今まで書けなかった分、今作では過去最長の話になりました。
その割にはストーリーが進んでいませんが、そこはリハビリの結果として受け止めてくださいお願いします。
そして今更ですが、「君の名は。」見に行きました。
あんな恋愛、してみたかったと思いました、まる
リバーシティ・トロン・ショッピングモールの用務員室
朝早いため、寝ているるーちゃんの横で宇田と美紀、圭がノートを広げて話し合っている。
「習慣……ですか?」
「うん。ここに来てからゾンビの行動パターンを調べてみた時の結果をノートにまとめてみた」
「そんなことしてたんですか!? 危険ですよ!」
「でも、これすごいよ美紀。色んなパターンからの分析までされてる……本当に凄い……」
危機的状況の中で敵の調査をしていたことを聞いて二人は宇田の評価を改めた。
いつもの気弱な態度とは想像もつかないほどの行動力で彼に対して心強さを感じていた。
マジマジと丁寧に、ビッシリと書き込まれたノートをめくる二人から評価を上げられているなどとは知らない宇田の内心は不安しかなかった。
(いや、僕もパターンなんて知らないんだけど……)
大体の調査を行ったのは全てジョーである。
無理矢理「奴ら」が徘徊している場所に引っ張られたと思いきやノート片手に持たされてせっせと「奴ら」の狩りを始めた時は本当に焦った。
あまりにビビると正論の混じった罵倒が飛んでくるため、成されるがままになっていた。
(何で急に研究を始めたのかを聞くと『俺はいい加減なことは言わねえタチなんだよ』とか言って結局教えてくれなかったんだよな……はは、完全にヒモじゃないか……)
どこか疎外感を感じながら人知れず落ち込む。
ちなみに、今は宇田の口に擬態したジョーが全面的に話しているため、宇田自体はただ聞くだけの立場にいた。
ジョーが語り役と決まった時、なんか僕らって眠りの探偵と少年探偵みたいだな~……とか密かに思ったのは余談である。
そんな宇田が遠い目をしていると、美紀が細かい部分に気付いた。
「平日と休日での数だと明らかに違う……」
「本当だ。まるで家族連れが来たみたいに増えたり減ったりしてる」
圭も追従するように美紀の指摘に気付かされ、誰も知らない所で宇田も僅かな差異に気が付いた。
そんな中で宇田の口調を真似るジョーは続ける。
「天気別に調べた結果の方が顕著だった。ゾンビの野郎、雨が降った瞬間に集まってきやが……きたよ」
乱暴な口調が漏れて宇田は内心で冷や汗を流したが、二人は既にそんなところにまで頭が働かないほどの驚愕を思い知った。
ノートをめくる度に「奴ら」の本質の一旦を垣間見て、受ける衝撃も次第に大きくなっていく。
バイトのシフト表、事務室での人員名簿、途中で奪ったとされる免許証などの身元証明書……事細かにまとめられた証拠品の全てが二人を必然的な結果へ誘導していく。
「ゾンビは……生きていた時の行動に左右されている?」
「現在の見立てではその可能性の方が高いね。知性に目を瞑れば中々に効率的な所もあるし、本能的でしないとも言える」
「本能……ですか?」
「例えばこの雨宿りの行動だけど、これは自身のエネルギー確保とも考えられる。生物はどんな行動にせよ熱を使い、熱が無ければ動くことすらできないからね」
「で、でも、それなら益々おかしくないですか? 奴らは既に死んでいて、冷たくなってるのに動き続けるだなんて」
「そこは分からない。僕は学者じゃないからね」
事実、普通の生物の構造から考えると「奴ら」の異常性が際立つのも確か。
ある程度の予想はできるものの、勘に頼った不明瞭な答えを高い知能を持ったパラサイト独特の性質が認めなかった。
ただ、今のようにモーテルで引きこもる生活にもいつしか限界はくる。
事実、冷房が切れたこともあってスーパーの缶詰や乾き物、シリアル系以外の食品は全て腐ってしまった。
タイムリミットはすぐそこにまで迫っている。
だからこそ、二人は宇田たちの言わんとしていることをすぐに理解した。
「上手く、いくんですか?」
「……正直言って、怪しい。観察したとはいえ、奴らがいつもデータ通りにいくとは限らない」
僅かな希望的観点も望めない状況に二人は肩を落とし、俯く。
そんな二人の様子にジョーは感慨無しに思う。
(やっぱりこうなんのかよ……くそ、今は時間が惜しいというのに)
長い間、人間という生物を見てきたが、未だにその本質を理解しきれていない。
目の前に明確な危機が迫っているのに、ここまでお膳立てしても動かないなど、どれだけ危機察知に欠けることか。
どう転ぼうとも死ぬ可能性が捨てきれない状況で最も死ぬ確率の低い策を弄したにもかかわらず、だ。
項垂れる二人を前にジョーは失望しなかった。
しかし、期待もしてなかった。
前々から感情の有無による認識の違いは自覚していたが、やはり未だに理解に苦しむという気持ちがあった。
ましてや落ち込む人間を言いくるめる技量なんて持ち合わせていないし、知っててもただ面倒なだけだ。
面倒な状況になったと感じたジョーは周りに気取られることなく、普段の寄生場所へと戻って行った。
(こいつ、逃げたな)
急に支配権を移された宇田はジョーの心情を見抜いてため息を吐いた。
とはいえ、面倒事を押し付けるのは今さらだと諦め、二人に笑いかける。
