マーレひとりでできるかな   作:桃色は赤と白で出来ている

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第一章 マーレと血塗れの魔女
一 不幸な出会いと奴隷の少女


「おい、ガキが一人で、こんな所で何をしてるんだ」

 

 村の野伏(レンジャー)ラッチモンが見咎めたのは、上等な服を着て似合わぬ長い杖を持った金髪の少女だった。

 野伏として今起こっている事を見定めなければならない大事な時に、不自然ながら警戒の対象には感じられない小さなよそ者に気を取られた苛立ちからだろう、普段温厚な彼には珍しく粗雑に声を荒げた。

 

 ここは魔物の巣くう暗い森に程近い、時に子鬼や狼が闊歩する危険な草原だ。

 ここでは午後の陽を受け黄金の輝きをふんわり纏うよく手入れされた滑らかな金髪も、華美ではないが貴族の子弟のような仕立ての良い繊細な作りの服装も、それらに反して只の王国貴族の子弟ではありえない長く伸びた耳も、王国の周辺ではそれと相容れないはずの肌の色も、全てが容易にその存在を納得できるものではない。

 しかし、いくら不自然であろうと、それは彼が調べなければならない脅威とは無関係のものだ。

 

 無論、彼は目の前の美しくも不可思議な存在の正体を知らない。この付近に存在しうるあらゆる脅威を無造作に掴んで地獄へと引き摺っていくことができるような存在であるなどとは、想像することさえできない。

 

 旅人と考えるには無理がある、保護が必要なよそ者の子供。

 手の届かない高価そうな服装の、面倒事の種でしかない珍しい異種族。

 このようなものに対し、かける言葉は粗雑でも、保護を考えて接触するのは善人の行動だ。

 

 

 金髪の少女――マーレはまだ混乱していたが、目の前のつまらないものから何か情報が得られるかもしれないと考える程度の判断力は持っている。

 しかし、それは仲間でもなければ侵入者でもない。こんなものにどう接すれば良いかもわからない。

 

「ぼ、ぼくは……その……」

 

 

 少女の不安げな態度は、唯一この状況において自然なものだ。

 ラッチモンはそれまでの戸惑いを溜息とともに外へ出し、少女の方へ近づいていく。

 

「親はどうした、はぐれたのか。探してやろうか」

 

「い、いません。ぼくはアインズ・ウール・ゴウンの皆様を探して……その……」

 

 アインズ――皆様――それは冒険者か何かだろうか。

 ラッチモンは暗い森に程近い開拓村に移ってから数年、冒険者というものをあまり好まなくなっていた。

 彼らは、確かに魔物を倒してはくれるが、森へ踏み込んで魔物を釣り出してしまうことがある。無責任な連中のせいで、改めて安全な薬草の採取場所を探さねばならないかもしれない。

 

 そうだ、今日薬草を取りに出てしまったのはエモットの所の……あれは勘のいい子だが急いで連れ戻そう。

 無責任といえば、そいつらはこんな幼い少女を置いてどこへ消えたというんだ。

 おどおどしている目の前の少女にあわせていられない。いったん村へ連れていくため、細い腕へ粗雑に手を伸ばす。

 

「ガキをこんな所に一人にするなんて、そのろくでもない連中はここへ何をしに……」

 

 

 

 ごぅっ――と、少女の前で風を感じるとともに手元で何かが弾けた。熱い。

 

 

 

 しばし遅れての、激痛。

 灼けるような痛みと、感じたことのない喪失感。感覚の爆発と喪失。

 

 視線を落とし腕のほうを確認し、そして痛みの正体を知った。

 その一瞬で視線をさらに落とし、自らに起こった異常の全容を知ったが、これは知らない方が良かった。

 

「な……ぎゃぁぁああああ、う、うで、うで、うでぇぇぇぇぇ!」

 

 右腕の肘から先が消え、真っ赤な肉と骨が見える。

 その先にあったはずのモノは肉や腱でかろうじて繋がり、下へ垂れ下がって揺れていた。

 深みのある赤い流れが垂れ下がっているものを打ちつけ、鈍い水音をさせて四散し続ける。

 

 

 

「……脆い……うるさい」

 

 

 

 それは誰にも聞こえない程に抑えられた微かな呟きで、煩わしそうな先程より低い声だった。

 

