今年初めの投稿になります!
「体がギシギシする……」
「あたしもだ……おまけに暑い……」
学校から出発してから一夜を過ごし、再びモールへ動き出した新一たちの体調は全快とは言えなかった。
特に不満を漏らさずに運転を続けるめぐ姉もそうだが、狭い車内での雑魚寝のせいで身体が固まって鈍痛も身体に響く。
早く車から降りたい気持ちが車内に漂う中でも例外はあった。
その例外を助手席に座っているくるみがバックミラーを通して見ていた。
「新一くん、お水余ってるから喉乾いたらいつでも言って? 身体も痛くない? 降りたら落ち着ける所でマッサージしてあげる」
「あの、若狭……近いっす……」
「新ちゃん、りーさん、潰れるぅ……」
りーさんが両端に陣取る新一に絡み、新一も対応に困っている。
そして、二人の間にいたユキはグイグイと押し付けられるりーさんのたわわな果実と新一の筋肉質な身体に挟まれて唸っている。
わりと本気で苦しそうなのは気のせいではないはず。
(あんなに仲良かったか?)
ユキには同情するけど、今気になるのはりーさんだ。
どう見てもりーさんが新一に積極的にアプローチをかけているように見える。
いや、もっと言えば新一にベッタリになったようにしか見えない。
りーさんが新一を求めているなど誰の目に見ても明らかだった。
すると、りーさんが頬を膨らませてむくれた。
「私には悠里って名前があるのよ。そっちで呼んでくれてもいいじゃない」
「あ、あれは咄嗟だったっていうか……その、今思うと馴れ馴れしかったんじゃないかなって」
「いいの、もう私たちは浅い関係じゃないの。だから名前で呼んでくれなきゃヤ、よ」
普段はおっとりとしたりーさんが今では我儘を言う子供の様ではないか。
昨日まではいつも通り、ユキの保母さんって感じだったのが一晩で変わったことに驚きを隠せない。
座席一つ挟んだだけの所で甘ったるい雰囲気を醸し出している面々に驚愕の面持ちで見ているのはめぐ姉も同じだった。
「それじゃあ、これからは悠里……でいいのかな?」
「新一くんって意外と初心なのね。ふふ、可愛い」
「勘弁してくれ……」
少し躊躇いながら名前を呼ぶ新一にりーさんは飾り気のない笑顔を浮かべた。
大人っぽさと無邪気さが絶妙にブレンドされた魅力的な笑顔だった。
10人中10人が振り返るであろう魅力的な笑顔を直接向けられた新一は顔を真っ赤にして照れている。
ユキは真っ青になっている。
その光景に苦笑しながらもくるみの内心は複雑だった。
(やっぱり、無理してたのかな……)
それも当然だろうと、どこか納得できたのも事実だった。
ついこの前まではこんな地獄さえも想像できないくらいに平和だった日常が何の前触れもなく崩れ去った。その衝撃は自分も含めて凄まじいものだった。
今では皆と協力して生き残ってきたことで状況にも慣れたということもあり、初日並のショックも感じない。
ただ、それでも今の生活が夢だったら、と思わない日もない。
事実、最近のりーさんも落ち着いてきたように見えていたのだが、今の姿を見ると今までの姿も必死で取り繕ってきたものだと分かる。
幼い子供の様に甘えているだけに見えないのは邪推しすぎだろうか、という思考は隅に置いて。
(仲が悪くてギスギスするよりかはマシだよな。うん)
暑い上に後部座席から漂う甘ったるい雰囲気に半ば思考放棄しかけてきた。
勝手にやってくれと言わんばかりに溜息を吐く。
しかし、そんな雰囲気を容赦なくぶち壊す人物がいた。
「りーさん、新ちゃん」
ここで、新一とりーさんに挟まれていたユキが声を上げた。
しかし、そこにはいつものような無邪気さは存在しない。代わりに強い苛立ちを感じた。
突然の豹変ぶりに暑苦しく感じていた車内の空気も下がった感覚だ。
そして、それを間近で聞いた新一たちはその身を震わせた。
「りーさん。これ、どかして」
「ぁ……んんっ! ユキちゃん、そこは、叩かないで」
「どかして」
ユキは手の甲でりーさんの胸に実るたわわな果実をペチペチと鬱陶しそうに叩く。
