寄生少年の学園生活日誌   作:生まれ変わった人

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感想の設定を素で忘れてました。


何気ない日常①

しばらくHRと先生に対するあだ名イジリを教室の外で聞きながら待機する。

なんだか先生って感じじゃない扱いに苦笑していると、先生が教室から言った。

 

「泉くん。入ってください」

 

それに従い、おれが教室に入ると大勢の視線が集まるのを感じた。

そう言えば、事件とかそういったことが起こる度に今の視線よりももっと懐疑的な目で見られたこともあったっけ。

 

(いやいや、何思い出してんだ。今は関係ないだろ)

 

どんな些細なことでもすぐに西高時代のことに当てはめるのはよくないな。

黒板の前に立ち、深呼吸した後に自己紹介をする。

 

「こんにちは。泉新一です。色々と分からないことがありますが、よろしくお願いします」

 

挨拶をすると、辺りからパチパチと拍手が起こる。

で、その後にクラス中でおれについてのヒソヒソ話が繰り広げられる。

普通なら聞こえないようなものだけど、五感が優れてるおれなら集中しなくても耳に入ってしまう。

 

『こんな時期に転校生? 中途半端だよな』

『何だか大人しそう……顔は悪くないわね』

『右眉のあれ、怪我か? 意外と不良だったりして』

『あの顔、どこかで見たことあるような……』

 

あちらこちらでのお喋りが聞こえてしまう中、肝がヒヤリとするような話題があった。

 

そう言えば、ネットでおれの顔が映ったような物があったような……やっぱりここでもある程度は広まってるのか……

 

少し気持ちが下降気味になっていると、先生が手を叩いてお喋りを止めさせる。

 

「はいはい。お喋りしない。泉くんのことが気になるのは分かるけど、そういうのはお昼休みにしましょうね」

 

先生の制止で生徒全員が話を止めた。

静かになったのを確認して先生がおれに座るよう促す。

 

「それじゃあ、後ろの席が空いてるからそこになるけど、黒板見える?」

 

誰も座っていない最後尾の席は何ら問題ない。

今の視力なら黒板どころかもっと小さいものも見えるだろう。

 

だけど、その席の隣の変わった帽子を被った女子……女の子の方が気になった。

何だかおれとは同い年に見えないというか、凄く幼く見える。

猫耳のような帽子と机にかかる天使の羽のような物が付いたカバンといったファンシー趣味は高校生とは思えない。

言ってしまえば、あどけない小学生が高校に迷い込んでいるようだ。

 

「丈槍さんの隣でいいかしら?」

「へ!?」

 

突然呼ばれた丈槍という子は素っ頓狂な声を上げておれを凝視した。

そんな変な物を見るような目で見られると少し傷付くな……

 

先生はおれに笑顔で席に行くよう促す。

従う他ないし、断る理由も無いから教室の後ろへ移動するとまたヒソヒソと話し声が耳に入る。

 

『泉くん。可哀想にね』

『丈槍さんかぁ……よく分からないからなぁ』

 

何だかあまりいい話題ではないな。

聞いていていい気分じゃない。

 

聞こえてくる話を無視し、指定された席に座って丈槍と目を合わせる。

 

「こんにちは。これからよろしく」

「あ……うん……」

 

静かな子なのか?

人見知りだとしたらおれの存在が気まずいのかもしれない。

慣れるのに時間かかることは覚悟するか。

 

そう思っていると先生が丈槍に言う。

 

「泉くんはまだ学校のことは色々と不慣れでしょうから丈槍さんが案内してあげて?」

「え!? 私!?」

 

丈槍がまたも叫んだ。

 

その様子におれのことを嫌っているんじゃないかと思ってしまうほどにオーバーだったから先生に拒否してもらおうとした。

ただ、先生はおれの無言の訴えを拒否するようにニッコリ笑って黙殺する。

 

あの先生がわざわざ人の嫌がるようなことさせるような人には見えないけど……

 

でも、世は非情であり、ヒエラルキー的に先生は生徒の上の立場に位置する存在だ。

食物連鎖と同じで、基本的に先生に逆らえるわけはない。

だからおれは丈槍を見て頭を下げた。

 