「とにかく、今は英気を養おうね? 脱出の手順とかも覚悟を決めた時でいいから」
二人には何とか作った必死の笑みを向けると、申し訳なさそうに頭を下げて謝った。
僕は気にしない様にと断ってから本日の朝食の調達へ向かう。
実際にジョーの言うことが正しいことは分かる。
でも、今まで平和に暮らしてきた女の子にはあまりに酷な選択であることも理解できる。
今の状況だけ見て強引に脱出を試みても、覚悟できていない二人では危険だ。
せめて、今日だけは二人きりにしようと思いながら僕たちは僕たちなりにできることをしようと思った。
◆
「奴ら」の出現で荒れ果てた住宅街を車が走る。
荒廃した住宅街と比較しても違和感が無いほどにボロボロになったミニクーパは荒れた道を辿って行く。
そんな小型車の中では何とも言えない空気が流れていた。
「めぐ姉はまだ落ち込み中?」
「……」
暗い空気を醸し出しながらハンドルを操作するめぐ姉にユキが尋ねても反応を示さない。
その様子に皆、特に新一が後部座席で小さくなる。
「あの、今回のことは本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、新一くんが悪いんじゃないの……元々からこうなるって可能性はあったし、これも覚悟の上だって分かってたんだけど……ね」
「あ、はい」
これである。
素直に自分の非を認めて謝罪するとネガティブになっていく。
さっきからこの調子である。
かなり思い入れがあったのか、車の話題になるとかなり落ち込む。
この状態で慰めると面倒になることが目に見えているため、くるみたちも不用意に話しかけることができないでいる。
ただ成り行きを見守っていると、我慢できなくなってじれったくなったユキが声を張り上げた。
「もーっ! めぐ姉ってばしつこい! 車なんて周りのに比べたらマシじゃん! 動くし!」
「元も子もねえな、おい」
「ユキちゃん、落ち着いて、ね?」
「こんな時なんだから、車なんていつかはこうなってたよ。ただ、その時期が早くなっただけだって」
あまりの言いようにくるみと新一が引き攣った表情で、りーさんも困ったようにユキを宥める。
ユキの言い分も分かるが、めぐ姉の心情も分からない訳ではない。
くるみたち、特に新一はそれを理解しているから見守っていたのだが、ユキはそういう所に遠慮はなかった。
宥めて抑えようとした時、めぐ姉がそれを止めた。
「いいの、私だってボロボロになったのが車で済んでよかったとは思っているの。新一くんが傷付くことと比べたら……いえ、比べるまでもなく新一くんや皆のことが第一だもの」
ユキの発言に対しては思ったよりも肯定的に返してきたことで少しホっとした。
ユキが言わなくてもめぐ姉自身も今、何が一番大事かなんて理解している。
とはいえ、この車はめぐ姉が教師になったお祝いに両親から送られた物だということもあり、思い出深い品であることは間違いないだろう。
しかし、めぐ姉の懸念は別の所にあり、悩んでいた理由もそれにあった。
「ただ、これからも外での物資集めも必要になりそうだし……その度に車もこんな感じにされちゃ苦労しそうだなぁって」
「うっ……すいません」
「いえ、新一くんはまだ未成年で運転も習ってないでしょ? 仕方ないわ。ただ、今度からは私に任せてもらえると幸いね」
「おっしゃる通りです……」
新一としては少し訂正したい部分もあったが、そこは先生の厚意に甘えることにした。
車という移動手段がこれからの貴重な戦力になることなんて少し考えればすぐ分かる。
しかし、自分は車を大破寸前にまで追い込んだため、下手すれば活動範囲を一気に減らして皆を危険に招く可能性だってあった。
そのことに思い至って表情を硬くしていると、くるみたちも声を上げる。
「でもさ、こんな時だし、あたし等に運転の仕方を教えてくんないかな? もしかしたらめぐ姉が不在のときに車が必要な時もあると思うし、めぐ姉と交代した方が色々と楽になりそうだしさ」
「車の運転!? したい!!」
「そうね、私もそうは考えてたけど車は生憎とこれ一台だけだし……もし練習の一環で壊れでもしたらそれはそれで困ることになりそうだし」
「そうですよね……やっぱり」
「えぇ~、運転したいよ~」
ユキが駄々をこね始めたのを周りが温かい目で見ていると、新一が何気なしに言う。
「車は展示か売られたりレンタルしてる所から拝借してもいいんじゃないか? 鍵さえあればどうとでもなるし」
「お、おう……なんか、慣れてる感じがして怖いぞ」
「友達の影響かもね」
唐突に新一らしからぬ車泥棒宣言にくるみも表情を引きつらせるが、新一はそれを失言だとは思わない。
今は法律も何も無い、全てが壊れた無法地帯も同然である。
そんな所で法律を守って自分たちの命を落とすなど冗談ではない。
所詮、人間が平和になった世界で作った法律なのだ、こんな緊急事態時に律儀に守る必要などない。
(前の俺だったらこんな考え方もしなかったんだろうなぁ)
そんなドライな考えを浮かべる自分にも内心では少し驚いていた。
それというのも、今までの死闘やパラサイトとの触れ合いで変わった死生観の違いなのだろう。
(何だかミギーになった気分だ)
あの時のミギーはいつもこんな風な想いだったのだろうか?