胸に対して敏感なのか、りーさんは艶めかしい声を漏らし、新一の思春期の心を刺激する。
しかし、暑さと圧迫されたことへのストレス、そして胸に対する劣等感がユキの心を荒れさせていた。
「ユキ、俺たちが悪かったから落ち着いて……」
「新ちゃん、りーさんのおっぱいを見てた」
「ちょっ!?」
止めに入った新一にさえも牙を向ける。それどころか新一に対しては理由も分からない苛立ちを覚え、冷たい態度をとる。
りーさんは顔を真っ赤にして自分の胸を抱いているが、軽蔑や嫌悪の感情は見えない。それどころかどこか期待しているような表情は気のせいだろうか。
そんな光景を一通り見届けたくるみとめぐ姉は無言ながらも気持ちは一つだった。
(もう知らん)
後ろからの助けを呼ぶ声も全てスルーした。
◆
何とも言えない空気の中、車で走っていると目に見えて変化が表れてきた。
「大分道も開けてきたな」
「住宅街はほとんど身動き取れなかったけど、都心部だとこうも違うのね」
「色々と欲しいなぁ~」
しばらく車で進んだ一行は住宅街を抜け、都心部に辿り着いた時から比較的少なくなった
広い車道に散在する『奴ら』を器用に避けながら移動は今までのフラストレーションを少なからず発散させてくれた。
そのおかげかさっきまで機嫌最悪だったユキも今では機嫌よく後部座席から乗り出して久々の都心部にテンションを上げる。
惨状の傷跡が残っているとはいえ、今までの閉鎖空間から解放された心地がするのだろう。
だが、それでも完全に気が晴れた訳ではない。
くるみは若干の落胆と共に呟いた。
「生存者……いないな」
「……」
期待していた。
学校とは違って物資に恵まれた都心部でなら少しでも状況は違っているものだと思って。
今まで学校で過ごしていた自分たちが今日まで生きてこれたのだから、一人くらいはいるだろうと。
だが、そんな期待も『奴ら』が蔓延る景色によってかき消された。
もちろん、覚悟はしていたものの、いざとなって確認すると落胆せざる得ない。
それは皆も同じ面持ちである。
そんな中で、ユキは重くなりかけた空気をかき消そうと精一杯の明るさを見せる。
「でも、もしかしたらみんなもデパートの中にいるだけかも。そうでなくても欲しい物も手に入ると思うし」
ここまで来て悪いことばかりじゃない。
言外にそう伝えたかったユキの言葉を理解した皆は沈みかかっていた表情を変えて笑顔へ戻る。
「お前はマンガとかゲームが目当てだろうが」
「にゃにおー! ちゃんと皆に必要な物も考えてるやい! 服だって欲しいと思ってるし!」
「ユキがファッションを気にしてる……だと?」
「くるみちゃん!?」
いつもの調子を取り戻して賑やかになった車内に、先程までの暗い雰囲気はもうない。
微笑ましい二人のやり取りの中で新一は静かに決意を新たにする。
(それでも、俺だけでも警戒はするべきだな)
自分には優れた五感があり、力もある。
こういう状況には慣れているし、敵は『奴ら』だけじゃないかもしれないとも分かっている。
全ての考え得る『最悪』を考慮しながら慎重に進むしかない。
そう思っていると、ふと自分が如何に皆からは遠い存在であるかと自覚させられて悲しくなる。
しかし、そんな余裕も許されない状況だと自分を戒める。
(それでも俺は……皆を護りたい)
今更だな、と自嘲しながら再びくるみとユキのじゃれ合いをBGMに流れていく景色を眺める。
(せめて一人だけでも生存者がいれば……)
万感の思いを込めてこれから行う調査に控えめな希望を抱く。
人知れずに決意を固めていると、運転席のめぐ姉の声が耳に入った。
「そろそろ準備して。もう見えてきたわ」
新一以外の三人は驚くこともなく荷物をまとめ始める。
まだ周辺地域に疎い新一だけが周りの様子に一瞬の戸惑いを感じ、察した。
気が付くと周りの建築物とは一線を画すくらいの巨大な建物が見えてきた。
ガラス張り建物は、惨劇の前であれば豪華であり、賑わせていたものだと容易に連想させるものである。
「やっと着いたわ」