「お姉様。もうそのくらいで許してあげたら?」
アイリーンがアルハレムの首筋に剣を突きつけていると、彼女の後ろから柔らかな女性の声か聞こえてきた。
アルハレムが声がした方、アイリーンの後ろを見るとドレスを着た女性の姿があった。ドレスの女性はアイリーンと瓜二つの外見で、もし同じ服装をしていれば見分けがつかないと思うくらいに似ている。
「アルテア姉さん」
「久しぶりね。アルハレム」
アルハレムがドレスの女性の名前を呼ぶと、アルテアと呼ばれたドレスの女性が優しそうな笑顔を浮かべる。
アルテア・マスタノート。
アイリーンの双子の妹で、アルハレムの父親が異なる姉でもあるマスタノート辺境伯の二番目の子供である。
アルテアはアイリーンの前に出ると、馬車から降りていたライブに向かって優雅な動作で挨拶をした。
「お久しぶりです、ビスト伯ライブ様。この度は私達の弟とその仲間達を送り届けていただき誠にありがとうございました」
「……ビスト伯の御協力、我らマスタノート家一同深く感謝します。そしてビスト伯の訪問を歓迎します」
ライブに挨拶をするアルテアにアイリーンは、自分がまだ隣の領主に挨拶をしていないことに気づき、敬礼をして感謝と歓迎の言葉を告げると背後にいた兵士達もそれにならって敬礼をする。
「いえ、そんな大したことはしていませんよ。アイリーンさんもアルテアさんもお久しぶりです。二人ともいつ見ても本当にお美しい」
「ニャッホー♪ ツクモさんのお帰りでこざる」
アイリーンとアルテアに社交辞令を交わすライブの横でツクモが大きく手を振る。
「ありがとうございます、ビスト伯。それとツクモ、お前も迎え役ご苦労だった」
「ささやかでは昼食の用意をしております。そこでお母様もお待ちです。……アルハレムもそこで今まで何があったのか教えてね。もちろん彼女達のことも」
アルテアがリリア、レイア、ルルとアルハレムが仲間にした魔女達を見てから弟に言う。
「ああ、分かっている。……そういえばアルテア姉さん。アリスンは? 城にはいないの?」
「まさか。あの子だったら昨日の今頃に丁度『お休みの日』に入って寝ているわ。……だから多分そろそろ起きると思うから、その前に話を聞かせてね。あの子が起きたら騒がしくなって話どころじゃなくなるから」
「……そうだね」
苦笑をしながら言うアルテアの言葉にアルハレムは深く納得すると二人の姉達の後に続いて、しばらくぶりの自分が生まれ育った城の中に入るのだった。
☆★☆★
城塞都市マスタロードを治める領主、アストライア・マスタノート。
優秀な戦乙女であると同時に優秀な軍人でもあり、長年に渡ってこの辺境の地を、隣国エルージョとの国境を守り抜いてきたギルシュの重鎮である。
アストライアはアルハレムを含めた四児の母で、年齢もすでに四十を越えている。しかし初めて彼女を見た人は、必ず彼女の年齢を間違えるだろう。
輝くような金色の髪に雌の獅子を思わせる凛々しく整った顔立ち。鍛えぬかれた戦士の筋肉と女としての柔らかな肉を兼ね備えた豊満な肉体を豪華なドレスで包んでいる姿は、四十代どころかまだ二十代だと言っても通用する美しさと気力が感じられた。
「……なるほど。事情は理解した」
城内の一室に設けた昼食の席で久しぶりに帰ってきた息子の話を聞いたマスタノート辺境伯は納得したように頷いた。
「まさかこのマスタノート家から冒険者が現れるとはな」
アストライアの手にはアルハレムのクエストブックがあり、彼女の前のテーブルにはこれまでアルハレムがクエストを達成して手に入れた六個の神力石が置かれてあった。
アルハレムは久しぶりに母親に会うと、母親に乞われて昼食の席でこれまでの出来事を全て話した。
ある日、自分の部屋に伝説のクエストブックが置かれていたこと。
冗談半分で旅の支度を整えてクエストブックを開くと魔物使いの力を与えられて冒険者となり、エルージョの森に飛ばされたこと。
マスタノート領に帰る途中でクエストブックに記されたクエストを達成していったこと。
アルハレムは魔物使いの冒険者であるためクエストの中には魔物を仲間にするというのもあり、それを達成したことでリリア達、三人の魔女を仲間にしたこと。
アルハレムの話がよほど衝撃的だったようで、アイリーンもアルテアも昼食の席なのに料理を一口も食べずに驚いた顔で話を聞いており、この場で食事を食べているのはリリア達アルハレムが仲間にした魔女三人とツクモだけであった。
「それにしてもこのクエストブックの内容は……ふふっ」
アストライアはクエストブックに目を通すと、その内容が面白かったのか小さな笑いを漏らしてからアルハレムを見る。
「自分を鍛えようとクエストブックを開いて冒険者となり、更には魔物使いの力を得てそこにいるサキュバス、ラミア、グールの三人の魔女を仲間にしたか……。アルハレム、よくやった。流石は私の息子……」
「お兄様ーーー!」
マスタノート辺境伯が最高の笑みを浮かべて冒険者となった自分の息子を褒め称えようとしたその時、突然部屋の扉が勢いよく開かれた。