「えと、頼んでいいか?」

「……うん」

 

小さい体を更に小さくさせて頷く姿に、小さい子供を泣かせたような感覚に陥り、少し罪悪感が湧いた。

 

 

 

 

 

 

 

全ての授業は何事もなく終わったころ、辺りは静かになっていた。

教室には既におれと丈槍以外は全員出て、二人だけだった。

 

昼休みの時は弁当に舌鼓を打ちながら色んな人から趣味とかこんな時期に転校してきた理由とかおれに関することは根掘り葉掘り聞かれた。

流石に西高については誤魔化したけど。

 

そして放課後にまた質問攻めが来るかなーと思っていたらそうでもなかった。

 

でも、転校生なんて珍しくもないからこんなものか。

 

転校生に対するイメージが一つ分かったところで、おれは本題に入る。

丈槍に校内の案内を頼もうとすると、あっちの方から声をかけてきた。

 

「えっと、めぐねえも言ってたけど……学校見る?」

「うん。それはありがたいんだけど……嫌なら無理しなくてもいいんだぞ?」

 

あまり無理強いさせるような形で悪いかな、と思っていると丈槍は首を横に振って遠慮がちに言った。

 

「ううん。ただ、私といても退屈だと思って……」

 

その言葉をきっかけに昼間のことを思い出した。

 

丈槍の今の態度は人見知りとかそういうことだけじゃない。

先生と話す時はもう少しフランクだったように見えたし、声も少し嬉しそうだったのは覚えてる。

というより、皆とはどこか一線を引いているって感じがした。

 

「いや、そんなことないよ。それどころか丈槍が優しいと分かって安心した」

「え?」

 

おれの言葉に目を丸くする。

 

「ほら、おれとは初対面の人にはあまり慣れないって気持ちは分かるからさ、少し気まずいかもしれない。でも、それでも丈槍はおれのこと待っててくれたんだろ? それが優しくなくてどう言うんだ?」

「え? あの、う~ん……」

 

丈槍は腕を組んで首を傾げながら必死に考えている。

そんな行動に微笑ましさを感じるが、このままだと時間が過ぎていきそうだな。

 

「それにさ、こんな時期に転校しちゃって、このままじゃあ友達作れないまま卒業しちゃうかもしれない。だから、丈槍とは友達になりたいって思うんだ」

「私と?」

「あぁ。それとも、おれとじゃあダメかな?」

 

少しの冗談も交えて、挨拶を兼ねた握手を求める。

丈槍は首を横に振った後、おれの手を両手で掴んで応じてくれた。

今日初めて見せるような無邪気な笑顔で。

 

「うん! じゃあ今日から友達!」

 

高校生とは思えないほど無邪気な笑顔だからか、おれまで笑ってしまった。

 

あぁ、やっぱりおれはこういう顔が好きだな。

 

 

悲しいときは泣いて、嬉しいときは笑う。

 

 

無表情や、計算されて作った笑いよりも、自然に出てくるような、心からの笑顔が。

 

 

それが『人間』なんだからさ。

 

 

 

「じゃあさ、私のとっておきの場所を教えてあげちゃおうかな~?」

「あ、ごめん。その前に陸上部に行く約束してたからそっちに案内してくれ」

「えぇ~!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく! 私に案内させるって言ったのに、新ちゃんに弄ばれたよ!」

「人聞き悪いから止めろ! それはもう謝っただろ……それに新ちゃんってなに?」

「だって、泉新一くんでしょ? 泉くんだと何だか普通だから新ちゃんにしたんだよ! グッドアイディア!」

 

陸上部の活動場であるグランドで丈槍はおれのあだ名(?)を親指立てて自信満々に命名するけど、それは止めてほしい。

美津代さんも同じように呼んでたけど、丈槍は一応同い年……だから呼ばれるとむず痒い。

 

「し、新ちゃんはちょっと……」

「え~、いいじゃん。可愛いよ~」

「男に可愛いは似合わないからなぁ……それに、丈槍みたいな小さい子供に言われると凄くむず痒いし」

「なんですとー!?」

 

この短時間で丈槍と大分打ち解けた気がした。

恐らく、こっちが本当の丈槍なんだろう。

人見知りって訳でもないし、一度気を許した相手には無類の人懐っこさを見せてくる。

さっきまでの態度は何か訳があるんだろうな。

 

「ぶー、ぶー、新ちゃんってば私に対するケーキが足りないよ! 今日は私が新ちゃんをエスコートするのに!」

「ケーキ………それって敬意のこと?」

「そう、それ!」

 

本当に高校生か?

