寄生少年の学園生活日誌   作:生まれ変わった人

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中々に難産でした……
ここの新一は原作よりも中途半端な精神状態ですから凄く書くのに苦労しました。

場合によっては色々と改変する予定です。


二章 感染
オワリのハジマリ


「りーさん! くるみちゃん! 連想ゲームしよ!」

「何だよ藪から棒に……」

「昼休みは息抜きの時間だよ! お弁当食べた後の何気ない交流が醍醐味なんだよ!」

「まあいいじゃない。面白そうよ?」

 

ある日の昼休み、ユキとりーさん、くるみが同じ机に座って昼食を食べている。

新一を通して友人になった者同士が食事を取っている。

 

成り行きで集まって一緒に飯を食べている最中に丈槍がゲームをしようと騒ぐ。

その様子にくるみが首を傾げ、りーさんがパック牛乳を飲みながらユキに付き合う。

 

「お題は『新ちゃん』! 新ちゃんと言えば優しい! はい、くるみちゃん!」

「え? えっと……スポーツ万能!」

「んー、そうねぇ。盆栽が好きそうかしら?」

「怪力!」

「お人好し!」

「お爺さん」

「某国スパイ!」

「ニンジャ!」

「暗殺者?」

「侍!」

「絶対殺すマン!!」

「ぶふっ!!」

「りーさんの負けー!」

 

何故か新一をネタにした連想ゲームは予想以上に盛り上がり、ミキとくるみに至ってはだんだんと遠慮のない内容になっていった。

しかも、くるみが言った新一のあだ名である『絶対殺すマン』でりーさんが吹き出した。

 

くるみと一緒に勝利を分かち合うユキだが、りーさんは牛乳を飲んでいたこともあって、咳き込んでいる。

 

「駄目だよくるみちゃん。りーさん、新ちゃんのあだ名がツボなんだよ?」

「りーさんのツボ分かんねー……絶対殺すマン」

「がほっ、ごほっ、げほっ、ぶふっ!」

「大変だよくるみちゃん! りーさんの鼻から牛乳が垂れてるよ!」

「ごめん、りーさん! やりすぎた!」

 

普段のりーさんからは想像が付かないほどに笑いで咳き込み、牛乳を鼻から噴くなど女性にあるまじき醜態を晒すハメになった。

 

昼休みにありがちな平和な光景に水を差すように、ユキの頭を背後から新一が掴む。

 

「た~け~や~? 人をネタになに遊んでんだ~?」

「し、新ちゃん……」

 

いつもは気配で分かるユキも食事時の気の緩みで全く感知できなかった。

いともたやすく接近を許し、逃がさんと言わんばかりに頭を掴んでくる新一にユキから無邪気が消えた。

 

笑顔のまま凄まじい雰囲気を醸し出す新一にユキは顔を引きつらせる。

その様子だと最初から聞いていたとすぐに分かった。

 

ただ、新一も本気で怒っているわけではなく、彼なりの冗談を含めて手加減している。

しかし、彼の凄みはユキを震わせるには充分すぎた。

 

「うわ~ん! りーさん」

「新一くん? おイタはめっ!、よ?」

「うっ」

 

拘束から逃れたユキがりーさんに泣きつき、新一を咎める。

新一も冗談とはいえ、こうも咎められると自分が悪いことをしてしまったという謎の罪悪感が生まれる。

 

「最強の新一もりーさんには形無しだな!」

 

冗談めいて笑う胡桃に新一は苦虫を噛んだように苦笑する。

 

事実、新一もりーさんの何でも包み込んでしまうような包容力を前にすると、男としてどうしてもたじろんでしまう。

 

それに、りーさんだけでなく活発でサッパリとした性格の胡桃とは物凄く付き合いやすい反面、近すぎる故に男子としては凄く複雑な感情を抱いてしまうのだ。

胡桃が新一に恋愛相談をしていなければ勘違いしていただろうと思うほどに。

 

「新ちゃん、女の子には優しくしないとダメなんだよ?」

「なんだとぉ? そもそもはお前が原因……あぁ、もう分かったよ」

 