それでも頑なに人理がどうとか言っていた自分を思い返すと、いかに傲慢だったかを思い出される。
元より、自分も人のことを気にしているほど余裕でも強かったわけでもなかった癖に。
「盗むかどうかはおいといて、新一くんの意見ももっともだし、状況もこんなんだから仕方ないわね」
「それは分かるんですけど……考えてみるとやっぱり気が引けますね」
「仕方ないよ」
とはいえ、皆も状況を理解しているため、難色は示すものの意見の一つとして取り入れる姿勢を見せる。
自分の考え方を咎められなかったことに内心で安堵しながら、その様子を表には出さない。
それからは静かに窓越しから街を見ないように空を見上げるドライブが続いた。
月明りに照らされた夜のガソリンスタンドに大破寸前の車が一台。
言うまでもなく、新一一行の車である。
結局、その日はデパートに着かず、野宿となった。
本来なら一時間もかからないほどに近場にあるはずだが、新一たちは遠回りに遠回りを重ね、結果として夜になってもモールに辿り着くことができなかった。
その原因は―――道路の破損と「奴ら」によって道を塞がれたことにある。
全てが壊れた
他人を顧みず、自身の生を尽くす限りにもがき、荒れ狂った。
それは一般人だけでなく、当時、車を運転していた者、工事を行っていた者も例外じゃない。
冷静を失い、乗り物の操作を誤った乗り物はあらゆる物を破壊し、乗り物自身が壊れるまで破壊し尽くした。
その混乱が波紋のように伝わり、街中の乗り物が制御を失い、何もかもを破壊した。
その結果、道路は荒れ、倒れた電柱が道を塞ぎ、工事で空けられた穴もそのままに放置されることとなった。
ましてや、今使用している車も小型な上に定員オーバーで既に大破寸前と心許ない状態になっている。
既に障害物一つで車が不能にされそうになっているというのに、道路には「奴ら」が溢れ返っている。
そのまま「奴ら」を刎ねようものなら、近いうちに車の方が限界を迎えるのが目に見えている。
だからこそ新一たちは丁寧に障害物を避け、「奴ら」を避けながら目的地へ向かっている。
無事であり、「奴ら」が集まっていない穴場を見つけるのでさえ相当な時間と体力、運が必要となる。
その結果、こうして野宿となった訳である。
抜け道を探す過程で、実はユキが地図でのナビが得意だということを知った。
その得意技を利用し、今まで通ってきた道をマーキングしてもらい、障害物や「奴ら」の比較的少ない抜け道をマークしてもらっていた。
今までで一番、ユキが働いた日ということもあったので、いつもは元気っ娘のユキも夕食の後には倒れるように熟睡した。
そのため、ユキを除いた四人は交代で見張りを行っていた。
もはやユキの特技は命綱と言っても過言ではない。
明日には再びユキには働いてもらう予定となっているため、ユキだけは朝まで休ませる予定である。
一定時間ごとに外で見張り、異常があれば全員に知らせると決めた。
二人一組、戦力も均等に割り振ったため、相当なことさえなければ後れを取ることはない。
現在、新一は一人で車にもたれかかって夜空に輝く星を見上げている。
時間が経つにつれて魂までも引っ張られそうな程の壮大で、慈しみに溢れた空を見上げている。
全てが壊れたにもかかわらず、この世界は動き続けている。
もし、人間が滅んで文明が廃れようともこの夜空だけは変わらずにあり続けるのだろう。
「まだ、いるのかな……うわっ!!」
星の魔力というべきだろうか、らしくない考えを悶々と頭の中で生み出していたとき、頬に冷たい感覚が奔った。
驚いて冷たい物の先を見ると、ジュースを持ったりーさんが柔らかく微笑んでいた。
「あ、ごめんなさい。少し驚かせようと思っただけだったんだけど」
「はは、いいよ。気を抜いてたのが悪いんだし。ありがとう」
差し出されたジュースを取ってお礼しながら、気を取り直して五感を集中させる。
そんな時、りーさんが自然に自分の隣に座ってきた。
普通に座っていたのなら何も思う所は無かったのだが、二人の距離があまりに近すぎる。
