寄生少年の学園生活日誌   作:生まれ変わった人

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今回はあまりお話は進まないのでご了承ください。


第二の戦い

学校が血で濡れていく。

 

街が恐怖と死で満たされていく。

 

他のみんなは聞こえてなくても、おれには分かる。

 

死の潮流が街を飲み込んでいく。

人間が集まっても抗うことさえできない、自然災害の類だ。

 

ちっぽけな生き物にすぎないおれには何もできない。

命が失われていく現実を、まざまざと見せつけられる。

平和を生きていた人たちの悲鳴が槍となっておれの心に突き刺さる。

 

なんで、なんでなんだよ。

どうしておれの行く先が血で濡れてるんだよ。

 

なんでおれをそっとしてくれないんだよ。

ミギーだって眠ってるんだよ……寝かせてやってくれよ。

もう、殺し殺されるのなんて嫌なんだよ……

 

道で知り合いになった生き物を気にかけてしまうのが……おれたち人間なんだよ!

もう、おれの周りの人がいなくなって、悲しむ姿はもう見たくない……

 

でも、既にそんな理屈が通じない状況になっていることくらいわかってる。

おれの人間としての感情は現実を拒否したがっているくせに、おれの頭は今の状況を冷静に分析していた。

頭の中でいくつもの考察が浮かんでいく横で、それから目を背けている。

 

胸がまた痛む。

心臓を手づかみで引き裂かれるように……!!

立っていられな―――

 

「うあっ!」

「っ!?」

 

だけど、現実はおれがまた胸の痛みに悶える間すら与えちゃくれない。

胡桃の悲鳴でおれの意識は現実に引き戻される。

 

胸の鈍い痛みに耐えながら悲鳴の先を見ると、そこには胡桃ににじり寄る先輩の姿が。

 

足取りが、それだけでない、行動も雰囲気もいつもと違う先輩を見て、理解してしまった。

この違和感を味わったことがあるおれには分かる。

これはあの時、おれの胸に穴が開いた時の―――

 

母さんの時と同じ……っ!!

 

 

あぁ、先輩はもう先輩じゃないんだ……

体は動いているのに、心が、魂はもういないんだ。

鼓動すら聞こえない先輩の体は、『何か』に操られているんだ。

 

 

先輩

 

おれを陸上部に誘ってくれた先輩

 

スポーツ推薦枠でおれを大学に誘ってくれた

 

園芸部に入ったおれを先輩として見送り、先輩として面倒を見てくれた

 

勧誘を蹴って好意を踏んだおれのことを最後まで可愛がってくれた……っ!!

 

 

 

とても優しくて、器量も大きい理想の、人生の先輩だった。

尊敬してたのにっ……そんな人が何で……死んでしまうなんてっ!!

 

そんな人が、死んだ後も身体を乗っ取られて化物にされてしまった。

 

あんまりだよ……こんなの、ひどすぎる……

 

 

 

 

 

 

『で? 君はそこで眠るつもりかい?』

 

―――違う、動けないんだよ……疲れちゃったんだ……

 

『身体が? 心が?』

 

―――……両方さ。血に濡れて、休んでた時に、また皆がおれたちを攻めるんだ。戦えって

 

『ふむ……』

 

―――殺すのはもうウンザリだ……ただ、何かを護りたいだけなのに……歩いたら新しい戦いがあって、疲れて立ち止まってもまた戦いがある……

 

 

『それはつまり、今ここにいる彼女たちを置いていくと考えていいんだな?』

 

―――それは……っ!

 

『君が決めたことだ。君の決断なら私は反対もしないし拒否もしない。でも、賛成もしない。決めるのは君だ』

 

―――そんなの、できるわけないじゃないか!! 命なんだよ!! おれたちは他の命を犠牲に生きている存在だとしても、無暗に、理由なく見捨てていい訳がない!!

 

『でも、こうしている間にあのクルミとかいうのは危機に瀕している。遅れれば死ぬぜ?』

 

―――でも、どうすれば……!! おれにはもう力も、何も……

 

『簡単じゃないか。今まで通り私を使うといい』

 

―――無理だ……もうお前はいないんだ。何もかも、変わってしまったんだ……

 

『変わらんさ。君が動き、私が戦う。それが最適解であり、現状における最善だよシンイチ』

 

―――でも……こんな世界で、おれにできることなんか何も……ミギーがいたから戦えてただけだ……おれはお前にはなれないんだ……!

