マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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二〇 世界中探せば、きっともう一人くらいいる

「話は承った。君は冒険者のようだが、通報者として名前と、身元を示す上でチーム名を伺えないだろうか」

 

 そこは詰め所の一室。最初に話をしてから長時間待たされたニニャだが、ここへ来た時に既に名乗っていたことを忘れてはいない。

 

 話というのはもちろん、エンリの連れている幼い奴隷のことだ。結局、自分たちの力ではどうすることもできなかった。最低限こうして通報することで何か状況が良くなるかもしれないという淡い期待も無いわけではないが、ニニャがここへ来たのはこの問題から手を引く際のけじめという意味合いが強かった。助けたい気持ちは変わらないが、これ以上仲間を危険に晒すことはできない。

 

 しかし、素直に問いに答えて帰ることはできなかった。待たされた時間はあまりに長すぎる。後から来た、こういう問題の担当だという男の様子もどこかおかしい。改めて名前とチーム名まで聞かれるということに大きな引っかかりを感じるが、冒険者のプレートをつけて来ている以上、明らかな偽名を使うわけにもいかない。

 考えすぎかもしれないと思いつつも、ニニャは答える。

 

「『漆黒の剣』の()()()です。通報の件、よろしくお願いします」

 

 これなら、何か問題が起こっても聞き間違いで済む範囲だろう。

 

 長時間拘束されたものの、しっかりと通報は受理され、身の危険も感じなかった。あとは兵士や役人に任せるしかない。

 ニニャは詰め所を出て、仲間たちの待つ日常の中へ帰っていった。

 この日をもって、この件は彼らの手を離れた。エ・ランテルの冒険者チーム『漆黒の剣』は、時折仕事をこなしつつ合間にモンスターを狩る、いつもの生活に戻ることができるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンリは組合長から受け取った依頼書を持って帰ってきていた。

 

 今回も、言えなかった。

 

 自分のためにちょうどいい依頼を用意してくれたという組合長は、冒険者組合の中で唯一の味方だ。わざわざ話の腰を折ってまで、文字が読めないなどと失望されるようなことを言う勇気は出なかった。話を合わせていたら依頼を受諾したことになってしまったが、簡単なものというので問題は無いだろう。依頼者が現れるまで時間があり、一応ンフィーレアに読んでもらうため依頼書を持って、いったん家に戻ることにした。

 組合を出てから、組合長も例のガゼフの書状を見ていたことを思い出したが、そこでは説明は不要だろうと思えたので問題は無い。冒険者の親玉だけあって人を見る目があり、全てを理解した上で簡単な依頼を用意してくれたのだから、元々誤解が無いのなら煩わしく失礼な説明となってしまうかもしれない。

 

 

 

「エンリ、ちょっと奥へ。話があるんだ」

 

 鍵を開けて出迎えたンフィーレアは髪を元通りおろして見慣れた雰囲気に戻っていたが、昨日とは違った種類の真剣な表情だ。

 

「えっ、うん。ちょっと待ってね。……朝御飯、良かったらあなたの分もあるけど」

 

 エンリは買ってきた食べ物の包みを、掃除を終えて座り込んでいたクレマンティーヌに差し出す。

 

「そんな、食べられるわけ……。朝からマーレ様にたくさん食べさせてもらってお腹いっぱいなので、遠慮させてもらいまーす」

 

 食欲などあるわけがない。食わされた自身の血肉を吐き出すことさえ許されず、回復魔法で吐き気も止められたため、いまだにおぞましい満腹感すら残っていた。

 それでも、相手があの異常な掃除のやり方を指示した女とわかっていて多少の皮肉を利かせられる程度には、クレマンティーヌの精神は回復していた。荒い言葉遣いができる相手では無いが、気だるげな呆れたような声色だ。

 

「そう、マーレもちゃんとした扱いができるようになったんだ」

 

 嬉しそうな返事とエンリの屈託の無い微笑みを見て、クレマンティーヌは理解する。この『血塗れの魔女』もまた、心の底からマーレと同類なのだ。色々と半端な存在に見えたのは気のせいだったのかもしれない。この女も、悪意や嗜虐の感情すら持たず、涼しい顔であのような所業を指示することができるのだ。所詮は過去とか苛立ちとか怒りとかを嗜虐衝動で晴らしていたに過ぎなかった自分など、とても人間らしく、まともであるように思えてくる。

