魔物使いのハンドレッドクエスト   作:小狗丸

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第七十三話

 アストライアは自分の書斎で一人、書類作業を行っていた。書類作業が一段落ついたところで窓の方を見ると、窓の外ではまだ宴の明かりが見えた。

 

 魔物を生み出す森から魔物が現れなくなり、住人達がこうして宴を楽しめているのは、全て自分の子供であるアルハレム達の働きのお陰だ。そう考えるだけでアストライアは自分のことのように誇らしい気持ちとなって口元に笑みが浮かぶ。

 

「さて……ん?」

 

 アストライアが窓から残り少なくなった未処理の書類に視線を戻した時、窓から物音が聞こえてきた。

 

「ツクモ……?」

 

「にゃっほー♪ アストライア殿、いい夜でござるね♪」

 

 再び窓の方を見ると一糸纏わぬ姿のツクモが窓際に腰かけて上機嫌にアストライアに手を振っていた。

 

「……何故裸なのだ? お前は?」

 

「いや~、実はつい先程までアルハレム殿と肌を重ねていたでござるよ♪ しかしアルハレム殿がいつの間にかあそこまで立派に育っているとは思わんかったでござる。もうこれからは子供扱いはでき……ぶっ!?」

 

「人の息子と寝たことをなに自慢している!? いいからそれでも羽織っていろ!」

 

 アルハレムと肌を重ねた事を自慢気に話すツクモの顔にアストライアが自分のマントを投げつけると、猫又の魔女はマントを羽織ってまだ少し汗で濡れている裸体を隠す。

 

「自慢したくもなるでござるよ? 何しろ魔女にとって優秀な雄と番になるのはこの上ない喜びにござるからな♪ その点で言えばアルハレムは本当に優秀な雄でござった♪ なにしろツクモさんをベッドで……」

 

「黙れ!」

 

 恥ずかしそうに手を赤くなった頬に当てて幸せな口調で語ろうとするツクモをアストライアが一喝して黙らせる。母親としては自分の息子が女性と肌を重ねた話を、しかも相手の女性の口から聞かされるなど耐えられるはずもなかった。

 

「ようするに! アルハレムと契約の儀式を行って仲間になったのだろ? ……それで? その事を報告しに来たのか?」

 

「いやいや、そんなことはないでござるよ。……ツクモさんは一つ確認をしに来たのでござる」

 

「確認? 何をだ?」

 

「……アストライア殿。一月前も聞いたでござるが、やはりアルハレム殿を『アレ』に推薦するでござるか?」

 

 幸せそうな顔から一転、真剣な顔となったツクモの言葉にアストライアは納得したように頷く。

 

「なるほど。その件で来たということか。……ああ、無論だ。すでに推薦の文章も向こうに送ってある。明日にでもアルハレム本人に話をするつもりだ」

 

「………」

 

 アストライアの言葉にツクモは無言で責めるような視線を向ける。そんな猫又の視線をマスタノート辺境伯は面白そうな笑みで返す。

 

「フッ……。一月前は『否定はしないが賛成もしない』という態度だったが、今は明らかに否定する態度を取っている。以前から怪しい時はあったが、本格的にアルハレムを『弟』から『男』として見るようになったか?」

 

「その通りでござるが何か問題でもあるでござるか、お義母様? 魔女なんかには大切な息子は渡せないと?」

 

 即答をしてから挑むように言うツクモに、アストライアは首を横に振ってみせる。

 

「お義母様は止めろ。……別にそんなことは言わん。アルハレムはこれから多くの面倒事に巻き込まれるだろうからな。どんな面倒事が起こっても息子と一緒にいて助けとなってくれるなら、相手が魔女だろうと構いはしない。……だからツクモ、これからはマスタノート家ではなくアルハレムを助けてやってくれ」

 

「言われずともそのつもりでござる。というより、アルハレム殿を面倒事の渦に放り出そうとしている張本人が何を……」

 

『ーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?』

 

 ツクモがアストライアに答えようとした時、何処からか複数の女性と一人の男の怒声と悲鳴が聞こえてきた。猫又の魔女もマスタノート辺境伯も、その声のどれにも聞き覚えがあった。

 

「……どうやら早速アルハレム殿に面倒事が起こったみたいでござるね」

 

「みたいだな」

 

 まず間違いなく、宴から帰ってきたリリアにレイアとルルが、同じベッドで寝ているアルハレムとヒスイを見て騒ぎを起こしたのだろう。

 

 怒声と悲鳴の発信源で今頃どんな修羅場が展開されているか想像して、ツクモとアストライアは同時に苦笑を浮かべたのだった。


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