いけしゃあしゃあとドヤ顔で責任転嫁してくるユキに言い返そうとするも、ここで反論すれば再び三人から集中砲火を喰らうことくらい予想が付いた。

 

三人集まって『姦しい』とはよく言ったものだ。

 

こういう時の女性の強さは身を以て知っているため、新一が一歩下がるとユキが満面の笑みを浮かべてくる。

 

「うそうそ。新ちゃんが優しいのは分かってるよ」

 

ここで嫌みのない、笑顔を向けてくる。

 

新一にとってはユキの笑顔ほど厄介な物は無い。

それはどんな悪戯でも最後にはこっちが折れて、許してしまうようなほどに眩しい。

 

「あはははは! お前、相変わらず押しに弱いなー! 本当に不良をボコボコにしたのかよ?」

「だから、おれは手を出してないって言っただろ胡桃。ただ無我夢中で避けてたらあいつがおれのこと強いって勘違いしてくれただけだよ」

 

新一としては、不良との一件は早めに沈静してほしいと切に願っている。

ただでさえスポーツ関連で目立っているのに、今度は喧嘩とくればより一層目立ってしまう。

 

この学校ではちゃんとやり直すって決めたのに、ここで不良のレッテルを張られれば元も子もない。

 

 

 

不良との一件の後、直樹と祠堂は宣言通りにおれの所に来てお礼を言ってきた。

多分、その時に誰かが誤解し、誇張したのだろう。

 

既に祠堂と直樹には口止めをしてもらったはずだけど、この分じゃあ噂の一人歩きは既に始まってるようだし。

 

「そうね。新一くんが暴力だなんて想像つかないもの」

「虫も殺せないような奴だもんな。噂がアテにならないなんてよく言ったものだよ」

 

若狭と胡桃の同調するような言葉を適当にごまかす。

 

一年前だったらそうだったかもしれないけど、今は大分中身も確変したからな。

もちろん、そんなことはここで言う必要もない。

 

そう思って、また飯に戻ろうとすると先生が教室を覗き込むようにして現れた。

 

「あ、めぐねえおーい!」

「もう、佐倉先生、でしょう?……それより、今は泉くんに用があるけどいいかしら?」

 

何かしたっけ?

身に覚えのない呼び出しに疑問が尽きない。

 

とりあえず、呼ばれた以上は行くしかない。

先生に呼ばれて廊下に出ると、途端に神妙な顔になった。

正直、おれには心当たりがないからどういう顔をすればいいか分からない。

 

恐らく微妙な顔をしているであろうおれに先生は決意したような顔でおれに言ってきた。

 

「私はね、泉くんを初めて見たとき、凄く優しい子だってすぐ分かったわ」

「……はい」

 

急に脈絡のない話に何を言いたいのか分からない。

ただ、妙に神妙だから普段通りに話せない。

 

「あなたなら丈槍さんといい友達になれると思って隣の席にしました。するとあなたは私の想像以上のことをしてくれて、教師として恥ずかしいことだけど、少し嫉妬してしまったことも」

「え?」

「だから、泉くん。あなたが変な噂を流されて……その、嫌な思いをしているなら私が力になるから」

「……ファッ!?」

 

涙目で強い輝きを放つ先生におれは変な声を出した。

言ってる意味というより、何でそうなったかさえ分からない。

 

おれは虐められてたっけ!?

 

「あの、先生? それってどう言う……」

「このクラスに来る時によく聞こえてるの。『絶対殺すマン、教科書見せて!』とか『絶対殺すマン、ヘルプよろしく!』とか『殺すマン、それ以上はいけない!』と皆に言われるたびに泉くんが嫌がって叫ぶ声も……」

 

悲しそうに、自分の罪を告白するように語るが、先生は間違いなく勘違いしている。

 

先生は男子のノリを全く分かってない!

 

というより、先生の語る最後の話なんて男子学生特有のバカなノリそのものだ。

 

「だから、今日の放課後には先生から皆に言うわ! 先生として泉くんの力になりたいから!!」

「せ、先生! どうかそれだけは!! 考え直してください! せんせっ、めぐねえ!!」

 

熱意に充てられた先生はおれの声も耳に届かない様子で職員室へ戻って行く。

 

いい先生なのは分かるけど暴走しすぎぃ!!

