魔物使いのハンドレッドクエスト   作:小狗丸

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第百十六話

「あの……。それで女神イアス様?」

 

「ふぇ? ふぁんふぇふふぁ?(え? 何ですか?)」

 

 気を取り直してアルハレムがイアスに話しかけると、名前を呼ばれた女神は口一杯にお菓子をいれて頬袋を限界まで膨らませた顔を魔物使いの青年に向けた。その顔からは女神としての威厳は微塵も感じられず、ただの人間の子供のようであった。

 

「いえ、何ですか、じゃなくて……。その、俺はクエストを十回達成して、イアス様はその特別報酬を与えてくれるために来てくれたのですよね?」

 

「……? むぐむぐ……。おお、そうでした!」

 

 アルハレムの言葉にイアスは首を傾げるが、口の中に含んでいたお菓子を全て飲み込んだ後でようやく思い出したようだ。

 

「忘れていたんですね……」

 

「アルハレム様の特別報酬を忘れるんじゃないですよ。……この駄女神が」

 

「………」

 

「お、菓子、で、忘れる。まるで、子供」

 

「随分と呑気な女神様でござるな」

 

「本当に、こうして見ると普通の女の子にしか見えませんね」

 

 特別報酬のことを完全に忘れていたイアスにアルハレムが苦笑を浮かべて、彼に従う魔女五人がリリア、レイア、ルル、ツクモ、ヒスイの順に小声で呟く。

 

「こほん。これは失礼しました。それでは十八番さんには早速特別報酬を差し上げますねー♪ 最初の特別報酬は大サービスで武器とか防具とかー、好きな種類を選ばせてあげますよー♪ 十八番さんはどんなのがいいですかー?」

 

「え? ええと、それでしたら武器をお願いします。それと俺の名前は十八番じゃなくてアルハレムです。アルハレム・マスタノート」

 

「ふむふむ……。アルハレムさんは武器がいいんですね。分かりましたー♪ あと、アルハレムさんも次からはおかーさんのことをおかーさんと呼んでくださいねー♪」

 

 そう言ってイアスが微笑んだかと思うと、アルハレムの視界が一瞬だけ真っ白に染まり、次の瞬間には宿屋ではない違う場所に彼は立っていた。

 

「皆? 何処にいったんだ? それにここは……?」

 

 辺りを見回してみたが先程まで一緒にいた仲間の姿は何処にもなく、アルハレム一人だけとなっていた。そして魔物使いの冒険者は自分が今いる場所に見覚えがあった。

 

 そこは神殿の壁画のような絵画が描かれた無数の扉が並ぶ真っ白な不思議な空間で、魔物使いの冒険者にとって忘れようのない場所である。

 

「間違いない。俺がクエストブックを最初に開いた時に来た場所だ」

 

 アルハレムは一通り周囲を見回してから呟く。

 

 クエストブックに選ばれた全ての冒険者達が最初に訪れて、試練に立ち向かうための力を得てから旅立つ始まりの場所。

 

「ここから俺の旅が始まったんだよな。そういえばあの時俺が選んだ扉は……アレ?」

 

 懐かしい気持ちになったアルハレムが前にここに来た時に選んだ「魔物使い」の扉を探すと、無数にある扉の中で一つだけ開かれている扉があった。そしてその扉に描かれていたのは、一人の旅人が動物や魔物を引き連れている絵画……アルハレムが以前選んだ魔物使いの扉である。

 

「何でこの扉だけが開いているんだ? ……ここを通れってことなのか?」

 

 アルハレムは自分が呟いた言葉が当たっているような気がして唯一開かれている魔物使いの扉を通った。

 

 魔物使いの扉を通った先は小さな祭壇がある部屋だった。以前アルハレムがこの部屋に来た時は祭壇には、魔物を仲間にする「契約の儀式」を行うための四本の短剣があったのだが、今は祭壇の上に一つの光の玉が浮かんでいる。

 

「この光の玉が特別報酬か? ……っ!?」

 

 アルハレムが祭壇の上に浮かぶ光の玉に手を伸ばして触れると光の玉は強い光を放ち、光が収まると光の玉に触れたはずの右手は柄のある金属の棒、ロッドを握っていた。

 

「光の玉がロッドに? これが俺の武器か?」

 

「そうです。私が貴方の武器です。マスター」

 

 いつの間にか右手に握られているロッドを見ながらアルハレムが一人呟くと、ロッドの柄尻に取り付けられている宝石から女性の声が聞こえてきた。


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