寄生少年の学園生活日誌   作:生まれ変わった人

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長らくお待たせしました!

直す前とは大筋は変わりませんが、とりあえず直しました!

リアルも忙しく、両立は難しかったです!
今回も、とりあえずは直したのですがまだまだ不安です。

また、変な所があれば指摘お願いします!


雨の日の前に/救出

目が覚めると、日の光が当たった天井が見えた。

頭の中にもやがかかっているように、はっきりしない。

そんな状態で上半身を起こして欠伸を一つ。

 

静かな欠伸の後は、まだ重い眼を手で擦る。

 

心地よく温まった布団の中に入りたいのを我慢し、名残惜しいと思いながらも立ち上がって邪念を振り払う。

おぼつかない足取りで洗面台のところへ向かう。

 

蛇口を捻って顔を洗った後、鏡で濡れた自分の顔を見てふと思った。

 

(前髪伸びてきたな……)

 

事件以降からほったらかしにしてきた前髪を指先でこねくり回す。

年頃の男子高生なら髪型を気にするだろうが、残念ながら新一に至ってはそんな青春じみた物ではなかった。

 

「目線にかかるのは致命的だよなぁ、これ」

 

最近、奴らを相手に戦うことも増えてきたのだが、伸びた髪の毛が僅かとはいえ視界を遮るのは得策ではない。

奴らは鈍く、動きも単調だが数だけは別だ。

奴らは場所を問わず増えていくため、いつでも、どこからでも現れる習性だけが堪ったものではない。

そんな時、僅かとはいえ視界を遮られるのは不安でもあり、不幸な事故に繋がらないとも一概に言えない。

 

それに個人的には鬱陶しくも思っていたからいっそ切ってしまおうと思ったのだが……それは思いとどまった。

もっと簡単な解決法があったからだ。

 

前掛かった髪を手櫛で豪快にかき上げ、疑似オールバックを作る。

オールバックの自分の顔を見て懐かしさを覚える。

 

(なんか、久しぶりだな……この髪だと何となく気が引き締まるというか)

 

こんな髪型にしたのも、最初は体の右側が重いとか……そんなんだっけ?

今にして思えば、あの時はミギーを重荷としても見ていたんだと思う。

もちろん、今はもうミギーのことを重荷なんて思っていない。

今、こうして皆と生きていられるのも、全てを含めてミギーとの出会いに間違いはなかった。

 

今、そんなあいつはいない。

正確には眠っている、だけどこんな静かな時間は久しぶりだ。

 

 

 

 

だから、少し羽目が外れていたのかもしれない。

 

(あ、今のなんかテレビのCMっぽい)

 

髪を固める意味合いで濡らした髪をかき上げる自分……そんな姿を鏡で見て不意に思った。

 

おれ、意外とサマになってる?……と。

 

そう思った時、辺りを見回して誰もいないことを確認する。

誰も見ていないことを確認すると新一は再び鏡に向き直る。

 

そして、オールバックの状態で引き締まった表情を披露した。

 

(お)

 

手で再び髪をかき上げた状態で止まり、キリっと鋭い横目で自分の横顔を目だけ動かして眺める。

 

(おお)

 

さらにキリリっとさっきよりも気合を入れて鏡を眺める。

何故だか、言い知れぬ高揚に無意識に悦に入った笑顔を見せる。

 

「もしかして、おれって結構イケてたりして……」

 

鏡の前で置いてあった櫛を取り出し、髪を丁寧にセットする。

ミギーがいたころなら、無機質な茶々にやる気も失せていただろうが、そんなミギーも今はいない。

もちろん、他の人もいない。

 

皆がいる前では頼もしくあろうとしている新一も、一皮剥ければ普通の男子高校生だった。

 

 

 

 

連日に続く戦闘と緊張状態で油断が許されない日常の中、ようやくめぐねえ、りーさん、くるみと和解できたのだ。

その時の嬉しさと不安からの解放が急にやって来て、新一の羽目は自分でも思っていた以上に外されていた。

もはや、自覚できていないほどに。

 

(……よし)

 

タガが外れた新一は意を決して、洗面台とは別の体全体を見れるほどの大きい鏡の前に立つ。

その鏡は、何故か学校の備品として置いてあったものだ。

 