 

どうしよう……ややこしいことになってしまった……

 

とりあえず、今までのやり取りを見て爆笑している胡桃と丈槍に全力デコピンして落ち着こう。

 

 

その後、額を赤く腫らせた胡桃と丈槍から『額に穴空けられたと思った!』とか『頭吹っ飛んだ~』とか文句垂れてきたのを全力で無視した。

余談だが、帰りのHRでは他の教員に張り切りすぎだと注意されたらしい先生はいつもより深く沈んだ顔をしていた。

 

 

 

HRが終わった後、おれが部活に行こうとすると新しい男友達がいつもよりも馴れ馴れしく絡んできた。

 

「泉~、お前、本命は誰だよ?」

「は? 本命って何が?」

 

急に振られた意味が分からず、聞き返すと同級生たちがネットリと体に首に腕を回して絡んできた。

 

「何って恍けんなよ。お前、恵飛須沢と丈槍と若狭と仲いいじゃねえか」

「あぁ……!?」

 

それだけで何が言いたいのか分かってしまった。

こいつら……っ!

 

だけど、男子がこういう話に敏感なことはよく分かる。

 

「お前、前に話した時も丈槍が好きって言ってなかったっけ?」

「言ってねえよ! 好きな方だって言っただけだ!」

「少し子供っぽいけど、可愛いって感じだからな。ロリ好きなら納得だな」

「いや、若狭という線も濃いぞ。落ち着きがあって、園芸部で、色気ムンムンで、おっぱいだし」

「そうか! 園芸部に入ったのも若狭のおっぱいが目的か!? それともマザコンプレイか!?」

「もしかしたら恵飛須沢も十分にあり得る! 下の名前で呼んでるし、結構話してる姿も見るし、口調は荒いけどサバサバした性格で付き合いやすいし!」

「ここは変化球でめぐねえも考えられる! 何だか泉の時には凄く優しい顔をしている!! 年上好きにとってはたまらんぞ!」

 

間違いない、こいつらはやっぱり馬鹿だ。

 

おれが何も言ってないのに妄想を膨らませて好き勝手言ってる。

 

こういう奴らがおれの噂を更に変な風にしているのか!!

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、丈槍とはおれが友達になりたいと思ったから付き合ってるってことと、丈槍自身がおれに構ってきているだけのことだ。

 

若狭とは普通に部活仲間という間柄ってだけで深い意味は無い。

運動部のヘルプをしてきたけど、結局おれは園芸部に入った。

今までが今までだったし、最後の高校生活はゆっくり過ごしたいという気持ちを優先させただけだ。

 

人間のエゴでもあるけど、自然を慈しむ気持ちは大事にしたい。

何より、おれとミギーでさえ手も足も出なかった後藤との戦いでは、人間の身勝手な事情によるゴミの不法投棄のおかげで絶望的だった戦いも勝てた。

だけど、その環境破壊で戦いに勝ったのに、後藤を倒したときは本当に悲しくもあった。

 

確かに、人間の言う環境保全など人間の物差しで測っただけの自己満足に過ぎない。

神様気分で『地球を守ろう』と代弁しても、地球は泣きもしないし、笑いもしない。

だから、主役気分で環境保全に取り掛かっても、パラサイトに限らない他の生物からしたら『何様だよ』って気持ちなんだろう。

 

そうと分かってても、おれは浅ましくておこがましくて、自分の周りを護ることで精一杯な弱い人間だ。

弱いからこそ、人は何かを護りたいと寂しさを埋めようとする。

そして、その弱さを誤魔化すために人は自分より弱い生き物を育てて自分を慰める。

 

おれのちっぽけな戦いはもう終わったんだ。

 

また、おれは普通の人間の世界に戻る。

 

そういう意味合いで、おれは命を育む園芸部に入った。

少しだけ、自分を慰めるために。

 

 

 

 

 

壮大な前置きをしたが、つまるところ若狭と特別なことは何もない。

 

そして胡桃は言うまでもないが、おれとの間に深い意味は無い。

そもそも陸上部の先輩に片思い中だ。

おれは普通に胡桃の恋を応援している立場だ。

胡桃と先輩にはよくしてもらってるから、二人が結ばれればそれ以上に喜ばしいものは無い。

 

