「い、いやいや! 遠い目をしていないで答えてくれ。君の母親と父親、サキュバスと大神官が一目惚れして駆け落ちをしたって、本当なのか? 俺が知っている伝説って間違っているのか?」
「そうですよ」
アルハレムが聞くとリリアはあっさりと肯定をする。
「お母様もお父様も、お互いに一目惚れするとそれまでの肩書きやら地位やら全て捨てて辺境の地で暮らし、私はその時に生まれたのです。二人とも本当に仲がよくて心から愛し合っていたのですよ。……ええ、本当に毎日毎日、飽きもせず見ているだけで口から砂糖を吐きそうな甘ったるい二人だけの幸せ空間を作ったり、『夜』になれば貴方達獣ですかと言いたくなるくらい激しく求めあったりと。恥ずかしいくらい仲がよい夫婦でしたね」
(娘でサキュバスのリリアがそこまで言うってどんな二人だよ? というか「夜」って、やっぱりアレのことだよな?)
リリアの両親について激しく興味を持ったアルハレムだったが、それよりも伝説の真相の方が気になったため、彼女の話を黙って聞くことにする。
リリアの話を簡単にまとめると次のようになる。
辺境の地で家族三人で平和に暮らしていたリリア達だったが、ある日に父親が病気でこの世を去る。父親の死後、母親のマリアスは「旅に出る」とだけ言うとリリアを残して何処かへと旅立っていく。
一人残されたリリアの元に、父親の出身国である大国の王子が取り巻きの騎士を連れて現れて、自分の愛人になれと彼女に迫る。その申し出をリリアが断ると、王子は逆上して取り巻きの騎士達をけしかけるが、ただの人間が魔女に勝てるはずもなく瞬殺される。
リリアが王子達を撃退するのとほぼ同時期に大国の王弟が複数の貴族達と共に反乱を起こす。大国は長年の腐敗政治によって以前より国力が弱まっていて、今回の反乱で大国は支配体制が大きく傾き滅亡の危機におちいる。
そんな時に再び大国の王子がリリアの前に現れ、王子は彼女に「大国が滅びそうになったのは全て貴様の仕業だ!」とよく分からない逆恨みの言葉を言うと、新しく雇った戦乙女の力を借りてリリアを封印した。
……これが、リリアの語る「マリアスの娘」の伝説。その真相だった。
「………………………………………ナンダソレ?」
リリアの話を聞き終えたアルハレムはしばらく言葉を失った後、思わず言葉を漏らした。
「え? つまり何? 要するにリリアはその王子の悪質なナンパを力ずくで撃退しただけで、王子の腹いせで無実の罪をなすりつけられた上に封印されたってこと?」
「そうなりますね」
あまりにも酷すぎる伝説の真相に混乱するアルハレムに他人事のように答えるリリア。
「というか何で反乱が起きて大国が滅びそうになったのがリリアのせいなんだ? リリアは全く関係ないじゃないか」
「さあ? あのバカ王子、プライドだけは人一倍高かったけど、それ以上に頭が残念でしたからね。恨みがある私が全ての元凶だと考えたとしてもあのバカ王子だったらある意味納得できます。……あるいは『国を滅ぼそうとした魔女を倒した』という噂を広めることで、国民に対する求心力を高めて大国を救おうとしていたかもしれませんね。まあ、結局は滅びてしまいましたけど。いい気味です♪」
黒い笑みを浮かべながら話すリリアにアルハレムは頭痛を覚えて額に手を当てる。
「……とにかく私はそんなことがあって封印されてからずっとここで眠っていました。でも最近になって封印の一部が壊れたみたいでこうして意識を取り戻したのです」
リリアの視線の先を見ると、確かに床に描かれている封印の魔法陣が一部欠けていた。
「それからはただひたすらに私をこの鳥籠から解放してくれる人を呼び続ける日々でした」
「なるほど。やっぱり地上で聞いたあの唸り声はリリアの声だったのか」
「はい。そして助けを呼び続けた末にようやく現れてくれたのがアルハレムさん、貴方なのです。……それでアルハレムさん? どうか私をこの封印から解放してくれませんか?」
リリアの発言はアルハレムも予想していたものだった。
「その武器で魔法陣を床ごと叩いて壊すだけでいいのです。……勿論、解放してくれればそれなりの『お礼』をさせてもらいますよ?」
「………!?」
媚びるような目でアルハレムを見つめるリリアからは言い知れぬ魅力が感じられ、アルハレムは思わず彼女の言葉に従いそうになるが、なんとか正気を保つことに成功する。
「……分かった。君を解放しよう。でもその代わり条件がある」
「本当ですか!? はい。私のできることでしたら何だってします」
「そうか。だったら君には今日から俺の仲間になってもらう」
「はい? 仲間……ですか?」
首をかしげるリリアをよそにアルハレムは、荷物袋から表面に細かい文字が書かれた四本の短剣を取り出すと、それをサキュバスを閉じ込めている鳥籠の四方に突き刺す。鳥籠の四方に突き刺された四本の短剣を見てリリアは驚きで目を見開く。
「それって『神術』? ……もしかして魔物を僕にする『契約の儀式』ですか?」
「契約の儀式のことも知っていたか。それも大神官のお父さんから聞いたのか?」
リリアが口にした「神術」とは特別な儀式、またはアイテムを使用することで自然の輝力を集めて奇跡を起こすという、女神イアスが戦乙女でない者でも輝力を使えるようにと造り出した技術である。
そして「契約の儀式」は魔物使いが魔物を僕にする時に使う神術の一つだ。神術で作った魔法陣の中で対象の魔物に仲間になることを誓わせることで僕にすることができ、僕となった魔物は魔物使いに絶対服従の存在となる。
アルハレムは冒険者となるときクエストブックからこの契約の儀式の知識と、即座に儀式を実行できる儀礼用の四本の短剣を与えられていたのだった。
地面に突き刺した四本の短剣が輝くと光の線を放ち、光の線が四本の短剣を繋ぎ合わせることで魔法陣が完成する。
「貴方……魔物使いの冒険者だったのですね」
「そうだ。それで俺の仲間になってくれるか? 仲間になってくれるならすぐにそこから解放してあげるよ」
「それは……」
リリアにとってアルハレムの言葉はまさに究極の選択といえた。
「…………………………」
無言となり俯いたリリアの姿を見てアルハレムは、
(アレ? 俺ってもしかして悪役?)
と、心の中で呟き額に一筋の汗を流したのだった。