 

『これから君が歩む道は困難で、辛くて、果てしないのかもしれない。だからこそ、君にもう一度伝えよう』

 

『誰だって死ぬことは怖い。私だってそうだ。だからこそ、ピンチの時には落ち着いて対処しろ。挫けそうになったら胸に手を当てて深呼吸しろ』

 

『追い詰められた時こそ冷静になって考えを巡らせろ。柔軟な発想で事に当たれば勝機を必ず掴める。忘れたかい? 『戦は兵力よりも勝機』だよ』

 

―――考えを……巡らせる……

 

『そうさ。君の甘い人間的感情とパラサイト(我々)の冷酷な判断能力を使い分けろ。そうすれば君は無類の力を発揮できる。君が私になる必要はない。今までの経験を活かして人間とパラサイトの持ち味を使え』

 

―――ミギー……

 

『これだけは忘れるな。何があったって、どんな時だって我々は二匹で一つだ』

 

―――待ってくれミギー!! こんな、せっかく会えたのにまた別れるなんて……っ!!

 

『手を伸ばす相手が違うぞ……()きな、君の場所に』

 

 

 

 

 

それは夢か幻か、今では分かっちゃいない。

目を開けると、そこには目を背けたくなる現実が広がっていた。

 

でも、おれの心は既に動揺が消え、頭の中もクリアになっていた。

戦うのはもうウンザリだ、血ももう見たくないとさえ思っている。

 

でも、ミギーがおれに戦えと、生きろと言ったんだ。

それだけでおれは……っ!

 

胡桃は恐怖し、先輩『だったもの』は胡桃を喰らおうとにじり寄っている。

止めろ、そんなこと先輩は望んでない。

先輩の体を使って、おれの友達を傷つけるな。

 

もう先輩を無理やり動かすな。

 

 

頬を伝う冷たい涙を流しながら、拳を握る。

そして、胡桃の精神状態が限界なことに気付いた。

手元で何かを探っている。

絶望に染まらず、生きようとしていることが分かる。

いずれ、近くに落ちてるシャベルに気付くだろう。

 

でも、ダメだ。

 

それは、ダメなんだ!!

 

 

胡桃、お前は、先輩への気持ちをそんな形で終わらせちゃいけないんだ!!

こんな形で自分の想いを捨てちゃいけないんだ!!

 

 

「うわあああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

胡桃の絶叫と共に手に掴んだシャベルを先輩に振るう。

 

やらせない。

それは、先輩はおれが殺るっ!!

 

爆発的なダッシュと共に先輩へ向けて全力の拳を振るう。

周りが止まったかのようなスローの世界の中で、胡桃のシャベルより先におれの拳が先輩の顔に届いた。

 

 

骨が砕ける音がする。

拳を通して壊れる感触が伝わる。

 

冷たい体温

 

 

おれの拳で先輩が壊れる。

 

 

先輩、先輩今すぐ!

 

 

休ませてあげますから……っ!

 

だから

 

 

 

お疲れさまでした

 

 

 

もう休んでください

 

 

 

 

 

おれが見送るころ、先輩の頭はこの世から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

目の前の光景に私、いえ、私たちは言葉を失った。

誰が、誰がこんなことを予想できただろうか。

 

ただ呼吸するだけで精一杯だった。

 

今まで若狭さんと丈槍さんと一緒に扉を押さえていた時に恵飛須沢さんが襲われそうになった。

時々、大学から来ていたOBの先輩くんだった。

そして、恵飛須沢さんの……

 

その人が立ち上がり、恵飛須沢さんに襲い掛かろうとした。

それだけでも異常と言える状況だ。

いえ、だった(・・・)

 

でも、それよりも衝撃的な光景があった。

 

 

い、泉くんが人の頭を殴り潰した(・・・・・)

 

突然のことに私も若狭さんも頭がつぶれて赤く染まった、冒涜的な光景から目を離せなくなってしまった。

 

恵飛須沢さんも泉くんを見上げて呼吸するしかできない。

 

夕日に照らされた泉くんは無表情のまま涙を流し、握る拳から血を滴らせていた。

 

 

泉新一くん

 

