魔物使いのハンドレッドクエスト   作:小狗丸

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第六話

「………はぁ。分かりました。他に選択肢もないみたいですし、貴方の仲間になります」

 

 俯いていたリリアは考えがまとまったのか、ため息を一つ吐くと顔を上げてアルハレムの目を見ながら仲間になることを承諾した。すると四本の短剣によって作られていた契約の儀式の魔法陣が光を強め、続いてアルハレムとリリアの身体が青白い光に包まれる。

 

「これは……?」

 

「どうやら契約の儀式が発動して、私とアルハレム様の間に主従関係が結ばれたようですね?」

 

 リリアの言うとおりアルハレムは魔法陣がその光を強めた瞬間、自分と彼女が見えない「何か」で「繋がった」のが分かった。リリアの気配を先程よりも強く感じられ、今ならば目をつぶっていても彼女が何処にいるのかを知ることができそうだ。

 

 そしてリリアもまた自分とアルハレムが繋がったのを感じていた。

 

 自分の魂が見えない鎖で縛られ、その鎖を目の前の主人に握られた感覚。もう自分はこの目の前にいる主人、アルハレムに逆らうことも危害を加えることも絶対にできないのだということをリリアは理屈ではなく本能で理解した。

 

 アルハレムとリリアの主従関係が結ばれて二人がそれを理解すると、床に輝く二つの魔法陣の一つ、契約の儀式の魔法陣が役目を終えたとばかりに光を失って消えてしまう。これで残ったのはリリアを封印する魔法陣だけとなった。

 

「さあ、マイ・マスター、アルハレム様。約束ですわよ。この私を閉じ込めている魔法陣を壊してください」

 

「ああ。分かって……る!?」

 

 リリアの言葉に頷こうとしたアルハレムは目の前の光景に思わず声を失った。

 

 アルハレムの目の前ではリリアが自分の胸を鳥籠に押し付けており、それによって彼女のたわわに実った肉の果実が変形していた。あまりにも暴力的な光景にアルハレムは思わず顔を背けてしまう。

 

「あらあら♪ 一体どうしたんですか? 私はもうアルハレムの仲間……僕なのですから、いくらでも見てくださってもいいのですよ?」

 

「からかうな。……今解放する」

 

 ふざけた口調のリリアに気恥ずかしさを覚えたアルハレムは顔を背けたまま答えると、八つ当たりをするかのようにロッドで地面に描かれた魔法陣を強打する。魔法陣が書かれた地面が破壊されると魔法陣は光を失って消えてしまい、それと同時にリリアを閉じ込めていた鳥籠が瞬く間に黒く錆び付いていく。

 

 二百年もの間、リリアを捕らえる封印はアルハレムによって完全に解かれた。

 

 リリアが錆び付いた鳥籠の扉をゆっくり押すと、扉は悲鳴のような金属がこすれる音を立てて開き、二百年ぶりに鳥籠の外に出た彼女は大きく伸びをして満足げな表情を浮かべる。

 

「んん! やっぱり外はいいですね♪ 実際はまだ地下室なんですけど、これ以上ない解放感です♪」

 

「そ、そうか。それはよかったな……」

 

 リリアが大きく伸びをした時、彼女の衣裳、というか帯の隙間から「いろいろ」と見えそうになり、アルハレムは再び顔を背けて答える。その時、

 

 

 パッラララー♪ パララ♪ パララ♪ パッラッラー♪

 

 

 と、軽快なファンファーレのような音がアルハレムの荷物袋から聞こえてきた。

 

「何ですか? 今のは?」

 

「この音……もしかしてクエストブック?」

 

 アルハレムは荷物袋からクエストブックを取り出すと一番最初のページ、「魔物を仲間にせよ」という内容のクエストが書かれたページを見る。するとそこには前まで書かれていたはずのクエストが書かれておらず、代わりに別の文章が書かれていた。

 

【クエストたっせい、おめでとー♪

 つぎのクエストもこのちょうしでガンバってくださいね♪

 ごほうびもわすれずにうけとってください♪】

 

(やっぱり……! クエストブックの伝説はここまで全て本当だった。だとしたらここに書かれている『ごほうび』というのも……)

 

 小さい子どもが書いたような文章を読んでアルハレムは初めてのクエストを無事達成したことを確認する。そして次の瞬間、クエストブックが光輝き、水中から浮かび上がるようにクエストブックのページから小さい物体が現れた。

 

 それは小指の先ほどの大きさの虹色に輝く丸い石だった。

 

「アルハレム様、それは?」

 

「これか? これは『神力石』だ」

 

「神力石!? この石が?」

 

 クエストブックから出現した石を見ながら訊ねるリリアにアルハレムが答えると、予想しなかった答えに彼女は目を丸くして驚く。

 

 神力石は女神イアスによって創造された魔法の宝石である。神力石を飲み込むことでその使用者は更なる力を得られるとされている。

 

 そしてこの神力石は冒険者がクエストを一つ達成するごとに女神からの報酬、「ごほうび」として与えられることをアルハレムは伝説で知っており、今ここに伝説が真実であることが証明されたのだった。

 

「伝説は本当だったんだ……。やっと、やっと一つ手に入れた」

 

「……? 随分と嬉しそうですわね、アルハレム様?」

 

 リリアが興奮した様子で神力石を手に取って眺める己の主人に首をかしげながら聞くと、我に帰ったアルハレムは恥ずかしそうに答える。

 

「え? ……すまなかった。目的の物を一つ手に入れたからつい嬉しくなって……」

 

「目的の物? 神力石がですか?」

 

 アルハレムの言葉は正直少し意外だった。リリアは今まで全ての冒険者の目的は百のクエストを達成して女神に願いを叶えてもらうことだと思っていた。だがこの魔物使いの冒険者は、女神に願いを叶えてもらうことではなく、神力石だと言ったのだ。

 

「そうだ。俺が冒険者になった理由は女神に願いを叶えてもらうためじゃなくて、自分を強くするための修行のためなんだ」

 

「強くなるための修行、ですか?」

 

「ああ、俺はこれでも貴族の長男として生まれたんだ」

 

 アルハレムが貴族の息子だと聞くとリリアは驚いた顔をして彼を見る。

 

「貴族の息子? それも長男? ではアルハレム様は次期当主様なのですか?」

 

「……いや。うちの家は周りの環境のせいで『代々最も強い者が当主になる』って家訓があってな……。俺には父親が同じ妹が一人と、父親が違う姉が二人いるんだが、三人とも優秀な戦乙女なんだ。……つまり俺は継承権も家での地位も一番下ってわけだ」

 

「そ、それはまた……」

 

 確かにそんな「力こそが全て」という家で家族に三人も戦乙女がいれば、長男とはいえアルハレムが当主となれる確率は限り無く低いだろう。

 

「そうですか……事情は分かりました。つまりアルハレムは冒険者の旅の中で当主となれるだけの力を得ようというのですね。それならば神力石が目的だと言ったのも納得です。神力石を使えば力を得るのがずっと楽になりますからね」

 

「……何? いや、俺は別にそこまでは……」

 

 リリアの発言にアルハレムは驚いた顔になって訂正しようとするが、話を聞いていない彼女は言葉を続ける。

 

「安心してください。アルハレム様の僕になったからにはこのリリアも貴方様に全力で協力しますから♪ ……あっ、でもその前にぃ……♪」

 

「だからリリア。俺の話を聞いて……うわっ!?」

 

 アルハレムは一人で勝手に話を進めるリリアを止めようとするが、突然妖しい笑みを浮かべたサキュバスによってその場に押し倒されてしまった。


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