寄生少年の学園生活日誌   作:生まれ変わった人

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やっとお時間が少し取れたので投稿しました。
プライベートが忙しかったこととポケモンを探して近所を徘徊してただけなんや……


分岐点

晴れやかな日差しが割れた窓から入り、例外なく部屋が暖められる。

雨が上がった後の晴れはかくも暑く、朝と言えど油断すれば熱中症になるほどだ。

温度が上がっていく中で寝苦しさを覚え、額に浮かんだ汗の量が増えていく。

 

 

 

 

新一の朝は早い。

目覚ましが無くても、完全に気が抜けない状況ということも相まって寝起きには強くなっている。

上半身を起こし、誰もいない資料室を見渡しながらジットリと汗で身体に張り付いた寝巻用ジャージの気持ち悪さに目が冴える。

 

「あちぃ……」

 

気怠そうな声を漏らしながら、布団から立ち上がる。

一瞬、二度寝してしまおうかと考えたが、寝汗で濡れた感覚が気持ち悪く再び寝ようという発想はすぐに棄てた。

 

ただ、暑さからくる寝起きだったため少し意識が揺らいでいるのが分かる。

 

(シャワーでも浴びようかな)

 

欠伸交じりに固まった体をほぐす。

緊張続きで疲れを溜めていた身体が水分を欲していることが感覚で分かる。

皆には休むよう言われているも、残念ながらそんな気は起きない。

 

(まだまだ甘かった。だからあんなことが起こったんだ)

 

今すぐにでも自分の間抜けな頭を壁に叩きつけてやりたい、という気が起こるも内心で自分に対する罵倒だけに抑えた。

新一をここまで追い詰める原因は雨の日の「奴ら」の大量発生であることは間違いない。

 

「奴らは意識が消えても生前の習慣に縛られている、か」

 

あの後、皆とのブリーフィングで判明したことを思い返す。

 

その時のみんなが思ったことを話すだけであったが、その中には新一といえど見落としていた点があった。

「奴ら」の行動パターンが人食いを除けば、ある程度の人の生活パターンに酷似していた。

だから、学校に「奴ら」が集まっていたのだと。

 

(今思えば、校庭や学校内でうろつく奴は皆、先生か生徒しかいなかったもんな……私服の一般人が全くいなかったし)

 

これだけのバイオハザードだ。

今まで学生服の「奴ら」しか確認できなかったことを今になって思えば、疑問に思って然るべきだった。

とはいえ、新一はほとんど不眠不休でくるみたちを陰から護ってきたのだ……本人も自覚していない溜まった疲労が思考力を鈍らせているとしても仕方のないことである。

 

今まで「奴ら」と一番組していたのは自分だというのに。

右手をじっと見つめる。

 

―――もし起きていたならもっと早くに対策を講じることができたんじゃないか

 

自分でもどう思っているかは自覚できないが、無意味な考えを棄てた。

身体の気持ち悪さと相まって気分も滅入ってきたのを感じ、ここでシャワーを浴びることを決めた。

汗と一緒に今の気分も洗い流そうと気持ちを切り替え、洗面用具を片手に新一はシャワー室へ向かった。

 

冴えない頭のままシャワー室に入り、流れるように服を脱いでいくと線の細い身体と……胸の傷が露わになる。

少し筋肉質な身体よりも異彩を放つ傷はあまり見せたいとは思わない。

 

以前はコンプレックスとは違う、何か複雑な気もしていたが今では胸の傷とも上手く共生している。

鏡で一瞥してもあまり気にすることなく浴室へと入った。

 

この後、新一はもっと気を張るべきだったと後悔する。

襲撃直後の溜まった疲労、寝起きで働かない頭……理由は様々だろうが普段の新一なら気付いていただろう

 

―――別のロッカーに入っている脱ぎたての制服にさえ気づいていれば

 

 

 

「……」

「……丈槍さん?」

 

ユキと新一が一糸纏わぬ姿で向かい合うこともなかっただろうに。

 

