寄生少年の学園生活日誌   作:生まれ変わった人

14 / 26
雨のち、血の雨~後編~

それはバリケードを造っている時に起こった。

 

朝一番の議題として前々から提案していたバリケードの強化にようやく取り掛かれるようになった。それも、今までのような補強とは事情も違う。

今までは生徒会室を始めとした居住空間までの侵入を阻む目的がほとんどだった。

 

しかし今日行うのは一階の、それも出入り口である正面玄関の封鎖、及びバリケード補強に取り掛かれる。

一番ひどかった一階に行けるようになったのも、身や精神を削って戦ってくれた新一のおかげだと本人にはまだ言ってないものの、心の中で確かに思っていた。

今、一番の功績を上げている新一は武器調達に出かけている。

休むことなく、真剣に自分たちのことを考えているのは素直に嬉しいとは思うが、どうしても新一は働き過ぎだと思わざる得ない。

正面玄関の補強が終わったら新一を休ませよう、皆はそう思いながら残っている机をせっせと運んでいた。

 

 

笑い合いながら語っていたそんな話も、大量発生した『奴ら』と相対することで儚くも崩れ去った。

 

 

 

事が起こった直後のことはあまり覚えていない。

ただ、皆で息が切れるまで逃げては道を塞がれ、引き返し……ただただ必死に逃げてたことだけは頭の片隅に残っている。

幸いにもこの場において欠けている者はいない。

 

「皆さん、大丈夫?」

「はい……何とか、平気、です……」

「つ、疲れたよぉ……」

 

皆、ここにいることは分かるけど怪我をしていないか不安になった。

もし、怪我をしていたら逃げ遅れてしまう可能性が高くなる。

もちろん、この中の誰も見捨てたりなんかしない。怪我をしていたら手当して、肩を貸して一緒に逃げ切るだけ。

私が生徒を見捨てるなんてあってはならない。

 

ユキちゃんと悠里さんは疲れてはいるものの、怪我をした様子もなさそうで安心した。

でも、くるみさんだけが何も言わない。

 

「くるみさん?」

「くるみ? どうかしたの?」

 

何も言わないくるみさんに私たちは心配してしまう。

でも、何となく理由は分かる。

 

くるみさんが震える手で握る。血糊の付いたシャベルを。

 

 

『奴ら』が雪崩れ込んで、一階が瞬く間に制圧されて、何もせず逃げ切るなんてことはできるはずが無かった。

今朝、新一くんの武器の話と今後の心構えを聞いた時からくるみさんは園芸部のシャベルを常備していた。

くるみさんがアテにしていた武器としてシャベルを身に着けていたのが功を奏した。

 

そして、シャベルだけでなくくるみさん自身が『奴ら』の血を浴びて―――汚れた。

 

今の彼女の心など私なんかじゃあ計り知れない。

だから、今は震える彼女の身体を抱きしめるくらいしかなかった。

少しでも彼女の苦しみを理解したい一心で。

 

「めぐねえ……あたし……あたし……」

「大丈夫よ……大丈夫だから……」

 

彼女に罪はない。

罪があるとすれば、まだまだ子供のくるみさんに重い業を背負わせた私こそ背負うべきものだ。

武器が無かったから……そんな言い訳を頭の中で思いついても、この罪は消せない。

まだ不安定な精神に癒えない傷を付けてしまった、それは一朝一夕で克服することなんてできない。

 

それに、私にはこんな時、どんな対応をしていいかも分からないから。

 

今は非常事態だけど、時間が許す限り、安心させてあげたい。

その一心でしばらく背中を擦っていると、くるみさんは鼻をすすり、私の元から離れた。

 

「くるみさん……」

「ごめん……少し落ち着いた……もう大丈夫だよ」

 

目を赤くして、無理して作った少し引き攣り気味の笑顔を見ても大丈夫だと思えず、また癖で胸のリボンを握りしめる。

本当はまだ離したくなかった……でも、今はそれどころじゃないって私も、皆も分かっている。

 

