、その濃厚な寵愛を受けているのは間違いない。

 エンリの想像の中の異形の少女たちは、どうしても主であるモモンガの恐ろしさに引っ張られ、美しくも恐ろしげな姿と考えざるをえない。それらの全てがモモンガやマーレと同様の性的嗜好を持つのだとすれば、やはり早々に可愛いマーレのものとなったエンリはまだ幸せな方なのかもしれない。

 

 

 エンリが悶々と想像の迷宮に迷い込む間、マーレはエンリの持っていた粗末な短剣を思い出し、グの持っていた巨大なグレートソードを拾い上げる。魔法武具であるそれは、マーレが拾い上げるとその体格に最適な大きさのグレートソードに変わった。

 

「エンリ、そんな短剣よりこれを持った方がいいですよ」

 

「えっ? ……う、うん。それくらいならいいかな」

 

 

――こんな剣、どこから出てきたんだろう。

 

 異形の少女たちを幻視するのに忙しかったエンリは、短剣よりは長いが細身で扱いやすそうな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()剣を疑いもなく受け取る。

 

「な、何?」

 

 急にずしりと重くなったそれは、受け取ったはずのものとまるで違う巨大な剣。本来のグレートソードより若干小さい程度の、グレートソードという分類の剣においてエンリの体格に最適なサイズに変化していた。

 

「魔法の武器は体格に合わせて大きさが変わるんだ」

「ちょ……私には重いし大きすぎるよ」

「諦めて。弱い所を見せちゃ駄目だよ」

「そんなぁ……」

 

 ンフィーレアが耳打ちし、ひそひそと話す二人。

 エンリはげんなりした顔で周囲を見回し、放心したような顔で木にもたれかかっているクレマンティーヌに声をかける。

 

「クレマンティーヌさ――、あなたこれ使わない?」

 

「あ……私はそういう重いのは無理です。力のある人が使ってください」

 

上下関係を守りながらも、はっきりとした拒絶の意思が伝わった。マーレのしもべになっているとはいえ、クレマンティーヌは伝説の魔獣と互角に戦えるほどの戦士だ。武器に拘りがあるのも当たり前で、失礼な申し出だったかもしれない。

 

 

 

 既に日は暮れ、一行は木々が少し開けた場所を選んで野営の準備を終えた。残念ながら地図に示された野営に適すという場所までは辿りつけなかったが、明日にはどうにかなりそうだ。

 エンリは皆のいるあたりから少し離れた場所で、地面に突き立てても肩の高さまであるグレートソードを眺めて深い溜息をついた。両手であれば振るうことができないわけではないが、身長に迫るほどの大きな剣を持つというのは気持ちの上での抵抗が残る。

 

――って私、どうしてこんなの振るえるわけ?

 

 そんなわけないと思い直し再び振るってみると、しっかりと風を切る音。決して鋭い斬撃とは思えないが、ふらつくことなくグレートソードを振るうことのできる自分が信じられない。信じたくもない。村で使われていた一番大きい踏み鋤より重そうなのに。

 

 エンリは頭を振って、嫌な考えを追い出す。自分は戦士などではないし、本来は冒険者でさえ無い。最近筋肉がついてきたような気がするが、それでも重い農具を使える農民もいるし、今のエンリも普通の村娘の範囲に含まれるはずだ。

 確かにこの剣を振り回すことはできた。しかし、剣とは切るためのものだ。短剣を受け取る時の戦士からもそう聞いている。身近な戦士――クレマンティーヌの場合は刺して使う武器だが、その戦いぶりを見れば、武器を本来の目的で自在に操れるのが戦士の技術なのだろう。あのスティレットという武器は重くはないが、それをただ振り回せるだけで戦士とは呼べない。

 すなわち、エンリはまだ戦士の領域には達していないのだ。この巨大な剣を振り回し叩きつけることしかできないうちはエンリはただの村娘であり、自在に操り斬りつけるようになってはじめて戦士と呼ばれる存在になる。そこまで考えて、ようやくエンリは安堵した。

 

 刀身にある溝から絶え間なく刃の方へちろちろと流れ続ける不気味な液体は毒だろうか。後でンフィーレアにでも聞いてみることにする。

 

