魔物使いのハンドレッドクエスト   作:小狗丸

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第二百十話

『アリスン。すまないけど俺、もう少し剣の練習をしたいから一人で休んでいてくれ』

 

 アルハレムはアリスンを彼女の部屋まで連れて行くと寂しげな顔でそれだけを言って中庭へと戻っていった。

 

 そんな兄の背中を見送った後、自分のベッドに腰掛けたアリスンの脳裏に蘇ったのはあの、通路で偶然聞いてしまった使用人達の会話。アルハレムが寂しげな顔をしたのはあの会話を聞いたせいなのは明らかであり、少女は使用人達の言葉を一言一句違わず思いだすと全身を怒りで震わせた。

 

「あいつら……絶対に許さない」

 

 アリスンの口から小さい声だが、七歳の少女に似つかわしくない強い怒りがこもった声が漏れ出る。

 

 少女にとって兄は何よりも大切な存在だった。

 

 病弱だった頃はベッドから離れることができず、固有特性の弊害によって三日に一度にしか眠れなくて、使用人達からも厄介者扱いをされていた。そんな日々の中でいつも自分の側にいてくれて励ましてくれた優しい兄が少女は大好きであった。

 

 聞かれれば少女は父親違いの二人の姉達よりも、実の母親よりも、兄の方が大切であると迷うことなく断言することができる。

 

 だからこそあの兄の陰口を言っていた使用人達をアリスンは許すことができなかった。本音を言えばその場で叩きのめしてやりたいくらいで、実際にその時の少女は体から輝力の光を放って、使用人達のいる部屋に飛び込む寸前であった。

 

 いくらアリスンが七歳の少女とは輝力で身体能力を強化すれば、戦乙女でも兵士でもない数人の使用人など簡単に痛めつける事ができる。しかしそうしなかったのは悪く言われた張本人であるアルハレムが止めたからだ。

 

「あいつらをやっつけたらいけないって、おにいさまと約束しちゃったけどどうしたら……」

 

「何やらお困りのようでござるな?」

 

「え?」

 

 アルハレムとの約束で力で使用人達を叩き伏せる事はできないが何とかして兄の悪口を止めたいとアリスンが考えていると、突然後ろから声をかけられた。

 

「貴女はツクモ。……一体何の用?」

 

 アリスンが後ろを振り返るとそこにはツクモが開かれた窓に腰かけており、猫又の魔女の姿を確認した少女は顔をそらして無愛想な声で訊ねる。

 

「やれやれ、つれないでござるな? 何の用も何も、ツクモさんは大昔の契約によりマスタノート家に協力する猫又の一族の一人でござるからな? そのマスタノート家の娘が困っているようなので力を貸しに来たのでござるよ」

 

「別に困ってない。帰って」

 

 アリスンは「力を貸しに来た」という猫又の魔女の顔を見もせずに短く断りの言葉を言う。だがツクモはそんな少女の態度に気を悪くした素振りも見せず更に口を開く。

 

「あの使用人達、随分とアル坊の事を悪く言っていたでござるな?」

 

「………!?」

 

 ツクモの言葉にアリスンは反射的に猫又の魔女の方に顔を向ける。その時の少女の顔には「何故その事を知っている?」という疑問よりも「お前も聞いていたのなら何故止めなかった!」という強い怒りが現れていた。

 

「ほう……。その年齢でそれだけの殺気を放てるとは将来有望でござるな。……それでどうするでござるか? ツクモさんに任せてくれたら、あの使用人達を何とかする事ができるでござるよ?」

 

 怒りの表情を浮かべるアリスンを楽しそうに見ていたツクモは、明らかに何かを企んでいる笑みを浮かべて提案する。少女は猫又の魔女の笑みをしばらく見つめた後でやがて口を開いた。

 

 その数日後、マスタノート家の城に勤めていた数人の使用人達が、原因不明の大怪我や城の備品を盗んだのが発覚した等の理由で次々と辞めていくことになった。

 

 ☆★☆★

 

「それにしてもあの時は驚いたでござるな。まさか七歳の子供が『あの使用人達を城から追い出せ』と言い出すなんて。末恐ろしい子供だとツクモさんは思ったでござるよ」

 

「よく言うわよ。私がそう言うように仕向けておいて。タチが悪いのはそっちじゃない」

 

 飛行船の船室で猫又の魔女が十年前の出来事を懐かしそうに言うと、戦乙女で貴族の令嬢は不機嫌そうに答える。

 

「それよりもちゃんと頼んだことを調べてくれたの?」

 

 アリスンが聞くとツクモは肩をすくめて首を横に振る。その時に戦乙女の少女は、自分のよりも大きな猫又の魔女の乳房が揺れるのを見て目を細める。

 

「リリアを初めとするアルハレム殿に従う魔女達の弱点でござるか? 残念でござるが魔女達全員、完全に心を開いているのはアルハレム殿だけなので調べるにはもう少し時間がいるでござるな」

 

「そう……」

 

「しかし何でまたいきなり、そんな事を調べるように言うのでござるか?」

 

「だって!」

 

 猫又の魔女に聞かれて戦乙女の少女は顔を真っ赤にして大声で怒鳴る。

 

「だってあいつら! 『夜』の度に私の身体の色んな所ををしつこく撫でたり摘まんだり舐めたりして! それで思わず感じ……じゃなくて変な顔をしたところをお兄様に見られているのよ!? 弱点でも見つけて復讐しないと気がすまないじゃない!」

 

 アリスンが言うあいつらとはリリア達アルハレムに従う魔女達のことで、「夜」というの言うのはつまり魔物使いである兄と魔女達の肌と肌を重ねる主従のコミュニケーションのことである。

 

 魔女と肌を重ねる事は非常に危険な行為で、兄を非常に強く敬愛しているアリスンは見張りをするために少し前から寝床を共にしていた。当然ながら兄妹で魔女と同じ「行為」はしていないが、毎晩性の知識と技量に長けた魔女達の玩具にされていたのだった。

 

「いい、ツクモ!? 何がなんでもあの魔女達の弱点を探って私に教えるのよ! いいわね?」

 

「はいはい。了解したでござるよ」

 

 アリスンの言葉にツクモは、十年前から変わっていない少女の様子に苦笑を浮かべながら頷いた。


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