 

先生は純粋におれのことを心配しているだけだ。

おれが西高出身、パラサイト事件の関係者と知ってもなお、おれのことを見放さずに充実した学園生活を送らせようとしてくれている。

ただ、おれから見ても少し特別扱いされている感があるからもう少しいい加減になってもいいと思うんだけどなぁ。

 

 

 

 

「で、どうなんだよ泉!」

「泉!」

「絶対殺すマン!!」

 

そんな気も知らずに色々言ってくる友人におれは少々イラっときた。

憎悪には程遠いとはいえ、好き勝手言う友人に大きい声で物申した。

 

「だ~、もううるせーよ! そんなんじゃ無いって言ってんだろ!! はい、もう終わり!! 部活行くから、じゃあな!」

 

後ろでめっちゃ茶化してくる友人を背におれは教室を出て園芸部の活動する屋上へ向かう。

 

教室を出て、廊下を移動する最中になっておれは気付いた。

 

 

 

「サイレンの音が凄いな、今日は」

 

楽しい日常の中に潜んでいた、どす黒い影の一端に

 

 

 

 

 

 

今日は授業も早めに終わり、昼間から屋上に来た。

炎天下とも言えるほどに暑く、空高く昇った太陽に照らされた野菜たちはみずみずしく、それでいて生命として立派に映えていた。

 

しかし、おれは早く来すぎてしまったのか周りに若狭を含めた園芸部の部員も見られない。

 

確か、若狭は部長会があるって言ってたっけか。

でも、他の部員がいないのは気になるな。

 

仕方ない、皆が来るまでちょっと休んでいくか。

丈槍は先生に補修食らってていないし、最近は一人だと異様に静かで退屈なんだよな。

 

教室は今頃、丈槍の補修で使われてるし。

……時計塔の影で昼寝でもしようかな。

 

待っていても仕方ないと思いながら、おれは影ができている菜園部のもう一つ上の所まで登る。

 

そこで手ごろな影を見つけて、そこに入ると携帯が鳴る。

 

父さんからだ。

 

「はい、どうしたの父さん?」

『おぉ、新一。そっちでは何もないか?』

「? これから部活だけど、何かあったの?」

『さっきニュースで見たんだけどな、お前の学校のすぐ近くで事故が起きたらしい。お前が強いのは分かっているんだが、一応、な』

 

事故、か……

あまり外に集中してなかったから気が付かなかったな。

さっきのサイレンもそのせいなんだろう。

 

『でも、まだ学校にいるということだな? それなら安心だ』

「心配し過ぎだって。前も友達できたかどうか聞いてきたばかりじゃないか」

『こんな時期に新しい学校で馴染めるかどうかが不安だったんだが……もうその心配もないな』

「うん。で、今はそれだけ?」

『いや、生存確認もあるが、お前に伝えることがあってな』

 

伝えること?

 

「そんなのあったっけ?」

 

唐突な内容だったから心当たりもあるはずがなく、聞き返す。

だけど、父さんは少し考えているようにしているのかすぐには返ってこない。

 

『……いや、長くなりそうだから帰ってきたら話すとしよう』

「じゃあ今日は早く帰る?」

『その必要はない。せっかくの部活だ。存分に楽しんできなさい』

 

しばらく考え、父さんは帰ってから話すことを決意。

気になるけど、大事な話なら電話越しってのもしんどいかな。

 

「分かった。それじゃあもう切るね」

『あぁ、じゃあな』

 

それを最後に電話を切った後、おれは横になる。

 

影で冷えたコンクリートと陰で日差しの当たらない、夏には嬉しい条件が揃っている場所で目を瞑る。

心地よい感覚に、おれは五感と意識を闇の中に置いて眠りにつく。

 

 

起きたら楽しく、過ごそう。

 

 

そんな風に、今の幸せを噛みしめながら思っていたんだ。

 

 

 

未来が分かっていたら、そんなことさえ思ってなかったんだからな。

 

 

 

 

 

 

再び目を覚ました時、辺りは暗かった。

 

茜色に燃える空を見上げて、今が夕方って瞬時に分かった。

しばらく頭がぼうっとしてたけど、自分が寝過ごしたことに気付いて瞬時に飛び起きる。

 

そして、菜園部に目を向けるとそこには一人で野菜に水を撒く若狭を見つけた。

部長会は終わったんだろう。

ただ、夕方になっても他の部員がいないことに疑問が湧く。

 

何か用でもあるのか?