一瞬、二人は裸同士で向かい合っていたものの、事の異常性に正気に戻り、二人は一緒に顔を真っ赤に燃え上がらせた。

 

「~~~っっっ!!」

「ご、ごめん! すぐに出て……!!」

 

ユキは細い腕で胸と秘部を隠し、新一は挙動不審気味に狼狽えながらも浴室から出ようとするが、出口に手をかけた。

しかし、新一は浴室から出る直前で止まった。

外から足音が聞こえてきた。

 

規則正しい足音から「奴ら」ではないとすぐに分かったけど、こんな所を見られることを恐れて出られなかった。

もし、こんな所を見られたら……色んな意味で死んでしまう!

 

危機感を感じた新一は引き返して逃げるように壁で隔てられたシャワー室に入ってカーテンを閉めた。

しかし、何故か新一の飛び込んだシャワー室にユキまでもが一緒に飛び込んでしまったのだ。

 

「丈槍!? 何でこっちに来たんだよ!?」

「つい、反射的に……ごみん……」

 

ユキとしては、新一の俊敏な動きに何となく危機が迫っていることを察知して新一の元に付いて行っただけなのだが、今回に限ってはそれが仇となっていた。

 

今、新一とユキは裸同士で狭い個室に留まっているが、二人は背中を向け合っているので直接目に映らせていない。

裸も一瞬だけだったため、二人は気にしないよう努めるが、背中同士が触れ合って恥ずかしさもひとしおだった。

 

(丈槍の背中……柔らかいな……)

 

まるで妹のようで、色気も感じさせないほどに幼児体系ではあるが、密着して触れ合っている事実に新一の理性が暴走し始めている。

この気持ちが落ち着くまではしばらくの時間をかけなくてはならない。

 

そして、いつもは天真爛漫なユキも今の非常事態に顔がゆで上がった蛸のようになっていた。

 

(あうぅ……背中が固くて、熱いよぉ……)

 

幾ら子供っぽいとはいえ、ユキも立派な思春期真っ盛りの女の子に違いない。

しかも、つい先日に自分を含めた皆を助けてくれた同年代の男子が自分と同じく何も羽織っていない姿で背中を合わせ合っている……その事実に火照る顔が更に熱くなっていくのを感じた。

 

いつものような軽いノリなど見せられず、チラチラと窺う様子が何とも言えぬ背徳感を生み出し、新一も背後からの視線に気づいているからこそ変な気分になるのを感じる。

 

(いやいや落ち着け! きっと疲れてるんだ! 最近までずっと動きっぱなしだったしな!!)

 

邪な考えを否定するように頭を振って言い訳する。

頭で否定しても背中から伝わる小柄な柔肌があらぬ方向へ理性をふっ飛ばそうとしてくる。

鋼の精神で抗っていると、その衝撃が新一の中に冒険を生んだ。

 

―――シンイチ

(!? ミギー!! ミギーなのか!?)

 

それが幻か、自分の頭の中に産まれた妄想かは分からない。

分からないが、突然現れた親友に新一は一縷の光を見出した。

 

そうだ、俺がピンチの時にはいつも助けてくれたじゃないか。

場面だとかタイミングだとか考えると、自分で自分の思い出を汚している感がして自分を無性に殴りたくなる。ミギーに謝れ。

 

自分を叱咤しながら心の中の親友に助けを求めると、不確かな形のミギーは告げた。

 

 

 

 

 

 

―――シンイチ、生物というのは生命の危機を感じる環境下では自らの子孫を残そうという本能が働くということだ。それを頭で押さえ付けるのは愚かしいことだと私は思うぞ

 

 

 

 

(な、何故今になってそんな話を!?)

 

何を血迷ったか、そう思っていたけどミギーが俺と村野のゴニョゴニョさせようとしていたことを思い出した。

あれ? もしかしてこいつ、未だに性行為のことを未練に思っていたの!?

それだけのために俺の頭の中に現れたというのか!?

俺の感動を返せ。俺に謝れ。

 

 

頭の中で囁いてくる悪魔を振り払いながら現実に戻る。

 

と、とりあえずこの状況を何とかしなくては!