 こんな事は初めてで、マーレは自分自身の声や態度に戸惑う。

 御方々を冒涜するような存在(ゴミ)はかつて戦いの相手の中には存在したが、それは常に殺し合いの中の事で、苛立つ暇など無かった。

 初めての状況。そして不快の感情にまかせて少し強く手を振り払っただけでこの事態。

 戦うまでも無い目の前の脆弱な存在(ゴミ)――至高の御方々を冒涜するそれを不快に思うのは当然の事だが、それと同時に感じたのは、自身の態度、そして口にした言葉への違和感だ。

 至高の御方々が側に居ないとはいえ、ぼくはこうあるべきではない。理由はわからないが、こうあってはいけないから、いつもどおりにするべきだと、そう思えた。

 

 

 ……ふぅ、と溜息一つ。

 

 そして、一時全く消えていた表情を普段通りに戻し、不安そうに目の前で錯乱しかける男に問いかける。

 

「み、皆様を知っているんですか?」

 

 僅かな逡巡ののち一歩踏み出せば、恐慌状態の男は笑う膝を押さえつけて逃げようとしている。

 

「ば、ばけもの……くるなぁぁぁっ!」

 

植物の絡みつき(トワイン・プラント)

 

 マーレの魔法が発動し、男は群生する蛇のように変化した草原の植物に絡めとられた。

 次の詠唱で、男の発する叫びもにわかに強まる風音に包み隠される。

 

 

 

 

 結局、話を聞こうと捕まえてもほとんど叫び声しか聞くことができず、試しに何度か体の一部を杖の先ですり潰し、砕きながら聞いてもそれは変わらなかった。役に立たないので捨てようと思った頃には、頭を潰す前に動かなくなっていた。

 それは残念な結果だった。ある理由で共感を覚えていた黒光りする仲間や、ぬらぬらした触手を持つ仲間がいればこういう時に頼れたのだろうと思いつき、そういう方向で自分なりに頑張ってみたのだが、自身の拙さに少し落ち込まざるをえない。

 失敗そのものより、尊重するべき仲間の役割であるものをただの簡単な作業であるかのように思い違いをしてかかった自分を恥じるマーレだが、居ないものは仕方が無い。うまくいかないのだから、次からはもう少し考えるしかないだろう。

 

 とりあえず、あれがアインズ・ウール・ゴウンを知らないという事は間違いなさそうだ。そして、自分が本当に動揺しているということも。

 動揺は隠しようがない。御方々や仲間たちと離れ連絡もとれない状況にあるとはいえ、あるべき自分を見失いかけたことが、マーレには何より恐ろしかった。

 勿論、御方々を冒涜するようなモノへの不快は当然だ。それでも、あれは自分とは少し違う。帰属すべきナザリックを見失っている自分が、創造された自身のありかたさえ見失ってしまえば、本当に自分の全てが終わってしまうような気さえしてくる。そこへ本当の不安と震えがやってくるのは無理も無いことだった。

 

 

 

 

 暗い森は拍子抜けするほど平穏だった。もちろん、森を支配する危険な魔獣の縄張りの外側、人間の領域として許される範囲での事だが、そこにも村の貴重な現金収入となる薬草が自生している。

 エンリ・エモットは籠一杯になった薬草を見て満足げに頷く。病気などには対応できない、傷の治りを助ける程度の安価なものだが、一人で来られる範囲では最高の収穫だ。

 

 昨夜からの異変には気づいていた。いるはずの季節にあの黒い鳥たちが全く居なくなるというのは、どこかで餌となる死者や大きな死骸が盛大に鳥たちを集めているということ。それは毎年決まった季節に起こる戦争の時を除けばたいていは森の中で、そうなると村の野伏が安全を確認するまで薬草の採取をあきらめなければならない。

 しかし、エンリは昨夜のうちから準備を整え、今朝になって野伏が村長と話し合っているうちに急いで村を出てきた。そうするべきだと思ったからだ。

 

 金銭に困っているわけではない。充分な麦畑に加え薬草の採取を手がけながらも質素な暮らしをするエモット家は村でも蓄えが多い方だ。そして森に向かうことに不安を感じなかったわけでもない。

 しかし、今回の異変に違和感を覚えていたエンリにとって、現金化したばかりで薬草の備蓄が少ない状況の方が不安に感じられた。鳥の動きについても、エンリはいつものように鳥たちが森に向かう姿を見ていないのだ。戦争がこの時期に行われないことは大人たちから聞いていることだが、だから危険なのは森だと即断する気にはなれなかった。