 

ここまで寝坊したおれが言える立場じゃないな。

 

すぐにカバンを持って菜園部にまで降りてくると、おれを見つけた若狭が不満げに眉を寄せる。

 

「新一くん、大遅刻よ」

「はい、仰る通りです」

 

作物のほとんどに水滴が付いてるから、大分サボってしまったようだな。

それに気づくと何も言えず、反省しかない。

 

「ごめん、気が緩んでて寝てました……」

「もう……気が緩み過ぎじゃないかしら?」

「あ、はい……」

 

こういう時の若狭って勝てる気がしない。

決して威圧感があるわけでないのに、どうしても気が萎むような感覚に陥る。

 

「ほんとごめん。今からじゃあ遅いけど何か出来ることがあるならおれがするから」

「んー、そうねぇ……他のことはもうだいぶ終わったし……」

 

若狭が唇に指を当てて考えると、しばらく悩んだ後にいい顔で提案する。

 

「じゃあ私のことは『若狭』じゃなくて『悠里』って呼んでもらう、とか?」

 

返ってきたのが部活に関係ないことだった。

予想外のことに、一瞬、聞き違いかと疑ったけどおれの聴力でそれはあり得ない。

 

それに、おねだりするように上目遣いで見てくる若狭に全身の体温が急激に上がるのが分かる。

 

「それ、今は関係ないんじゃあ……」

「でも、こういう時じゃないと呼んでくれないし、くるみだって下で呼んでるじゃない」

 

若狭はそういうが、実際、女の子を下の名で呼ぶのは少し抵抗感というか……凄く恥ずかしいというか。

 

「それは、恵飛須沢って名前じゃあ長いって……そもそも、そういうのは特別な人……じゃないとダメっていうか……」

 

面を喰らって口があまり回らなくなりながらも続けると、若狭が面白そうにクスクス笑う。

 

「ふふ、そんなこと気にしなくていいのに。新一くんなら呼ばれても平気よ」

 

面白いと言うより余裕そうな様子に自分だけ焦って恥ずかしくなる。

顔が紅くなっていく感覚を覚えながらも、呼ぶかどうか……悩み、呼ぼうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     うわあああああぁぁぁぁぁぁぁん!!

 

助けてっ! 誰かっ!!

 

           がああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!

 

                        止めてお母さん! 痛いよおおおぉぉぉぉ!! 

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!                

 

 

                   ママあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!! パパああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 

     やだっ、やだああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 

 

 

 

何の前触れもなく新一の耳を通して、聞こえてきた死の断末魔。

 

 

日常の中から影も形もなく、突如として現れる死神の狂想曲。

 

 

全てが壊れる

 

 

平和な日常の終わり

 

 

 

新一は突如として脳に響き渡るような恐怖と絶望感に成すすべなく倒れ伏した。

 

「がっ、あぁ……っ!」

 

平和なひと時を享受していた矢先、新一の耳は突如として不意打ちのように新一へ“人の死”を告げた。

 

 

胸が破裂する、心が割れる……っ

 

頭の中で何かが『自分』を食い荒らしていくようだ。

 

 

張り裂けそうな痛みに新一は胸を押さえて地面にうずくまる。

 

その一連の流れを見ていた悠里は突然のことに頭の中が真っ白になる。

それは突然だった。

 

ただ、新一の初心な反応を見てからかっていただけなのに、それが突然苦しみだした。

地面に倒れ伏せ、荒い呼吸を繰り返して“生”にしがみつく姿に悠里は反応できずにいたが、すぐに新一が苦しんでいることを認識し、駆け寄る。

 

「新一くん!? ねえ、新一くん!?」

 

介抱して名前を呼び続けるが、まるで聞こえていないかのように胸を押さえて苦しみ続ける。

 