 

「丈槍……も、もう大丈夫だからそろそろ……な?」

「あ、ちょっと待っ……て」

 

外の足音が遠ざかったのも既に俺の耳が察知していたため個室から出ようとする。

丈槍を見ないように背中を見せていたのだが、後ろから腹部辺りに腕を回されて止められた。

 

「た、丈槍? 何を……」

「……」

 

問いかけられた丈槍は俯いたまま俺の身体を離さない。

それよりも、俺はもっと大変なことに気付いた。

 

(腰に当たる二つのフニッとした小さくて柔らかい……ここここここここれってまさか……!?)

 

一つしか思いつかない、その答えに新一は大いに驚き、身体も硬直した。

もはや正気でいられなくなり、頭の中が熱で溶けていくように、思考も支離滅裂で何をしていいのか分からなくなっていく。

 

いくら幼く見えているとはいえ、丈槍は同い年であることを考えると動揺せずにはいられない。

村野でさえもここまで密着しなかったのに、そう思っていると丈槍が静かに呟いた。

 

 

「あのね……今日、変な夢を見たの……」

「ゆ、夢?」

 

 

突然、何を言うのかと思いながらも話しかけられたことで少し落ち着いた。

少なくとも慌てて素っ裸で出て行くことに抵抗を感じるくらいに。

少し落ち着いてきた俺に丈槍は続ける。

 

 

 

 

 

 

何もない、暗い所で私は二つの扉の前に立ってたの。

最初はよく分からなくて、皆を探したんだけどどこにもいなかったから、皆を探そうと扉を開けて覗いた。

 

そしたらね、一つの扉の向こうはいつもの、楽しかったころの教室の風景があった。

皆、同じ教室で授業を受けて、何気ない話で盛り上がって、一緒にお弁当食べて、笑って―――

 

まるで何事も無かったような平和な「がっこう」が目の前にあって、りーさんもくるみちゃんも、めぐねえもそこにいた。

それを見て、今までの怖かった場所が夢だったんだ。本当に帰る場所はそこだったんだ……そう思ってその扉の先に行こうとした時、もう一つの扉が勝手に開いたの。

 

なんだろうなぁ……って思いながらそっちを見たら、そっちはすごく怖くて、悲しかった。

 

 

血を全身に浴びた新ちゃんが無表情で泣いてた。

それだけじゃなくて、腕もナイフみたいな形に変わってた。

 

そして、夢の中の新ちゃんは暗い闇の中へ自分から向かって……消えていった。

 

 

 

 

「私ね、その時思ったんだ。『独りにしちゃいけない』って。そのまま追いかけて連れ出そうと血の部屋に入って―――目が覚めたの」

 

丈槍の話を背中越しで聞いていた俺は何も言えなかった。

多分、答えられなかった。

話してしまうと俺の全てを知られてしまいそうなほどに、丈槍の夢は恐ろしく確信を突いていた。

 

丈槍の夢は恐らく、丈槍の持つ「能力」が原因だと考える。

 

俺はくるみたちから「あの日」の話を聞いて、確信した。

丈槍は加奈ちゃんと同じ能力を持っている。

 

人間でありながらパラサイトを直感的に見分ける能力……本来、人が持っているかもしれない先天的な力。

大抵は観察眼に優れた人か、直感が鋭い人がパラサイトの正体を何となく程度で察するくらいだ。

 

しかし、稀にパラサイトを確実に見分けるような人間も出てくる。

少なくとも俺は二人、そういうことができる人を知っている。

 

そして、丈槍が同じ能力を持っていることにはあまり驚かなかった。

ただ、悲しかった。

 

その力は確かにパラサイトから逃げるにはこれ以上にない最適な能力かもしれない。

こんな世界になっちゃったけどここに住んでいるパラサイトが『奴ら』に後れを取るなんて想像もつかない。

それどころか、人間の大半が死に絶えたことでパラサイトの活動が活発化している恐れだってある。

そんな連中を相手に丈槍の力は正に武器と言ってもいい。

 

