寄生少年の学園生活日誌   作:生まれ変わった人

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忙しかった毎日の中、余った時間で書き上げました。
今更ですが、ようやく遠足編です。


三章 遠足
遠足日和


外へ出る。

 

物資確保の方針として思い切った行動を決めてから三日が経った。

本日が外出の日である。

朝の内からカラっと晴れ渡った天気に一息つく。

 

(この機に少しでも街に慣れておきたいな)

 

雨でも降られて「奴ら」が大量発生する心配は今の所なさそうだ。

かと言って夕立とか急な雨も考えられるため、改めて仕掛けた簡易系の罠が上手く作動することを祈ろう。

 

(万全に万全を重ねすぎる……なんて無いしな)

 

まだまだ「奴ら」に関して分かった気でいたけれど、その実、何も分かっていなかった。

今日の遠征……っと、そう言えば丈槍の言うように「遠足」と言うべきなんだろう。

 

現在、起きたばかりで布団から身を起こしたばかりだというのに頭は妙に冴えている。

こういう時、自分の中の人間じゃない部分と言うものを強く実感する。

気を抜けば食われてしまうだろう時でもしっかりと熟睡し、いつものように飯を食う。

普通ならこんな状況で精神的にも参ってしまうはずなのに、俺はこんな状況にすっかり慣れてしまった。

皆よりも多くの血を浴びてきたのに、今では驚くほどに気も重くない。

この状況に慣れてしまったことに喜ぶべきか、嘆くべきか迷う所だ。

 

(ちょっと待て、なんでこんな朝から変なことを考えてるんだ俺は)

 

不毛な考えを頭から追い出し、着替えて皆がいるであろう生徒会室へ足を運んだ。

 

 

 

 

生徒会室へ来ると皆はもう既に集まっていた。

戸を開けると皆の視線が俺の所へ集まるのを感じて挨拶する。

 

「おはよう、今日も早いね」

「はよ。まあな、今日は色々と大切な日だからな」

「はよー! 今日は遠足だしね!」

「挨拶はちゃんと返さないとダメよ。新一くんもおはよう」

「おはよう。新一くんの方こそ眠れた? 気分が悪かったら先生にすぐに言うのよ?」

 

それぞれの個性を表したかのような挨拶に苦笑しながら返す。

こんなにも凄惨な日常なのに、こうしていつも通りの風景を見てるとさっきまでの微妙な気分も晴れるのを感じた。

そんなことを考えながら、今日の朝食が置かれた席に座って皆と一緒に手を合わせた。

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

今日は初めて外に出る大事な日。

それでも俺たちはいつもと変わらない。

あの一件以来、皆はどんなことがあっても朝の挨拶は欠かさない。

 

今日も一日、皆と一緒に生きて、不幸な状況に変えない様にと無意識に、全員で願掛けををこめていたのかもしれない。

その後、朝食として出された乾パンに丈槍が「はふぅ~」とか「モーレツゥー!」とか喘ぎながら絶賛したのを皆で苦笑していた。

乾パンが意外にもいけるのは同意だけど、やっぱパサパサ感だけはまだ苦手だった。

 

 

 

皆で朝食を食べ終え、簡単な後片付けと掃除を終えた所で早速本題に入った。

小休止のコーヒーを卓においてホワイトボードを持ち出し、俺がボードに書き込んでいく。

 

今更だけど、既に俺の立ち位置が司会役として安定してしまっていた。

 

「さて、今日は外に出る日だけど最後の確認をしようか」

 

外へ出るという方針が決まってから少しずつ皆と話し合って何をすべきかどうかを話し合ってきた。

その度に外でやることの計画を煮詰め、ようやく昨日に大方の行動方針が決まった。

やることも限られた貴重な機会だけどやりたいことも形になったことで、ようやく今日実行できるようになった。

 

「それじゃあ、今日は電灯や衣料品などの生活物資の調達、連絡用トランシーバー、実地状況の確認、最後に生存者の捜索と接触……こんなもんだけど、他にもまだ希望はあるかな?」

 

皆もここまでの提案に意義が無いのか最終確認にも沈黙と言う名の了承で返した。

 

「俺はこれから先生の車を取に行くから皆は何とか入り口付近で待機、くるみは露払いよろしく」

「それはいいけど……お前、車の運転なんてできるのか? あたしは覚えがあるから一緒に行ったほうがいいんじゃないのか?」

 

