魔物使いのハンドレッドクエスト   作:小狗丸

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第二十話

「うう……。一体どうしてこうなった……?」

 

 何とかリリアとレイアの戦いを止めることができたアルハレムだったが、その後の道中は生きた心地が全くせず愚痴を漏らすかのように呟いた。

 

「………」

 

「………」

 

 今のアルハレムの右腕にはリリアが、左腕にはレイアが抱きついていたのだが、サキュバスとラミアは二人ともそっぽを向いて互いを見ようとせず、険悪な空気をまとい無言のまま歩いていた。

 

 リリアとレイアも十人に聞けば十人とも美人だと答える美貌であるため、一度険悪な空気となるとその重圧は並みの女性の比ではない。更に言えばそんな二人に挟まれたアルハレムの心労は計り知れなかった。

 

(アレ? 普通さ、リリアとレイアみたいな美人二人と歩いていたら嬉しいはずだよね? でも全然嬉しくないんだけど?)

 

 リリアとレイアから花のような香りが漂い、腕には布越しに二人の柔らかな感触が伝わってくるのだが、氷のような空気のせいで全てが台無しだ。

 

 もし今の自分を見て羨ましいと思う奴がいたら代わってほしいと本気でアルハレムは思う。何だか二人といるだけで精神やら体力やら寿命やらが削られていく気がする。

 

「えっと、その、二人とも……」

 

「何ですか? アルハレム様?」

 

「………」

 

 沈黙に耐えかねてアルハレムが何かを言おうとすると、リリアがそっぽを向いたまま聞き返してレイアもそっぽを向いたまま耳を傾ける。

 

「そ、そのだな……」

 

「アルハレム様」

 

 そこでリリアはアルハレムの顔を見ると、全て分かっているといった慈愛に満ちた笑顔を主の魔物使いに向ける。

 

「え? どうしたリリア?」

 

「大丈夫です。私には全て分かっていますよ、アルハレム様♪ ……さっきから図々しく腕にしがみついているそこの駄蛇娘がうっとしいのにお優しいアルハレム様にはそれが言えないですよね♪」

 

「………!」

 

 リリアに駄蛇娘呼ばわりされたレイアは額に青筋を浮かべてアルハレムの腕に抱きつく力を強める。強く抱きつきすぎたせいかレイアの長く伸びた爪がアルハレムの腕に突き刺さる。

 

「痛たっ!? レイア、そんなこと思ってないから少し力を弱めてくれ! リリアも! 冗談でもそんなことを言うな!」

 

「ふん!」

 

「………!」

 

 再びそれぞれ逆方向にそっぽを向くリリアとレイア。それによって更に重くなる場の空気にアルハレムはため息を吐く。

 

「はぁ……。リリアもレイアも頼むから仲直りしてくれよ。こんな時にもし敵でも現れたら俺達ひとたまりもないって……」

 

「……それもそうですわね」

 

「………」

 

 ため息混じりに言ったアルハレムの言葉にリリアとレイアはあっさりと頷くとその場で立ち止まった。

 

「リリア? レイア?」

 

「アルハレム様。あれを見てください」

 

 リリアが指差した先、空のある一点をアルハレムが見ると、そこには無数の黒い影があった。無数の黒い影は今はまだ遠くの空にあるが、凶悪な殺気を放ちながら確実にアルハレム達の元に向かってきていた。

 

「あれは鳥の群れ? ……いや、違う。あれは『魔物擬き』か?」

 

 魔物擬きとは、ごくまれに大地から現れる不浄の力に汚染された野生の獣のことである。

 

 不浄の力に汚染された獣、魔物擬きは魔物のような身体となって凶暴化して人間を襲い、長い期間をかけて本当の魔物となる。今こちらに向かっている無数の黒い影は、鳥の群れが不浄の力に汚染されて魔物擬きとなったものだろう。

 

「丁度いいです。あの群れを退治したらクエストを達成できます……と、言いたいのですが全て空を飛んでいるのが厄介ですね」

 

「そうだな」

 

 こちらに向かっている鳥の魔物擬きの群れを見て言うリリアにアルハレムも同意して頷く。

 

 大勢で空から攻撃を仕掛けてくる魔物擬きの群れに対して、こちらで空を飛べるのはリリア一人だけ。それにあの数では魔女のサキュバスである彼女でも手こずることになるだろう。

 

「………」

 

 アルハレムとリリアが考えている間にも魔物擬きの群れは近づいてくる。そんなときレイアが主の腕に抱きついていた腕をほどいて一人前に出た。

 

「レイア?」

 

「ちょっとレイア? 危ないですから戻ってきなさい」

 

「………」

 

 アルハレムとリリアに呼ばれたレイアは少しだけ振り返って二人を、主にリリアの方を見てからまた視線を魔物擬きの群れへと戻す。

 

「お、おい、レイア? 聞いているの……か……?」

 

 魔物擬きの群れを見ながら動かないレイアに話しかけようとしたアルハレムは、そこで信じられないものを見た。

 

「ガッ!?」「ガアァ!!」「ガッ、カカッ……」

 

 空からこちらに向かってくる鳥の魔物擬きの群れ。それが一羽、また一羽と、一瞬空中で動きを止めたかと思うと地面に堕ちていく。

 

「これは一体……?」

 

「……もしかしてこれがレイアの魔眼の力なのですか?」

 

 魔物擬きの群れが次々と高所から地面に激突して死んでいく光景に、アルハレムとリリアは何が起こっているのか分からなかったが、やがてリリアはこれがレイアの魔眼の効果によるものだと気づく。続いてアルハレムも仲間のラミアが使える魔眼に、相手を麻痺させるものがあったのを思い出す。

 

「そういえばレイアの技能のところに『魔眼(麻痺)』っていうのがあったな。……でも、これはちょっと反則じゃないか?」

 

「そ、そうですね……。私もそう思います」

 

 気がつけば魔物擬きの群れは一羽残らず地面に堕ちていて、運良く生きている……いや、この場合は運悪く死にきれていない魔物擬きも数羽いたが、ほとんどは地面に激突して際に死んでいた。

 

「………♪」

 

 そしてあまりにもあっけない戦いの終わりに呆けているアルハレムとリリアの前には、腰に両手を当てて胸を張ったレイアが口元に自慢気な笑みを浮かべていた。

 

 この後、アルハレムとリリアは生き残った魔物擬きに止めをさしてクエストは無事達成となった。


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