もしかしたら突然変異で一生子供の姿になったパラサイト………な訳ないか。

て言うか、新ちゃん確定か……

 

どこまでもマイペースな丈槍に振り回されていると、すぐ近くにいたジャージ姿の男子に呼び止められた。

 

「うちに何か用?」

 

ずっとグランドの、しかも陸上部の練習中に近くで話していたからだろうか。

陸上部の人の問いにおれは返す。

 

「えっと、恵飛須沢さんとの約束で、ちょっと顔を出しに来ました」

 

そう言うと、対応している人は何か納得がいったかのような顔をした。

 

「すると、君が例の転校生か」

「例の? それってどういう……」

 

言い方に引っ掛かりを感じ、詳しく聞こうとするとそこへ見知った顔が見えた。

胡桃だ。

 

「おーっす。来たんだな新一」

「来たんだなって……約束だっただろう」

「そうだったな。わりいわりい。冗談だよ」

 

今日の朝に知り合ったのにこのフランクさよ。

まあ、おれはこういうのは嫌いじゃないし、むしろありがたい。

前の学校では、こんな風に接してくれる友人もめっきり少なくなったから尚更に……

 

前の学校のことを思い出していると陸上部の人が再びおれに話しかけてきた。

 

「君が恵飛須沢の言っていた……えっと……」

「泉、新一です」

「泉くんか……急な話で悪いんだけど、一つだけ頼まれてもらえないだろうか」

 

急に出てきた頼みにおれと丈槍は顔を見合わせて首を傾げる。

すると、胡桃がおれの近くに来て耳打ちしてくる。

 

「悪い。実は新一の朝のバスのことを話したら先輩が興味持っちゃって……」

「えぇ~……」

 

つまり、興味を持ってしまったと……

 

やっぱり今朝のは迂闊だったかな。

 

「だからさ、ちょっと、ちょっとだけでいいから100m走だけしてもらってくれないか? な?」

「う~ん、でも友達を待たせるわけには……」

 

そう言って丈槍を見ても、胡桃は食い下がる。

 

「頼む! こっちの都合で悪いとは思うけど、どうか一回だけ! 一回でいいから!」

 

凄く必死に頼み込む胡桃におれも、丈槍も目を丸くする。

ここまで食い下がられるとは思わず、返事に困っていると、普通では聞こえないほどの小さい声で呟いた。

 

「先輩が楽しみにしてたんだ……だから……」

 

小さく、おれの聴力でしか聞こえなかった。

丈槍に聞こえたような素振りは見せないから届かなかったのだろう。

 

 

でも、その小さい声にはどこか必死な、切実な思いが込められていたように思えた。

その真剣に満ちた声を聴いてしまったら、答えなんてもう一つしかなくなった。

 

 

「……丈槍、ちょっとそこで待っててくれ」

「え?」

 

丈槍と胡桃がおれを見てくる。

そんな分かってないような二人におれは軽いストレッチをして答える。

 

「今日は一回だけな。他にも行くところがあるからさ」

「あ、うん! 分かった! ありがとう!」

 

おれの答えに胡桃は花が綻んだように笑って、準備をしに走った。

そんな胡桃の後ろ姿を見届けてストレッチを続けていると、丈槍が不思議そうに聞いてきた。

 

「新ちゃんって速いの?」

「そうらしいよ」

「おーい! もういいぞー!」

 

そんな話をしていると、遠くの胡桃から大声張って呼ばれた。

 

それに反応してトラックを見ると、今まで練習していたであろう陸上部の人達がこぞって見学に来ている。

 

どんだけ誇張したんだよ胡桃!

