魔物使いのハンドレッドクエスト   作:小狗丸

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第六十九話

「それでアル? 霊亀を仲間にしてくれるでござるか?」

 

「えっ!? やっぱり俺が仲間にするんですか?」

 

 ツクモに声をかけられて場の視線を集めたアルハレムが慌てて聞くと、猫又の魔女は当然だとばかりに頷く。

 

「もちろんでござる。この中で最も契約の儀式に詳しいのはアルでござるからな。……だから皆、この通りでござる。今回ばかりは許してほしいでござる」

 

 複雑な表情をしているアルハレムの姉と妹、そして仲間達六人にツクモが頭を下げて頼むと、六人を代表するようにアイリーンが口を開いた。

 

「………何を許すのかは皆目検討もつかないが、それよりもツクモ、最後に一つ確認する。アルハレムが契約の儀式でその霊亀を仲間にして解放すれば、このダンジョンはただの森に戻り、もう魔物は出現しないのだな?」

 

 アイリーンがこのマスタノート領で生活する者達にとって最も重要な質問をすると、ツクモは一つ頷いて答えた。

 

「うむ。それは間違いないでござる。前に説明したようにこのダンジョンは霊亀の種族特性を利用して作られたもの。当然、核となる霊亀がいなくなれば元の森に戻るでござるよ」

 

「………そうか。ならば私としては反対する理由はないな」

 

「そうね。どう考えてもここはアルハレムが契約の儀式を使うのが、誰にとっても一番いい方法だものね。……だからアリスンもそんなに怒らないで」

 

「……分かっているわよ、アルテア姉様。私だってそれくらいは分かってるから。……納得は全然できないけど」

 

 ツクモの答えにアイリーンが一応は納得し、姉に続いてアルテアとアリスンも、アルハレムが霊亀を仲間にすることを認める。そしてそれはリリア、レイア、ルルの三人の魔女達も同様だった。

 

「強い魔物の仲間は魔物使いの力。霊亀が仲間になることでアルハレム様が更に上に行けるのであれば私も反対しません」

 

「………」

 

「ライバ、ル、増えた。……でも、仕方、ない」

 

「皆、ありがとうでござる。……さてアル、いや、アルハレム殿」

 

 アイリーンとリリア達に礼を言ったツクモは、アルハレムの方に向き直ると、十年間以上の付き合いで初めて彼の名前を敬称で呼んだ。

 

「アルハレム殿。どうかこの霊亀をアルハレム殿の仲間に加えて、エルフ族の拘束から解放して貰えぬでござろうか?」

 

「「………」」

 

 ツクモと彼女の後ろにいるタマとミケが揃って頭を下げてアルハレムに霊亀の解放を懇願し、場の視線が再び彼に集まる。

 

「……なあ、霊亀? 契約の儀式をしたら君は俺の仲間……言い方を悪くすれば下僕になるだけど、それでもいいのか?」

 

 皆の視線を浴びて少し考えてからアルハレムが聞くと、それまで黙って話を聞いていた霊亀は相変わらず微笑みを絶やすことなく答えた。

 

「はい。ここから解放されるのでしたら、それでも構いません。……それに貴方は悪い人には見えませんし、きっとそこの三人の魔女の方達のように私のことも大切にしてくれるのでしょう?」

 

「……今日初めて会ったばかりだというのに、随分と信頼のされようだな」

 

 毛ほどの警戒心も感じさせない霊亀の笑顔に、アルハレムは苦笑しながら契約の儀式に使用する四本の短剣を取り出すと、それを霊亀が張り付けられている木の四方の床に突き刺す。すると四本の短剣からそれぞれ光の線が伸びて短剣と短剣を繋ぎ会わせ、契約の儀式を行う陣を形作る。

 

「これで準備完了。それじゃあ、霊亀。俺の仲間になるか?」

 

「はい、なります。どうか私を貴方の僕にしてください」

 

 アルハレムの言葉に霊亀が一瞬のためらいも見せずに答えると陣の光が強まり、陣の内側にいる魔物使いと魔女の魂が見えない鎖で繋がれた。

 

「……え? きゃあ!?」

 

 契約の儀式が成立したことでエルフ族の神術が破棄されると同時に、百年以上も霊亀を拘束していた木と植物の蔦が腐り落ち、急に支えを失った霊亀の体は下に落ちてしまう。

 

「おっと! ……!」

 

 だが霊亀が地面に激突する前にアルハレムは彼女を受け止め、その際に彼女の体の色々と柔らかい感触を予期せず全身で味わうこととなった。

 

(や、柔らかい……! 胸もリリアよりも大きいし、何だか植物のような優しくていい匂いもして……いや、そうじゃなくて!)

 

「だ、大丈夫か? 霊亀?」

 

「はい、大丈夫です。……ありがとうございます、旦那様♪」

 

「だ、旦那様?」

 

『………………………………!?』

 

 霊亀にいきなり「旦那様」と呼ばれてアルハレムは思わずひきつった表情となり、アイリーンとリリア達周辺の空気が一気に凍りついた。

 

「にゃー、その呼び方はアルハレム殿達には若干刺激が強すぎたようでござるよ。……『ヒスイ』殿」

 

 苦笑を浮かべたツクモが、今まで裸であった霊亀の身体に大きな布をかけてながら一人の女性の名前を口にする。

 

「ヒスイ?」

 

「貴女様のお名前にござる。……いつの日か、貴女様が自由になられた時にこの名を授けてほしいと、霊亀の一族により託されていたでござるよ」

 

「ヒ、スイ。ヒスイ……。私の名前……ヒスイ」

 

 ツクモにより教えられた自分の名前を霊亀の魔女、ヒスイは何度も口にする。

 

 生まれてから今日まで名無しであった自分に言い聞かせるように、自分の魂に刻むこむように、ヒスイは何度も自分の名前を口にしていた。

 

「よかったじゃないか、ヒスイ。それじゃあ、早速だけどこの森から出てみないか? 百年以上もこの森に閉じ込められていたんだ。そろそろ外の世界を見てみたいだろ?」

 

「…………………………はい!」

 

 与えられたばかりの自分の名前を呼んでくれる自分の主に、ようやくの自由を得た霊亀の魔女は歓喜の涙を流しつつ笑みを浮かべて答えるのだった。


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