朝っぱらから鏡の前でファッションモデルポーズをとっては内心で自画自賛している。

 

(ん~、なかなか)

 

主観ならともかく、客観的に見たらどう思われるか想像に難くない、ナルシスト全開なポージングに笑みを浮かべる。

 

こんな思春期男子が将来、自分の学園生活を振り返って「バカなことしてたな~」なんて思い出し笑いするような若気の至りに没頭している。

男であるなら自分の容姿に少なからず自信を見出すものだ。

 

新一の行動は何らおかしくないし、学園生活の微笑ましい一コマとして将来の思い出となるだろう。

 

 

(ふふふ、おれを祝福するのだー)

 

いつか、どこかの漫画で見たような大仰な会心のポーズを決めて鏡を見た。

そこにはスタイリッシュなポーズを決める、唯我独尊な自分。

 

 

そして、寝間着姿でこっちを見ているめぐねえたち三人の姿。

 

「っ!?」

 

新一の舞い上がっていた頭の中は一気に冷め、想像を絶する寒気を感じながら振り向くと、そこには鏡に映っている面々が出揃っていた。

 

 

「うぶ、くくく、ごほ、ごほ! ゲフンゲフン!」

「こら、ぷす、くるみ……っ! 本人の前でぷす、止めなさい失礼、でしょ……っ!」

 

めぐねえの隣では笑いすぎて過呼吸を起こしかけてるのを咳してるように誤魔化すくるみと、小さい声でくるみを注意しながら声を震わせて呼吸をプスプス漏らすりーさん。

 

今回のように油断しきった時には全く機能しないくせに、りーさんの気遣いを台無しにする超人的な聴覚をこの時だけ呪った。

 

夢か幻であってほしかった現実は、新一の正気に戻った頭に冷水をぶっかけられた感覚を覚えた。

 

自分がナルシスト全開で取っていたポーズを同級生……ましてや女子に見られたのだ。

幾ら、新一の立ち直りが早いとはいえ、今のような生き地獄からの復活など即座にできるものではなかった。

 

そして、第三者の立場であるめぐねえが困ったように、そして傷付いた教え子を救うような慈愛溢れるお言葉をくれた。

 

「あの、格好良くなりたいと思うことは男の子にはよくあるから……さっきのポーズは恰好よかったわ」

 

この時、力なく床に突っ伏す新一はまた一つ、世界の真理を学んだ。

 

 

時に優しさは、どんな暴力よりも人を傷つけるということを。

 

 

そんな無情な現実とは裏腹にくるみの理性のは限界を迎え、決壊したダムから溢れる水のように、特大級の大爆笑が学校に響き渡った。

 

 

 

 

 

くるみが爆笑し、新一がショックから立ち直った後には丈槍を除く全員で朝食に入った。

結局、新一はオールバックのヘアスタイルで通している。

 

新一も先生やくるみたちと和解するまでは一人で味気ない非常食をかじるだけの日々が続いていただけあって、久しぶりに集まって食べる朝食に感動すら覚えていた。

本日は残っていたパンや卵を使ったトーストと目玉焼き、シンプルながら食欲を直撃した一品は大絶賛を受ける。

 

作ったのはりーさんである。

 

「美味い」

 

トーストを食べ、新一は思わず口に出した。

素直な感想に作ったりーさん本人も満更じゃない様子で手に口を当てる。

 

「ただ焼いて味付けしただけよ。そんなに大したものじゃないわ」

「いや、でも新一の言わんとしてることは分かるよ。なんつーか、普通に美味い」

「くるみまで、褒めても何もでないわよ」

 

自分としては手の凝ったことはしたつもりはないが、二人からの高評価に顔を赤くする。

優雅にほほ笑むその顔に、先日までの暗い面影はない。

 

そして、一緒に食べていためぐねえも同意するように続ける。

 

「そうね……こうして皆と食べるということさえ最近は無かったから、そういうのもあるのかもね」

「……確かに、そうかもしれません」

 

新一が遠い目をしてめぐねえに同意する。

 

色んな、大切な人を失ってきた新一だからこそくるみたちよりも多くの感慨をめぐねえの言葉から受け取っていた。

 

