ヤソヤと霊亀の魔女達との会話が終わった後、ヒスイはようやく再会した家族と話をするべく霊亀の魔女達の屋敷に残り、それ以外のアルハレム達はニタラズにここにいる間使用する宿泊場所にと案内してもらっていた。
そうしてアルハレム達がニタラズに案内されたのは、霊亀の魔女達の屋敷の近くに並んで建てられた三軒の家屋であった。
「ここです。三軒とも空家なので、ご滞在時にはここをご使用ください」
「ありがとうございます、ニタラズさん」
三軒の空家の前に案内されたアルハレムが礼を言おうとすると、ニタラズは首を横に振って魔物使いの青年の言葉を遮って口を開く。
「礼を言うのはお止めください。アルハレム様達はヒスイ様をお救いくださったこの隠れ里の大恩人。恩人の滞在時の寝所を用意するなど当たり前のことです。むしろ礼を言うのは私達の方です」
「大恩人だなんてそんな……。俺達はそんなのじゃないですよ? ヒスイをここに連れて来たのだって、理由の半分はクエストを達成するためだったんだし……」
ニタラズの発言を大げさに感じたアルハレムが慌てた風に言う。確かに彼はヒスイを故郷に連れて行くことを以前より考えていた。しかしこんなに早く連れてきたのは、レンジ公国のダンジョンを攻略した後、クエストブックに新たに記された「仲間の魔物の故郷に行く」というクエストを達成するためであった。
霊亀の魔女達がこの隠れ里の存亡に大きく関わっているため猫又の一族がヒスイを重要視しているのは理解している。だけどここまで感謝されるのは筋違いだとアルハレムは言うのだが、白髪の猫又はもう一度首を横に振って魔物使いの青年の言葉を否定する。
「それでもですよ。とにかくご滞在時の間は皆様の私達がさせていただきます。ですから何か必要なものがおありでしたら遠慮なくおっしゃってください」
「あの……それでしたらちょっといいですか?」
それまで話を聞いていたリリアが手を上げてニタラズに話しかける。
「どうかしましたか?」
「せっかく用意してもらったこの三軒の家屋なのですけど、三軒も空家を使いませんから、もう少し大きめの一軒家と替えてもらえませんか?」
「………」
「確か、に。この、家、ちょっと、狭、い」
リリアの言葉にレイアとルルが同意して他の仲間達全員も頷く。アルハレム達の一行は、霊亀の魔女達の屋敷に残ったヒスイを除いても十人もいる大所帯なのだが、猫又一族が用意した三軒の空家はどれも四、五人くらいしか入れない大きさしかなかった。普通に考えれば家屋の大きさはこれで通常でだし、一軒に三人か四人ずつ入れば充分余裕なのだが、魔女達にとって主人である魔物使いの青年と別の場所で寝るというのは無理な相談と言えた。
「申し訳ありません。生憎と今使える空家はここしかないのです」
「大きな家は十人以上の猫又達が雑魚寝用に使っていて、まさかそれを今から急に全員追い出すわけにはいかんでござるしなぁ……」
「それもそうですね。……そういうわけだ。皆、今日のところはここに泊めてもらおう」
「そうね。一軒は私とお兄様の二人で使うから、貴女達は残りの二軒に四人ずつ泊まりなさいよ」
申し訳なさそうに宿泊場所がここしかないと言うニタラズの言葉をツクモが補足し、アルハレムが仲間達を説得しようとすると、これ幸いとばかりにアリスンが兄の腕に抱きついて言う。戦乙女の少女としてはここ最近中々二人っきりになれない兄と兄妹水入らずの時間を過ごしたいのだろう。
……だが、そのようなことを言われてあっさりと引き下がる手抄な者はここには誰一人としていなかった。
「そんなことできるわけないでしょう? 第一、アタシ達がいなかったら魔女九人がかりでようやく抑えられるアルハレムの性欲をどうやって抑えるっていうのよ?」
「ああ、全くだね」
「アリスンさんはご主人様の実の妹さんですから……その、駄目ですし、アルマさん一人ではとても無理そうですからね」
「お前らな……」
最初にアリスンに反論したのはシレーナで、ウィンとレムがセイレーンの魔女の言葉に同意したのを聞いてアルハレムが表情を引きつらせる。確かにリリア達に迫られたら毎晩のように九人の魔女達と肌を重ねているとはいえ、その様に言われるのは納得いかなかった。
「人を色狂いのように言いやがって……」
「それほど的外れな意見とは思いませんけど?」
「………」
アルハレムが小さく呟くと腰に差してあるロッド、インテリジェンスウェポンのアルマが何の感情も感じさせない声で言い、己の主人を黙らせる。
「と、とにかく俺はアリスンとアルマと休むからお前達は残りの家で休め。今日は肌を重ねるとかそういうのはナシだ」
「そ、そんな!」
「本当!? お兄様!」
気を取り直してアルハレムがそう言うとアルマを除いた魔女達が絶望したような表情となり、その反対にアリスンが幸せそうな表情となる。魔物使いの青年はそんな彼女達を「今日ぐらいはゆっくり休めるかな?」と考えていると白髪の猫又、ニタラズがため息を吐く。
「そうですか……。それは残念です」
「残念? ニタラズさん、それはどういうことですか?」
「いえ、アルハレム様が皆様と肌を重ねるのでしたら、是非私達にも『お情け』をいただきたいと思いまして……」
「お、お情け? 私達? ……はっ!?」
『…………………………』
アルハレム達はニタラズの発言の何やら不穏なものを感じると同時に無数の視線を感じ、周囲を見渡すとこの隠れ里で暮らす大勢の猫又達が魔物使いの青年を凝視していた。
猫又達は全員頬を赤く染めて腰やら体をくねらせてアルハレムを見ており、元より魅力的な魔女の外見を更に扇情的にしているのだが、その目はまるで獲物を絶対に逃がさまいとする狩人のような強い光を宿していた。
「こ、これは……?」
「この隠れ里も最近子供不足が悩みの種でして……。魔女と何度も肌を重ねることができるアルハレム様がよろしければ、是非私達の相手をお願いしようかと……」
『よろしいわけないでしょ!?』
気がつけば肉食獣の群れの真ん中に迷い込んでしまったかの様な状況に絶句するアルハレムのニタラズが説明するが、それを遮って魔物使いの青年の仲間達の怒声が上がった。