 

 木々の切れ目はもう赤みが差している。違和感を振り払うように薬草を集めていたら時間を忘れてしまったようだ。既に迎えが来ていてもおかしくないが、あの人もこの違和感を覚えているなら色々調べる事もあったのかもしれない。

 ……迷惑をかける前にいつもの目印を元通りにして村へ戻ろう。目印は森を出た事を示すもので、これを忘れると野伏のラッチモンに大変な迷惑がかかることになる。

 目印とは森の外れで目立つ大樹の陰につけられた亀裂だ。そこへ森へ入る時に抜き取った木片を差し込む。森の動物や嫌う臭いを染みこませたもので、村人以外が外すことはまず無い。よそ者が興味を持つような場所でもないので昔から機能してきたやり方だ。

 

――子供?

 

 大樹の前には、見慣れない小さな先客が佇んでいた。よそ者、の一言では収まらない違和感、その不思議な姿にエンリは我が目を疑った。

 それは、幼い頃に聞かされた森の妖精の物語、その中から現れたような姿。幼い妹なら喜んで駆け寄ったかもしれない。そうであれば、妖精の瞳の中にある闇を知ることもなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森は管理されていなかった。それを教えてくれたのは、外からの侵入者の足がかりであろう不自然な傷跡と臭気。もしマーレの姉が関わっていれば、このようなものが残されるようなことはない。この森を誰がどうしようとそれはどうでもいいことだが、慣れ親しんだ住処の森とは違う未踏の地に来てしまったという事を改めて思い知り、マーレは深く溜息をついた。

 

 人間は下等な生き物だ。それは先ほどのゴミの処分を思いおこさずとも、このようなものを残さねば森で行動することもできない程に感覚の希薄さや個の脆弱さを自覚していることからもわかる。それはすなわち、自らより強大な存在に敏感であるということだ。

 強者にとっては歯向かう者など壊してしまえばいい。森の獣のように俊敏なものたちは危険を察知し逃げるだけだ。しかし人間は力も弱ければ逃げ足も遅い。強大な者が集う場――ナザリックのような場を見つけた場合、それを仲間に広く伝えようとするかもしれない。

 

 マーレは軽く頭を振る。下等生物のありかたに何を期待しているのだろうか……。

 確かにナザリックにおいては、マーレはあらゆるものに対し、そうあれと作られた以上存在意義があると考えていた。考えたかった。御方々の多くが目を背けていた黒光りする仲間やぬらぬらした触手を持つ仲間はもちろん、使う者が殆ど無い通路や階段にまで共感を覚え慈しむ気持ちになったことさえある。

 何しろマーレの創造主は常々「姉に素直に従う可愛い妹が欲しかった」と言っていて、その上で創られたのは姉とマーレなのだ。それでも「姉に素直に従う」間だけは僅かな安らぎが得られ、姉とともにあれと創られた事だけが救いだった。それが今は一人なのだから、正気でいられる方がおかしい。むしろ何故終わってしまわなかったのか――。

 

 ナザリック最後の記憶は、最後の至高。感極まって最後まで聞き取れなかったが優しい御言葉を賜り、傅いているだけで体がぽかぽかと暖まり、それまでの胸のつかえが嘘のように消え去っていたあの時間だった。

 その時、初めて支配者の証を手にしたその御姿は創造主たちの支配者であるばかりか、自らの新たな創造主であるかのようにさえ感じられたのだ。抗うこともできず、いや、抗う必要さえ無く、ただ自身のありかたを委ねられる存在。自身をいつでも創り変えられる存在が、そこにはあった。

 

 あのひとときがあればこそ、自分が自分でありつづけられるのかもしれない。戻れるならあの瞬間にこそ戻りたい……たとえあれが別れの言葉であったとしても。

 温かいものが頬を撫でて零れ落ちる。

 

 もはや手の届く所に至高は居ない。しかし、自ら探すことはできる。

 

 重い足取りでその場を去ろうとした時、マーレは先ほどから知覚していた取るに足らない下等生物の気配が自分に向かっている事に気づいた。いまにも闇に侵されそうな瞳をそちらへ向ける。その下等生物――人間の娘が近づいてくる。

