魔物使いのハンドレッドクエスト   作:小狗丸

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第一話

「やれやれ。ようやく見つかった」

 

 アルハレムがクエストブックによって森の中に飛ばされてから数時間後。森の中をさ迷った彼はなんとか森を抜けると街に辿り着いた。

 

 街に辿り着いた時にはすでに日が沈んで夜になっており、アルハレムは一先ず今日泊まる宿屋を探して街の中を歩いていく。

 

「今日はもう宿屋に泊まって休むとして……明日はまずここが何処なのか調べないとな。クエストブックのクエストに挑戦するのはそれから……ん?」

 

 歩きながら明日からの予定を考えていると、前方に人だかりができているのが目に入った。

 

「何だ?」

 

 興味を覚えたアルハレムが人だかりをかき分けて騒ぎの現場を見てみると、そこには四十代くらいの男と若い女が言い争いをしていた。

 

 女の方はアルハレムよりも少し年下くらいだろう。茶色の髪を左右で縛った髪型をしており、服装はショートパンツに胸元を隠すブラジャーと袖無しのジャケットという露出が多い格好。腰にはその容姿には似合っていない一振りの長剣が差してあった。

 

「わたしぃのぉ! どこが子供だって言うのよぉ!」

 

 女が顔を赤くして男に怒鳴る。その表情は目が据わっていて、時折足元がふらついていることから女がかなり酒に酔っているのが一目で分かる。

 

「……ただの酔っぱらいのケンカか」

 

 言い争うというより一方的に男に怒鳴り散らす酔っぱらった女を見たアルハレムは、興味をなくしてこの場を後にしようとする。だが丁度その時シャキンという音が聞こえ、音がした方を見ると女が腰の剣を抜いていた。

 

「ひぃ!?」

 

 女が剣を抜いたことに男が腰を抜かし、周囲にいた野次馬達が悲鳴を上げる。アルハレムも思わず口元をひくつかせる。

 

「おいおい……。それは流石にまずいだろ?」

 

「このアニー様をナメんじゃないわよ!」

 

「うわあぁ!?」

 

 ガキィン!

 

 腰を抜かした男に女、アニーは勢いよく手に持った剣を降り下ろすが、アニーの剣は二人の間に飛び込んだアルハレムの剣によって火花を散らして止められた。

 

「……だれよ? アンタ?」

 

「誰だっていいだろ。それよりもその辺にしておいたらどうだ? 人なんて切ったらもう喧嘩じゃすまなく……」

 

「邪魔すんじゃないわよ!」

 

「うわっ!」

 

 つばぜり合いをしたまま何とか説得をしようとアニーに話しかけるアルハレムだったが、アニーの方は話を聞こうとせずに強引に剣を振りぬく。

 

「まったくこれだから酔っ払いは……。おいアンタ、早くここから離れたほうがいいぞ」

 

「あ、ああ……」

 

 アルハレムは腰を抜かしていた男に逃げるように言うと剣を構えなおしてアニーのほうを見据えた。

 

「さあ……こい!」

 

「うらああっ!」

 

 剣を構えなおしたアルハレムにアニーが切りかかる。酔っ払っていて足元も怪しかったアニーだが意外にも太刀筋は正確で頭、喉、腹と人体の急所にと鋭く軌跡を描いて剣が振るわれる。

 

(酔っ払っているにしては太刀筋がしっかりしているな。……でも)

 

 アルハレムは自分に向かって振るわれるアニーの剣を冷静に観察して見切ると、自分の剣で防ぎ、あるいは受け流していく。

 

 確かにアニーの剣は基本がそれなりにできているし、太刀筋も速くて正確だがそれだけだ。幼少の頃より実戦に近い形で訓練をつんできたアルハレムにとっては見切るのは容易かった。何度剣を振るってもかすりもしないことでアニーの頭に血が上り、ただでさえ酔っ払っていて大雑把だった動きが更に雑になっていく。

 

「この! この! このぉ! 何で、当たらないのよ!」

 

「隙あり!」

 

「きゃあ!?」

 

 動きが雑になったことで生まれた一瞬の隙をついてアルハレムは自分の剣でアニーの剣を弾き飛ばし、流れるような動きで彼女の喉元に剣を突きつけた。

 

「勝負ありだな。キミの敗けだ」

 

「……はあ? ふざけんじゃないわよ! わたしはまだ負けてないんだからね!」

 

 アニーの喉元に剣を突きつけながらアルハレムが告げる。普通に考えれば彼の言う通り勝負はもうついているのだが、酔っぱらった女剣士は現実をうまく認識できていないのか、相変わらず据わった目で自分に突きつけられた剣を見ていた。

 

 そして次の瞬間、アニーはアルハレムも周囲の野次馬達も全く予想しなかった意外な行動をとった。

 

「こんな剣が何よ!」

 

「おい! ……!?」

 

 何を思ったのかアニーは目の前にあるアルハレムの剣の刀身を素手で鷲掴みにしたのだ。驚いたアルハレムは思わず剣を下げようとしたが剣は微動だにしなかった。

 

(剣が動かない? まさか彼女は……)

 

 そこまで考えてアルハレムは、自分の剣を掴むアニーの手から一滴の血も流れておらず青白く光っていることに気づき、自分の予想が的中していることを悟る。

 

 いや、よく見れば手だけでなく、アニーの身体全てが青白く光っていて、それを見た野次馬達の誰かが悲鳴のような声を上げる。

 

「き、『輝力』の光!? あの女、『戦乙女』か!?」

 

 輝力。

 

 それは選ばれた一部の女性だけが使用することができる神秘の力であり、使用したときに使い手の身体が青白く輝くことから輝力と呼ばれている。

 

 輝力は使い方次第で様々な奇跡を起こすことができ、世の人々は輝力を使って戦う女の戦士のことを「戦乙女」と呼び、優れた戦乙女は一人で千人の兵士にも勝るとされていた。そしてアルハレムの目の前にいる酔っぱらった女剣士アニーもまた戦乙女であったのだ。

 

 戦乙女の輝力の使用法の中で一番基本的なのは身体能力の強化だ。輝力で強化された戦乙女の身体は岩をも砕く怪力に風のような俊敏さ、そして鋼をも勝る頑強さを宿し、敵の剣を素手で止めるといった芸当も容易くできるようになる。……丁度今のアニーのように。

 

(迂闊だった……! 彼女の服装を見て相手が戦乙女である可能性を考えるべきだった)

 

 アルハレムは内心で自分の迂闊さに歯噛みする。

 

 輝力で身体を鋼より頑丈にすることが出来る戦乙女は、戦いの場で鎧を着る必要がないため最低限の箇所だけを守る軽装を好む者が多い。軽装の方が動きやすいし、それが更に露出が多いものであれば男の敵の動揺を誘いやすいからだ。

 

 アニーが戦乙女であることを考えれば確かに彼女の服装は動きやすく、その露出した女の肌の色で敵の油断を誘う可能性もある下手な鎧よりもよっぽど戦いに向いた格好と言えるだろう。

 

「こ、これはまずいかな……」

 

「ぶっ飛べ!」

 

 冷や汗を流すアルハレムの腹部に気合いの入ったアニーの拳が炸裂し、アルハレムは激しい衝撃を受けると同時に意識を失った。


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