まだ心の傷は癒えてなくても、覚悟を決めたのだろう。

 

私は結局、また彼女の手を汚させる後押しをしただけ。

これが、私のできること。

 

 

だからこそ

 

「皆、絶対に諦めちゃダメ。諦めなければきっと……上手くいくから」

 

 

だからこそ、私はこの子たちを死なせない。

 

たとえ、私がこの命を落とそうとも。

 

 

そして、私の死が皆を悲しませようとも

 

 

 

私は、皆に生きるための道を『教』える『師』としてこの命を使おう。

 

「やべえ! あいつら階段までよじ登ってきやがった!!」

「階段で転倒した『奴ら』が足場になっているのね……めぐねえ!」

 

階段を覗き、まるで泥がせり上がってくるように少しずつではあるが、着実に『奴ら』が迫っているのを見て悠里さんが叫び、思考に耽っていた意識を現実に戻す。

 

「そうね……今は逃げるだけ逃げましょう。屋上なら大丈夫かもしれないし、はしごに昇ることも考えましょう」

 

今はとりあえずそうは言うが、正直言って望みは薄いと分かっている。

確かに屋上なら『奴ら』も昇ってこれないという可能性もあるけど、今もなお階段の下で際限なく増え続け、地面さえ見えない光景を見るとまだまだ増えていくだろう。

このまま屋上に行って、最悪ははしごを昇って逃れてもそこから膠着状態になってしまえば、それこそ危機的状況だ。

雨が上がって、灼熱とも言える真夏の外で過ごすなんて『奴ら』でない限り耐えられる訳が無い。

 

つまり、どの道このままでは状況が好転するなんてあり得ない。

 

新一くんは恐らく、まだ生きている。

しかし、いくら新一くんでもこの数は多勢に無勢……あまりに危険すぎる。

 

 

ここが覚悟の決め時かもしれないわね。

 

「ほら、ユキちゃんも―――」

 

いざとなれば、私が、教師が何とかしないと。

この子たちに悟られないよう、私たちは再び命がけの逃走を再開させる。

へたり込んでいた皆を立たせ、一番不安なユキちゃんを立たせようと手を伸ばした時、それは私の耳に入ってきた。

 

 

 

 

「そっちじゃ……ないよ」

 

ただ、ユキちゃんだけがその場から動かなかった。

いや、動かなかったんじゃなくて私を止めた。

 

俯きながら、迫りくる恐怖に体を震わせる彼女に失礼だけど、気のせいかと思って再び手を伸ばそうとした時だった。

 

「やべえぞ、めぐねえ! 挟まれた!!」

「!?」

 

くるみさんの声に素早く先の廊下を見ると、既に廊下からゾロゾロと『奴ら』が昇ってくるのが見て取れた。

もうあんなに集まって!? 行動が遅すぎた!!

 

この瞬間、私は自分の愚鈍さと見通しの甘さを呪った。

確かに『奴ら』は動きも遅く、階段に昇るような知能さえない―――けれども、それらを補うかのような増殖力、そして集結力が桁違いだ。

 

こんなこと、自覚していたはずなのに……甘く見過ぎていた。

 

そうだ、自分はいつもこうして肝心な時に攻めきれない、脇が甘い所がある。

そんな甘さがあったから、マニュアルのことを忘れ、その責任から逃れてしまった。

 

後方の階段からも、前方からも迫ってくる奴ら……残された逃げ道はもはや一つだけ。

 

 

 

ここで子供だけを置いて逝くことに心残りはある。

でも、こうなってしまった以上、そしてこんな事態を引き起こしてしまった以上、私には責任がある。

それは罪でもあるからこそ、今ここで償う必要がある。

 

新一くんがいたら、こんな物量差を覆しかねないと期待してしまうけど、今はそんな彼もいない。

彼のことだからきっとこの学校に戻って来ているだろうけど、合流するころには私たちは既に死人の波にのまれているだろう。

 