 

「気に入ったようで良かったです」

 

 戻ってみると、そんなマーレの言葉。背中に目でもついているのだろうか。

 テントの外では、丸くなった森の賢王にクレマンティーヌが寄りかかり、昼間ずっといがみ合っていたように見えた一人と一匹が一緒に眠っていた。もう一匹の魔獣であるナーガのリュラリュースは、東の巨人の地域をまとめるために既にこの場を去っている。カルネ村のことを考えれば、明日になったら森の賢王にも縄張りに戻ってもらった方がいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一行は森の賢王と別れ、地図に示された目的地に来ていた。

 そこには、希少薬草はおろか生命の一つさえ無かった。森の支配者たちを従えた後はやる気が全く見られないマーレだが、その感知にさえ引っかからない以上は本当に何もないと考えるべきだろう。

 木々が枯れて荒れ果てた土地は、当然のことながら、森の中としては見通しがいくらか良くなっていた。

 

「この地図で野営に最適だっていう場所、実はここのことなんじゃないかな」

 

 ンフィーレアが指摘したのは、取り違えの可能性だ。

 

「つまり、逆に野営場所として示されてる場所が本当の薬草のありかってこと?」

 

 確証は無いが、他に手がかりなどは無い以上、その可能性に賭けるしかなかった。

 

 

 

 しかし、地図に示された野営場所に辿り着くと、その考えが間違いであったことがすぐにわかった。

 

「どう見ても、こっちが最適だね」

 

「……そうだね」

 

 そこは広場だった。綺麗に開けすぎているほどで、「野営に最適」という点においては枯れ木で半端に視線が通る程度の先ほどの場所とは比べ物にならない。少し休憩にして食事をとっていると、先に食べ終えたマーレが立ち上がり来た道の方へ歩いていく。

 

 

「そこでドライアードがこちらの様子を窺っています。ちょっと出てきてもらいますね」

 

「……ちょ、待っ、何!? 魔樹から充分離れてるのに何で力吸われてるの!?」

 

 マーレが何かしたのだろう。唐突に姿を現したのは、肌が薄く緑がかった木の幹のような色をした人型の種族だ。頭髪の代わりに大小の葉を散らした姿は亜人ですらなく異形の領域だが、小柄で快活な人間の女のような柔らかい雰囲気を持つ。その容貌や表情にも緊張感を感じさせる部分が乏しく、その姿はエンリやンフィーレアさえ恐れさせるものではなかった。

 

「あ、あのっ、すみません。ちょっと話がしたかったんです」

 

「うわっ、話がしたいだけで何てことするのさ!」

 

「……ちょっと面倒だったので」

 

「面倒!? そんな理由で私の枝は数本いっぺんに枯れそうになったの!?」

 

 木肌色の人は不機嫌だ。おそらくマーレが悪い。

 森の住人なら、探している薬草の手がかりを得られるかもしれない。そう思い、エンリが間に割って入る。これ以上怒らせる前に話を聞いた方がいいだろう。

 

「ごめんなさい! あなたに危害を加えるつもりじゃなくて、隠れているから敵だと思ったん……だよね。ほら、話聞くんだから元に戻してあげて。とりあえずあなたも、そういうことになったから」

 

 マーレは面倒がりながらも木肌色の人から活力を奪った分を回復させる。

 

「そ、そういうことって何さ。……で、その子が闇妖精で、あとは皆、人間かな。こんな所へ何しに来たの?」

 

 エンリがマーレの行為を詫びて名を名乗ると、木肌色の人はピニスン・ポール・ペルリアと名乗る。少し怯え気味なのは気にしても仕方がないので、エンリはここへ来た理由と、探している薬草の特徴、あるはずの場所に何も無かったことなどを説明する。隣で武器を持ってニヤニヤしているクレマンティーヌのことも気にしない。

 

「その薬草って……。それってきっと難しいんじゃないかなぁ」

 

「確かに、マーレでも見つからないみたいだし、あの枯れ木しか無い場所でなければどこを探せばいいのか……」

 

 困り果てるエンリに、哀れむような目を向けるピニスン。

 