 

「おぉ、人が一杯いるー!」

 

今だけは呑気な丈槍のことが羨ましいと思いつつ、スタート地点に立つ。

 

クラウチングスタイルでその場に対するだけでも見物者からの視線と緊張が伝わってくる。

 

「位置について―――」

 

恐らく、全力で走ったら9秒台は楽勝だろう。

ある程度は力を抜いて流す必要がある。

 

でも、ここで適当に流したらおれを紹介した胡桃に恥をかかせることになる。

それどころか手を抜いたと見破られれば、今も真剣な表情で見てくる胡桃を怒らせることになる。

せっかくの友達を失うつもりはない。

 

 

ここは朝と同じくらいの速さで走るだけだ。

 

 

「ヨーイ―――」

 

 

とりあえずの方針は決まった。

 

だから、おれは―――

 

 

 

弾かれるように地面を蹴った。

 

 

 

走り終えると、周りのみんなはものすごく静かだった。

 

遠くで見ていた丈槍は目を丸くして固まり、胡桃を含めた陸上部の人たちは全員がおれを見て固まっている。

さっきまでとはまた別の意味で凄まじい視線に気圧されていると、胡桃の言う先輩の人が記録係に振り向いた。

 

「き、記録は!?」

「は、はい!」

 

ゴールでストップウォッチを構えていた人が記録を見ると、不自然そうに何度も見たり目を擦ったりした。

何度も繰り返されるのを見ると、測り損ねてもう一回、などと言われそうで不安になった。

 

しばらく見たり、擦ったりを繰り返すと、記録係は驚きを交えた声で知らせた。

 

「じゅ、10秒……3!!」

 

その瞬間、陸上部から驚愕の悲鳴が沸き起こった。

 

 

「新ちゃんって足速いねえ! なんか忍者みたいだったよ! シュワッチって!」

「それ忍者じゃないけど」

「でも、あれ面白かったし、もう一回アンコールだよ!」

「やらないよ。危ないから」

「え~!」

 

あの後、おれに雪崩のように押し寄せてきた陸上部からの熱いアプローチから丈槍を脇に抱えて逃げた。

丈槍の言う『あれ』とはそのことだろう、逃げてる最中は凄く笑ってたし。

おれは必死だったから、もう二度とやりたくない。

 

追いかけられるのはパラサイトでコリゴリだ!

 

そんなおれの気も知らずブーブーと文句を言い続ける丈槍の口を塞ぐため話題を変える。

 

「それじゃあ、約束も済んだし丈槍オススメの場所を紹介してくれ」

「そうだね! じゃあ屋上に行こう!」

 

話題転換に簡単に乗っかってくれた丈槍が元気よく叫ぶ。

 

会った当初からは考えられないほどに元気で活発な丈槍に苦笑する。

 

「屋上か……そこに何かあるのか?」

「うん! 園芸部の人が作ったトマトとかの野菜が一杯あるんだ! 後ね、魚がいてー、それにそこで食べるお菓子が最高なんだよ!」

 

そういうことか。

そういうのは少し楽しみだ。

 

最近はずっと激動の時間が続いてたからのんびりするってのもアリかな。

 

「そこに行くのはいいんだけど、そういうのって部の許可が必要なんじゃないか?」

「んー、そうだっけ?」

「おいおい……」

「めぐねえに言えば何とかしてくれるよ!」

 

先生は生徒に慕われてても大変だな。

あの人は生徒を導くというより、生徒と同じ立場に立つタイプの人だな。

 

確かにあだ名で呼ばれるなど一見すればナメられてるように解釈することもあるが、別に悪いことじゃない。

あの人は生徒の悩みを親身に受け止めて、一緒に悩み、一緒に考えるような人だ。

教師に威厳は必要かもしれない。

 

でも、先生のように生徒の立場に立って、道を一緒に探してくれる先生もおれは凄くいいと思う。

 

だから丈槍が先生を慕う気持ちも凄く分かる。

 

「じゃあ先生探すか」

「うん! 職員室はこっちだよ! レッツゴー!」

 

相も変わらず子供みたいなテンションで廊下を走ろうとする丈槍を止めようとした時、丁度その声はおれの耳に届いてきた。

 

 

「丈槍、ストップ」

「んにゃ? どうしたの?」

「しっ」

 

丈槍を止まらせて、指を口の前に当てて静かにするよう無言で伝える。

それを理解してか不思議そうにしながらも黙ってくれた。

 

そして、不意に聞こえてきた音を辿るために意識を集中させて周りの音を探る。

 

 

 今年の受験ですが、生徒たちには……

 

 ファイ、オーッ! ファイ、オー! ファイ、オー!