 

 ンフィーレアは、クレマンティーヌが何を食べさせられたかを知っている。その上で、いざとなったら割って入って誤魔化すつもりで二人のやりとりを見守り、結局何も問題がなかったことに軽い驚きを感じつつも胸をなでおろした。

 

 

 

 そして、奥の部屋で扉を閉め切った後、ンフィーレアは将来起こりうる問題についてエンリに説明した。ンフィーレアはエンリもある程度はわかっていて行動しているのかと思っていたが、反応を見るとそうでもなかったようだ。

 マーレがいくら強いといっても、エンリとンフィーレアはその協力者に過ぎず、一生一緒にいるわけではない。いずれマーレが目的を果たして去った時、同じように解放されるであろう危険なクレマンティーヌが自分たちに何をするかを考えなければならない。

 

「そういうわけで、これは将来を見据えての話なんだ。あのクレマンティーヌに、エンリが普通のに――冒険者だと認識されるのは不味い」

 

 普通の人間と言いかけたが、今のエンリはそうでもない気がして言い換えてしまう。

 

「だったら、ンフィーがそういうふうに……」

 

「僕は血塗れの薬師でもなければ、王国存亡の危機でもない。異能も含めてできることとできないことはこの街で結構知られてるんだ。彼女だってそれを調べて攫いにきたわけだからね」

 

 最初の方のくだりでエンリの顔がひきつっていたが、ンフィーレアは言うべきことを言い切る。

 

「ンフィー……あなたは今日までとてもいい友達だった。思い出させないで欲しかったよ」

 

「だったら、うまくいくかはわからないけど、情報源としての価値がなくなった時に彼女を殺してもらえるようにマーレに頼み続ける? 殺してくれるとも限らないし、マーレのことだから秘密にしてくれるかもわからない。駄目だったら確実に彼女に殺されるし、こっちの方が命がけだよ。マーレを挟んだ殺し合いと言ってもいい」

 

「そういうのは、したくない……」

 

 エンリは目を伏せて俯く。自分たちの意思で人を殺してもらうというのは、エンリにとってもンフィーレアにとっても考えたくはないことだ。

 

「だったら、エンリもマーレと同類だと思ってもらうしかない。幸い、今の段階でもそうなっている部分が結構あるんだ」

 

 ンフィーレアは、クレマンティーヌが口にした拷問の内容までは触れる気になれなかったが、その拷問が全てエンリの指示で行われたことになっていること、そのためにクレマンティーヌが『血塗れ』にも逆らえないと言っていたことを説明する。もちろん、自分のせいでエンリのせいになった部分があることに触れることはない。

 

 エンリにとって、それはどう考えても「幸い」ではない。しかし、ここまでの話でそれ以外に許容できる手段が無いことも理解している。

 

「私なんかで、あのクレマンティーヌって人を抑えられるのかな?」

 

「今まで通りにして、弱気な部分だけ隠していれば大丈夫だよ。さっきの食べ物の時だって、知らないのに問題なかったし」

 

 ンフィーレアは、クレマンティーヌが食事を遠慮した理由を説明し、エンリの言葉がどう伝わったかを想像して語った。エンリは「ひっ!」「うぅ」などと相槌でない何かを口にするばかりで、涙目になって聞いていた。

 

「エンリがしたことじゃないし、今までみたいに気付かなかったつもりで、あまり考えないようにした方がいいよ」

 

 エンリは大きな溜息をつく。

 

「……もうさ、世界中で私だけなんじゃないの? 会ったばかりの人たちにいきなり怯えられて化け物みたいに思われたり、夢にも思わなかったような身分にさせられて、周りの事情で本当に恐ろしい人みたいな振りしなきゃいけないなんて」

 

「そう悲観しないでよ、エンリ。世界中探せば、きっともう一人くらいいるかもしれないよ」

 

 疲れた顔で肩を落とすエンリに、ンフィーレアは心の篭っていない軽口で応じる。

 話の途中から、ただ強いふりをさせるだけで良かったような気もしていたが、今のやり方の方がこれまでの評判も利用できる上、自分の過ちを隠すためにもなるので仕方の無いことだと割り切っていた。

 

 

 その頃、二人の声の届かない最初の部屋で座ったまま呆けていたクレマンティーヌが、誰にも聞こえない程度に抑えた声で呟く。

 