「場所はそれで合っているんだよ」

 

 ピニスンは薬草の在り処を知っていた。ただし、それは木々が枯れている場所に封印されている、世界を滅ぼせる魔樹『ザイトルクワエ』の上に自生するというものだった。それを聞いたエンリは思わず隣にいたンフィーレアと顔を見合わせる。

 

「薬草を採取するだけのお仕事だったはずだよね」

「森って危ないからね。僕だって冒険者に護衛を頼むこともあったよ」

「でもでも、木に生える薬草なんて……」

「苔とか蔓植物なんかで結構あるよ。他の植物から水分や栄養を取り込むんだ」

 

 目の前の現実から少し逃げたい気持ちのエンリと、それをいまいちわかってくれないンフィーレアがそこに居た。

 

「でも、魔樹みたいな珍しい植物にだけくっついてないと生きられないんじゃ、増えるのが難しいからすぐ滅びちゃうんじゃない?」

「そこにだけあるわけじゃないから大丈夫だよ。他の場所にもある植物が、その木に生えることもあるってだけで」

「だったら危なくない所のものを取って帰れば――」

「駄目だろうね。魔樹に寄生することで樹液などを取り込んで、もともとその植物が持っている成分と合わさって薬効成分ができるから、その植物のうちそうなったものだけが希少薬草として珍重されるんだよ。ただ特定の種類の植物を探すってだけなら、いくら希少でも報酬額が高すぎる」

 

 ンフィーレアは平然とエンリの希望を打ち砕く。薬師としての知識を披露するその姿は旅の疲れを感じさせない活き活きとしたものだ。マーレだけでなくクレマンティーヌもその話に聞き入っている。

 

「へー、ンフィーちゃんって賢いんだ」

「わ、私だってンフィー程じゃないけど薬草のことはわかるよ」

 

 割り込んできたクレマンティーヌに、よくわからない対抗心を持つエンリ。最近自分は本当にクレマンティーヌより頭が悪いのではないかと心配になることが多いが、薬草に関しては確実に自分の方が上なので安心して話ができる。

 

「……そうですかー。凄いですね」

 

 クレマンティーヌは気のない返事だ。この前の依頼の時の、茸のことでも根に持っているのだろうか。確かに村の野伏(レンジャー)も、茸の毒には一生忘れないような酷いものがあると言っていたが、たとえ過去にそういう失敗があったとしても他人を恨むのは筋違いだろう。

 

「それにしても、ローファンって人はその魔樹から採取したってことだよね?」

「アダマンタイト級チームだし、なんとか取ってうまく逃げたんでしょうね」

 

――アダマンタイト級!? 一番上の人たちなんて聞いてないよ!

 

 出かかった言葉を飲み込む。世界の危機ならともかく、冒険者程度のことでクレマンティーヌの前でうろたえるわけにはいかない。

 

 

 話を聞いてみると、ピニスンの言う魔樹とはとてつもない存在のようだ。ピニスンが詳しいのは、それが復活すればピニスンの本体である木は数日かそこらで魔樹に喰われてしまうという危機感によるものらしい。

 

 曰く、空を切り裂いて世界に降り立った幾多の化け物の一つ。

 曰く、竜の王と互角の、世界すら滅ぼせる力を誇っていた。

 

 時折暴れるのはその一部だというが、前にそれを倒した七人組は、本体が目覚めたら倒しに来ると約束したという。人数構成などが話に聞いていたローファンのチームとは違うようだが、エンリとしても、ぜひともその英雄たちの再度の活躍を祈りつつ、ここは諦めて帰りたいところだ。

 

 しかし、退屈そうにしていたはずのマーレが、いつの間にやら強い興味を持って話に加わっていた。

 

「それは、どれくらい昔のことですか?」

 

 その問いは時間の概念の違うピニスンには通用しなかった。マーレの欲する情報は試行錯誤の末、「あの木がここまでの大きさになる時間いくつ分くらいか」という形で得られたようだ。

 

「マーレ、ちょっと嫌な予感がするんだけど、あの木が四回育つくらいの時間って……」

「それは黙っていてください」

 