遺された道は一つ、『奴ら』を一手に引き寄せる餌……つまりは囮が必要になる。

少なくとも、ここで全滅するよりはずっといいはず。

 

覚悟を決める時……かもしれない。

 

私は迫りくる脅威の前に、何故か心は落ち着き、次にとる行動を冷静に分析している。

この気持ちがなんなのかは言葉にできないほど曖昧で不確かだ。

 

少しどころか、かなり怖い。

許されるなら一人で逃げだしたいと思ったくらいに。

今のこの気持ちが大人か、教師としての責任かどっちかは分からないけど今までにこんな気持ちになったことは無い。

不謹慎だけど、こんな時になって自分がやっと『教師』になったと思える。

 

これは、恐らく新一くんの影響かもしれない。

 

平和な日常から地獄に変わってしまった現実と向き合い、休むことなく戦い続けた生徒の姿に自分の情けなさを否応なく実感させられ、恥ずかしくなった時があった。

私よりも幼い男の子が自分の命も顧みずに私たちを護っていてくれていたのだ、心が動かないはずが無かった。

 

私たちから逃げず、戦い続けた彼に触発させられたかもしれない。

そして、彼が護ってくれたものを今度は私が護ってあげたいと。

 

意を決して、私が動こうとした時、不意に私の手が掴まれた。

力は強くないけど、私の決意は容易く止められた。

握ったのはユキちゃんだった。

 

「ユキちゃん?……なにを―――」

「こっち!」

「え?」

 

何を思ったのか、ユキちゃんは急に立ち上がって別の方向へ歩き始めた。

突然の単独行動にくるみさんも悠里さんも気付き、戻るように言い聞かせても断固として意見を変えない姿に驚愕した。

そこには、事件が起こってからずっと塞ぎ込み、泣いていた姿などなく、ただひたすらに生きようとする強い姿がそこにあった。

 

「……行ってみようぜ。このままじゃあどっちみち全滅かもしれねえしな」

「ここはユキちゃんの勘を信じましょう」

 

まるで、別人のような姿に戸惑いながらも二人はユキちゃんに付いて行くことを決心した。

二人ともまだ諦めていない。

そして、その三人を支え、諦めさせない人を知っている。

もちろん、私も本当は心の底から信じている。

 

今日まで私たちの常識を破ってきた新一くんなら……と。

 

彼は生きている……そう信じているけどこんな数を相手に私たちと合流するのはほぼ不可能に近い。

だからこそ、私はこの身を、命を懸けて奴らの囮を請け負おうとしたけどユキちゃんの言葉と行動にまた僅かな希望を抱いた。

 

どういう訳か知らないけど、ユキちゃんは新一くんのことになると感覚が鋭くなる。

鋭い、というよりも離れていても彼の居場所が何故か分かる、とのことだった。

 

事実、転校したばかりで学校の生活にも勉学にも慣れていない新一くんを教導するために何度か探したりしてもらったけど、ユキちゃんは何故か新一くんの居場所をピタリと当てたことがあった。

最初は偶然かと思っていたけど、何度も何度も繰り返すうちに、もはや確率とかそういう問題でないと分かるくらい、確実に彼の居場所を探知していたことがあった。

 

ユキちゃん自身は何となく感じで分かるって言ってるけど、それが何なのか分からない。

 

ただ、今のこの状況の中でユキちゃんの勘は地獄に垂らされた蜘蛛の糸のようなものだった。

 

くるみさんたちも、私ほどではないようだけどユキちゃんのそういった『能力』に気付いてるのだろう。

何の抵抗も無く私たちは彼女の後を追った。

 

ただ、彼女の向かう先は私たちでは分からず、向かう先にも『奴ら』の大群で地面が見えないほど集まっている。

死んでしまった人には申し訳ないけれど、どこからともなく現れる様はまさにゴキブリに通じるものがある。

 

「少しはっ」

 