この巡ヶ丘高校につい最近になって転校してきた至って普通の男の子。

授業態度も真面目で私のことを佐倉先生と呼んでくれるほどに律儀な生徒。

一人だった丈槍さんと友達になった優しい子。

 

そして、全世界を震撼させた人間に寄生する『パラサイト』によって家族を壊され、人生を翻弄された。

人を食べる凶悪な生物と関わることになり、幾つもの死を覚悟し、死を見てきた子供。

 

 

それが私、佐倉慈の知る限りの泉新一くんそのものだった。

 

 

……しかし、今日私は彼の新しい一面……いや、もう一人の人格を目の当たりにした。

 

「皆、おれに考えがあるんだ」

 

涙を拭いながら若狭さんと私を呼び、呼ばれた私たちは体を震わせた。

そして、呼吸することさえ忘れるほどの驚愕。

 

優しかった泉くんの目が、さっきまでは考えられないほどに冷たく、無機質だった。

それに、涙を拭いてからというもの、足元に横たわっている亡骸を臆することなくフェンスに立てかけ、汗一つかかない冷静な表情で告げた。

 

「今日は夜までここに籠城したいと思う」

 

さっきまで泣いていた生徒はもういない。

そこにいるのは、今の異常事態を日常生活の中で生活するように、さっきの惨状を当然のように受け止める、さっきまでの泉くんとは別の泉くんだった。

 

彼が言いたいのは夜まで屋上に待機するということだった。

確かに、あの正体不明の相手が蔓延る今は無暗に外に出ない方がいいだろう。

私たち、後ろで座り込む恵飛須沢さん以外は彼の言葉に反論しなかった。

 

 

しかし、彼の次の提案は私たちの予想をはるか上をいった。

 

「今からおれは学園に戻ってできるだけ『奴ら』の駆除と比較的安全な居住スペースを確認、できたら食料も確保してくる。皆はおれが戻ってくるまでここで待機してくれ」

「えっ!?」

「泉くん!?」

 

彼の発言はその場の全員を驚愕させるほどだった。

それは誰にも予想できない、自殺行為。

彼は校庭の惨状を見ていないか疑わしくなるほどだ。

 

今までふさぎ込んでいた恵飛須沢さんでさえも泉くんに詰め寄った。

 

「お前、何言ってるのか分かってんのかよ!? 中は奴らで溢れ返ってるんだぞ!? 今戻っても殺られちまうよ!」

「大丈夫、できるだけ危険は避けるつもりだから」

「そうじゃねえ!! お前は中を見てないからそんなこと言えるんだ!! 中は奴らの巣だ! どこ行っても奴らは湧いて群がってきやがる! そうやって、皆を、先輩も……お前までそうなるなんて私は嫌だっ!!」

 

グランドから屋上まで避難した恵飛須沢さんのほうが状況を分かっているのだろう。

 

自ら死にに行くような泉くんを必死に、追いすがるように肩を掴んで止めようとする。

 

もちろん、恵飛須沢さんだけじゃない、今、扉を押さえてなければ私だって彼を止めるつもりだ。

それは若狭さんも同じ気持ちだと理解できた。

彼女は普段の優しい笑顔を一変させて不安と恐怖が混じった表情で震えている。

 

そして、丈槍さんは……ただただ嗚咽を漏らして泣いていた。

 

誰もが、泉くんを危険に晒さないよう彼を止めるつもりだけど、当の本人は抑揚のない声で続ける。

 

「大丈夫、その扉の向こうにいる奴は階段から落ちてここに昇れなくてもがいてる。聞いたところだと上の階よりも下の階に固まっているようだし、大丈夫だよ」

「ざけんな! 適当言って煙に巻くんじゃ―――」

「待って……そう言えば、さっきから衝撃が無くなってる……」

 

泉くんが言うまで気が付かなかったけど、確かにさっきから静かになってる。

さっきの衝撃的な光景に気を取られてたから気付かなかったけど、扉をこじ開けようとしていた『奴ら』がいなくなってる。

 

私と若狭さんと顔を見合わせて驚愕する。

泉くんに詰め寄っていた恵飛須沢さんも驚愕し、扉を凝視する。

 

確かに、さっきから突然いなくなったように静かだけど、それが逆に不安を駆り立てる。

また来るかもしれないという恐怖で扉を開けることが躊躇われる。

皆がそう思っているときも泉くんはまた確信めいて口を開く。

 

