魔物使いのハンドレッドクエスト   作:小狗丸

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第二百二十六話

「はぁ……まいったな……」

 

 猫又一族に頼まれた薬草の採取を終えてから一ヶ月後。アルハレムは猫又一族の隠れ里にある自分達の滞在用と用意された家の中でため息を吐いた。

 

 魔物使いの青年の周りはとても静かだった。

 

 いつもであればアルハレムの周りには彼の妹やら彼に従っている魔女達が少なくても二、三人はいて、先程のため息を吐いた時に同情したり慰めようとしたりする声が出て場が騒がしくなるのだが、今日は珍しく彼の周りには誰もいなかった。

 

 家の中で一人、「タタミ」と呼ばれる植物製の床に座るアルハレムは、側に置いてあった陶器の杯を手に取るとそこに入っていた「リョクチャ」というこの地方の飲み物を飲む。リョクチャは中央大陸の飲み物にはない独特の渋みがある飲み物だが、アルハレムはこの渋みが気に入っていた。

 

「はぁ……」

 

「どうしたのでござるか、アルハレム殿? ため息なんか吐いて」

 

 アルハレムがリョクチャを一口飲んでからもう一度ため息を吐くと彼に従う魔女の一人、この隠れ里の出身である猫又のツクモがいつの間にか同じ部屋に入っていた。

 

「ツクモさん」

 

「にゃん♪」

 

 ツクモはアルハレムの側に座るとそのまましなだれかかって、更には自分の尻尾を魔物使いの青年の腕に絡ませる。珍しく自分の主を独占できた猫又の魔女は笑顔を浮かべて上機嫌な声で鳴く。

 

「ため息なんか吐いていると幸せが逃げるでござるよ、アルハレム殿。何か心配事でもあるでござるか?」

 

「いえ……。心配事と言うより少し精神的に疲れていただけですよ」

 

 体を密着させながらこちらを見上げてくるツクモにアルハレムは僅かに苦笑して答え、それに猫又の魔女が首を傾げる。

 

「にゃ? 精神的に疲れた、でござるか?」

 

「ええ。あの、リンというエルフのことでちょっと……」

 

「にゃ~……。なるほど……」

 

 アルハレムから出た「リン」という名前を聞いてツクモは納得したように頷いた。

 

 一ヶ月前の薬草の採取の時に、アルハレム達は薬草が生えている場所を荒らしていた悪食蟻という魔物の群れを退治したのだが、悪食蟻の群れを退治した直後に同じく悪食蟻の退治を目的に山に入ってきたエルフの集団が現れたのだ。そしてそのエルフの集団のまとめ役だったのが、山のある周辺を治めるエルフの領主の娘リンであった。

 

「この一ヶ月でもう何回もリンと顔を会わせて、それでその度に問題が起きたでござるからなぁ……」

 

「そうなんですよね……」

 

 しみじみと言うツクモにアルハレムが疲れたように頷く。

 

 初めてリンと出会った日から今日までの一ヶ月間、アルハレム達は猫又一族の隠れ里に滞在していた。その間彼らは、魔物使いの青年が持つクエストブックに表れる「猫又と霊亀の一族の仕事を手伝う」というクエストを達成するために、魔物退治や物資の運送等といった猫又と霊亀の一族から頼まれた仕事を何件も請け負ってきた。

 

 しかしどういうわけかアルハレム達が猫又と霊亀の一族の仕事を請け負うと、仕事の先で必ずリンが率いるエルフの集団と出会すのだ。しかもリンと彼女が率いるエルフの集団は猫又と霊亀の一族に敵意と言っても過言ではないよくない感情を懐いているらしく、その悪感情は猫又のツクモと霊亀のヒスイを仲間にしているアルハレム一行にまで及んだ。

 

 リン達エルフの集団は仕事先で出会ってはアルハレム達に嫌みを口にして、それにリリアを初めとする魔女達が怒りそうになる。しかし相手はエルフの領主の娘で手荒な行為に出ることは出来ず、結果としてアルハレムが必死になってリリア達魔女をなだめることになり、魔物使いの青年はこの一ヶ月でかなり疲れ果てていたのだった。

 

「何と言うかアルハレム殿の周りには良くも悪くも個性が強い女性ばかり現れるでござるな」

 

「はは……。そうかもしれませんね……」

 

 ツクモの言葉にアルハレムは乾いた笑みを浮かべる。

 

 この時魔物使いの青年は自分に寄り添っている猫又の魔女に「それは貴女も同じですよ」と心の中で思ったが、それは言わないことにした。


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