くるみさんがシャベルを振り下ろす。

 

「大人しくっ」

 

薙ぎ払う。

 

 

「しろってんだっ!」

 

突き刺す。

 

ユキちゃんを護るために振るわれるシャベルも彼女の制服も返り血で汚れていく。

廊下が飛び散った血肉で黒ずんでいくが、それに対して嫌悪感を抱く暇もない。

ただ、くるみさんがいくら倒しても減る気配のない大群と精神的に堪える血の匂いに精神が削られる思いだった。

 

走るのが辛い

 

生きるのがこんなにも辛いものなんだと初めて知った。

 

 

でも、止まれない。

止まったら、全てが終わる。

辛くても走れ。

 

本能が疲労困憊の私たちに鞭を打って走らせる。

 

走って

 

走って

 

 

生きたいと願った。

 

距離だけで言えばそんなに走っていないはずなのに、彼女たちからしたら数キロ走ったと錯覚するほどに疲弊しきっていた。

先頭を走るユキも涙でクシャクシャに顔を歪ませても、ただひたすらに走る。

 

しかし悲しいかな、相手は愚鈍とはいえ疲れを知らず、死を恐れずに襲い掛かってくる屍の大群、暴力的な物量で襲い掛かられて無事でいられるはずが無かった。

 

「痛っ!」

「くるみちゃん!?」

「くるみ!!」

 

カランと血濡れのシャベルを落とし、そのシャベルに足を取られてユキの隣を走っていたくるみが転倒した。

ユキと悠里が倒れたくるみに駆け寄ると、手首を押さえて唸っている。

 

「めぐねえ!!」

「大丈夫……慣れないことして手首を痛めたんだわ」

 

一瞬、最悪の結末が頭をよぎるが、見る限りくるみの身体にそういった怪我はないことを確認してホっとした。

そして、何となく感じていた嫌な予感が当たったことを今の状況が言外に伝えていた。

 

くるみが運動部とはいえ、元々は走ることを本業とした陸上部員なのだ。

剣道部や野球部員のように獲物を振り回して思いっきり当てる、と普段は絶対にしないことを今日いきなり始めたのだから、手首を痛めるのは当然の帰結だった。

 

そうでなくても、今は屍といえども生前は生きた人間、仲間、友達。

彼らを手にかける罪悪感は本人の知らぬ間に精神を侵し、その心の乱れがシャベルの握り方を甘くさせ、怪我に繋がったとも言える。

 

そうして、彼女たちは道を切り拓く方法を完全に失った。

廊下の真ん中で立ち止まっていた一瞬の隙に、『奴ら』は逃げ道を完全に塞いだ。

 

「いや……いやよ、こんな……」

 

悠里は全てを諦め、いつもの落ち着いた雰囲気がメッキのように剥がれ、死の恐怖を前に頭を抱えて涙を流す。

頭の中には、何の抵抗もできずに数で押しつぶされながら苦しんで死んでいく未来しか見えない。

 

「ごめん……ごめん皆、あたしの、せいでっ!!」

 

くるみは手首の痛みと同時に、自分が倒れてしまったことへの後悔と懺悔を繰り返し、悔し涙を流して無念さを訴える。

新一がいない今、自分が皆の頼みの綱だと自覚していたからこその涙だった。

 

ここに来て、めぐねえは全てが本当に終わったことを思い知った。

 

自分は何を期待したというのだろうか。

こんな事態を引き起こしたような立場でありながら、護るべき生徒に護ってもらうこと自体が間違いだったのではないか。

最初から、自分が囮になりさえすればこんなことになることもなかった。

 

自分は生徒たちのことを想いながら、心の隅では自分は助かりたいと思っていたに過ぎない。

いや、自分にさえも嘘をついて偽善者でいただけだったかもしれない。

 

(これは、罰だ)

 

その結果がこれ、自分が保身に奔った結果、最悪な事態を引き起こしてしまった。

何もできない、消せない罪を自覚しためぐねえは膝を地面に付けて皆を抱き寄せた。

 

 

まるで、あらゆる災厄から護る母のように

 

 

(私はどうなっても構いません……ですから、この子たちは護ってあげてください!)