 

 水素、ヘリウム、リチウム……えっと、後は……

 

 くそー、泉を絶対に陸上部に……

 

 今年が受験かー。俺、留年するわ

 

 

 

 

職員室の職員会議、外の部活に勤しむ部員の声、自習室で暗記する生徒の声、陸上部の自分を探す声、友達と軽口を交わす誰かの声。

 

 

探せども、これらは自分の聞き取った声じゃない。

 

 

(もっと、探る……困ったような、辛そうな声を……)

 

 

探る。

 

更に五感を研ぎ澄ませ、探る。

 

 

 

生徒一人一人の声を、話す内容を理解できるほどに神経が研ぎ澄まされた時、ようやく見つけた。

 

 

『はぁ、はぁ……よいっしょっと……』

 

(見つけた)

 

ようやく、新一の聴覚に目当ての声が届いた。

聞こえてきたのは女子生徒が何か辛そうにしているような、そんな声だった。

声の場所は、少し離れた場所の一階の階段付近だった。

 

「丈槍、ちょっと来てくれ」

「えぇ!? ラ、ラジャー!」

 

急に小走りになった新一に戸惑いながら慌てて追いかける。

 

そして、少し走ってすぐの階段に辿り着くと、そこには女生徒が何やら持ち上げようと踏ん張っている姿があった。

 

「よい……しょっと……!」

 

それは、園芸に使う肥料だった。

その肥料が幾つも積み重なった袋の一つを持とうとしている。

しかし、それを無理に持ち上げようとした時、身体を大きく傾けてしまう。

 

「あっ!」

 

倒れる、それを見た新一は反射的に倒れる女生徒の後ろに回って自分の身体を支えとし、手で両肩を掴む。

 

(うわっ、いい匂い)

 

その際に髪から香るシャンプーの柔らかい、いい匂いがしたのはご愛嬌だ。

しかも研ぎ澄まされた嗅覚を以てすれば、効果は通常の倍以上に膨れ上がった。

 

「うっ……」

 

思わず、変な気分になってしまったことに苦悶の声を漏らし、顔を赤くして不埒な考えを払拭する。

そうしていると、その女生徒は新一に気付いて上目遣いで目を合わせる。

 

「あら、あなたは……?」

「あ」

 

バッチリと目が合ったことに新一がマヌケな声を出した。

対する女生徒は状況が分かっていないのか、困惑しているのかあまり動揺はしてなかった。

 

しかし、新一だけが状況を理解していた。

 

今の状況は凄く不味い。

特にこの二人の格好は。

 

 

女生徒は新一の身体にもたれかかり、新一もその女生徒の肩に手を置いているのだ。

まず、普通の高校生活の中でそのような恰好になる機会などそうそうにない。

間違いなく、何らかの誤解を受けること間違いなしだった。

 

「あ、あの、これは―――」

「新ちゃん速いよー。私を置いてくなんてー……」

 

何か言わなければ、そう思って口を開いた直後に後ろで丈槍の声が届いた。

その瞬間に新一の肝が冷え、動きが完全に停止した。

 

そして、丈槍とて幼い容姿ではあるが、中身はあくまで高校生なのだ。

 

しかも、高校生は人によるけれども、中々にお多感な時期。

 

つまり、そんな彼女が今の新一たちの姿を見ようものなら……

 

「はう!? こ、これはまさかの熱愛発覚というもの!? ゴクリ……」

「お、おい丈槍! それは違う! これはな……!」

「ふっふっふ……隠さなくてもいいのだよ新ちゃん。お姉さんは分かってるから」

 

全く分かってない!!