 

 

だけど、加奈ちゃんは能力を使って……パラサイトと俺を間違えて、死んだ。

俺のような()()()()はパラサイトはもちろん、加奈ちゃんのアンテナに引っかかる……恐らく、信号で俺とパラサイトを区別するのは嘘だったんだろう。

 

きっと、丈槍にもそんな危険が降りかかることになる。

 

(いや、もうそんなことはさせない)

 

少し弱気になってしまったけど、俺だってもう同じ失敗は繰り返させない。

どんな相手が来ようとも俺が何とかするしかない。

 

(そのためにも、まずは物資の確保が重要だな)

 

俺は何を置いてもまずは物資の確保だと考えていた。

このことは今朝の会議で進言しようとしていたことでもある。

 

多分、今回の意見で色々と思う所があるかもしれない。

現に「奴ら」の大襲撃が起こった直後なのだ、誰もが武器とかの調達をくるみ辺りが提案してきそう。

 

でも、それを含めても俺には考えがある。

 

それに関しては会議の時に言うとして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そろそろ現実に目を向けようか。

 

「どうしたの?」

 

考え込んだ俺を心配しているようだけど、このアホっ娘は自分がどんな状況か忘れているのだろうか?

何か、腰の辺りに柔らかな感触と少し、ほんの少しだけぷっくりとした何かががががががが

 

「た、丈槍……君の悩みとかそういうのは何となく理解した。したんだけど……これはまずい」

「? なにが?」

 

気付け! 最初は恥ずかしがってたのに何でこんな慣れたんだよ!

確かに最初と比べて何か憑き物が落ちた様にすっきりした顔はしてるけど。

少し胸の内を話してすっきりしたのかな、よかったね。

 

じゃあ早く離れようか?

 

「とりあえず、俺はそっち見ないから早く別の所に行ってくれ。もしくは俺が出るから」

「ん~、でも今更だし……」

「そういうことじゃなくて……とりあえず出ようか! こんな所見つかったら俺の立場が……てか、なんで出ようとしないの!?」

「背中合わせならだいじょ~ぶ!」

「な訳あるか!」

 

あまり気にしていない丈槍の様子に業を煮やし、彼女の身体を俺の方に背中を向けるよう回転させて目を瞑った後、背中を押して無理矢理追い出す。

しかし、彼女はこの状況に慣れたのか出ようとせずにブーたれる。

自分が思っていた以上に中身がお子ちゃまな丈槍をどうしようかと悩みながら必死に策を練った。

 

 

 

 

 

―――シンイチ、今の君にこの言葉を送ろう、「据え膳食わぬは男の恥」さ

 

ちょっと待てミギー!! 何でこのタイミングで出てきた!?

いや、これはまだミギーから自立しきっていない俺の心の形というものなのか……にしてもこれはひどい!!

つか、その言葉の意味分かってて言ってんのか!! いや、お前のことだから分かってて言ってるんだろうな!!

時々、俺と村野にそういうことさせようとしてはいたけど、そこまで性行為に貪欲だったっけお前!?

 

思いもよらぬ形で心の友に裏切られたショックとミギーとの思い出を汚してしまった自分に嫌になりがらも頭の中はちゃんと事態の解決法を模索している。

思わぬ展開に少し混乱しかけた新一は強行策に出る。

 

丈槍の脇を抱えて無理矢理個室から出そうとした。

しかし、とりあえず外へ追い出そうとして周りに気が回っていなかった俺は失念していた。

 

「し、新一くん……ユキちゃん……」

 

目を瞑っているけど、その声は確かに聞こえた。

いつも聞き慣れているが、この場では聞こえて欲しくなかった声だった。

 

目覚ましでシャワーに来ていた先生とこんな所で鉢合わせをしたのだろう。

 

 

二人(俺と丈槍)が揃ってスッポンポンの所を見られた。

 

「先生、こ、これには訳g―――」

「二人とも、そこに座りなさい!!」

 

この後、二人そろってメチャクチャ正座させられて叱られた。


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