ワイシャツの生地が破け始めるほどに胸を押さえる姿は、ただの病気とは思えない。

最初に熱中症を疑った悠里だったが、新一の苦しみ方にその認識を改めた。

 

自分ではどうすることもできない、保健室へ連れて行こうとした時、屋上の扉が開いた。

 

そこにはめぐねえと慕う先生と妹のように可愛がるユキの姿があった。

 

「りーさん。今日も園芸部の見学に―――」

 

ユキが挨拶しようとするも、それは途中で止まる。

新一が身体を大きく上下するほどに、荒い呼吸を立てて地面に倒れている姿にユキは激情に駆られた。

 

「新ちゃん!!」

「泉くん!?」

 

事態を把握した先生とユキは新一に駆け寄った。

 

それでも新一は二人が駆け寄ったことに気付かないほどに苦しみ、痛みに耐えて返事できずにいる。

 

「これは一体……っ!?」

「ただからかってただけで……でも、突然、急に苦しみだして……先生!」

 

悠里は半ばパニックに陥って話が見えてこない。

ひたすら泣きそうに、半狂乱気味に先生に訴える。

 

対するユキは新一に近寄っても、何が起こっているかが完全に理解できていないのか呆然と見つめるだけ。

比較的、冷静だったのは先生のみだった。

 

(こんな苦しみ方、普通じゃない!)

 

自分たちの手には負えない、一瞬でそう判断した後の行動は速かった。

 

「私は保健室から人を呼んでくるわ! あなたたちは救急車を呼んで、そのまま様子を!!」

 

先生は新一を慎重に連れていくために保健室から人を呼んで来ようと屋上の出口に手をかけた。

 

 

 

「動くな!!」

 

そして、全員の動きを止めたのも新一本人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として聞こえた死の声。

 

生命の終わりが街中から聞こえてくる。

 

平和な町が、地獄絵図に塗り替えられていく様を新一の耳が、五感が、本能が察知していた。

 

その脅威は街だけでなく、自分たちの周りにまで広まっていたことに気付くまで時間がかかった。

多分、これは自分の中に抑え込んでいた“生物”の力だろう。

もう使うことは無いと思っていた、研ぎ澄まされた本能が目を覚ましたことを知覚し、理解した。

 

 

理解してしまった。

 

 

人間としての心は、今起きている地獄を認められないのに、鉄の心は、現実を冷たく、冷静に受け止めた。

だから、『今、ここに残っている僅かな命』を救うことを優先させた。

 

「全員、屋上から出るな!! 扉に鍵を閉めて離れろ!!」

 

 

痛む胸が鎮まり、地獄を冷静に受け止めてしまった新一は状況を正しく判断し、怒鳴る。

そこには平和な毎日を享受していた優しい青年の姿はない。

 

ただ、死線を潜り抜けて生き残ってきた『狩る者』しかいない。

 

「泉くん……何を……」

 

皆が新一の豹変に動きを止める。

だが、全てを理解した新一の行動は先生よりも速く、正常な判断による冷静で堅実な行動だった。

 

新一は胸の痛みがまるで無かったかのようにゆったりとした動きで歩き、出口に手をかけた先生の行く手を阻んだ。

突然の行動に誰もが困惑した。

 

「でも、さっきまで苦しんで……保健室へ……」

 

先生の言葉に新一の表情が苦しみに歪む。

まるで、吐き出せない悲しみをため込むように。

 

この世に起きた真実を語る。

 

 

「無理なんです……もう、下も、街も……っ! 死んで、しまったんだ……っ!」

「な、何を言って……」

 

先生に新一の真意は分からない。

ただ、新一が何かを感じ取り、絶望していることは分かる。

自分の及ばぬ事態が起こっている、今の新一からはそうとしか思えない気迫があった。

 

 

皆が動けずに、僅かな時間も永い時間に感じられるほどの濃密で、異様な空気に誰もが戸惑う。

しかし、その空気を打ち破ったのは扉を叩く音だった。

 

「誰か!! ここを開けて!!」

 

聞き覚えのある声が扉を叩く。

緊迫した声、乱暴な叩き方に新一でなくても状況の異常さを理解させるには充分な異様さを含んでいる。

 