 

 

 

 

「あなたは、この森に住んでいる妖精さんかな?」

 

 

 

 

 エンリは、特徴的な耳をもつ妖精の少女が遠い妖精たちの集落からはぐれたのだろうと考え、怯えたようなその雰囲気を察して優しく声をかけ歩み寄る。現実に見たことはないが、口伝えの物語の世界ではこの森には妖精族が居たということになっている。

 しかし妖精の少女は俯いたまま黙って首を振る。涙の跡。顔にはその動きに揺らされ、陽の当たった上等な服の滑らかな生地がきらきらと輝きを変化させる。

 

 綺麗な髪や妖精の耳に気をとられていたが、これは森で暮らす者の服装ではない。こんな服を用意できるのは貴族や王族などの特権階級だ。

 特権階級――それは、欲望の赴くままに時には幼い村娘でも妖精族でも所有し蹂躙するという、仄暗い雲の上の存在だ。

 エンリをろくでもない想像に引き寄せたのは、妖精の幼い頬に残る涙の跡だった。思わず、少し低い声が出てしまう。

 

「誰かに、お仕えしているの?」

 

 妖精の少女は俯いたまま、問いに問いを返す。

 

「あ、あのっ……アインズ・ウール・ゴウンの……モモンガ様を知りませんか?」

 

 地名と人の名のような……やはり貴族なのだろう。それは、この服装なら自然なことだ。そして、哀れな妖精の少女の運命を歪め、その幼い体を嬲るような爛れた嗜好を持つであろう者の住む地とその名は王国にありそうなものでもなく、聞いた事がないものだった。

 開拓村に住む村娘でしかないエンリの記憶に残る地名など、地理的な繋がりのあるごく僅かなものだが、それに含まれないということには大きな意味がある。

 周辺に他に気配は無い。はぐれたのであれば相手に土地鑑は無く、それは目の前の妖精の少女を爛れた運命から救うことができるかもしれないということを意味する。

 

「その名前は知らないけど……ちょっといいかな。できればあなたの力になってあげたい」

 

 エンリは膝を折って身をかがめ、目線を妖精の少女の高さに合わせる。大切な話をする時は高さを合わせて、相手の顔をしっかり見なければいけない。両親も自分たちのためにそうしてきたし、自分も妹のネムに対してそうしているから。特に妖精の少女の境遇を考えれば、怯えさせるようなことがあってはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何ですか」

 

 おどおどした雰囲気だが、先ほどより僅かに低い声が発せられる。逆にエンリは言葉の続きを飲み込んでしまっていた。妖精の少女の瞳の奥に、闇を見たような気がしたのだ。

 高貴な者たちの限りない欲望に晒される別世界の少女の事だ、自分如きでは推し量りきれない事情はあるのだろう。この少女が絶望の淵にあると考えるのが自然か……少なくとも、何かが瀬戸際、崖っぷちなのは間違いない。不用意な言葉で傷つけてしまえば、取り返しがつかない事になるんかもしれない――。

 

 言葉が出ない事で自然と視線が下がる。そこにあるのは、陽を反射して複雑に輝く繊細で上等な服、当然にこれは蹂躙され棄てられたものの服装ではありえない。そしておどおどしてはいるが、そもそも蹂躙されたような悲壮感も全く覚えさせない少女の無垢な美しさ、それは今でも嗜好の合う多くの貴人を虜にするだろうし、これから花開けば絶世の美貌となるのは明らかだ。

 つまり、爛れた運命を前にしてはいても、穢れの無い存在。主人の行方をわざわざ尋ねるというのも、そういう事なのだろう。逆に主人とはぐれてただ不安なのかもしれない。もちろん運命の日が近い事を感じて追い詰められているのかもしれないが、いずれにせよ早合点して幼い妖精の心を抉るような真似をしてはいけない。

 

 その境遇の爛れた忌まわしい部分に触れなくても、そこから目を背けさせたままでも、助けることはできる。うまくやることはできる。

 

 エンリは再び少女の目をまっすぐ見て口を開く。

 

 

 

 

「私にはわかる。あなたは、とても大事にされているのね。ご主人様はきっとあなたの事を探してる」

 

 

 

 

