「うっ、く……!」
突然走った痛みに右手の感覚がなくなり、アルハレムは右手に持っていたロッドを落としそうになるが、すぐにロッドを持ち直す。それは意識した動きではなく、長年の訓練で母親であり武術の師であるアストライアから文字通り体に叩き込まれた「戦いで武器を手放すのは死ぬときだけだ」という教えが活かされた無意識の動きだった。
「ほぉ……?」
ロッドを持ち直したアルハレムを見てローレンが感心したような声を出す。
「凄いじゃないか。流石はマスタノート辺境伯……いや、アストライア先生の息子。『戦いで武器を手放すのは死ぬときだけだ』という教えが体に染み付いているね。……アルハレム君、知っているかい? 僕は小さい頃にアストライア先生に武術を教えてもらったことがあるんだ。つまり僕と君は兄弟子と弟弟子の関係になるんだ。どっちが兄弟子で弟弟子かは分からないけどね」
「俺とローレン皇子が……? ……ん?」
ローレンの口から語られた意外な過去に驚くアルハレムは、自分の足が何か軽いものを蹴ったことに気づく。
アルハレムが足元を見ると、そこには一本の手のひらに収まりそうな小さな棒が転がっていた。恐らくはローレンはこれをアルハレムの右手に当てたのだろう。
「棒? ……違う。これはダート(手投げ矢)か?」
ダートとは手で投げる専用の矢を的に当てて、誰が一番的の中央に当てられるかを競うという、貴族の間で流行っている遊びで使われている小型の矢のことだ。
よく見れば足元に転がっている棒の片方の端には羽根がついていて、鏃を取り外したダートだと分かった。
「その通り。……冒険者は最初にクエストブックを開いた時に無数の扉がある空間に通されて、その中の扉を一つ選んで開くことで、そこにある戦う力を手に入れる」
ローレンはアルハレムの呟きに頷くと、冒険者がクエストブックを初めて開いた時の出来事を話し出す。
「アルハレム君がその時に扉の一つを開いて『魔物使い』の力を得たように、僕も君とは別の扉を開いて力を与えられた。その力は……」
そこまで言ってローレンが両腕を胸の前で交差させると、その両手にはいつの間にか指と指の間に鏃を取り外したダートが挟まれているのが見えた。
「僕が得たのは『射手』の力。僕はあらゆる射撃武器を自分の手の延長のように使うことができる。戦闘では一緒に戦ってくれている仲間を後方から援護するのが僕の戦い方さ。だから前に出ての戦いはあまり得意じゃないんだけど………っ!」
「………!?」
ローレンは表情を引き締めると右腕を振るって右手の指に挟んでいたダートの一本を放ち、放たれたダートは突然の出来事に反応できなかったアルハレムの顔のすぐ横を通過した。
「これでも勇者としてそれなりに場数を踏んでいるからね。一対一の勝負だったら、それなりに戦えるよ?」
そう言うとローレンはアルハレムに向けて不敵な笑みを見せるのだった。