「動死体とか拷問とか色々言ってたけど、あの話も丸ごと本当だったわけね。血塗れの魔女……血塗れエンリか」

 

 声を出すと、何度もすすいだはずの口の中がまだ何か気持ち悪いような気がする。

 

――食べ物、貰っておいた方がよかったかなー。

 

 クレマンティーヌはそれが残されていないか部屋を見回し、床に落ちた一枚の羊皮紙を見つける。エンリが食べ物を差し出した時に落としたものだろう。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと帰ってきたか。今、ちょうど俺たちに指名の依頼があったんだぜ」

「再出発にはおあつらえむきのタイミングである」

 

 ニニャを出迎えたのは平凡な日常ではなく、冒険者としての幸運であり名誉といえるものだ。

 

「凄い。どういう仕事なんですか?」

「いや、ちょっと気になる部分もあってね。全員揃ってからと思っていたんだ」

 

 

 気になるといっても、それはちょっとした手違いでしかなく、指名依頼という喜びを皆で分かち合いたくて待っていたに過ぎない。

 話を聞いたニニャは、涙をぼろぼろと流しながら仲間たちに謝ることになる。

 

 

 

 その依頼は、『漆黒の剣』と、そのメンバーの「()()()」を指名するものだった。

 

 

 

「行くしかないだろうな。金も相当いいし、格上げの紹介状まで付く。王都の組合だから素直には上げないだろうが、一つ仕事をすれば金級確定だろう」

 

 依頼への対応を保留として組合を出ようとした『漆黒の剣』の四人は、そこでミスリル級冒険者のイグヴァルジに声をかけられ、酒場で彼のチーム『クラルグラ』に相談に乗ってもらっていた。

 

「指名の形で送り出すのは情だよ。それか、その名を名乗った時に相当な弱みを握ったかだが、本当に始末したければ北の盗賊団にでもぶつけるしな」

「さすがに銀級に盗賊団は無いだろ」

「結果的にぶつかるようにすることはできる」

「断れば、そういう手段もあるってことだな」

「それ以前に、都市長名での指名を断るような冒険者は干されて終わりだろ」

 

「王都に送り出す程度で口止めになるんでしょうか? もしかしたら途中で命を……」

 

「そこまでは無いな。それに、向こうがあのガゼフ・ストロノーフを使ってでも殺すというなら、どうあがいてもお前らは死ぬから諦めろ」

「殺さずとも口止めとしては充分だ。王都ともなると、よそ者の金級程度が騒いでも信用が無いから無駄だろうしな」

 

「……もう使えなくなる弱みでも、情報としての価値がありそうなら俺達に適正価格で売りつけて行ってもいいんだぜ」

 

 イグヴァルジは、『漆黒の剣』が銀級でありながら銅級の『血塗れの魔女』と酒場でもめていたという情報を得ていた。生意気な魔女の話でも聞けるかと思って呼び止めたのだが、気が付けばそこから離れ、先輩冒険者としてチームで真摯に相談に乗っていた。イグヴァルジは自分を踏み越えてきそうな存在は大いに嫌って嫉妬もするが、自分の下に留まっている後輩に対しては、自分を大きく見せたいという目的ではあるが面倒見の良い男だった。

 

 そして、情報は対価を求めることなく受け渡された。『血塗れの魔女』と幼い奴隷の少女、そして今朝見てきたことまで、『漆黒の剣』が知る全てが語られ、『クラルグラ』は自分たちも知らなかったエ・ランテルの街と冒険者組合の暗部に驚きを隠せなかった。『血塗れの魔女』を嫌うイグヴァルジでも、それがすぐに活用できる情報では無いことくらいは判断できたが、チャンスがあったらその問題に関わることを約束した。

 

「俺はお前らごときのためにリスクを負うようなめでたい人間じゃないからな。その女がちょうど個人的に気に入らない奴だっただけのことだ」

 

 『漆黒の剣』の四人は尊敬の眼差しを向け、『クラルグラ』の仲間たちはイグヴァルジらしい言い回しにニヤニヤしていた。

 

「イグヴァルジが嫌ってるのは本当だぜ。今朝なんて最低な男娼連れて俺たちの宿で遊んでたしな」

 

「最低な男娼?」

 