 下等で脆弱なはずのものから出たのは、穏やかだが、確信の篭った声。声質などは全く違うが、迷いが感じられず安心できる所、思わず言う事を聞いてしまいそうな所が、自分が従ってきた存在に微かに似ていた。何の力も感じられず、服装も粗末で、何かの群れを統率できるような存在にはとても見えないというのに。

 そう感じられたのは、感じたくなったのは、マーレの切なる願いを肯定し後押しする言葉だったからかもしれない。そうであっても、先程の不快なゴミとはまるで違う生物だという認識は変わらない。マーレは切りそろえられた滑らかな金の前髪から、上目遣いにちらちらと様子を窺う。

 

 これは人間だ。不自然な臭気をもつ大樹の方へ来たということは、この森をその行動範囲に含めている、このあたりの地理に明るい群れのものなのだろう。あちらから協力するというのなら、それも悪くはない。御方々に再びお仕えできるためなら、利用できるものは何でも利用しなければならない。

 

 

 

 

 

 妖精の少女は、ぽつりぽつりとエンリの問いに答えていく。

 名前はマーレ。ここがどこかも知らず、ただあてもなく敬愛する主人を探していたという。こんなにも主人を慕う、無垢で美しい奴隷がいるだろうか。

 

「あなたは、そのお方の奴隷なの?」

 

「あああのっ、奴隷って、何ですか?」

 

――教えなくていい言葉だ。

 無垢な花園に土足で踏み込んだような後ろめたさを感じ、エンリは言葉を選びなおす。

 

 

「ごめんなさい、それなら、あなたはそのお方の言うことを、命令を聞かなければいけない立場なの?」

 

「そ、それは当たり前ですっ」

 

 マーレは上目遣いをやめ、エンリの目を見て少し強く答える。主への忠誠を口に出せることは相手がどうあれ誇らしいものだった。

 

 

「どんなことでも? 恥ずかしいことや辛いこと、苦しいことを命じられても?」

 

 そんなことはないです、とでも言ってほしかったのかもしれない。想像はできても信じたくない世界というものもある。

 

「と、当然ですっ」

 

 真っ直ぐな瞳を向けられ言い切られると、もはや言葉も出ない。

 妖精の少女からはモモンガ様と呼ぶ主人に対しては心からの敬意が感じられたが、エンリの心の中ではその名は幼い少女を喰らうつもりで透明な檻に囲う禍々しくも狡猾な獣の名として刻まれた。吐き気すら感じる。

 しかし、この感情は今は仕舞っておこう。食肉用の家畜がその柔らかな肉を貪る為に大事に育てられていたのと同じであっても、今はそんなことを理解させる必要は無い。幸せだったならその思い出を汚す必要などないのだ。

 

 そして、そういった同情心や庇護欲だけでなく、妖精の少女の瞳の奥にくすぶる微かな闇にエンリは身震いするようなおそろしさをも感じていた。それは決して真実に到達しての感覚ではなかったのだが――。

 この異性と付き合った事もない田舎の少女は、目の前の無垢で美しくも幼い妖精の少女から、自ら危惧したようなおぞましい爛れた行為について、現実に起こったこと、まして望んで受け入れていたこととして聞いてしまうことがおそろしかった。受け止める覚悟が無かったのだ。

 

 

 エンリはマーレを伴って森を出る。身分の高い主人なら地図くらいは持っているはずで、闇雲に動き回るより村で待った方が良い。人を使って探すにしても、はぐれた場所が近ければいずれカルネ村まで探しに来ることもあるだろう。そういう事を説明しながら、村へ向かう。マーレはおどおどした態度ではあるが理解は早く、見かけの幼さの割には賢いのかもしれない。














(旧第一話後書き)
本当はエンリから始めたかったのですが、エンリほどの人気キャラのシーンで主人公を理解してもらうための説明等が入ると冗長に過ぎると考えたので、ここからです。この言い訳をもって二次小説で初めて単体で犠牲になったかもしれない人への供養とします。
(旧第二話後書き)
 更新が途絶えたら、シャドウ・オブ・ユグドラシルで粗引きミンチにされたと思ってください。こんなにモモンガ様に酷いことをするつもりはなかったのです。エンリがンフィーでなくモモンガ様のものになってもいいと思うほどです。本当に、どうしてこうなった…。(続きますが。)
 吐き気といえば、最近ワーカーのあの子が呼んでるんです。ネタに詰まるたびに、こっちへおいでと。

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