 

こんなことしても、無意味なことくらい分かっている。

それでも、こうする以外にできることなど考えられなかった。

 

『奴ら』の気配は後ろを向いていても肌で感じる。

徐々に近づいて来ている脅威に、めぐねえは皆を抱き寄せる力を強める。

 

せめて、少しでも時間を稼げるように。

 

自分の身体を盾にして、僅かな隙を生徒たちに与えるために、自分の命を捧げる大人の姿がそこにあった。

 

これから背中から食われるだろう、そんな恐怖を押し殺し、皆に伝えようとした。

私が食われている間に早く、と。

 

最後の遺言を紡ごうとしたその先は、ユキの一言で止められた。

 

「大丈夫だよ」

 

ユキはめぐねえの身体に腕を回す。

 

突然の彼女らしくない行動に思考が停止するも、ユキは続ける。

 

「りーさんも、くるみちゃんもたくさん頑張ったよね……もう休んでいいんだよ」

「ユキちゃん……」

 

優しく、まるで聖女のように優しい声をかける彼女に恐怖など見られない。

彼女の目には涙が浮かぶものの、それはどこかこの場に似つかわしくないとすぐに分かった。

 

そして、その理由に気が付いた。

 

彼女は、丈槍由紀は絶望していないのだと。

 

 

何故、こんな状況を前に何が彼女を癒しているのだろうか。

 

次に、混乱を極めるめぐねえの耳に予想だにしなかった言葉が入ることになる。

 

「だって、助けてくれたんだもん」

 

『奴ら』は既に目と鼻の先

 

「あの日から今日まで……ずっとずっと助けてくれたから……」

 

 

それでも、ユキは怯えることも取り乱すことも無い。

 

背中越しに『奴ら』からの圧力がかかり、迫ってくる。

 

 

「―――っ」

 

 

これから来るであろう痛みに目を瞑って束の間の苦痛を迎え入れようとした時だった。

 

爆音、そして体を震わせる振動

 

 

恐怖に身を強張らせていた皆は予想に反した出来事に驚愕し、何が起こったのかと反射的に視線を向けると―――教室の壁が破壊されていた。

 

「なっ……」

 

何が起こった、誰も予想できなかったほどの驚愕が皆の死への恐怖を上書きした。

 

それは、『奴ら』も同じだった。

雨に反応して学校に入ってきたように、生前の性質を受け継いでいるかのように意識を目の前の獲物(めぐねえ達)から外して体を硬直させた。

 

めぐねえたちの傍で大破した壁と一緒に、吹き飛んできた『奴ら』が真っ先にめぐねえを食おうとした個体と衝突し、勢いのあまり廊下の窓から仲良く落下した。

 

何が起こったのかこの場の()()()()()()理解できなかった。

 

木造の壁の破片が地面に散らばり、人一人が入れるような大穴が自分たちのすぐ傍で空いたことに混乱を極めていたとき、その穴から出てきた手がめぐねえの手を掴んだ。

 

「ひっ!」

 

めぐねえは悲鳴を上げかけた時、穴から見知った顔が出てきた瞬間に頭が真っ白になった。

 

 

「早くこっちへ!!」

 

 

力強い声と共に、強い力で引っ張られながら空いた穴の中に入ると、そこには心の中で頼っていた泉新一の姿があった。

 

 

 

 

新一は『奴ら』で溢れ返る学校を目の当たりにし、学校の正門前で『奴ら』と戦いながら焦燥に駆られていた。

今まで見たことも無い量の生徒たちの屍が何かを機会に集まり始めたこともそうだが、何よりその数に圧倒されていた。

 

「冗談じゃねえ……何で急に!?」

 