運転かぁ、俺はしてないけど一度はミギーも運転してたし今までの仮説が正しければハンドル捌きも右手でいけば何とかなるはず。

 

「一度だけ運転したことあるし、短距離なら問題ないと思う」

「経験者って……まぁ、今は何も聞かないけど」

「納得したならそれでいこう! 早くしないとまた群がってくるよ!」

 

不穏な発言に先生の視線が鋭くなったことを感じて話を切り上げる。

今が世紀末的だから大分麻痺してきたけど、普通に犯罪歴を軽々しく言うのは止めよう。

反省しながら俺は先生から鍵を受け取って先に出た。

 

 

「ユキちゃん、変なことして罠に触れないようにね?」

「むー、そこまでドジじゃないよー」

「不安なんだよなぁ、お前は」

「くるみちゃん! 私への信頼が足りないよ!?」

 

新一くんが出て行ったのを見送ってから私たちもすぐに行動した。

素早さの重要性は既に先の件から学んだ私たちの行動は早く、既に手慣れたものとなった。

何だかんだ、完全ではないにしろ皆もこの状況にようやく順応出来てきたことを感じる。

 

それがいいことか悪いことか分からないけど、少なくとも今、この状況においては必要なことなのだろう。

見た感じ、事件前と変わらない様に見えるのは新一くんの尽力の他にも、過ごしてきた環境もあるのだろう。

 

詳しいことは分からないけど、外国の大学で疑似的な刑務所の生活をしたことがあった。

学生たちが囚人、刑務官に分かれ、寝床も食事も全て忠実に再現した。

その結果、生徒たちは本来の目標、自分の立ち位置を全て見失い、完全な刑務所の生活が出来上がった。

その実験の最後は、生徒たちの行動がエスカレートしたということで途中で止めたという。

 

(学校には色々助けられたわね)

 

人間は環境一つで影響を受けるか弱い存在だ。

この子たちは今を生き残るので精一杯だ。

だからこそ、教師であり、ただ一人の大人である私がしっかりしなきゃ。

 

「おーい、めぐ姉。早くー」

「あ、うん。今行くわ」

 

私が生徒会室を最後に出て、鍵を閉めたのを確認して階段へと降りていく。

この先、外の世界で何が起こるのかは分からないけれど、彼女たちは征く。

 

何かを掴めるだろうという淡い希望を胸に秘めて。

 

 

二階の空いた教室

 

緊急用の梯子が降ろされた先を見て新一は下でノロノロと蠢く「奴ら」を見下ろしていた。

 

(何度見ても……呆れるほどに大したことないな)

 

確かに「奴ら」は人を食うようになったし、ただ一心不乱に食うことのみを考えているから、如何に知性が無くても「群」としての行動が一致している。

だからこそ、「奴ら」は群れた時、その真価を発揮する。

無意識的に統率された群は、ある意味では軍隊よりも恐ろしい物がある。

しかも、痛みとか苦痛は感じず、それで怯むことは無い。

 

考えれば考えるほどに恐ろしい、恐ろしいはずなのに。

 

(あんな……あんなのが皆を殺そうとしたのか……)

 

見れば見るほど、新一は「奴ら」をただの人を食うケダモノにしか見れなくなっていた。

いつしか抱いていた憐れみも、今ではやり場のない矛盾を含んだ……中途半端な怒りへすり替わっていた。

 

(この、ケダモノどもがっ!!)

 

あの日を忘れない。

あの雨の日、少しでも自分が遅れてたら皆は食われていた。

 

生きたまま、苦しみながら、一方的に。

 

 

あの日から、その時のことを思い出すたびに胸の中の怒りは再燃する。

彼とて、元々は「奴ら」自体が被害者だということを忘れてはいない。

 

そのことに気付いているからこそ、その怒りはより一層の勢いを増す。

このままだと、自分はまたよからぬことをしでかす。

そう感じた新一は胸に手を当て、ゆっくり深呼吸をする。

 

(……とりあえず動こう。そして、皆と合流しよう)

 

大丈夫、皆が傍にいれば自分はどこまでも強くなれる。

皆といれば、本当の自分に戻れる。

 

自分の中の感情を抑え、新一は冷静に駐車場への最短距離を計算し、どう動くかをシミュレートする。

 

(運転かぁ。何かあったら弁償かなぁ……)

 

ただ、どんなに頭の中で整理しても車の運転だけは自信が無い。

これまでの経験で、右手でなら運転できるかもしれないが、そんなものの確信もないし、できたとしてもアクセルとかペダルとか右手だけで運転できるほど車も甘くない。

 

こんな事態だから多少のミスは許されてもいい、とは思うけど、流石に弁償とかを考えるとプレッシャーはある。

世界が非常識になっても、新一の中ではまだまだ常識はある。

 

(ええい、ままよ!)