聞く耳どころかこの状況を理解していないのか!?

 

「……~っ!?」

 

そんなことを思っていると、ようやく助けた人も今の状況を把握して顔を真っ赤にし、その人に身体を突き飛ばされて地面に転がった。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい! 私を助けてくれたのに、あんなことを……」

「いや、もういいから。はは……」

 

あの後、おれを突き飛ばした人……若狭悠里は頭が取れるんじゃないかという勢いで頭を下げてきた。

そのついでに自己紹介は既に済ませた。

 

でも、見知らぬ男の身体に触れるどころか身体ごとくっ付いていたのだ。

やっぱり女性としては嫌なんだろう。

このままだったら痴漢呼ばわりされてたかも。

 

痴漢と言えば、ミギーが最初に宿った日もあいつが寝ぼけて通りすがりの女子に触ったせいで痴漢呼ばわりされ、ビンタまで食らったこともあったっけなぁ。

思えば、あいつもあいつでおれに散々迷惑かけたよな、マジで。

 

それがミギーでもあるんだけどな。

 

「いや~、災難だったね新ちゃん」

「お前が言うな」

「あう!」

 

未だに茶化してくる丈槍の頭にチョップを食らわせる。

軽くしたはずだが、丈槍のリアクションにまた加減を間違えたかと思うのも束の間、あまり痛そうにしてないから本人の過大表現だろうとすぐ分かった。

 

「ああいう時はちゃんと若狭を助けてやるべきだ。分かったか?」

「うぅ……ごみん」

 

注意してやると丈槍も素直に謝る。

それに満足していると、近くで見ていた若狭がクスクスと笑っていた。

それに反応して丈槍と一緒に見ると、本人は慌てて手を振る。

 

「あ、ごめんなさい。二人って何だか兄妹みたいだったから、つい」

「きょ、兄妹? 今日転校してきたばかりなんだけどおれ……」

「そうなんだ」

「だから私がこうして案内を―――」

「おれが丈槍の面倒を見てるんだ」

「あらあら」

「えぇー!?」

 

意外な一言に少し返しがおかしかったけど、若狭は微笑ましそうに見つめてくる。

その優しい視線がむず痒く、耐えられなくなって本題に入る。

 

「それよりも若狭はこんな重いもので何しようとしてたんだ?」

 

大量の肥料の入った袋を見やると若狭も思い出したのか困ったように顔に手をやる。

 

「そうだったわ……これは園芸部で使う肥料で、今日中に運ぼうと思っていたのだけど……」

「え~? これ全部?」

 

若狭は園芸部らしかった。

だから肥料を運ぼうとして、転びかけたということか。

 

でも、丈槍が肥料の数を見て疑わしそうに聞いた。

本当に全部運べるのかと。

それについてはおれも同意見だ。

 

「これ全部を? 他の部員にも運んでもらった方がいいんじゃないか?」

「そうなんだけど、今日は何もする予定なかったからもう帰っちゃって……もう何度も往復してるけど、そろそろ疲れちゃって……」

 

そりゃ運が悪い。

しかもこんな重い物を既に運んでいたのか。

見た目、そうは見えないけど結構力強いのな。

 

でも、今の若狭では一袋だけでも持ち上げるので精一杯だった物をどこかは知らないが、運べるのだろうか?

 

「重い~……!」

 

現に丈槍も持とうとしてるけど持ち上げるのも一苦労と言う感じだ。

別段、軽いわけではないということか。

疲れた状態で若狭に運ばせるのは色々と危険だろうし、何より、困っている女子を放っておくのは男子として恥ずべきことだ。

 

「んー、それなら手伝おうか?」

「そんな、悪いわよ」

「でも、このままじゃあ運べないだろ? 数も結構あるし、できても結構時間取られると思うけど」

「それはそうだけど……迷惑じゃないかしら?」

「大丈夫。それに、こんな所に出くわして何もしないなんて凄く後味悪いしさ」

 

そうとだけ言うと、若狭はひとしきり悩んだ後、申し訳なさそうに、それでいて嬉しそうに承諾した。

 