「今、屋上に続く階段を登ろうともがいている『奴ら』は全部で6匹。三階全てのフロアに残っている数は大体13、いや、14匹だけだ。これくらいなら三階フロアの奪還はできると思う」

 

まるで、目に見えない場所を見通しているかのような彼の言葉に本当に何も言えなくなる。

 

そんなわけない、幾らなんでもそんなはずは……

 

私たちは彼の言うことを信じ切れず、扉の先を見ることができない。

そんな私たちに泉くんはどこまでも落ち着いた様子で通す。

 

「大丈夫。おれを信じてください」

 

まだ確証もない、危険な賭けに違いない。

危ない場所へ生徒を行かせるわけにはいかない。

 

でも、今やっと彼と目を見て分かった。

 

 

泉くんと私たちの見ている世界はまるで違う。

 

 

彼と私たちが視る光景は同じなのだろう。

それでも、頭でその光景をどう感じるかというところで決定的な差がある。

 

一瞬、私は信じられないと疑ったが、彼の経歴を思い出して目を伏せた。

 

彼は幾度もなくこんな経験をしてきたのだろう。

そして生き延びた。

彼より長く生きてきた私よりも彼はこの狂った世界での戦い方、生き方を理解している。

それが分かったとき、私たちに彼を止める資格は無いと理解した。

 

「泉くん……一つだけ約束して」

 

生徒は先生が護らないといけないのに、今はそれが逆になっている。

歯痒くて、悔しい。

 

でも、今はそれしかないのも分かる。

 

だから、私は彼の帰る場所を護ろう。

多分、それしかできないから。

 

「絶対に戻ってきてください」

「先生!?」

 

暗に泉くんを行かせる返事に若狭さんから短い悲鳴が上がる。

 

今、自分がやっていることは教師として、いえ、大人として失格なのかもしれない。

生徒、子供を地獄に放り投げたと言っても間違いない。

むしろその通りだ。

 

私の言葉に、泉くんは優しげに笑って頭を下げる。

 

「ありがとうございます。先生は皆をお願いします」

 

さっきまでの無機質な顔が嘘のように、今の彼は安心していた。

 

間違っている。

 

これから危険な場所に行く彼自身がなぜ、安心するのか。

本当はそれは私の役目のはず。

 

 

でも、私じゃきっと、いや、絶対にできない。

彼もそれを分かってて向かおうとしている。

そして、私が無力なせいで彼はここで優しさを置いて行くのだと。

 

生徒の背中を危険な場所へ押し出す罪悪感と、自分が比較的安全な場所にいられるという浅はかな安心感を抱く自己嫌悪に私は涙を流すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先生はおれの言葉を信じてくれた。

それだけでおれの勇気とやる気が湧いてくる。

 

さっきの惨状を見たら、普通はおれのことを真っ先に化物だと疑って当然のはず。

先生はおれの経歴を少なからず把握している数少ない人だ。

何かあると警戒するのが人間として当然なんだ。

 

きっと、先生の涙はおれのために出してくれてるんだ。

 

先生が先生でよかった。

 

これだけでもおれは充分に救われた。

 

先輩は護れなかったけど、せめて皆だけは護る。

 

生き残るにも護るにも色々と準備が必要だ。

そのためにおれは学校に戻る。

集中して階段付近と三階部の戦力を確認したから大丈夫なはずだ。

 

おれが胡桃の戸惑うような視線と困惑して動揺する若狭の視線をすり抜けて、扉に手をかけた瞬間、おれの腰に軽い衝撃が奔った。

見下ろすと丈槍が泣きながらおれの腰に組み付いていた。

 

「丈槍……」

 

いつも元気で、今日の昼まで活発だった丈槍が今ではなんと弱弱しいのだろうか。

まるで、自分を置いて去っていく両親を引き留める幼子のように泣きじゃくり、精一杯の力で新一を行かせないようと組み付く。

静かになった世界の中で丈槍の泣く声が響く。

 

「そうだよな……怖いもんな?」

 

安心させるよう頭を撫でても今回はそれが逆効果だった。

おれに組み付く力が強まって泣く声も大きくなった。

 

丈槍の力なら振りほどくこともできるけど、おれにはそんなことできない。

 