パラサイトと違って知能も無く変則的な力も無いが、その物量差はパラサイトのそれをはるかに凌ぐ。

死を恐れない100の大群が相手ではさすがの新一でも対処できない。

まともに相手をしても潰されるのは自分だとすぐに理解できた。

 

何が『奴ら』を引き寄せたかは今はどうでもいい。

 

最優先は学校に取り残されたユキたちの救出だと認識するが、『奴ら』の大群が校門を埋め尽くし、普通に突撃しても時間がかかりすぎる。

それに、この状況でならきっと上階へ避難しているはずだ、そう思い至った後の行動は的確で早かった。

 

バーベルの棒を振って群がっていた『奴ら』を弾き飛ばした後、その隙間を縫って包囲網を抜けた。

動きの遅い『奴ら』が新一を止められるはずもなく、あっという間にその包囲網を抜けた。

 

「うおおおおおおぉぉ!!」

 

『奴ら』を置き去りに、新一は武器として使っていた血濡れのバーベル棒を校舎の壁に向かって全力投擲した。

失速することも落下するでもなく、ミサイルのように勢いを落とすことなくそれは校舎の壁に突き刺さった。

 

この時、新一は別のことを考えていた。

 

正門は『奴ら』で溢れており、仲間も逃げるなら上の階だろう。

ならば二階から入ればいい、と。

聞く人が聞けば無茶だと呆れるだろうが、生憎と新一は普通というカテゴリーには入らない。

彼にはそんな無茶を可能にする能力がある。

そして、いかなる困難にも尻込みしない度胸もある。

 

故に、実行できる。

 

 

(一つ!)

 

 

一階と二階の窓の中間に刺さったバーベルの棒に向かって跳躍する。

どんな陸上選手でも真似できないほどの跳躍を、人類の壁を越えて新一は跳んだ。

新一を追って来た『奴ら』は宙に向かって手を伸ばすが、届かない。

 

(これで最後!!)

 

追手から逃れた新一は細い棒の上に着地した後、再び跳躍する。

不安定な足場にも関わらず、容易く二階のベランダ手すりに捕まり、転がり込んだ。

中に入ると事件で荒れ果て、血がこびり付いた教室の中で新一は人としての行動原理と、生物としての切り替えの早さを活かして次の行動を速やかに思案していた。

 

(くそ、二階も既に『奴ら』で溢れ返っているのか……っ!)

 

死者への冒涜をする訳ではないが、それでも状況の悪さに舌打ちをする。

耳を澄ませなくても外の騒音で状況を把握する。

遂に階段を上がれたとなると、ユキたちの生存している可能性が減ったが、それで諦めるわけがない。

 

(もう、誰も死なせない!!)

 

脳裏に浮かぶ、好きだった人と失意に満ちた自分を慰めてくれた人の死顔を振り払いながら。

 

 

すぐに耳を澄ませ、集中する。

亡者の唸り声が満たされている中で、生存者の気配を探るのは高い集中力が必要となる。

緊張しながらも心を落ち着かせて耳を澄ませると、ここに来て誤算が生じた。

 

(近い……いや、この教室の前か!?)

 

嬉しい誤算だった。

耳を済ませた瞬間、自分の聴覚が四人分の呼吸と声を聞き取った。

しかも、この自分のいる教室の真ん前にいたため、発見も数秒で済んだ。

 

全員が無事で、しかもお互いに壁一枚挟んだ場所にいたのは本当に不幸中の幸いだと安堵した。

しかし、そんなユキたちの他にもすぐ近くに『奴ら』の大群が近づいて来ていることも分かった。

喜ぶよりも先に救出することに意識を切り替える。

 

(くそ、教室を塞いだのが仇になるなんて!)