 

そして、考えるのを無駄と判断し、新一は覚悟を決めた。

今は自分の課した役割をこなすことだけに集中する、それが第一。

 

後の被害は考えないようにし、窓から勢いよく躍り出て「奴ら」の集団のど真ん中で着地した。

 

 

新一と二手に分かれたくるみ達は予定通りに正面玄関の元へ向かっていた。

できるだけ「奴ら」と出くわさないようなルートを辿りながら、且つ速やかに移動している。

敵がうろついている校内の移動は彼女たちにとって荷が重いように思われるが、実際はそうでもなかった。

 

新一が常日頃から「奴ら」を駆逐していたことと「奴ら」の大群が乗り込んできた日に再び追い返したことが関係あるのか、校内ではそれほど遭遇しなかった。

もう少し苦戦するかもしれないと覚悟してシャベルを持ってきたくるみは不謹慎ではあるが、肩透かしを食らった気分だった。

 

「あたし、いらなかったな」

「そんなことないわ。今回は運が良かっただけで、毎回こうだとは限らないもの」

「ええ、万が一の可能性も考慮して慎重になり過ぎるなんてことはないものね。前のことだってあったことだし」

「それは分かるんだけどなぁ」

 

少しの冗談にも真面目な二人は真剣に返してくるため、少し圧倒されてしまった。

 

とはいえ、くるみも二人が言わんとしていることは分かるし、それが悪いこととは思っていない。

ただ一つの懸念を除けば。

 

(それを言うなら新一もそうなんだけどな)

 

ここまで生き延び、協力し合ってきたからこそ新一の途方のない潜在能力も必要性も強さも身に染みて理解している。

皆、自分も含めてだが、新一に対しての「万が一」を失念しているように思えた。

 

自分たちとは同じ人間とは思えない力を有し、そこらの運動選手とは比べるまでも無いほどに優れた運動神経、力強さを兼ね備えている。

更には五感能力までズバ抜けて高いときた……ここまでの要素が揃っていると知った今では事件前にあったであろう運動部の部員としてのプライドもちっぽけな物に思えてならない。

もちろん、プライドに関しては意識していないために気にもならないが、くるみの懸念は他の所にある。

 

 

ふと、自分が持っている血糊の付いたシャベルを見下ろした。

 

 

(肉を潰す感触……)

 

今日に至るまで、くるみは新一の監修の下で「奴ら」との戦い方を学んでいた。

「奴ら」の大行進では勇んで武器を振り回し、道を拓こうとしたが、結果としてくるみは「奴ら」の前に屈した。

普段から平和に生き、シャベルを振り回して「人の形をした肉」を叩き潰す経験さえなかった彼女を責められる訳が無い。

しかし、くるみはその時を思い返すたびに自分の無力さを嘆き、嫌悪し、恐怖で満たされる。

 

相手が普通でない、敵だったとしても、「奴ら」を叩き潰した時の罪悪感と嫌悪感はくるみの精神を確かに蝕んでいた。

人の命は一つであっても万金に勝る重みがある、くるみの苦悩はむしろ正常である。

 

最近では夢にまで出てくるほどになっていたが、それでもくるみの精神が異常をきたすほどではなかった。

その原因と言うのが、言うまでもなく新一である。

 

 

 

新一はずっと、こんな気持ちだったのか?

 

 

 

シャベルを通して伝わってくる生命(?)を叩き潰す感触……元が死人であっても気分がいいものじゃない。

それを平然とする者は、もはや人間ではない―――獣だ。

 

情を持つ人間だからこその苦悩を初めて実感したからこそ、新一に既視感を感じることができた。

自分よりも遥かに多く「奴ら」を葬ってきた新一の苦悩は如何なるものなのだろうか?

 

 

(あたしじゃあ、無理だな……)

 

もし、新一がいなくて、「奴ら」を叩き潰す役割が自分だけだったら?