 エンリの疑問はマーレに遮られる。エンリが見上げるその木はかなり大きく、一回そこまで育つだけで人間なら寿命を迎えてしまうような気がするが――。

 

「なんだい、何か知っているのかい? 彼ら七人組の居場所とかわかれば、いや、呼んできてもらえれば最高なんだけど!」

 

「えっと、七人組というのは、十三英雄と呼ばれていたりはしませんか?」

 

 興奮気味のピニスンに対し、マーレはいつも通り落ち着いたものだ。

 

「さあ……彼らはそんなふうに名乗ってはいなかったし、人間がどう呼んでいるかなんて知らないよ」

 

「確かに十三英雄の英雄譚では常に全員が一緒に行動していたわけではないけど、もしその人たちが十三英雄だったとしても、もう……」

 

 話題になった木を調べていたンフィーレアが口を挟む。

 

「もしって……誰だかよくわからないくらいじゃ、探してもらっても間に合わないね」

 

「ぼくもその人たちに興味があるんですが……魔樹の復活は、そんなに差し迫っているんですか?」

 

「うん。蘇るのは時間の問題だよ。次の太陽がのぼった時かその次か、もっと遅いのかもしれないけど……もう少しで完全に蘇ってしまうんだ」

 

「えっと、その人たちが来なかったらどうするんですか?」

 

「強い(ドラゴン)でも来てくれることを祈るしかないね」

 

 ピニスンは下を向く。

 

(ドラゴン)ってこういう時、助けてくれるものなんですか?」

「竜王なら、そういうこともあるんじゃないですか。盟約とか何とか世界の守り手を気取ってるらしいし」

 

 マーレの問いにクレマンティーヌが答える。

 

「それで……助かりたいですか?」

 

「あ、当たり前じゃないか! でも……自分の本体の木からは長期間離れることもできないし……」

 

「ぼくのしもべになれば、助けてあげられます」

 

「ええっ、君が? どうやって?」

 

 マーレはピニスンに触れて本体の木を探ると、ピニスンと本体との繋がりを利用し、集団転移魔法でその本体ごと数メートル先へ転移する。僅かな距離を移動した二人の横に現れたのは、魔樹の近くから転移し根ごと引きぬかれたような状態の一本の木だった。

 本体を剥き出しにされたピニスンは、木肌のようなその肌の変化を見てもわかるほどみるみる顔色が悪くなるが、幾つかの魔法で本体はずぶずぶと地面に埋まり、土が潤い、その場に根付いた。ピニスンの顔色もいつの間にやら元の木肌の色に戻っている。

 

「ちょっとちょっと! やり方が乱暴すぎるし、ここじゃ花実が落ちて種ができるまで生きられるかもわからないよ! もっと遠くへ逃がしてくれなきゃ……」

 

「できますよ。危なくなったら、もっと遠くへ逃がしてあげます。でも、その前にやることがあります」

 

「やること?」

 

「助けを呼ぶために、しもべとして協力してもらいます。支配下に入った植物なら自由に操ることができるので」

 

「自由に? 助けを呼んでくれるならお願いしたいけど、しもべとか支配とか……なんか嫌だなぁ」

 

 ピニスンは顔をしかめる。しもべや支配というのは、ドライアードには馴染まない感覚だ。森妖精(エルフ)でも闇妖精(ダークエルフ)でも、時にはそのような状態になるにせよ、大抵は信頼関係によってそうなるものだが――。

 

「助かりたくないなら、元に戻して帰りますよ」

「魔樹のエサにするくらいなら、野営の薪にでもしますー?」

 

 退屈そうなクレマンティーヌも空気を読む。

 

「ちょ、待って!! ……はぁ。私も枯れるのは嫌だし、安全な所に移してくれるのならそれでいいよ」










種族名で画像検索をすると可哀想なことができなくなる森の賢王のスキルが強力です。


《イートアンタイディリ・ワームス/食い散らかす蠕虫群》
捏造魔法。第十八話(拷問回)に引き続いての登場です。
ナザリックらしい体感できる嫌がらせ魔法。
オープンウーンズの嫌がらせ的上位版としても使えそうです。

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