おれも丈槍の気持ちは分かる。

置いてかれることは辛いのだ。

しかもこんな状況だ、一人だけだと心が挫けても不思議じゃない。

 

本当はおれも皆の傍にいてやりたい。

でも、今おれができる危険を回避するには一度ここを離れなければならない。

 

 

今起こっている状況をおれなりに分析してみた。

とは言っても、現状で起きていることについては除くけど。

 

まず、奴らの戦闘能力などの分析だ。

さっきからグランドの奴らの行動を見ると、明らかに動きが鈍い。

走ったり跳んだりと活発な動きをする気配すらない。

まるで動きまわるだけで精一杯と言わんばかりに身体を引きずっている。

 

しかし、さっきまで先生たちがロッカーを押さえていた時を思い返すと違和感を覚える。

さっきまでは数がある程度いたとはいえ先生たちが本気で押さえないと扉をこじ開けられる寸前だった。

奴らにはある程度の腕力がある。

このちぐはぐさが逆に不気味だ。

 

動きが遅いくせに力は強い……これだけで奴らの特異性が垣間見えて不気味だ。

 

それに、奴らは階段手前で集まっている……と言うよりもたついてることも気になる。

 

その部分を正確に把握するためにも三階の奴で検証することも目的の一つだ。

 

 

それなら早々に学校に入って比較的安全な部屋に入るのも手だが、おれにはもう一つの懸念があるため、屋外での籠城を提案した。

 

 

 

パラサイトだ。

そもそもこの状況を目の当たりにして、おれが真っ先に考えたのはパラサイトの存在だった。

奴らがこんな事態を引き起こしたんじゃないかと。

 

だけど、これがパラサイトの起こしたことだとしてもおかしい。

こんなやり方は奴ら()()()()()

 

まず、今回の目的を奴らの気持ちになって考えてみた。

その時点で既にひっかかる。

 

奴らには今回のような惨状を引き起こす目的が無い。

人間を食べるにしてもここまで目立ったら軍隊を呼ばれて駆逐されるのがオチだと分かっているはずだ。

市役所での攻防は間違いなくパラサイトへの抑制効果があった。

そのせいで人間を食べられる機会が減ったとしても、こんな危険を冒して人を食わなければならないほどまだ切迫してない筈。

 

食料以外で考えてみる。

 

人間への復讐、パラサイトの存在の誇示、革命……

 

 

どれも人間的にはあり得るかもしれないけど、パラサイト的に見ればそんなことは無駄でしかない。

なぜなら、奴らは『生きる』ことを大前提で動き、『生きる』ために必要ないことは何もしない。

要は、今回のように自らの首を絞めることをするとは考えられない。

奴らは一時的とはいえ人間に気付かれることなく人間社会にまで適応して過ごしたのだ。

今更、自分の生活を壊す真似を奴らは絶対にしない。

後藤のような『闘争』と田村玲子のような『研究』といった趣味を持った奴が起こしてる可能性も否めない。

 

それにグランドの惨状を見ていたが、奴らは人に噛むことでその仲間を増やしている。

 

パラサイトはその種を増やすことはできない。

 

それは田宮良子が最初の段階で証明したことだ。

奴らにこんな真似ができるわけがない。

新種のパラサイトという線もあるが、可能性は天文学的数値だ。

 

ただ、もしものことがある。

 

学校に戻って、廊下でパラサイトと対峙しようものなら明らかにこっちが不利だ。

皆を護るのはもちろん、廊下や教室のような狭い空間で縦横無尽に動く触手を振るわれたらたまったものじゃない。

ミギーがいない今、奴らと戦える方法があれば広い場所での肉弾戦だ。

 

運動能力と五感をフルに活用できる野外なら作戦を立てれば勝機はある。

だから、夜まで皆には屋上に出てもらおうということだ。

 

 

 

結局、おれたちは奴らに対して情報が足りない。

だからおれが行かなければならない。

 

 

「丈槍、おれは大丈夫だよ」

「新、ちゃん……やだぁ……」

 

完全に泣きじゃくって離そうとしない丈槍におれは苦笑してしまう。

妹ができたらこんな感じなのかな、て呑気に思っている。

 

だから、丈槍の頭を帽子の上から撫でてやる。

いつも右手で撫でると破顔して喜んでたから。

 