「……それならせっかくの好意に甘えようかしら」

「じゃあ早速取りかかろう。どこに運べばいい?」

「屋上の入り口付近に置いといて。鍵は私が持ってるから外には行けないし」

「了解」

 

屋上か……これ、若狭一人だったら運べなかっただろう。

あまり力も無さそうだし、見つけられたのは幸運だったな。

 

「大丈夫? それ、結構重いわよ?」

「まあ男だし、持てるでしょ」

 

若狭が運ぼうとしていた袋を持ち上げてみると、思ってたよりも軽く感じた。

一つだけなら階段を走っても問題はない。

危ないからやらないけど。

 

そして、軽々と袋を持ち上げたことに若狭と丈槍は意外そうに驚いていた。

 

「おおー新ちゃん力持ちー!」

「ほんと……やっぱり男の子って力あるのね」

 

感心する二人に少し苦笑で返す。

 

一つだけだと軽すぎて手持無沙汰に感じるな。

これなら、一気に10個は軽いかもしれないけど、前が見えなくなると危ないから3個ずつでいいか。

 

一回下ろし、袋をもう二つ重ねてから持ち上げる。

やっぱ軽いな。

 

「おぉー! すごーい! なんで持てるのー!?」

「あらあら……泉くん、力持ちなのね~」

 

丈槍と若狭は更に驚愕の念を深める。

純粋に驚きながら、信じられないといった様子で見てくる。

 

とはいえ、このままだと時間もかかるし、早めに終わらせよう。

 

「じゃあさっさとやっちゃおうか」

 

 

 

 

 

結局、屋上への肥料運びは5分くらいで片付けられた。

袋を3個ほど持っては階段を早歩きで登り、入り口に置いてはまた走って戻る。

これを繰り返しただけだった。

 

若狭と丈槍は二人で一袋持っていたのだが、大半はおれが運んだから二人が屋上に上った時には全て運び終えていた。

 

そして、若狭はほんのお礼として丈槍の要求通り、おれたちに屋上の使用を許可してくれた。

 

丈槍は栽培していたトマトに目が眩み、若狭も園芸の手伝いをするなら食べてもいいという要望をすんなり聞き入れ、二人は作物の世話にかかっている。

おれはというと、二人から離れた場所で風に当たりながら、フェンスにもたれかかってすっかり赤くなった空を見上げて一息ついている。

 

「あぁ~……落ち着くなぁ……」

 

丈槍の何とも言えない案内が終わった後、おれは一人で休んでいる。

疲れたわけではないが、こうしてゆっくりする時間は最近はあまりなかった。

色んな事件が過ぎ去り、こうして訪れた平穏を過ごすことに専念する。

 

しかし、緩み切っていたおれは若狭が近くにまで近づいていたということに全く気付けていなかった。

 

「ふふ、泉くんったらお爺さんみたい」

 

声に気が付いてフェンスから身体を離すと、おれの前に若狭がいた。

そして、おれの独り言を聞かれたのだと思うと何だか恥ずかしくなった。

 

「お爺さんはひどいな。これでもまだまだ青春真っ盛りだぞ?」

「ごめんなさいね」

 

謝ってはいるようだけど、上品な微笑みを見てしまうと何も言い返せなくなる。

 

あまり会ったことのないようなタイプだから少し動揺してしまう。

決して、嫌いじゃない……むしろ好きな方ではあるけど。

 

そう思って頬を掻くと若狭が話を続ける。

 

「ふふ、ユキちゃんの言う通り、泉くんって可愛い所があるのね」

「なっ!?」

 

急に言われた『可愛い』の一言に更にむず痒くなってしまう。

 

しかも、丈槍よりもどこか大人っぽい若狭に言われると、またダメージも尋常じゃない。

かと言って、男として『可愛い』はやっぱり納得できない。

 

ここは一つ訂正させてもらわないと!