肩と肩が触れ合う寸前にまで近寄っている場面に新一の強靭な精神にも揺らぎが生じる。
(なんだ、この距離感……それに、いい匂いがする……)
すぐ傍で髪をかき上げると、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
その仕草だけでも上品であり、何よりも凄く整った容姿が新一の感情を激しく揺さぶっていた。
(よく見なくても若狭って美人だよなぁ……そりゃ男子も放っておかないよな)
こんな状況でなくても、整った容姿と見事なプロポーションに見とれないのは無理があったはずだ。
事件前でも別クラスにも関わらず、話題に挙がっていたくらいに男子の視線を集めていたのを覚えている。
その魅力故に思春期男子の妄想を駆り立て、本人にすら言えるはずもない妄想暴露大会を自分のクラスの男子がしていたのを覚えている。
不謹慎且つ、同じ部活の仲間だったということもあったため、無視してはいたのだが。
そして、不謹慎な話だが、こうして間近で見ていると、男を惑わす魔性の魔力があるように思えてくる。
(ああもう、集中しろよ! 見惚れて危険に陥るとか馬鹿らしいだろ!)
淫らな思想に取りつかれそうになる自分を叱咤していると、りーさんから不意に声をかけられた。
「綺麗ね」
「う、うん、そうだね! 毎日ちゃんと手間かけてるもんな!」
「? えっと、星空が綺麗ねって……」
(ひいぃ! 何を言ってんだ俺は!! 馬鹿じゃないのか!?)
丁度、りーさんのことを考え、綺麗だなと思っていた時に声をかけられ、反射的に思ったことを口に出してしまった。
ここまでくると、今の自分が正常ではないのだと自覚できる。
自己嫌悪で頭を抱えていると、りーさんの方から助け舟が出された。
「もしかして、疲れてる?」
「あはは、そうかも」
心配そうに問いかけられると、自分でもすんなりと納得できた。
確かに、最近では夜から朝まで熟睡していることが少なくなっていた。
感覚が鋭くなったのか、ほんの少しの物音でも瞬時に反応して飛び起きたりするようになってきた。
というのも、偶に「奴ら」がどういうわけかバリケードを押し出そうとする時がある。
何を目指しているかは知らないが、明らかに自分たちの居住スペースに侵入する反応を見せる個体が稀にいたりする。
もちろん、それに気づく度に始末している。
単体では脅威とはならないが、その個体の行動に釣られて数が増えていく危険性があった。
だから、どんなに深夜遅くでもそんな個体を確認したら、即座に始末するようにしている。
そのため、じっくり寝たとしても体が重く感じてしまう時がある。
確実に疲労がたまっているのは明らかだった。
しかし、常人なら異常をきたす疲労でも新一の身体は堪えられている。
今のところ、戦闘では問題はないが、思考の方にやや問題が現れたように思える。
きっと、絶対にそれが原因だ。
だから、自分がこんな妄想がひどくなっているのも仕方ない、そう思うことにした。
「そうよね……この遠出が終わったらしっかりと休んでね。今日までずっと動いてばっかりでしょ?」
「分かってるさ、今倒れたら「奴ら」に対抗する戦力もガタ落ちになって男手も減る……体調管理には気を付けるつもりだよ」
思ったことを率直に伝えるとりーさんは不服そうに表情を歪め、新一の顔を柔らかい手で掴んだ。
「え? ちょっ……!」
突然の奇行に捕まれた新一も内心で女子の柔肌を堪能していた。
そんな新一の心境も知らずに、迫力のない怒り顔を見せる。
「新一くん。私たちはあなたを失いたくないの。それは分かる?」
「え、うん……分かってる……つもり」
「多分、そこの所で勘違いしてると思うわ。確かにあなたは今まで私たちを助けてくれたし、凄い力だってある……でも、それ以上に私……私たちはあなたのことを失いたくないの」
顔に影が差す。
悲痛に歪ませながら、新一の額に自分の額を合わせる。
「戦力だとか、男手だとか……まるでそれだけが取り柄、みたいに言わないで。そんなもの無くたって、新一くんは大事な仲間で、大切な人なの」