「八本指がやってる、奴隷同然の壊してもいいやつだよ」

「そういえば、連れてる奴隷は少女だって言ってたよな。両方イケるってことか」

「その上、襲ってきた女を壊して楽しんだその夜に男を嬲って遊んでたわけだろ……すげえ女だな」

「やられたのも、プレートは眉唾としても戦士団の奴らを一撃で殺るような女だろ。お前らはもう関わらなくて正解だな」

 

 

 結局、『漆黒の剣』の四人は依頼を受諾し、王都へ向けて出発する時間まで『クラルグラ』に連れられて豪華な食事を楽しんだ。先輩が後輩に対価を払わないのでは示しがつかないと言われれば、断るわけにはいかなかった。

 

 今回の仕事は二つ。指名自体は不自然ではあったが、冷静に考えれば、仕事自体はまともなものであるようにも思われた。

 一つ目は、王国戦士長の戦士団とともに、盗賊団の情報を持っていたザックという男を護送して王都へ向かうこと。野営などの雑用を手伝いつつ、暗殺など戦士団の手が届かない部分を守れば良いという話だった。単独で盗賊団の手から守るなら銀級では心もとないが、戦士団の盲点を塞ぐ程度なら問題はないだろう。

 二つ目は、都市長からある大貴族への内密の手紙を届けること。都市長も貴族であり、貴族間の派閥の問題を避けるため手紙のやりとりも内密にせざるをえず、手紙を届けた『漆黒の剣』も最低一年はエ・ランテルに帰還してはならないということになっていた。そのため、組合長により王都の冒険者組合で仕事を得られるよう紹介状が付けられ、よそ者としての不利に配慮して金級への格上げ相当と付記された。

 

 その好条件と依頼自体の高額の報酬、そして一年という長すぎる時間は、『血塗れの魔女』と冒険者組合及び都市長との間の不適切な関係を『漆黒の剣』と『クラルグラ』に強く理解させることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンリが落とした依頼書を探しに来た時、それはクレマンティーヌの手に握られていた。

 

「この仕事、私も一緒に行っていいですかねー」

 

「……あなたが、手伝ってくれる――の?」

 

 くれるんですか――と言ってはいけないところだ。獰猛な肉食獣のようなクレマンティーヌでも字が読めることに軽いショックを受ける。

 

「どうせ逃げられないし。何か役に立ったら、少しは人間らしい扱いしてもらえるかなーって思っただけですよ」

 

 エンリの顔が引きつりかけるが、目で合図するンフィーレアに気付いて平静を装う。

 

「僕にも見せてください」

 

 エンリが字を読めないのを知られるのもどうかと思い、ンフィーレアは自然に依頼書を受け取り、ただ確認するように音読する。

 

 依頼内容は、隠れ家が判明したばかりの北の盗賊団を退治すること。盗賊団は戦士団の二名を拉致あるいは殺害した可能性があるという。

 ンフィーレアはこれを「簡単な仕事」と言って持って帰ってきたエンリの感覚に疑問を抱きつつも、マーレに加えクレマンティーヌの協力が得られるなら問題ないように思えていた。

 いずれにせよ、クレマンティーヌに見られてしまった時点で、危険だから断ろうなどと言うことはできない。弱みを見せれば、クレマンティーヌの方が遥かに危険な存在になりかねないからだ。そのクレマンティーヌは、何か隠しているようにも思えるが――。

 

「ヒぃっ!」

 

 尻餅をついたクレマンティーヌは、顔に恐怖の表情を張りつけたまま後ずさりする。部屋に突然現れたのはマーレだ。

 

「ちょっとこれに頼まれて墓場の方まで行ってました」

 

「レ、霊廟の隠し部屋デすか?」

 

 マーレの手にあったのは、カジットの持っていた死の宝珠だ。それが頼むというのがどういうことかはわからないが、クレマンティーヌにはなんとなく行き先が予想できた。

 

「はい。片付けてきました」

 

 これで、ズーラーノーンの側から辿られる可能性は小さくなった。クレマンティーヌにとって、それはもはや取るに足らない些事にすぎなかったのだが。

 

 

 

 エンリは組合で一人で説明を受けることになった。ンフィーレアが付いてこようとしたが、クレマンティーヌがマーレと二人きりになりたくないと言って縋りついたのだ。盗賊団と聞けば物騒にも思えるが、組合長が簡単だというのだからコソ泥の集団のようなものだろうし、仕事にはマーレも一緒に行ってくれるというので問題はないだろう。