既に五感と本能で事態を把握している新一は鍵を開けて扉を開く。

 

そこから、腕から出血した陸上部の先輩を肩に抱く胡桃が現れた。

 

「恵飛須沢さん!?」

「鍵閉めて! 早く!!」

 

胡桃の言うことを新一だけが理解し、悲痛な表情で鍵を閉める。

悠里たちは何が起こっているかも分からないものの、目の前で怪我している人がいる、と言うことだけは分かった。

 

「すぐに保健室に―――」

「駄目だ!!」

 

保健室に連れて行こうとするも、それは新一と同じように拒否された。

ただ、今回は胡桃が阻んだ、それだけのこと。

 

ただ、新一と違って胡桃の声には力強さが無い。

現実を正しく認識しているか、否かの違いだった。

 

「下はもう、やられちまった……っ!」

 

それはどういう……、自分たちの想像が及ばない事態が起きていることを認識し始めた。

 

 

だが、その時は既に起こった後である。

 

 

「なに……してるの……あれ?」

 

ユキの小さく、疑心が漏れたような声に先生が同じく視線を辿って―――茫然自失になった。

 

 

いつもなら陸上部の活気に溢れたグランドが

 

 

青春を謳歌する教え子の学び舎が

 

 

 

人が人を喰らう地獄と化していた。

 

 

 

声なんて出るわけが無かった。

 

ましてや、この瞬間、自分の精神が死んだような感覚に陥った。

 

 

人が人を喰らい、血肉を貪る地獄を前に、彼女たちは恐怖はおろか思考そのものが消えた。

 

映画でよく見るようなゾンビパニックによる地獄。

 

それを楽しく見ていた記憶が今は遠い昔だ。

唐突過ぎて吐き気すら起こらない。

 

 

そんな時だった。

頭の中で現実逃避を起こしかけているユキたちに現実は牙を剥いた。

 

 

 

『奴ら』の手が扉の窓を割って飛び出してきた。

 

「っ!?」

「来やがった!!」

 

命を脅かす脅威……『敵』の出現に胡桃と新一以外の面々は絶句した。

 

意思も感情も感じさせない、血に濡れた手が獲物を探してさまよい続ける。

 

「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ユキが恐怖のキャパシティーを超えてパニックに陥る。

帽子を深く被り、目を閉じて震える。

 

しかし、それは先生に予想外の効果を与えていた。

 

この場に残る唯一の大人。

教え子たちよりも豊富な経験と大人として子供を守る責任感がユキの悲鳴によって刺激された。

放心状態から立ち直り、咄嗟に今できる最適解を実行に移せたのは不幸中の幸いだった。

 

「え、園芸部のロッカーを!!」

 

原因も、そもそも何が起こっているかさえ分からない。

 

だけど、どんなに混乱した頭でも今すべきことだけは分かる。

ここで『奴ら』の侵入を許してしまえば、自分たちは食われるということ。

 

ただ『死ぬ』だけよりも、『人に食われる』という未知の恐怖はこの場の全員の行動を後押しした。

 

先生がロッカーで『奴ら』の侵入を阻むバリケードとするが、そのバリケードを押し出す力が強い。

『強すぎた』。

 

「っ! う、く……っ!」

 

想定以上の腕力にロッカーごと先生を押し出され、踏ん張っても後ろに下がってしまう。

明らかに力で負けているのに、これから物量までもが増えていく恐怖に先生の脳裏に『死』の文字が視え始めた。

 

絶望に包まれると思った瞬間、先生の隣で若狭もロッカーを押し出した。

 

「若狭さん!?」

 

思わぬ援軍に先生も驚愕するも、すぐに優先順位を思い出して抵抗しなおす。

 

見れば丈槍も洗濯機を押して重石にしようと奮闘している。

 

この場の皆が力を合わせ始め、先生は一縷の希望が見え始める。

 

力を合わせれば、何とか……っ!