「都合のいい話だけど」と自分を皮肉った後、続く会話に耳を傾ける。
「実はね、ついさっきまで私は多分、心のどこかでまだ新一くんのことを怖く思ってた」
その言葉に新一は咎めることなく、逆に納得した。
今日までに自分は高校生男子とは思えないほどの身体能力を見せつけ、「奴ら」を葬ってきた。
自分の生い立ちを話したとはいえ、そんなことを全て真に受ける人間などそうそうにいない。
むしろ、今のように受け入れられてるだけでも奇跡だったと思える。
「私たちのことを護ろうとしてくれてることなんて分かってる……でも、不安だったの。何が不安だったなんて、自分でも分からないわ」
内心で苦笑しながらもりーさんの言葉には説得力があった。
もし、自分が同じ立場だったら、少なからず警戒はするだろうと。
例えるなら、人間と一緒に虎がいるようなものだろうと。
だからこそ、りーさんの警戒は生物として、むしろ人間として正しいと言える。
自分は気にしていないことを伝えたいが、まだ話は続く。
「でもね、新一くんを見てて思ったの。新一くんは心が強い、ただの男の子だって。力が強くても、元は私たちと変わらないんだって」
「……」
その言葉に、新一は不覚にも驚き、目頭が熱くなった。
幸いにも涙を零れ落とすのは耐えたが、内心では嬉しさで一杯だった。
自分でも異常だと感じていた自分の力ではなく、まさしくも「泉新一」を見てくれて、認めてくれたことが。
今まで苦楽を共にした仲間から言われたとなると、その感情もひとしおだった。
嬉しさに感じ入っていると、不意に捕まれていた頬が解放された。
なにかと思ってみると、彼女の方が悲しそうに―――無理矢理笑っていた。
「それに比べて駄目ね、私は……新一くんのことを怖がるなんて」
声の質が一変した。
それだけじゃない、彼女の纏う雰囲気が変わったのを感じ、嫌な予感が頭の中を過った。
何となくだが、話もここで終わらさなければ、そう思った。
「気にしなくていいよ。こんな状況だし、不安になったり怖くなったりするのが普通だから」
「……やっぱり駄目よ。今は違うけど、一度は新一くんのことを怖くなった……命の恩人を否定してしまったことには変わりない……汚いのよっ!」
口調が荒々しくなり、ヒステリックになっていく。
まるで、何かに取り憑かれたかのように徐々に豹変していく姿にようやく異常を察知した。
止めようと手を伸ばすが、次の瞬間にその手は彼女に届く前に止まった。
「自分を言いように、見せようと、する狡い女で、弱いだけの、女なの……」
その双眼から玉の涙が零れた。
新一のことを想う度に自分と比較し、膨らんでいった自己嫌悪の念がこんな形になって弾けてしまった。
きっかけはあの雨の日……何もできなかった自分への嫌悪感とめぐ姉を失うと思っていた恐怖、そして新一への恐怖を自覚した時からだった。
本当は毎日が怖くて、いつ死ぬかもしれない現実に怯えながら、自分の居場所を確保しようと自分のできることをしてきただけ。
それが結果的に料理や菜園の維持となって、皆を助けていただけにすぎない。
本当は自分のことだけで手一杯だった。
それに比べて、新一はなんと強い男だろう、そう思った。
いや、新一だけでなく、くるみもユキも、何より雨の日に自分の身を投げ打とうとしためぐ姉とも比べても、いかに自分のことしか考えていなかったか理解させられてしまう。
そんな醜い自分の本性を打ち明けることもできず、今日まで余裕があるように振る舞ってきた。
そんな劣等感と自己嫌悪を払拭させたいがために、新一との二人っきりの状況を作った。
最初はそれとなく打ち明けて少しでも気が晴れれば、とくらいに思っていた。
しかし、少しだけでも自分の心の内を吐き出してから、歯止めが利かなくなった。
抑え込もうとした感情さえも口に出してしまい、あろうことに自分の一番見られたくも聞かれたくもなかったことまで吐露してしまった。
それだけ、彼女は極限にまで溜め込んでいたのだ。
―――止まって、止まって!!