 

 依頼者は都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア。エンリはその代理だという衛士長を名乗る男から説明を受けた。

 依頼内容の説明としては北の盗賊団の被害から見る難度の予測と、判明したばかりの北の盗賊団の隠れ家の場所を地図で示されて終わりだが、隠れ家が判明した経緯についての説明が長めに加えられたのは情報の確度を担保するためのものなのだろう。

 難度の予測は20前後の構成員多数に30-40程度の幹部が混じり、60以上の強者が一人居るというものだったが、エンリがかつて組合長から受けた難度についての説明は非常に曖昧なものだった。

 

――簡単な仕事って言ってたけど、こそ泥でも人間だから強いよね。私の場合、50以上は油断すると怪我をするんだっけ、嫌だなぁ。

 

 武器に慣れていないのなら、難度50以上は油断をすると怪我をするかもしれない。それがエンリが聞かされていた冒険者組合長プルトン・アインザックの見立てだった。適正な難度は、幾つか簡単な仕事をこなしながら探ってもらうという話だった。

 

 盗賊団の隠れ家が判明したのは、昨夜、行方不明となった戦士団の二名の捜索において、その所有物である血のついたペンダントを持った男を捕らえたことによるものだった。当初は拾ったなどと言っていたが、他に手がかりが無いので背後関係を徹底的に追及したところ、戦士団については口を閉ざしながらも、別の街へ収監することを条件に盗賊団との繋がりを吐いたのだという。他に八本指などに連なる情報が得られる可能性もあるため、その男は他の冒険者の監視のもと、王都へ戻る王国戦士団と同行する形で護送されるということだ。

 

 

 

 話が終わると、その場に留まるよう言われ、依頼者の代理人と入れ替わりで忘れもしないあの男が部屋へ入ってきた。それはエンリから見れば卑怯者にして災厄の象徴。王国戦士長ガゼフ・ストロノーフその人だ。

 

 言いたいことは色々あったが、真っ先に思いついたのは、エンリの鳩尾を最も厳しく締め上げたあの紹介状の件だ。人々を過剰に怯えさせるような書状についてエンリが精一杯の負の感情をぶつけてやろうと槍玉にあげると、ガゼフはすんなりと自分の非を認め、深く頭を下げた。

 

「申し訳なかった。組合長からも言われているのだが、私の表現はどうも刺激的に過ぎるらしい」

 

 少し難しい仕事を紹介されたことでエンリの組合長への信頼は揺らいでいたが、戦士長に物申してくれたことで再びその信頼は固まってくる。ただ、唐突な謝罪によってぶつけようと思った感情は宙に浮いてしまった。

 

「いつまでも危険を押し付けるつもりはない。王都に戻ったら最高の冒険者に非公式に依頼し、君の立場を代わってもらえるよう頼んでみるつもりだ」

 

「……代わってもらえるのは、いつですか」

 

 最低限、あのクレマンティーヌをどうにかできる相手でないと困るのだが、それはここで言うことではないだろう。

 

「わからない。委ねられるかどうかも向こうの判断だが、少なくともアダマンタイト級冒険者の協力があれば今より安全にはなるだろう」

 

 独自に調査してから動くこともあって、数週間後か一ヵ月後か、数ヵ月後になるかもしれないという。そんな先の見えない説明に不満を隠し切れないエンリの前に、一つの指輪が差し出された。

 

「どれだけ身を守る足しになるかはわからないが、戦士としての力を増してくれる指輪だ。これはかつて世界のために働いた偉大な英雄から受け継いだもので、今の私にはふさわしくないものだ」

 

「世界のためとかいっても、ずっと危険に晒されたいとは思いません」

 

 拒むエンリに構うことなく、ガゼフはテーブルのエンリの前に指輪を置く。

 

「その危険に晒されている間、預かってくれるだけでいい。王都から送り出す冒険者たち――『蒼の薔薇』に依頼するつもりだが、彼女たちが全て引き受けてくれたら、そのリーダーにでも渡してやってくれ」

 

「……では、それまでお預かりしておきます」

 