そんな新一の様子を訝しげに思う者はここにはいない。

新一の過去の片鱗に少し触れた三人は新一の様子を特に気にすることなく、くるみがめぐねえの変化に気付いた。

 

「そういや、めぐねえは髪切ったんだな」

「佐倉先生でしょ。もう……昨日のシャワーの時にちょっとね」

 

内心で手遅れだと気付きながら既に定着されたあだ名を訂正する様美式を繰り返すも、どこか思い切ったと言わんばかりにウェーブのかかった髪をフワっと持ち上げてアピールする。

確かに、そう思ってよく見てみるとめぐねえの後ろ髪が無くなっていることに今更気が付いた。

 

こういう時、女子はこういった変化に敏感になるってよく聞くけど本当のようだ。

 

「前の髪も似合ってたのに勿体ないですよ」

「長い髪にするのって結構大変なのにな」

「ありがとう悠里さん、くるみさん。でも、こんな時だからちょっとした気持ちの切り替えも兼ねてみたの。今のは変かしら?」

 

不安そうに、自身の髪型の良し悪しを聞くと二人は「そんなことない、似合っている」と肯定的な返事で返す。

素直な賛辞にめぐねえも嬉しそうに顔を綻ばせ、和気藹々とした空気が流れる。

 

流石の新一も女性陣の空気には入れず、一人で黙々と食事を取っていると生徒会の扉が開く。

それに釣られて皆が扉の方を向くと、そこには見知った顔があった。

 

「ユキさん……」

「……」

 

さっきまでの和気藹々とした空気は霧散し、誰もが驚きの表情を浮かべる。

 

今まで、塞ぎ込んで布団の中から出てこようとしなかった丈槍が久しぶりに姿を見せたのだ。

驚かない訳が無い。

 

普段の明るさは成りを潜め、俯いている姿は普段の彼女からは想像できないが、そんな彼女の姿に驚きはしたものの、反面どこか嬉しさがあった。

 

驚きながらも、彼女が布団から脱却して自分から活動したという事実に少なからず安堵はした。

まだ暗さや不安が窺い知れるものの、彼女なりに現実と見据えていることを表す姿なのだから。

 

丈槍は丈槍なりに戦っている、その姿に新一たちは光を見た気がした。

だから、皆は普段と違わないありのままの姿で彼女を迎え入れようと思った。

 

彼女が安心して戻ってこられる場所を作るために。

 

「ユキ、そんなとこでボ~っとしてないで早く飯食っちまえよ。今日のは美味いぞ」

「悠里さんの作った料理は美味しいわ。温かいうちに食べましょう?」

「でも、食欲が無いんだったら無理しなくていいわ。ラップに包んで後で食べてもいいからね?」

 

皆が皆、優しく丈槍を迎えようと明るく接する。

 

―――私たちはここにいる、だからお前もここに戻ってくればいい。

悲しんでもいいから、いつものように笑ってくれ。

 

きっと、皆は丈槍にそう言っているのだ。

皆だって辛い筈なのに、だ。

 

だから、人はここまで優しくなれる。

自分の辛さを自覚しているからこそ、他人に共感できるから。

他の生物とは決して分かり合えない、だが、人間同士の話ならその限りでない。

 

皆は、感じ取っているのだ。

自分がしてほしいこと、そして丈槍に必要なことを。

 

皆、平和だった日常に帰りたがっているからこそいつも通りに暮らそうとしている。

箸を突っつき合って、笑っていた時のように。

 

「くるみちゃん……りーさん……めぐねえ……」

 

他の人から見たら、それは一種の現実逃避なのかもしれない。

こんな笑えない状況の中で、笑顔を浮かべること自体が場違いなのはわかっている。

でも、それは決して悪いことじゃない。

 

人間はそうやって自分を癒し、心を整理させていくのだから。

 

そして、それは現実と向き合う中で必要不可欠なことに変わりはない。

感情が豊かで、心が暇だった分、今のような地獄は厳しいかもしれないけど、決して立ち直れない訳じゃない。

 

何事においても動じないパラサイトが持っていなかった、「心の癒し」も人間たる所以なのだから。

 

「ううぅぅ~……」

 

懐かしい、楽しかった日常を彷彿させるくるみたちの言葉に感極まった丈槍は双眼から涙をポロポロ零す。

それは楽しかった日々への懐古なのか、それとも今の現実に見出した一筋の光明からか……はたまたその両方からなのか。

その答えは本人のみぞ知る。

 