みっともなく泣いて自己批判を繰り返す自分を理性で抑えようとしても、不安定になった情緒は止まらない。
言うべきじゃなかった。
ずっと、自分だけで耐えていくべきだった。
こんな物、他の人にぶつけるべき物じゃなかった。
後から、後からこみ上げる後悔の念でこれからどうしようかということも考えられない。
本当なら少しだけ気が晴れれば話を切り上げて、またいつもの自分を演じていくはずだった。
だけど、今となってはそれも叶わなくなったとしか、理解できなかった。
そんな時、ふと自分の身体を何かが包み込んだ。
そう感じた直後は、何が起きたのかなんて分からなかった。
でも、それが悪いものだとは思えず、それどころか心地よいものだとさえ感じた。
荒れ狂っていた感情の波が嘘のように鎮まり始めるのを感じた。
それと共に、自分の顔が筋肉質の体に埋めているものだと理解し、自分の状況を悟った。
「しん……いちく……っ!」
「うん。大丈夫だよ」
自分は今、新一に抱きしめられている……そのことに気付くのに時間はいらなかった。
そのおかげで感情が少し鎮まりはした。
しかし、感情とは裏腹に体が言うことを聞いてくれない。
涙は溢れ、何か言おうにも漏れるのは嗚咽だけ、離れたいと思っても彼の温もりを求めて彼の背中に手を回してシャツを破ろうかと言わんばかりに離さない。
そして、自分の背中からは優しい手つきが伝わる。
あぁ、駄目だ……そんなことされたら余計に離れられなくなる。
顔を押し付けている部分が自分の涙でグショグショに濡れていく。
何か言わないといけないのに、声を出すことすらできない。
私がなにもできないまま身体を預けていると、新一くんの方から切り出してきた。
「そうだよな。今まで怖かったもんな……不安で、辛くて、それでも頑張ってくれたんだもんな」
まるで、子供を安心させるかのような……事件の後に屋上で私たちを励ましてくれたように優しい声だった。
ただ、今回は、私だけに向けられている。
私の弱い部分だけを見てくれている。
だから、余計に彼に甘えてしまう。
「誰だって怖い……ましてやいつ、どこで死ぬかもしれないことを不安に思って、弱くなるのも仕方ないさ……悠里の気持ち、よく分かるつもりだよ」
その一言全てが私の心に巻き付いて、締め付ける。
それでも、不快だなんて思うことはない。
「それなのに、俺、悠里の気持ちを理解できてなかった。ほら、俺ってやっぱ皆とは色々と違うからさ、そういう所に鈍くなったのかもしれない……俺は恐怖に慣れすぎちゃったから」
「……」
「弱いことも、怖がることも悪いことじゃない。だから、そんなに自分のことを悪く言わないでくれ。そんなの、俺だって悲しいよ」
ここまでくると、幾ばくか落ち着きつつある。
さっきまでの嵐のような感情が嘘みたいに鎮まっていた。
そして、恐る恐るに涙でグチャグチャになった顔で新一と向き直った。
「落ち着いた?」
「……」
みっともない顔を見せたことへの恥ずかしさとまだ嗚咽しか出せないため、自前のハンカチで顔を拭きながら頷くだけに留めている。
それでも彼は静かに見守っている。
「俺さ、今まで悠里は大人っぽくて落ち着いた人だって思ってた……でも、本当は不安で一杯だったんだよな? 誰かに話したくて、かと言って話したらどう思われるかが分からなくて怖かったってことかな?」
探るように、話せないことを考慮して彼女の心を紐解こうとしている。
対する彼女もそれに静かに頷いて返す。
(やっぱり秘密ってのは誰にもあるんだよな……)
新一は気持ちを隠していたことと、ミギーを秘密にし続けてきた時のことを重ねていた。
事情も中身の重みも全て違っているが、それでも分かることがある。
他の人に言えない苦しみほど、辛いことはない。
かつて、自分を育ててくれたにも拘らず、ミギーという秘密を打ち明けられずに殺された人がいた。
かつて、ミギーの存在を最後まで伝えられず、永遠に別れてしまった子がいた。
かつて、ミギーの存在を知らせていれば、死なずに済んだかもしれなかった子がいた。
皆、新一の所縁の人であり、親であり、友人であり、愛した人であり、愛してくれた人たちだった。
そんな人たちは全員、自分を置いて逝ってしまった。
今となってはどうしようもない筈なのに、今でも後悔することがある。
(ミギーのことを知ってたら、何か変わったのかな……)
もし、自分がミギーを説得し、その人たちにミギーのことを話していたら今頃はどうなっていただろう。
母は何故か自分のことを信じ、まだ公表されてなかったパラサイトのことを警戒して旅行に行かなかっただろうか。
村野に話せていたらあんな別れ方をすることなく、分かり合えていただろうか。
加奈ちゃんに話せていたら俺の助言に耳を傾け、奴らの餌場に行くことなんてしなかっただろうか?