 

 

しかし、事態はそんな小さい希望だけではどうこうできる問題ではなくなっている。

それを思い知らせるように、『奴ら』は動いた。

 

 

「せ、せんぱ……」

 

聞こえてきた弱弱しい胡桃の声。

 

それに反応して進行を食い止めている先生たちが視線を辿ると、そこには腕を負傷していた先輩が立っている。

その瞬間に、回復した、と喜びに身を震わせようとして―――止まった。

 

ゆったりと立ち上がり、胡桃の前でフラフラと不安定な足運びで近づいていく。

まるで、何かを求め、彷徨うかのように。

 

様子がおかしい。

明らかに普通じゃない。

 

さっきまでグッタリと倒れていた人が立ち上がったのだ。

喜ぶべきことなのに。

今に限っては、喜べない。

代わりに湧き上がる別の感情。

 

人が、生物が本来持って然るべき、直感

 

それが叫ぶのだ。

 

 

 

それは『奴ら』だと。

 

「うあっ!」

 

胡桃は突き飛ばされ、地面に背中を強打する。

背中からの衝撃で肺の空気が吐き出される。

 

背中の痛みで顔を歪ませるが、胡桃に影が差した瞬間に痛みが消えた。

 

倒れている自分に向かって不気味な足取りで近づいてくる。

 

いつも、想っていた先輩が自分に向かってきているのに、嬉しさなど微塵も感じない。

 

『先輩の皮を被った何か』が口を開け、唾液を垂れ流しながら歯をちらつかせる。

いつも感じていた好きな雰囲気などどこにもない。

 

消えてしまった。

 

あるのはドス黒いほどに純粋で、深い『欲』しかない。

 

口を開け、歯を立てて私に迫ってくる。

 

いつも見て、想っていた胡桃は理解していた。

 

先輩じゃない。

『これ』は……もう先輩じゃない。

私の好きだった人は、もうこの体にいないんだ……

 

怖い、恐ろしい、おぞましい……目の前の怪物は先輩を食べてしまったんだ……

もう……どこにも……

 

 

殺される……食べられる……

 

悲しみよりも生き延びたいという生存本能が強く勝った。

後ろに下がる途中で自分の手に当たる物を手の感触で感じた。

 

震える手で持っていた物を掴もうとした瞬間、先輩だった『物』が飛びかかってくる。

 

「うわあああぁぁぁぁぁ!!」

 

絶叫、生きたいという意思を込めた叫びと共に手に持ったシャベルを振り回そうとした時だった。

 

 

 

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」

 

胡桃の叫びを容易くかき消す絶叫を上げた新一が

 

 

生前、良くしてくれた先輩の顔に全力のパンチを叩きこんだ。

 

 

新一の咆哮に動きを止めた胡桃は確かに聞いて、見た。

 

 

 

 

転校してきたばかりの自分によくしてくれた先輩の顔が、首が音を立てて砕けながら頭部がひしゃげる瞬間を。

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!」

 

 

 

新一は叫ぶ。

 

 

まるで、何かを振り払うかのように力強く、悲しく……涙を流しながら

 

 

絶叫と共に先輩の顔を地面に、万力の力を決死の想いと共に叩きつけて

 

 

 

紅い飛沫をぶちまけて、頭部を跡形もなく粉砕した。




始まってしまいましたパンデミック。

最後に出してしまいました超パラサイト人……この時すでに新一くんは罪悪感と生存本能の間で苦悩しています。

生物的な強さと人間としての強さで、新一は胡桃を意図的に救出しました。

ここが原作の胡桃のターニングポイントであり、彼女を救うプロセスだと自分的に思い、原作とは違う結末にしました。
その心は、また後の本編で説明します。

そして、ここから完全に新一くんは豹変します。
だけど、ここでの設定どおりにやると、考えが一貫してないように第三者からは思われます。
この時点で新一くんの苦悩が幻視できてしまって……

そして、この作品は、世界観は『寄生獣』ですが今の舞台は『がっこうぐらし!』です。
ウイルス云々の設定は『寄生獣』設定に偏らせる予定です。
なので、こじつけが強い設定になることは前もってお詫びします。

書いといてなんですが、この作品の新一くんには一言お詫びします。
すいませんでした!

今回は難産で、これが精一杯でしたが、次回からは……色々と凄いことになるよう努力して書いてみます。

それでは、忙しくて遅れるかもですが、次回にお会いしましょう!

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