 

自分のいる教室の入り口は閉ざされ、外から補強されていることは分かっていた。

時々、どこからか校舎に入ってくる『奴ら』の溜まり場になることを危惧してあまり使わない教室は外から入り口を補強して塞いだため、今いる教室からは出られない。

 

かといって無理矢理入り口から出ても『奴ら』の波にのまれるだけ……どうするかと思っていた時、超人的な感覚が背後から忍び寄る影を捉えた。

自分を背後から食おうとする『奴ら』を振り向きもせず、手を後ろに回して首を掴んだ。

その時、新一は一つの手を思いついた。

 

(前にできたならできるはずだ!!)

 

加奈が死んだ日

 

その時に居合わせたパラサイトとの戦闘の記憶は憎しみで頭が一杯だったため、普段の記憶よりも朧気ではあるが、自分が何をしたかくらい覚えている。

 

仲間が木造の壁一枚挟んだ向こう側にいるのなら、それを壊せばいい。

 

右手でなく純粋な人間部分である左手で成人男性の身体を貫き、それを振り回してコンクリートの壁にぶつけて破壊したことがある。

普通なら指の骨が折れてもおかしくはなく、どんなに軽傷でも少なくとも突き指は避けられない。

また、大人一人分の体重を腕一本で投げるなど普通なら肩が脱臼するところだが、新一はそんな怪我を負わないだけの耐久力と身体能力、筋力が備わっている。

 

そんな新一がバーベルの棒代わりとなる武器を得たなら、答えは言うまでもない。

 

「うおおおおおおおぉぉぉ!!」

 

仲間が危機に瀕してる状況により新一の潜在能力がさらに上がっている。

 

 

万力の力で『奴ら』を壁に向けて投げて―――大穴を空けた。

 

投げた場所も仲間のいる場所から離していたため、直撃はしていないはず。

空いた穴からは投げた個体と激突して幾らかが窓から落ちたのも見えた。

 

「早くこっちへ!!」

 

急に現れたことで怯えられたが、今はその時間さえも惜しい。

少し身を乗り出し、反応の早かったユキと我に返っためぐねえ以外の二人を手を取って引き寄せる。

 

そこでようやく止まっていた『奴ら』が動き出すが、もはや新一の行動に付いて行けるものではなかった。

 

『奴ら』は新一たちが逃げた穴に入ろうと殺到するが、あまりに数が多いことと、我先にと考えることなく無理矢理入ろうとした結果、穴に詰まって数匹の侵入を最後に立ち往生することとなった。

入ってきたのも新一が頭部への蹴り一発で沈ませる。

 

「新一くん……」

「よかった……間に合って、生きてて……」

 

中で合流した新一は蹲って息を切らせる皆と顔を合わせ、全員が無事な姿に心の中で安堵した。

ここに来て不吉な影を払拭できた余韻に浸っていると、腰の辺りに軽い衝撃が奔った。

何事かと見下ろすと、さっきまで気丈に振る舞っていたユキが泣きじゃくる子供みたいに涙を流して新一の腰に顔を埋めていた。

 

「新ちゃん……新ちゃん……!!」

「丈槍……よかった、無事で」

 

恐怖に耐えていた我慢が新一との再会で切れ、感情を抑えられずにいた。

対する新一も非常事態とはいえ、ユキを含めた全員が無事だったこともあっていつもの余裕を取り戻し、嫌な顔をせずユキを迎え入れた。

 

だが、皆が無事だったとはいえ未だに切迫した状況が続いていることに変わりない。

すぐにユキを引き離し、皆の方へ向き直る。

 

「再会を喜ぶのは後にしよう……今は『奴ら』から逃げる手立てを考えよう」

 

皆は破顔していた顔を再び引き締めた。

 

今もまだ、空いた穴に入ろうと伸ばしてくる手は自分たちを探っている。

 

「ひっ!」

 

悠里はさっきまでの恐怖を思い出したのか短く悲鳴を上げ、離れているにもかかわらず更に教室の隅にまで下がろうとした。

 

そんな四人に自分の作戦を伝える。

 