そんな想像をすると、蒸し暑い夏の気温とは裏腹に悪寒を感じて震えてくる。

 

もし自分一人だけで、自分の気持ちを共有してくれる人がいなかったら……どこかで諦めていたのかもしれない。

「奴ら」になったとはいえ、他人を叩き潰して自分だけが生き残る生活に疲れていたかもしれない。

 

もしかしたら、感覚がマヒして危険地帯であろうとも躊躇なく駆けだしては無茶やって、最後は「奴ら」になってしまっていたかもしれない。

 

これはただの想像であるけれども、既にその考えられる最悪を体現した夢を一度見てしまったのだ。

まるで自分じゃないようだった……もはや自暴自棄になっているとしか思えなかった。

 

 

でも、『こっち』のあたしはそうならない。

何故なら、新一がいるから。

 

当初はあたしから新一に頼んで戦う極意とかを教えてもらうよう頼み込んだ。

最初は難色を示していた新一も今の状況とあたしの決意を聞いて、ようやく不承不承にも納得してくれた。

 

「奴ら」と本格的に戦って、初めて新一の立ち位置を理解できた気がする。

新一は危うい、あたしよりも、夢の中のあたしよりも、だ。

 

 

恐怖を感じなければならない。

 

無茶はしてはならない。

 

根拠のない蛮勇を抱いては成らない。

 

 

密かにあたしが決めた三箇条。

この誓いを護る限り、あたしは正気でいられる。

どんなに苦しい現実でも、あたしだけは正気でいなくちゃならない。

 

 

新一、もしお前がどこかで挫けても落胆なんてしない。

お前の気持ちは、あたしが分かってる。

 

 

 

武器を取った少女は苦悩しながら、皮肉にも少年の気持ちの一端に触れることができた。

少年の苦痛を唯一、理解できているとしたら間違いなく彼女だけだろう。

 

 

だからこそ、自分から茨の道を選ぶ。

全てを失った世界の中で正気を保つことが、少年を獣にしない唯一の手だと信じて。

 

 

地獄の中で正気を保つことこそ、最も苦しいものだと覚悟を決めていた。

 

 

 

一同が正面玄関に向かっている頃、新一は苦戦を強いられていた。

 

 

時は数分前から遡る。

 

教室から外に出ると、予想通り「奴ら」がゆったりとした動きで群がってきた。

あまりに遅すぎる動きに拍子抜けして油断しそうな気持に喝を入れて駆けだした。

 

数は多い。それでも新一にとっては止まっているように見えるため、その隙間を抜けていくなど造作もないことだった。

そして、めぐ姉からは車種も色や特徴を教えてもらっていたため駐車場に到着して車に乗り込むまで焦るようなアクシデントも無かった。

 

しかし、その後に自分の迂闊さを痛感した。

 

 

(サイドブレーキってどれだっけ!?)

 

新一は車の動かし方がまるで分からなかった。

 

車に乗り込んで、運転席に座った後で新一は気付いた。

父が使っていた車の構造とはまるで違った。

 

子供のころから父が運転する前にやる動作が記憶にあったことと、ミギーが一度だけとはいえ運転した経験もあったことから新一は無意識的に何とかなると思い込み、結果的には読みを盛大に外した。

 

(えっと、たしか足にあるのを踏めって……)

 

もちろん、事前に持ち主からある程度の操作方法を教わっていたため、全く打つ手がないと言うことはないけど自分の記憶の中のギャップに焦ってしまい、レクチャーした内容も頭から吹っ飛んでしまった。

 

そして、すぐに冷静になれる新一が焦らせる理由はもう一つある。

その原因となるものを見つめて新一は冷や汗を流した。

 

 

運転席の窓にポッカリと空いている大穴を見つめて。

 

(やっちゃったなぁ……これ)

 

割れ、大穴が開いた窓を見て何とも言えない気持ちになる。

 

結果的に言えば、窓は新一が殴って割った。

 

しかし、これはワザとではなく、かと言って不可抗力かと問われれば微妙な所である。

簡単に言えば、車を動かそうと焦っている時に何の前触れも無く「奴ら」が窓にへばりついたのを新一は驚いて反射的に右手を繰り出し、奴らもろとも窓に穴を空けた。

普通なら鋭い五感で気付くものだが、新一は何かに集中したり動揺したりすると五感が鈍る傾向がみられる。

 

車の構造に軽い驚きを覚えた刹那のタイミング、「奴ら」の襲来があって新一は驚き、手を出してしまった。

 

先生の車を破損させた焦りが新一の中で燻り続けていた。

 

(どうするか、謝って許してくれるだろうか……)

 

今まさに車の周りを囲まれているというのに、新一は利き手で「奴ら」を弾き飛ばしながら命の危険よりも車を破壊した罪悪感に悩んでいた。

もはや、この状況に慣れたと言わんばかりの神経の図太さである。

 

そして、四苦八苦しながらも車を操作し、ようやく動かすことができた。

 

(よし、動いた!!)