 ガゼフは王都で知り合った真っ直ぐな若者のことを思う。いずれリグリットの指輪を託すならあの者と考えたこともあるが、今のガゼフは世界の危機に背を向けて退いた身だ。そんな自分に、指輪を受け継ぐ者を選ぶ資格があるとも思えなかった。かつて蒼の薔薇にいたリグリットから受け継いだものは、世界の危機に立ち向かう若者に、そして蒼の薔薇のリーダーに戻しておくのがふさわしいだろう。

 

「それまで、その指輪は君のものだ。ただし、大丈夫とは思うが、それは決して邪悪な者には渡さないで欲しい。それだけは、託された時からの約束なんだ」

 

「わかりました」

 

 

 邪悪と聞いてすぐにエンリが思い浮かべたのは、昨夜のクレマンティーヌの姿だ。ガゼフではなく偉大な英雄の想いとなれば、それは守らねばならない。邪悪な者には渡さないということを心に刻むが、エンリの考える邪悪にはマーレは含まれていなかった。

 話を聞く限り貴重なもののようなので、失くさないようにサイズがきつめになりそうな親指に装着するが、指輪にかけられた魔法により自然とサイズが調整されて装着感がとても良くなった。マジックアイテムのそういう特性を理解していないエンリは、そのことで指輪が自身を邪悪と見なしていないのだと考え、勝手に安堵した。人間の理解者が数えるほどしか居ない今のエンリは、自分を理解してくれるのがたとえモノであっても嬉しさを感じてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 ガゼフは、エ・ランテルを去る直前の慌しい時期でも冒険者組合を訪れて本当に良かったと思う。こうして渡すべきものを渡すことが出来ただけでなく、その前の冒険者組合長との会見も有意義なものだった。以前の非礼を詫びるだけのつもりだったが、蒼の薔薇に依頼をする上で役に立つ話も聞くことができた。出発に向けて準備をしながら、その時のことを思い返す。

 

「怒ってなどいませんが、私は戦士長殿が心配なのです」

 

 ガゼフが正面から受け止めてしまったその言葉は、実際のところは、ガゼフに皮肉をぶつけておきながら正面から謝られてしまった冒険者組合長プルトン・アインザックがそのことに戸惑った上での言葉でしかない。謝られたら自分も謝らなければならないような気もするがそれも癪だという、子供じみた感情から出たものだった。

 

 曰く、話の内容が刺激的に過ぎる。

 曰く、エンリ君の協力が得られたのは奇跡であり深く感謝すべき。

 曰く、アダマンタイト級冒険者でも普通は仕事として受けようとは思わないだろう。

 

 この大都市で冒険者を束ねる者の発言として、それは実績と経験に裏打ちされた、かなり重いものであるように感じられた。

 

 ガゼフは率直に教えを乞い、冒険者の世界における難度という概念について簡単に説明を受けた。問題の闇妖精マーレの難度については、百三十から百五十と伝えれば良いというのがアインザックの提供した判断だ。

 

「具体的な情報から推定されるものをそうして伝えるのが我々冒険者のやり方です。百五十といえば国家存亡の危機であり、魔神か竜王にも匹敵するもの。アダマンタイト級冒険者といえども戦いとなれば百あたりが限度で、このくらいならば必ず戦いを避け、戦士長殿の意図通りにうまく立ち回る事を考えるでしょう」

 

 アインザックの見立てでは魔法のモニターの中の出来事が真実ならば百五十を超える可能性があるが、そのような本人が作り出した不確定な映像をもとにして、わざわざ怯えさせるような数値を出すべきではないという考えがあった。

 

「難度くらいは伝えるにせよ、戦いが目的ではないでしょう。殊更に刺激的な話をするより、依頼を受けた冒険者が戦わずにうまくやるための材料が必要です」

 

「材料、とは?」

 

「マーレ殿が法国とあなたで揺れていたとか、敗勢濃厚になってからようやく加勢してくれたとか、それでも今はエンリ君のもとで大人しくしているとか、そういう性質や性格的な部分をしっかりと伝えていくことが重要だと思いますよ」

 

 ガゼフの誠実な態度にほだされ、アインザックはいつの間にか時を忘れて親身に依頼者の心得を説いていた。

 ガゼフは蒼の薔薇への依頼に際して、この時の助言を忘れずに活かそうと心に決めた。

 

 

 この日、王国戦士長とその戦士団は、一人の囚人と四人の冒険者を連れて城塞都市エ・ランテルを後にした。










めでたく制御不能(?)になりました。
八巻のあのシーン、大好きなんです。

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