魔物使いのハンドレッドクエスト   作:小狗丸

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第三十六話

「それ、じゃあ、いく」

 

 最初に仕掛けてきたのはルルだった。グールの少女が宣言するのと同時に彼女が持つ大剣の刀身が青白く輝く。

 

「すぐ、終わら、せる!」

 

 ルルが上段から勢いよく大剣を降り下ろすと、大剣の刀身からアルハレムに向けて強い風が吹いた。

 

 疾風斬。

 

 ルルが持つ大剣、その前の持ち主であった戦乙女が編み出して得意としていたとされる、輝力によって作られた風の刃を飛ばす剣技。

 

 放たれた風の刃は当然人間の目には映らず、矢のような速度と戦斧のような破壊力をもって離れた敵をも切り捨てるルルの必殺技である。

 

 グールの少女は目の前の魔物使いに疾風斬を放つとき、斬撃の軌道を彼の体の中心から僅かに右にそらすことで万が一にも彼が死ぬことがないようにする。なにしろこの戦いの後には自分の伴侶になる予定の男だ。例え勝ったとしても殺してしまっては元も子もない。

 

 大剣から教わった技に絶対の信頼を抱いているルルはこの一撃で戦いが終ると思っていたのだが、次の瞬間、彼女のその予想は大きく覆されることになる。

 

「っ!? 見えた!」

 

「……!? う、そ!?」

 

 アルハレムは風の刃を大きく右に飛ぶことで回避し、それを見たルルは驚きのあまり目を見開いて動きを止めた。

 

 驚きでルルの動きが止まった時間は一秒もなかったが、リリアから分け与えてもらった輝力で身体能力を強化しているアルハレムには、それだけの時間があれば十分だった。

 

「今だ!」

 

「……!? くっ!」

 

 アルハレムは回避を終えるのと同時に、ルルの元に駆けてロッドを彼女の腹部に向けて振るうが、間一髪のタイミングでグールの少女は大剣の刀身で魔物使いのロッドを防ぐ。

 

(お、重、い!?)

 

 大剣から伝わってくるアルハレムの攻撃の衝撃にルルは思わず歯を食いしばる。魔物使いの男の予想以上に強力な攻撃を防いだグールの少女は、そのまま相手の力を利用して大きく後ろに飛んで距離を取る。

 

 ロッド、すなわち鞭は本来は武器ではなく拷問具。

 

 苦痛を与えることで相手を殺すことなく、敵意と戦う力だけを奪うことを目的とした道具。

 

 もしルルが今のアルハレムの攻撃を受けていたら、恐らく彼女は攻撃の衝撃とそれに伴う痛みのあまり大剣も満足に振るえなくなって、勝負はすでについただろう。そこまで考えてグールの少女の背中に冷たい汗が流れた。

 

「きゃーーーー!? カッコいいです、アルハレム様! 流石は私達のご主人様です! このリリア、惚れ直しました! ほらほら、そこのグールさん? 痛い目に遭う前に降参した方がいいのではないですか? あっ、でももう貴女いらないので、降参したら仲間にならずに故郷に帰ってくださいね?」

 

「………! ………!」

 

 魔法陣の外でリリアとレイアが興奮気味に騒いでいるがルルは取り合わず、自分と同じ魔法陣の中にいるアルハレムの顔を見ながら彼に疑問をなげかける。

 

「何故、貴方、疾風斬、避けれ、た?」

 

「そんなに大したことじゃないさ。君の疾風斬は確かに目に見えないけど、どの方向にどの角度で飛んでくるかは剣筋から予測できる。今のは俺の体の中心から左にそれてあったから、右に飛んだら結構楽に避けれたよ」

 

「っ!?」

 

 アルハレムの説明に思わず息をのむルル。

 

 大したことじゃないとこの魔物使いの男は言うが、実際にはそう簡単なことではない。現に今までグールの少女と敵対してきた魔物や戦乙女で、疾風斬を避けることができた者は皆無だった。

 

 ルルは今までアルハレムのことを、仲間の力に頼りきった男だと思っていた。リリアから分け与えてもらった輝力で戦乙女の真似事ができるようになって、そこから生まれた蛮勇で自分に挑んでいるのだと。

 

 だがそれは大きな間違いだった。

 

 目の前にいるこの魔物使いの男は、二人の魔女を従えた熟練した戦乙女にもひけを取らない強力な戦士であることを、グールの少女は今ようやく理解した。


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