考えれば考えるほど、どうしようもない筈なのに、自責と自己嫌悪の念に潰されそうになる。
それでも、俺はそのことさえも父に言えずじまいだった。
何もかもをひた隠しにし、ひたすらに忘れようと無理矢理心の中に抑え込む。
そんな辛さに似た感情を彼女は抱き、今日まで苦しんできたのだろう。
だからこそ新一は当時、言いたかった、言って欲しかった言葉を告げる。
「その辛さや弱さ……俺たちにも背負わせてくれないか?」
真っ赤になって潤んだ瞳がこっちを向く。
予想だにしていなかった返しに彼女は力一杯に目を見開き、信じられないといった心境を表す。
いつもの彼女らしからぬ隙だらけな行動にも新一は優しく笑って返す。
「怖いなら怖いって言えばいい。我慢して、我慢し過ぎたら大切なことまで抑え込んでしまうんだ」
「……」
「我慢して苦しむ姿を見るくらいなら、どんなことでも俺たちに打ち明けてほしい。君の苦しむ姿なんて見たくない……俺は、皆を、君を護りたいんだ」
「―――っ!!」
感極まって、彼の胸の中へ顔を埋めた。
突然のことにも、彼は不満を言うことなく、優しく背中を擦って頭も撫でる。
収まりかけていた涙が、また再び零れ始める。
しかし、それはさっきまでのように冷たい涙ではない。
汚い部分も、弱い部分も全て曝け出し、それらをひっくるめて全てを包み込んでくれたことへの申し訳なさもあったが、それを上回る嬉しさが溢れてくる。
醜態を晒した自分を見捨てずに、受け止めてくれたことへの感謝。
冷たくなっていた心が再び温かくなって……涙が溢れてくる。
「あの日から、ずっと、恐かった! めぐ姉が、私たちが死ぬかもしれなかった時のことが、夢に出て、起きる度に夢だと分かって安心して、その後に怖くなって、夢なんて覚えてないのに、恐くて、それでも私だけが弱音なんて、言っちゃいけないって……っ!!」
たどたどしく、嗚咽交じりに心の内を新一の胸の中に吐き出す。
話していく度に彼と離れたくなくなっていく。
「本当は私、皆が思うように頼れる部長じゃない、ずっと、お姉ちゃんでいなきゃって、頼られる存在でいなきゃって……っ!!」
本当は泣き叫びたかった。
私だって被害者だから、一つくらい不満も言いたかった。
でも、私の周りが強い人たちしかいなかったから……私も強くならなきゃって思い込んでいた。
新一くんと戦うことを決めたくるみ、どんな時にも皆を励まし続けたユキちゃん、私たちを必死に護ろうとしてくれためぐ姉……そして新一くん。
いつの間にか、私も強くならなきゃいけないって自分に言い聞かせていた。
こんなことになるって分かっていたくせに……どうしてこんなになるまで皆を信じられなかったんだろう。
「皆だって悠里と同じだと思う。それぞれ、違った悩み、不安を抱えているはずなんだ……それらを含めて、皆は皆なんだと俺は思う」
「……私、こんなんだから、偶に泣いちゃうかもしれない、その度に胸を借りちゃうかもしれない……」
潤んだ目で新一と向き合う。
意を決したように、確かに口を動かす。
「こんな私を、受け入れて、くれるの……?」
今度は新一が目を見開いたが、すぐに優しい笑みへと変わった。
「もちろん」
その言葉を聞いた瞬間、顔を涙で濡らし、身体全てを新一に傾けて委ねた。
それからというもの、懐で泣き続けながら謝り、お礼の言葉を繰り返す悠里の背中を撫でた。
カーディガン越しから規則正しい寝息を感じるまで撫でながら周りを警戒していた。
しばらくして、交代の時間となったため先生とくるみが見張りに代わった。
交代の際、悠里が俺に体を預けて眠っていることに追求してきたが、そこは何とか誤魔化した。
幸いにも顔を押し付けていたため、泣き顔を見られなかったため、悠里が泣いていたことはバレなかった。
他人の秘密をバラすことへの罪悪感というものがあったが、何よりもこういうのは本人の口から言うべきだと思ったが故に、くるみたちには何も伝えなかった。
そうして、車の中へ悠里を運び、俺もほどなくして眠りにつくのだった。
◆
奇妙な感覚
自分の感覚が感じないにしろ、妙に自分の中に馴染むような居心地を感じる。
何もない感覚にも拘らず、本能的に懐かしいとさえ感じる。
自分はこの場所を知っている。
ということは、俺もいつの間にか眠ってしまったのだろう。
そう思っていると、俺の頭の中に「声」が響いた。
―――久しぶりだな
何もない「無」という言葉を如実に再現した世界の中で
まるでアメーバのような形の定まっていない形態で多数の目を忙しなく動かす異形の生物が現れた。
