共同墓地の入り口に立つのはミレイナと同じ十五歳くらいの少女だった。
長く伸ばした銀色の髪を頭の両端で縛っていて、服装は青白い素肌の上に体の最低限の箇所だけを守る水着のような鎧、俗にいう水着甲冑を身に付けていた。そして背中には彼女の背の丈と同じくらいの無骨で長年使い込まれたような大剣が見えた。
「貴女は誰ですか? 先程、自分のせいで共同墓地が燃やされるのは目覚めが悪いって言ってましたが……、もしや貴女が墓荒らしなのですか?」
「そう。ルルが、墓荒らし。今、街は、ルルの、噂で、持ちきり」
ミレイナが質問するとルルと名乗った少女は何故か自慢気に胸を張り、その時にルルのレイアと同じくらいの大きさはある豊かな乳房が揺れた。
「うぐっ!? そ、そんなのう、羨ましくなんかないのです! 揺れるおっきな胸なんて卑猥なだけなのです!」
ルルの乳房が揺れたのを見てミレイナは思わず自分の、起伏が少ない胸を隠すように抱いて大声で怒鳴る。しかし水着甲冑の少女は、神官戦士の戦乙女の怒声に動じることなく、むしろ更に自分の胸を前に突き出す。
「嘘は、駄目。貧しい、者が、富める、者を、羨む。これ、当然の、こと」
「黙るのです! 誰が貧しい者ですか!? 私の胸には未来がつまっているのです!」
(なんというか変わった娘だな、あのルルって娘。でもそんなに悪そうには見えないけど本当に彼女が墓荒らしなのか? ……あれ?)
ルルとミレイナのやり取りを眺めていたアルハレムは、水着甲冑の少女の額に小さな二本の角があることに気づく。
「二本の角……鬼? 墓地に現れる鬼って……まさかあのルルって娘、『グール』か!?」
グール。
人間や動物の死体を主食とする魔女の種族。
グールは大きな戦いがあれば必ず、無数の兵士の屍が転がっている戦場に食糧を求めて群れをなして現れるため、「戦場の魔女」あるいは「屍喰鬼」と呼ばれていた。
「そこの、貴方。ルル達、グール、知ってた。嬉しい」
アルハレムの言葉が聞こえていたグールの少女、ルルは彼の方を見て笑顔を浮かべた。
「あ、うん。それで……ルル、だっけ? さっき君、自分のことを墓荒らしって言っていたけど……。それってつまり共同墓地の遺体を……その、『食べて』いたってこと?」
「うん。そう。私達、グール、グルメ。死んで、熟成した、肉と骨、それしか、受けつけない」
アルハレムの言葉にルルはまた胸を張って答える。
「ぐ、グルメ? グルメなグール? 死体を食べるグルメなんて……いや、それは人間も同じか」
考えてみれば人間だって牛や豚、鳥の死体の肉を食べているし、肉の味に増すために熟成させている。グールは食べる肉の種類に「人間」が入っているが、それを除けば人間と同じかもしれない。
「だ、だが、共同墓地の遺体を食べるなんて……」
「分かってる。墓地の、死体、食べる。遺族、怒る。だから、ルル、代価、払った」
「代価?」
「ルル、死体、食べた、墓に、森で、しとめた、魔物の、お金に、なりそうな、牙や毛皮、置いた。ルル、無銭飲食、しない」
そういえば昼間ライブが、荒らされた墓には魔物の牙や毛皮が置かれていると言っていたのを思い出す。どうやらそれはルルなりの償いであったらしい。
「そんなの認められません!」
ルルの話を聞いていたミレイナが大声で叫ぶ。
「代価を払った? お金になりそうな牙や毛皮を置いた? そんなの認められません。そんなことでお墓を荒らされた遺族の方々が納得と思っているのですか? 貴女がしているのはただの言い訳で自分のした悪行を誤魔化しているだけです」
墓石の上に立ちルルを指差すミレイナ。神官戦士の戦乙女が言っていることはただしいのだが……。
「お前に、言われたく、ない」
ルルはミレイナの言葉を一蹴する。そしてそれはアルハレム達も同感だった。
「お前、墓地を、燃やそう、していた。そんな奴に、言われたく、ない」
「私はいいのです! 私の浄火は共同墓地に眠る死者の方々の魂を救うための善行! 遺族の方々も、今は私を否定してもいつか理解してくれるはずです!」
「……………あの、アルハレム様? あの二人、どちらの方が悪いのですか? 私達はどちらを捕まえたらいいのでしょうか?」
「………?」
ルルとミレイナのやり取りを聞いていたリリアとレイアが困惑した表情でアルハレムに聞いてきた。
悪いこととは知りつつも、生きるための糧を得る目的で共同墓地を荒らすグール、ルル。
一切の迷いも罪悪感も持たず、墓荒らしを防ぐために共同墓地に放火しようとする神官戦士、ミレイナ。
この二人を見ていると一体どちらが正しいのか分からなくなるアルハレムだった。