 

「若狭、男に『可愛い』は複雑なんだよ。まだ『格好いい』とかなら分かるんだけど……」

 

そう言うと、若狭は少し悩み、また続ける。

 

「んー、でも、泉くんって普通よりも落ち着いてるから格好いいというよりは大人っぽいかな。でも、今みたいに照れた所も可愛いって思えるわね」

「いやいやいや」

 

懐が広すぎるだろ若狭。

こんな高校生男子を可愛いと言ってのけるその精神は流石だ。

ここまで母性に溢れた同級生はいなかったぞ?

 

そんなことを思っていると丈槍がやって来て若狭に背後から抱き着いた。

 

「りーさん終わったー!」

 

丈槍のダイブに驚きながらも、慈愛溢れる微笑みを浮かべながら丈槍の頭を撫でる。

 

というか、おれの時と違って慣れるの早くないか?

さっきも初対面だって言ってたし。

 

別に人見知りって訳でもないんだな。

 

「はい。ご苦労さま……それで、りーさんってなに?」

「うん! 悠里だからりーさん!」

「りーさんか。それはいいな」

「ほらほら! 新ちゃんだってこう言ってるもん!」

 

さっきまで人のことを可愛いとか言ってからかわれた仕返しに丈槍に乗っかる。

すると、若狭は納得いかない様子で返す。

 

「泉くんまで……じゃあ、私も新ちゃんって呼ぶわよ?」

「いや、新ちゃんはちょっと……せめて『ちゃん』は止めて欲しいんだけど……」

「え~? 新ちゃんって可愛くていいと思うよ? りーさんもそう思うよね?」

「そうね。泉くんにピッタリ」

 

二人で『ね~』って笑い合う姿に、この場に自分の味方はいないと理解した。

こっちがやり返したはずなのに、いつの間にか丈槍さえも味方に取り込まれてしまう始末。

こういうノリとかって女子の方が強いんだな。

 

一時期は加奈にも振り回された時があったからよく分かる。

 

とりあえず、名前の方はもう諦めるしかないのか……

何事も引き際が肝心だ。

 

「それじゃあお菓子食べようよ! 外で食べるお菓子はまた格別なんだよ!」

 

丈槍は楽しそうにカバンの中からポテチだとかの菓子類をドバドバ出した。

中に参考書が無いのは気のせいだろうか?

 

「ちょっと待て丈槍。ここって園芸部が管理してるんだろ? そんな飲み食いしたら若狭に迷惑が……」

「あら、私は構わないわ。園芸部の見学ということで」

「……おれの学園案内は?」

 

まさか、これで終わりとか言わないだろうな?

そう思って聞いてみると、丈槍は親指を立ててサムズアップした。

 

「何言ってるの新ちゃん! 明日は明日の風が吹くんだよ!!」

「……つまり、明日に持ち越すってことか?」

「そうとも言う!」

 

思わずチョップしてやろうかと思ったおれは絶対に悪くない。

今日は本当にそれだけをするためだけにここに来たのかと。

 

でも、この調子だと本気でやる気でいるな。

 

 

今日は、友達ができたお祝いってことで、遠慮なく好意に甘えるかな。

 

 

その後、若狭を含めたおれたち三人でささやかなお菓子パーティーをした。

 

 

そして、二人がおれの『転校祝い』として、友達になってくれたのが凄く嬉しかった。




ここでの新一ですが、田村玲子によって胸の穴は埋まり、後藤との戦いを通して人間もパラサイトの生き方も認めています。

ですが、途中から村野里美が死んでしまったことで、ここでの新一の心はパラサイトと人間のどっちつかずになっています。
原作よりも少し危うい状態です。

よく言えば、気持ちのONとOFFがはっきりできますが、その反面、状況によっては敵には驚くほど非情に、仲間には打って変わって優しくなれますが、状況によってはすぐに不安定な状態になってしまう、という設定です。


そして、今の新一は純粋な一般学生だった時の気持ちを思い出しているので、原作よりは積極的にコミュニケーションを取っているスタンスです。
要は、『何気ない日常』に飢えている状態が今です。

そして、丈槍ことユキが最初に新一に対して余所余所しい態度なのは理由があります。
それは次回に乗せる予定です。


とりあえず、こういった平和な学園生活と主要人物とのフラグを簡単に書いてから本編に入ります。

(3/12 りーさんの運動音痴描写を改訂)

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