「このままじゃあ穴を押し広げられて入ってきそうだな。これで塞いだら反対のベランダで別の教室に行ってそこから階段に行こう。これくらいで『奴ら』は十分に撒けるし……たしか、三階に続く階段の途中で防火扉はありませんでしたっけ?」

「え、えぇ……あるにはあるけど……」

「なら、それも閉めて奴らをやり過ごすまで籠城してみましょう。とりあえず、これを乗り切れればどうとでもなりますよ」

 

非常事態というのに、まるで危機感が無いのではないかと思うくらいにアッサリと提案した作戦は、現段階において合理的で、それでいて生き残る確率も大きいものだった。

 

いつになく冷静で感情を見せないような新一の様子に驚愕しながらも、こんな状況においてこれほど頼もしい者は存在しない。

 

皆が頷いたのを見届けて満足した後、新一は教室の中を見回して巨大な棚を見つけた。

おもむろに近づき、右手で掴む姿に皆が気付く。

 

「どうすんだよそれ……まさかそれで蓋するってことか?」

「念には念だよ。ここを攻められたら本当に不味いからね」

「無理よ新一くん。その棚は地震対策で天井に固定されて、中身も相当詰まっているから重いのよ」

 

くるみとめぐねえがあまりの力技を止めようと説得し、りーさんとユキはどこか不安そうに見つめている。

 

だが、新一はそんな説得を笑顔で「大丈夫」と軽くかわすと、掴む右手に力を入れて足腰に力を入れた。

 

 

 

その瞬間、天井がミシッと音を上げた。

 

「「「「え?」」」」

「ふっ……重いな」

 

皆の間の抜けた声に気を向けず、更に力を入れ続けていると固定部が天井と共に抉れる悲鳴が聞こえ、天井の一部が膨れ上がっている。

ただ、めぐねえの言う通り棚は重く、新一の腕力を以てしても手こずった。

 

途中まで引っ張られて傾いた棚を掴んだまま深呼吸し、同時に右手に力を入れる。

 

 

右手に青筋が浮かび、筋肉が肥大化する。

明らかに尋常じゃないその変容に皆は息を呑む。

 

そんな腕で新一は少しだけ力を入れた―――つもりだった。

 

 

天井がまるでベニヤ板のように固定部を付けたまま剥がされ、棚がフワっと宙を舞った。

 

「「「へ?」」」

(……あり?)

 

材質が紙でできているかのように軽々と投げたことに一瞬、本人を含めた皆が呆けるもその直後に起こる轟音に身を震わせた。

 

「……っ!?」

 

重量感ある音と同時に巨大な棚はその形を歪めながら大穴を塞ぐように横たわる。

棚はガタガタと向こう側から押されて物音を出して揺れるも、その重量故に動かすことが叶わない。

 

そして、そんな重量を片手一本で軽く投げた新一の腕力に絶句する。

 

「いやいやいや……」

 

それほどまでの棚を投げた新一の腕力に唖然するが、本人は全く気にしないように向き直った。

 

「……じゃ、急いで避難しよっか」

「「「「う、うん……」」」」

 

涼しい笑みを浮かべる新一に皆はただ頷くことくらいしかできなかった。




オチがこんなんですみません。

「奴ら」が相手だとパラサイトと違って脅威度が若干低くなるのでヌルゲーになってしまいました。
最後はかなり呆気なくなってしまいましたが、新一が本気出し過ぎたらこんなもんだろう、と思ってこんな感じになりました。
こっちの新一は村野を始めとした人の死で凄く用心深く、力を使うにもミギーという抑止力もいないから原作よりもそう言った方向の自重はあまりしないという設定です。

それを考えるとミギーって本当にパワーバランス的にやばい存在だったと思い、作者的には出さなくて正解だったと思いました。

今回は盛り上がりに欠けましたが、この作品にとっての本番は実質、みーくん加入時になると踏んでいます。

次回からは別の場面、日常回を挟んでデパート編になります。
そのあたりから本格的に自重しなくなります。

それでは、また次回にお会いしましょう!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。