魔物使いのハンドレッドクエスト   作:小狗丸

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第二百九話

「はぁ! はぁ! はぁ……!」

 

 激昂したアリスンが木剣でツクモに切りかかってからしばらくした後。結局、戦乙女の少女の攻撃は猫又の魔女にかすりもせず、体力を使い果たした少女は地面に大の字となって倒れて荒い息を吐いていた。

 

「にゃはは♪ やはりまだまだスタミナに難がありでござるな。さて、ツクモさんも充分楽しんだことでござるし、ここらで退散させてもらうでござる。ではさらばでござる♪」

 

 ツクモはそう言うと軽やかに、だが常人ではあり得ない高さまで跳躍すると中庭を囲む壁を飛び越えていき、猫又の魔女の背中を見送ったアルハレムは首を傾げた。

 

「ツクモさん……本当に何をしに来たんだ? ……アリスン、今日のところはもう休もう。立てるか?」

 

「はぁ、はぁ……ま、まだ大丈夫です……」

 

「どう見てももう無理だろ。いいから部屋に戻ろう」

 

「……分かりました」

 

 荒い息を吐きながらも意地をはる妹にアルハレムは苦笑を浮かべながら手を差し伸べると、アリスンは少しむくれた顔をして兄の手を取って、二人の兄妹は城の中へと入っていった。

 

「随分激しく動いたからのどが渇いただろ? 部屋に行く前に厨房で何か飲み物を貰おうか?」

 

「はい、おにいさま。私、もうのどがカラカラで……」

 

『……にしてもアリスン様は元気になったよね』

 

『ああ、本当だよな』

 

 城の通路をアルハレムとアリスンが話をしながら歩いていると僅かにくぐもった声の会話が聞こえた。「アリスン」という名前を聞いた二人の兄妹が足を止めて辺りを見回すと、会話が聞こえてきたのは通路の先にある一室、城の使用人達が着替えなどに使用する部屋からだと分かった。

 

『一年前まではあんなに病弱だったのに、それが完治するなんてな。奇跡っていうのはあるものだな』

 

『そうそう。それに今では元気になっただけじゃなくて輝力も使えるようになっているしね』

 

『アイリーン様、アルテア様に続いてアリスン様もか……。流石はマスタノート家のご令嬢だな』

 

『でもこうなったらもうアルハレム様は必要ないんじゃない?』

 

「「……………!?」」

 

 扉越しに聞こえてくる使用人達の会話にアルハレムとアリスンは思わず目を見開いて絶句する。しかし部屋の中の使用人達は、扉の向こうに話題の相手がいることも気づかずに話を続ける。

 

『おい? お前、何を言っている?』

 

『でも事実じゃない? 今でアルハレムが役に立ったのって病弱だったアリスン様の看病だけだったけど、もうアリスン様は元気になったんだし?』

 

 部屋の中で自らの職務の一つ、アリスンの看病を放棄していた事を悪びれもせずに無責任に話す使用人の声に、別の使用人の声が笑いながら同意する。

 

『ははっ。それもそうだな』

 

『それにアストライア様の四人の子供で男、輝力が使えないのはアルハレム様だけだ。将来は母親に姉達、そして妹に守られていくんだろうな』

 

『他の貴族の家では長男が家督を次ぐものだが、このマスタノート家では最も強い者が次期当主となる。いくら長男と言ってもアルハレム様についていく者はいないか』

 

『そうゆうこと。アルハレム様も子供なのに頑張っているみたいだけど輝力が使えなかったら話にならないよ』

 

「………」

 

 自分達も輝力を使えず無力な存在であるのに、それを棚に上げて笑う使用人達。

 

 だがアルハレムは使用人達の言う通り輝力を使えない自分が家族の中で一番、妹よりも弱いことを子供ながらに理解していたのでただ黙って俯くことしかできず、その為に少年は気付かなかった。

 

「……………!!」

 

 自分の隣にいる戦乙女の妹が使用人達がいる部屋の扉を、視線だけでも人を殺せそうな憤怒の表情で見ていることに。


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