魔物使いのハンドレッドクエスト   作:小狗丸

13 / 266
第十二話

「ちょっと待て。何で俺の神力石を君に渡さないといけないんだ?」

 

「決まっているでしょ? 私は貴方のせいでクエストを失敗して神力石が手に入らなかったんだから、それを返してって言っているのよ」

 

「………」

 

 自分勝手な暴論をさも当然のように言うアニーに、アルハレムは言葉を失ってリリアは呆れ果てたというように首を横に振る。

 

「ここまで馬鹿な女だとは思いませんでした。行きましょうアルハレム様。こんな女とはこれ以上関わらないほうが身のためです」

 

「……ちょっといい加減にしなさいよ。誰が馬鹿ですって? そんな弱っちい男に媚びへつらっているサキュバスのくせに生意気よ」

 

 馬鹿呼ばわりされたアニーが不機嫌な顔になって反論すると、その言葉にリリアの顔に緊張が走り、次の瞬間戦乙女の冒険者を見る目に怒りの炎が燃え上がる。

 

「分からないようであればもう一度言ってあげます。馬鹿は貴女です。いきなり現れたかと思えば先日の騒ぎの罪を全てアルハレム様に押し付けて、更には侮辱し、挙げ句の果てには神力石を寄越せですって? よくもまあそこまで自分勝手で馬鹿馬鹿しいことが言えるのかと感心しますよ。……正直、貴女のような女が私達の前に立っていることすら不快です」

 

「……何ですって?」

 

 リリアがアニーに向けて言ったことはほとんど正論なのだが、それでも彼女を挑発するには充分だったようだ。

 

 無表情だがその目に静かな怒りの炎を燃やすリリアと、顔を険しくして明らかに怒りを見せるアニー。二人の間の空気が、サキュバスと戦乙女の怒気によって硬直する。

 

「お、おい。二人とも少し落ち着けって……」

 

「「アルハレム様(貴方)は黙ってください(なさい)!」」

 

「……はい」

 

 何やら二人だけで熱くなっているリリアとアニーを落ち着かせようとするアルハレムだったが、二人同時に怒鳴られてあえなく消沈。……情けないと思うことなかれ、こういう時男というのは非常に弱いものなのだから。

 

「……とにかく私達は貴女の馬鹿げた要求に従うつもりはありません。どうしても神力石が欲しいと言うのであれば力ずくで奪ったらどうですか?」

 

「何よ? 貴女が私と戦うわけ?」

 

 リリアの提案に頭に血が上ったアニーは面白いとばかりに腰に差している剣に手を伸ばすが、サキュバスの僕は首を横に振ると隣にいる魔物使いの主の肩に手を当てた。

 

「いいえ。戦うのは私ではなくアルハレム様です」

 

『はい!?』

 

 リリアの発言がよほど意外だったのか、アルハレムとアニーが声を揃えて驚く。

 

「リリア? 一体何を……」

 

「アルハレム様。丁度いい機会です。先程話した戦い方、あの女で試してみましょう。そうすればついでにクエストブックの試練も達成できますし」

 

「……お前」

 

 口調こそ丁寧ではあったが、リリアのアルハレムを見る目には有無を言わせぬ迫力があった。どうやらアニーの自分勝手な発言に、主以上の怒りを感じていたようだ。

 

「いつまで話しているのよ? 戦うならさっさとかかってきなさいよ」

 

 アニーはすでに腰の剣を抜いていた。先日の乱闘騒ぎの時もすぐに剣を抜いていたが、どうやら酔っても酔っていなくても、血の気が多いのは変わりないようだ。

 

「ふふん♪ 慌てるじゃないですよ。物事には準備っていうものがあるんですよ? ……ん」

 

 リリアはアニーに挑発的な笑みを向けるとすぐにアルハレムの正面にまわり、自分の唇を己の主の唇に重ねた。

 

「なっ!?」

 

 突然自分の目の前で行われたヒューマンの男とサキュバスの女の濃厚な口づけにアニーは思わず絶句する。

 

 リリアは十秒くらいたっぷりと口づけを交わすと、やがて名残惜しそうにアルハレムから離れて彼の耳元で囁くように助言を与える。

 

「さあ、頑張ってくださいアルハレム! あの女を見事倒して格好いいところを見せてください!」

 

「そう言われてもな……」

 

 アルハレムは気がのらない顔でアニーの前に立つと彼女に話しかける。

 

「何だか流される形で戦うことになったんだけど、本当にやるのか?」

 

「何よもう怖じ気づいたの? でもそれも当然よね。貴方、前に私に呆気なく負けたんだものね。いいわよ? 神力石を渡してくれたら許してあげても。貴方がいくら鍛えていても、男が戦乙女の私に勝てるはずがないんだし?」

 

 アニーはアルハレムに馬鹿にした表情で答える。

 

 それは典型的な自分の力に酔った戦乙女が他者、主に男に向ける態度だった。

 

 確かにアルハレムは前にアニーに負けた。いくら鍛えていても男では戦乙女には勝てないというのはこの世界の常識だ。

 

 しかしアルハレムはアニーの言葉にため息をつくと、腰に差していたロッドを引き抜いて構える。

 

「……分かった。だったらかかってこいよ」

 

「ふん! 後悔しても遅いんだから!」

 

 アニーは最初から輝力で身体能力を強化すると手に持っていた剣でアルハレムに斬りかかった。

 

 この瞬間、アニーは自分の勝利を確信していた。相手は確かに自分より素の身体能力や技術では勝っているが、輝力で強化したこの圧倒的な力の前では無力だ。肩や体を一、二回斬りつければすぐに降参するだろうと思っていた。

 

 ……だが、そんなアニーの考えは、自分の剣から聞こえてきた金属と金属がぶつかり合う音によって容易く打ち砕かれた。

 

「えっ!?」

 

 アニーは目の前の光景を見て思わず目を見開いた。彼女の視線の先、そこには常人では決して見切れないはずの戦乙女の剣を、ロッドで受けているアルハレムの姿があった。

 

 しかしアニーが驚いているのは自分の剣を止められたことではない。

 

「体が、光っている? それってまさか……輝力?」

 

 アニーの言う通りアルハレムの体は青白い光、輝力の光に包まれていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。