普通なら恐怖を抱かせるような生物にも俺は何故か懐かしいとさえ……いや、それどころか遭遇できたことに対して僅かに安心したとさえ思った。
「お前は―――なのか?」
―――厳密に言えばそうだと言える……だが、違うとも言える。
意味深なことを言うものだ。
まあ、こんな語りには案外慣れてしまったのも確かだった。
「どういうこと?」
―――私、いや、本体とは違う存在だから「俺」と呼ぼうか。俺のことは本体の分身と思っておけ。
「分身?」
―――忘れているだろうが、俺の本体は後藤に取り込まれて以降、複数の思考を同時に行うことができる……俺はその思考を司る人工知能みたいなものだ
「な、なるほど……」
我ながら自分の相棒が数奇な運命を背負ったものだと苦笑してしまう。
分かったような分からなかった気がするが、これ以上の説明を求めると難しい話を雄弁に語るだろうという予感はしたため口を紡いだ。
ただ、どうしても聞きたいことがあった。
「お前が俺をここに呼んだのか?」
そう聞くと、アメーバみたいな身体がウヨウヨとうねり出した。
多数の目玉もあちらこちらに動いていたが、唐突に止まって全ての目が俺に向く。
うん、普通に怖い。
―――呼んだ、というよりようやく「繋がった」ということだな。
「繋がった? それはどういう―――」
―――静かにしろ……これは……
更に意味深なことを言い出したため、それを問い詰めようとした時、静かながらも有無を言わせないような力強い声に思わず口を閉じた。
最初から多数あった目玉が増え、その全てが不規則に、忙しなく動く。
その上、アメーバのような身体も伸縮を繰り返すなど、明らかに普通ではない。
色々と訳が分からない状況に置かれ、更に何が起こったのか分からない焦りからか軽い苛立ちを覚える。
対して一人だけ納得する目の前のそいつに強い口調が漏れた。
「おい、何がどうなってんだ! 説明しろ!」
状況に流されっぱなしの現状を打開しようと強気に出たのも束の間、異形のそいつの姿が光に照らされて霞んでいく。
それで分かってしまう。
ここは―――俺の夢はもうすぐで終わりだと。
「くそ! こんな時に!!」
―――シンイチ……最後に君に伝えよう。目が覚めても、俺の言葉を覚えてくれることを願いたい。
何も理解できなかった。
唐突に訪れた別れの際に、そいつは確かに言った。
夢から覚めればほとんどを忘れてしまうことだけど、最後には確かに教えてくれた。
―――仲間の反応を感じた。くれぐれも気を付けろ。
俺の
◆
モールから数キロ離れた街の中で
鋭い刃物で身体ごと寸断された「奴ら」が倒れ伏す道路を一人の男性が悠々と通り過ぎる。
その生物が着ている服が血に濡れているにも拘らず、それを拭うことも嫌悪する様子もない。
ましてや、徐々に集まってくる「奴ら」に怯え竦む様子もない。
何の感情も持たない顔が―――割れた。
そして、割れた部分が変化して刃物のように変わった瞬間、その刃物が消えた。
一閃
その瞬間、集まりつつあった「奴ら」の身体がバラバラになった。
斬り落とされた肉片と化したのを確認して、男性―――頭部が変形した異形の生物は歩みを再開し、やがては荒廃した街の中へと消えて行った。
星空が輝く夜空の下で、事態は動き出す。
その先には数々の出会いと別れ、戦いが。
彼らを待ち構えているなど……
そのことを彼らが知る由もない―――
これだけ待たせた挙句、今回はりーさん回でした。
原作でも分かるように、早めにケアしないとやばいキャラなので今回から優遇させました。
なので、今後からはりーさんとの絡みを加速させる予定です。
ヒロイン云々はまた別問題なのであまり考えないようにしてます。
りーさんの闇は深い
とはいうものの、「君の名は。」見た直後に殴り書いた、映画サウンドトラックを聞きながらの執筆だったので、テンションも今までとは違ったように見えると思いますが、突っ込まないでいただけるとありがたいです。
とはいうものの、前半は大体は新一のターンですが、後半からはがっこう勢のターンにしようと考えています。
そして、最後の最後に出した謎のキャラ……どうせ分かるパラサイトの入場です。
そのパラサイトとどう絡むかは、またのお楽しみ。
後書きで長くなりましたが、とりあえずこんな感じです。
この一年、狂ったように就活しまくり、両親からストップをかけられたことによって就活を終え、内定先も決めました。
なので、まだ卒業や引っ越しも控えてますが、ちょくちょくと書いていこうと思っています。
それでは、またいつかにお会いしましょう!!