「痛……! おい、リリア。これはどういうつもりだ?」
アルハレムが押し倒された際の背中の痛みに耐えながら抗議すると、リリアは何でもないように笑顔を浮かべながら答える。
「どういうつもりだって、前に言ったじゃありませんか? 『解放してくれればそれなりのお礼をする』って。そしてサキュバスのお礼といったら一つしかないじゃないですか?」
言いながらリリアは体の秘所をかろうじて隠している極細の帯の衣装をずらしていく。彼女が言う「サキュバスのお礼」とはつまり「そういうこと」らしい。
「こ、ここで肌を重ねようとか何を考えているんだ!?」
自分の上で裸体をさらそうとしているリリアにアルハレムは思わず叫んだ。
アルハレムだって健全な男子だ。男と女の交わりには充分興味があるし、相手がリリアのような美女ならこちらから願い出たいくらいだ。しかしそれでも彼には自分の上にまたがっているサキュバスとの交わりを拒む理由があった。
「というより、り、リリア! お、お前は俺を殺す気か!?」
アルハレムの声は明らかに恐怖で震えていたが、彼の反応はこの世界の人間としては当然とも言えた。何故なら男が魔女と肌を重ねるということは、その男の死を意味するからだ。
魔女は必ず同じ種族の雌を、輝力を扱える魔女を生む。
強い力を持つ子供を生めるこの魔女の特徴は魔物としてはこれ以上ない長所なのだが、これには一つの代償があった。魔女は父親である異種族の雄と肌を重ねた時に、その雄から大量の【生命】を吸いとってしまうのだ。
一度の交わりで吸いとられる【生命】の量はステータスで表すとおよそ百。ちなみに一般的な人間の【生命】は百から二百の間である。
更に魔女は生まれる子供が全て雌という特徴のせいか子供を生もうとする本能が非常に強く、一度その本能に火がつけば最低でも三度は「行為」を終えなければ収まらないのだという。
ただの男が一度魔女の誘いにのればそこでおしまい。命も何もかも全て魔女に搾り取られて助かる術はない。
これがこの世界の常識だった。
幸いというかアルハレムは超人ともいえる【生命】の量を持つのでリリアと肌を重ねても生きられる可能性は高いのだが、子どもの頃から魔女と交わることの恐ろしさを聞かされてきたせいで中々恐怖をぬぐいさることができずにいた。
「お願いします、アルハレム様。どうか私を助けると思って……。もう私、お腹が空いてしかたがないんです」
「な、何?」
今の状況とは全く関係がなさそうなリリアの言葉にアルハレムは思わず抵抗を止める。
「アルハレム様。私、封印から目覚めてからずっとここで飲まず食わずだったんですよ? 今日まではなんとか耐えられましたが、もうこれ以上は流石に無理です。サキュバスは雄の精力を糧とできる種族ですのでどうか私を、貴方様の僕を助けてください」
「た、確かにリリアはずっとここに閉じ込められていたから食事は必要だよな。……って、それだったらコレ、俺への『お礼』じゃないだろ。食糧だったら持ってるからそれで……」
「それに……」
我慢しろ、と主の魔物使いが言うより先に僕の魔女が口を開く。
「私だってこれが初めて……処女を捧げるのですから、そんなにつれなくしないでください……」
「…………………………ハイ?」
「隙ありです♪」
頬を赤く染めながら言うリリアの発言にアルハレムは体を硬直させ、その一瞬を見逃さずサキュバスは己の主人の口を自分の唇でふさぐ。
「んんっ!?」
アルハレムの口の中にリリアの舌が蜜のように甘い唾液と共に侵入する。
「んっ♪ んっ♪ んっ♪ んんー♪ んんんっ♪」
「………! …………!?」
リリアはアルハレムの口の中で舌を暴れさせながら貪るように唾液をすする。その度にアルハレムの口の中に言い様のない快感が走り、やがて彼の体からは抵抗しようとする意思も力も溶けてなくなっていった。
☆★☆★
「……はぁ」
「はー……! はー……!」
数時間後。
アルハレムとリリアの二人は地下室の床に力なく横たわっていた。二人とも体には何も身に付けておらず、裸体が汗と土ぼこりに汚れていることから、二人がこの数時間の間ずっと激しく交わっていたのは確かなようだ。
「し、信じられない……。アルハレム様、貴方本当に人間なのですか……?」
気のせいかアルハレムよりも消耗が激しそうなリリアは、まるで怪物を見るような目を隣にいる先程まで肌を重ねていた相手に向ける。
「いきなり何を言うんだよお前は? 俺は人間、ヒューマン族に決まっているだろ? オークにでも見えたのか?」
「オークなんかよりアルハレム様の方が怪物です。私達が何回肌を重ねた思っているのですか? ……十一回ですよ? サキュバスと十回以上肌を重ねても生きていられるなんて普通じゃないですよ」
アルハレムの冗談にリリアは真剣な表情で返す。
全くの予想外だった。
いくら魔女の子供を生もうとする本能が強力だからとはいえ、リリアはアルハレムと契約をした関係だ。僕であるリリアは主であるアルハレムに命の危険を与えることは絶対にできない。だから一回か二回肌を重ねればすぐにアルハレムの命の危険が近づき、契約の力が行為を止めると彼女は考えていた。
しかしいくら肌を重ねても、常人であればすでに干からびてるであろう大量の【生命】を吸いとっても、アルハレムは疲労した様子を見せるだけで命の危険には近づかず、最後にはリリアの方が音を上げてしまったのだ。これは「淫夢の種族」と呼ばれるサキュバスの彼女にとってはこれ以上ない屈辱といえた。
「ああ、それは多分これのせいだろ。ステータス」
アルハレムは自分のステータスを呼び出すと、それをリリアに渡して見せた。
【名前】 アルハレム・マスタノート
【種族】 ヒューマン
【性別】 男
【才能】 3/20
【生命】 130/1230
【輝力】 0/0
【筋力】 26
【耐久】 25
【敏捷】 30
【器用】 30
【精神】 27
【特性】 冒険者の資質、超人的体力
【技能】 ★中級剣術、★中級弓術、★中級馬術、★初級泳術、★契約の儀式、★初級鞭術
【称号】 家族に愛された貴族、冒険者(魔物使い)、サキュバスの主
「この【特性】は……!」
「そう。俺がお前と肌を重ねて助かったのは、全てその【特性】のお陰だよ」
自分のステータスを見て驚いた顔をするリリアに、アルハレムはイタズラが成功したような笑みを浮かべると、手品の種明かしをするような口調で話しかた。