魔物使いのハンドレッドクエスト   作:小狗丸

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第二百八話

「おにいさま! 私も一緒にお稽古をします!」

 

 一年後。八歳となったアルハレムが城の中庭で木剣の素振りをしていると、そこに六歳となったアリスンが自分の木剣を持って駆け寄ってきた。

 

 この一年でアリスンの病は奇跡的に完治し、それによって今まで自室のベッドに縛り付けられていた病弱であった少女は、不自由であった時間を取り戻すかのように活発に行動をするようになった。その姿はとても去年まで深い病に侵されていたとは思えないほどで、城の者達は元気となった彼女を見て喜んだのだが、それでも問題がないわけではなかった。

 

「……アリスン。たまには俺以外の人とも訓練したらどうだ? この城には母さんや姉さん達に兵士の皆、俺よりずっと強くて教え方が上手な人が沢山いる……」

 

「嫌です! 嫌です! 私はおにいさまと剣のお稽古がしたいのです!」

 

 アルハレムの声を途中で遮り、その場で地団駄を踏むアリスン。そんな彼女の言動と表情からは兄が今言った人達を強く否定する感情が現れていて、これこそがこの少女が持つ問題であった。

 

 一年前まで重い病にかかっていた頃はアルハレムだけが話し相手であったアリスンは、兄以外の人間とは心を開かなくなり、実の母親と二人の姉に対しても距離をとるようになったのである。

 

「む~」

 

「ええっと……」

 

「にゃはは♪ 二人はいつ見ても仲がよいでござるな」

 

 むくれた顔をして見上げてくるアリスンをどうなだめたらいいかアルハレムが考えていると、突然若い笑い声が聞こえた。二人の兄妹が声のした方を見ると、そこには異国の服装に身を包んで頭に猫の耳を生やした一人の女性が立っていた。

 

「ツクモさん」

 

 アルハレムが今から数ヵ月前にここにやって来た猫の耳を生やした女性、猫又の魔女の名前を呼ぶ。

 

 猫又の一族は初代マスタノート家当主と「ある契約」をしていて百年以上の昔から数名の猫又達をマスタノート家に兵力として貸し出しており、ツクモはそんな貸し出された猫又達のまとめ役として前のまとめ役と入れ替わりにここにやって来た猫又であった。

 

「うむうむ。アル坊もアリスンも朝から剣の稽古とは関心関心。流石はギルシュの国境を守るマスタノート家の子達でござるな♪」

 

「何しに来たのよ!?」

 

 木剣を持つ兄妹を見て微笑みながら頷くツクモだったが、その猫又の魔女の前に明らかな敵意の表情を浮かべたアリスンがまるでアルハレムを庇うように立つ。

 

 理由は本人にも分からない。だがアリスンは初めて会ったときからツクモを「敵」として認識しており、自分の兄に近づけることを何よりも嫌っていた。

 

「おい。アリスン、止めろ」

 

 後ろ姿しか見えなくとも、今妹がどんな表情をしているのかを理解したアルハレムが呼び掛けるが、アリスンは兄の声に耳をかそうとせず目の前の猫又の魔女を睨み続ける。そしてツクモの方はというと、そんな少女の嫌悪のこもった視線に気を悪くすることもなく、逆に面白そうな笑みを浮かべている。

 

「にゃはは♪ アリスン、そんなに怖い顔をしなくともツクモさんはアル坊を取ったりしないでござるよ? ……ただちょっと『味見』をさせてもらうだけでござるよ?」

 

「味見?」

 

「……………!?」

 

 ペロリ、と小さく唇を舐めて言うツクモの言葉の意味を子供のアルハレムは理解できなかったが、アリスンは本能的に「それだけは認められない」と感じて、次の瞬間には怒りを爆発させた。

 

「ふ、ざ……けるなぁーーー!」

 

「え? え? アリスン、何を怒って……というかそれって輝力の光?」

 

 驚くアルハレムを余所にアリスンは体から輝力の青白い光を放ってツクモに手に持った木剣で切りかかる。

 

「おおっ! もう輝力が使えるとは凄いでござるな。でも剣の腕はまだまだ未熟でござるな♪」

 

「黙れ! 逃げるなこのネコ魔女ぉ!」

 

 輝力で身体能力を強化した少女の木剣をツクモは余裕で避け、それにムキになったアリスンが更に勢いよく木剣を振るう。

 

 戦乙女の少女と猫又の魔女の動きはもはや常人の目では見切れないほど速くなっており、一人取り残されたアルハレムは困惑した表情を浮かべた。

 

「……ええっと。これって、ツクモさんがアリスンの訓練に付き合ってくれてるってことでいいのかな?」


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