 

心の中でガッツポーズをしながらゆっくりとアクセルを踏んで前進する。

その際、窓から頭を入れ始めていた「奴ら」の頭部を鷲掴みにして首を捻ってへし折る器用さも見せる。

 

そのままゆっくりとアクセルを踏みながら駐車場から出る時、慎重にハンドルを切って出ようとする。

 

(おぉ、何だかでかいラジコンみたいだな)

 

人生初の運転にある種の感動を覚えながらハンドルを切っていると、そこで嫌な音が響き渡った。

それと同時に微振動が車を揺らす。

その瞬間、浮かれていた気持ちが引っ込んで素の小市民的感情がむき出しになる。

 

(やばっ!! 擦った!!)

 

新一のハンドル捌きが不完全であるために隣の車のバンパーと接してしまい、小気味のいい音を出しながら綺麗なボディに一筋の長い傷を創る。

もはやここまで行くと言い訳などできなくなるほどに。

 

バックして被害を抑えようにも既に車には「奴ら」が群がっているため断念した。

それよりも「奴ら」を振り落とすことが先決だと判断した新一は心の中で先生に謝った。

 

(すみません!!)

 

右手をハンドルに添え、覚悟を決めた瞬間にアクセルを全開に踏み込んだ。

その瞬間、甲高い音とけたたましい衝撃音と共に「奴ら」は盛大に吹き飛んだ。

 

 

 

既に玄関に到着していたユキたちは物陰に身を潜めながら新一の到着を待っていた。

予想よりも到着が遅れている新一に皆は最悪の展開を予想するが、そんな考えを上書きするように轟音が響き渡った。

 

轟音と言うよりも、何かが壊れたり引っ掻いたりするような音だった。

「奴ら」が意味のない破壊をするとは考えられず、必然的に新一と関係あることだと容易に思い至った。

 

「何やってんだ?」

「様子がおかしいわね……トラブルかしら?」

 

くるみとりーさんは純粋に心配しているように見えるが、その実、どことなく不安を覚えていた。

ある種、別の不安を。

 

何故なら、そのぶつかったような音が一定のリズムを保って響いてくるからである。

明らかに人為的に起こされている音に皆は微妙な表情になってきた。

そして、車の持ち主だけは光を失った目で音が響く方向を向いている。

 

「くるま……私の……」

「め、めぐ姉? 大丈夫……?」

 

放心している恩師を必死に慰めようとしているユキの言葉はめぐ姉には届かない。

響いてくる音からして、もはや凄惨な姿しか想像できなくなっていた。

 

恩師を気の毒そうに見つめていたくるみとりーさんは辺りを見張っていた時、視界の端に動くものを捉えた。二人同時にその方向に目を向ける。

 

「「あ」」

 

思わず声に出してしまった。

 

 

血糊をベッタリと付着させ、所々凹んだボディーの車が近づいてきた。

 

うわぁー、と思いながら物騒な外見の車を見つめるくるみとりーさん。

冷や汗を流して近づいてくる車を見つめるユキ。

変わり果てた愛車を光を失った目で見つめる車の持ち主(めぐ姉)

 

その車が玄関前で停まり、派手に空いた窓ガラス越しに乗車してた新一が申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

 

 

「あの、ほんと、すみませんでした……」

 

呆然とするめぐ姉の口から小さく「わたしの、くるま……」と漏れた言葉は誰の耳にも届くことはなく、ただ青々とした空の中へと消えていった。




順調だったのに、ここに来て痛恨のミスを犯した新一くん。
原作では死んでしまっためぐ姉の身代わりとなったのは車先輩。
それにしても「奴ら」は群がっている中でこの面子、余裕である。

ここでのくるみは新一の後方支援という立場となっているため、原作ほどのアグレッシブさはありません。
それどころか、危険に対しては人一倍に警戒し、新一の危うさを理解した点で言うなら、最も新一に近い存在と言えます。

それでは、まだまだ忙しく、遅くなりますが次回にお会いしましょう。

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