魔物使いのハンドレッドクエスト   作:小狗丸

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第二百七話

「……あの、おにいさま。ご本を読んでくれませんか?」

 

 中央大陸の南半分を支配する大国ギルシュ。その辺境の地を統治する貴族、マスタノート家の城の一室で、ベッドの上に横たわっている一人の少女が自分の隣で椅子に座っている少年に力のない声でお願いをした。

 

 ベッドの上に横たわっている少女の名前はアリスン・マスタノート。マスタノート家の現当主、アストライア・マスタノートの四人いる子供の一番下の娘で今年で五歳になる。

 

「うん。いいよ」

 

 アリスンに「おにいさま」と呼ばれた彼女よりほんの少しだけ歳上の少年は、笑顔を浮かべてアリスンに頷くと椅子から立ち上がって部屋にある本棚に歩いていく。

 

 この少年の名前はアルハレム・マスタノート。彼もまたアストライアの子供の一人で今年で七歳になり、アリスンとは「父親が同じ」兄妹の関係であった。

 

「アリスン。どの本がいい?」

 

「私は……おにいさまが読んでくれるなら、なんでもいいです……」

 

「……そうか。だったらアリスンが一番好きな本を読もうか?」

 

 そう言うとアルハレムは本棚から一冊の本を取り出して、アリスンが横になっているベッドの隣の椅子に座り本を読んだ。本の内容は戦乙女の少女が主人公の物語で、恋人の騎士と数人の仲間達と一緒に故郷の小国を魔物の大軍から守るために戦うというものであった。

 

 このマスタノート領は「ある理由」から魔物の出現率が他の領地と比べて異常に高く魔物との戦いが多発していることから、子供達の遊びや読む物語もそれに偏っているところがあった。アルハレムが読んでいる本もまたその一つである。

 

 アリスンは今アルハレムが自分の為に読んでくれている物語が一番のお気に入りで、その理由は兄がこの物語を気に入っているからだ。

 

 アルハレムとアリスンを含めたアストライアの四人の子供達のうち三人は女の子、それも輝力を使うことができる戦乙女で、アルハレムだけが輝力を使うことができない男の子だった。

 

 戦乙女である母親に父親が違う二人の姉、そして妹のように輝力は使えないがそれでも家族を守りたいという気持ちを持つアルハレムは、この物語に登場する戦乙女の主人公と肩を並べて魔物と戦う恋人の騎士に憧れのようなものを懐いているのをアリスンは知っていた。

 

「……おにいさま。いつもごめんなさい」

 

 アルハレムが本を音読しているとふいにアリスンが兄に謝った。

 

「え? 何がごめんなさいなんだ?」

 

「だって……その……。私、体が弱くて、そのせいで毎日おにいさまに迷惑をかけちゃうから……」

 

 首を傾げるアルハレムにアリスンは力のない声を更に小さくし、申し訳なさそうな表情で話す。

 

 アリスンは生まれた頃から体が弱く、病気がちでめったに部屋の外に出ることができず、そんな妹の看病と遊び相手を勤めるのがアルハレムの役目であった。その為に兄を常に束縛し、自由な時間を奪っていることに対してこの少女は罪悪感を覚えていたのだった。

 

「なんだ、そんなことか。僕は別に嫌じゃないからアリスンも気にしなくていいんだよ」

 

「でも……。お外はもう夜だし、おにいさまも眠たそうなお顔をしていますし……」

 

 笑顔で言う兄にアリスンは心配そうな声で言ってから窓を見ると、彼女の言う通り窓の外はすでに日が沈んで夜になっており、アルハレムの目の下にもうっすらとクマができていた。

 

 アリスンは「長期間活動」という固有特性を持っており、その効果は「二、三日の間休まずに活動することができるが、その代わり丸一日休まなければならない」というもの。しかしそれは逆に言えば「一日休めば二、三日の間休むことができない」とも言えた。

 

 体が弱くてめったに部屋から出ることができないアリスンは一度眠ってしまえば、次の「休息日」までの二、三日間は眠ることもできずベッドの上に縛りつけられることとなる。それはまだ五歳の少女には耐えがたい孤独と退屈である。

 

 当然、母親のアストライアや父親が違う二人の姉のアイリーンとアルテア、城に勤めるメイド達も暇を見つけてはアリスンの様子を見てくれている。しかし、アストライア達はいつも彼女の隣にいることはできず、その上メイドの中には「面倒なお嬢様」と陰口を言う者までいて、病弱な少女の寂しさを消してくれるのは兄のアルハレムだけだった。

 

「僕はまだ大丈夫だよ。それにこの本の続きも気になって眠れなくなったからね。続きを読むよ。どこまで読んだっけ?」

 

 アルハレムは冗談っぽく言うとこれまで何十回と読んで内容も記憶している本を音読し、アリスンは申し訳なさそうだがそれでも嬉しそうでもある子供には似つかわしくない表情を浮かべて兄の声に耳をかたむけるのであった。


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