撫でられたのに気付いたのか大粒の涙を流す顔をおれの方に向けて見上げてくる。

少し落ち着いたように静かになった丈槍の肩を掴んで同じ目線に合わせるよう屈む。

 

「大丈夫だから。皆はおれが護るよ」

「でも……でもぉ……っ」

 

なんて言ったらいいか分からないといった感じでまた泣き出す。

丈槍って意外と泣き虫だったんだな。

 

だけどそれはおれのことを案じてくれているからこそだ。

この子は根が優しいな。

優しすぎるから、悲しんでくれるんだよな。

 

肩を掴んでゆっくり話すと素直に引いてくれたから、決しておれのことを信じてない訳じゃないのかな。

 

「皆はおれが戻るまでここを頼んだ。できるだけすぐに帰ってくるから」

 

皆は何と言っていいのか分かっていないようだった。

ただ、先生は丈槍をおれから離して頷いてくれた。

 

 

若狭と先生がロッカーをどけて、扉の鍵を開ける。

二人は警戒して後ろに下がるのを確認しておれは扉を開ける。

 

「ひっ!」

 

小さい悲鳴を上げて目を瞑るのは若狭だった。

急に開けて驚かせてしまったかな。

 

でも、さっきも言ったように心配はいらなかった。

扉をこじ開けようとしていた奴らは何らかの理由で階段から転げ落ち、階段前で固まっていた。

 

階段に昇れないのか?

足が動かないという訳じゃなさそうだし、知能が低いかもしれないな。

それならやりようはある。

 

下でうごめく『奴ら』を見下ろして冷静に思いながら、皆に一瞥した。

 

「おれが出たらすぐに鍵を閉めて待っててくれ。念のために武器になる物持って周りを警戒してるんだ」

「分かった……分かったから、だから、絶対に戻って来いよ……絶対にだ……っ!!」

 

返事をした胡桃は声を震わせて俯いている。

 

先輩のこともあるのに、彼女は気丈に振る舞っている。

強いな。

彼女がいれば滅多なことが無い限り大丈夫だろう。

 

色々と思う所はあるけど、また後にしよう。

 

今は生き延びることを考える、それだけだ。

 

 

 

おれは扉の中に戻って閉める。

鍵がロックされた音を聞いて、完全に後顧の憂いは消えた。

 

血肉の不快な匂いが充満した学校の中でおれの戦いは幕を開ける。

おれを食おうと階段を無理やりよじ登っている『奴ら』を確認した。

知能も感じられない『奴ら』に向かっておれは階段から跳躍した。

 

「うおおおおおおぉぉぉ!!」

 

気合と共に奴らの中の一体の頭を踏みつけ、全体重を乗せて潰す。

 

ばら撒かれた血潮に誘われるようにおれの元へ集まりだした『奴ら』に、おれは駆けた。

 

 

こうして、おれの第二の戦いが幕を開けた。




今回は、新一が戦いを決める回想を書きました。
最終回で見ると、ミギーはまだ新一を見てくれているのでお節介をした、という回です。
かなり無理ありました。

今後もミギーはたま~~~~~にメシアの如くご降臨なされるかも……しれない……
夢は見ますけど。

そして、新一は冷静になってミギーに真似、つまりなりきって状況を切り抜けようとしています。
なので、今の新一に『奴ら』への遠慮は全くありません。
その過程で一瞬でもパラサイトの仕業と疑ったけど、パラサイトに関しては普通の人より知っている新一はパラサイトは関係ないと判断。

だけど、パラサイトの乱入も想定して夜まで屋上に留まることを決意。

いくら後藤を倒した後と言ってもミギーがいないので、パラサイトを相手に屋内戦は不利と判断して屋外で戦えるようとどまってもらったということです。

そして、次回ですが、戦闘については色々と省きます。
というのも、部活の結成理由は原作とは違うものとなるのでその種まきをする予定です。

そして、ショッピングモール側を別サイドで送るのでこれからの文章はかなりいい加減になりそうです……

そして、皆さんが気になっているであろうパラサイトとの戦いですが……あります。
それは別の話で書く予定なので、お楽しみに!

今回で、序章は終わり……と思ったか!!
すいません、ちょっとはしゃぎました。

実はですね、次からは別の人の視点……というより完全オリジナルの視点で原作ではまだ謎だらけ部分に触れていく予定です。
次回はですね、主人公()が頑張ります。

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