(やっぱり、強いな皆は……本当に……)

 

めぐねえが丈槍を抱きしめ、くるみもりーさんも涙ぐむ光景を新一は、眩しいものを見るかのように細めた目で見つめていた。

 

自分にはパラサイトの影響かも分からない、不自然な生物としての力がある。

そして、それは自分の力で得た物ではない……ハッキリ言ってミギーからの借りものばかりだ。

身体能力や精神力だって、ミギーがいなかったら得られることは無かった……更に言えば、自分の力で得ることは絶対にできなかった紛い物だ。

自分はミギーの力に頼って、今の状況に適応し、こうして活動できている。

 

でも、彼女たちは自分の足で、自分の意志でこの現実と向き合おうとしているのだ。

誰かから前借した力でもない、紛れもない自分の力で立ち直り、笑顔を忘れない覚悟と強さを得たではないか。

皆は自分が強いと言うけれど新一はそうは思わない。

 

例え、自分の行動がきっかけだったとしても、彼女たちはその中から何かを見出し、それを自分の強さに変えたのだ。

 

自分のような、もらい物とは違う、確固たる強さ、輝きを持っているのだ。

 

だから、その強さに憧れ、護っていきたいと思えるような尊い物だと分かる。

 

 

―――そうだよ、これが人間なんだよ。

 

 

この力がもらい物だとしても、自分の意志が皆より劣っているとしても。

護れるものがあるなら護りたい……皆を絶対に死なせるようなことはしない。

だから、目の前の尊い輝きを、強さを護れるようになりたいと、そう願う。

紛い物の力だとしても、皆を護ったから目の前の光景が広がっている。

 

そう思いたい。

 

そして、皆のささやかな笑顔を護ることが自分を救うことだと信じている。

この気持ちが、人間である最大の証拠だから。

 

 

視線の先に広がる、「優しい世界」を前に新一は改めて、必死に生きようともがく少女たちを護る決心を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょっと」

 

若狭が机を運ぶ。

三階の、『奴ら』がいない教室の机を拝借してきたものだ。

何も入っていない、軽い机でもそれを持って行ったり来たりをすると体力的にもこたえる。

 

「ふぅ……」

 

朝食の後から昼まで通して作業を続けていた若狭は溜め込んだ疲れから、机を置いて一息つく。

少し休憩していると、人の気配を感じて視線を向ける。

 

「お疲れ若狭。大丈夫か?」

 

自分と同じように机を持った新一だった。

いや、彼は机を二つ持って、自分よりも多く往復を繰り返している。

 

誰よりも精力的に事に当たっている姿に若狭も破顔する。

 

「新一くんもお疲れさま。私は大丈夫よ」

「いや、無理しなくていいよ。疲れたら素直に休んだ方がいい。いつ、何が起こるか分からないんだしさ」

 

新一の少し過剰とも取れる気遣いに目を細めた若狭がため息を吐く。

 

「それを言うなら新一くんよ。こうして机運びと一緒に周りを警戒させてるもの。私たちよりも働いてるでしょ?」

「必要なことだし、おれはおれのできることをしてるだけさ。おれにできることは可能な限りしないとさ」

 

現在、新一たちの他にも先生やくるみ、そして塞ぎ込んでいた丈槍も一緒に机を積み上げてバリケードを造っている。

そのため、新一が『奴ら』を追い出して確保した机を一か所に集め、それをワイヤーで固定する工程を四人で行っている。

 

そして、新一は皆の倍以上に働いている。

皆が協力しているとはいえ、その労働量に若狭も心配を隠せない。

 

「私たちよりも耳も、目もいいかもしれないけど……あまり無理しちゃだめよ? 健康あっての体なんだから」

「大丈夫。体力も自信あるし、こんなことはもう慣れてるから」

「……それが心配なの」

 

事件が起こってから幾ばくの日が立った今日この頃。

新一はずっと孤独な戦いをして、自分たちを護ってくれていた。

 

そして、屋上でのやり取りで既に新一への恐怖心は拭い去った。

 

彼の優しくて、悲しそうな目に恐怖が消えた。

あの時、くるみと一緒に目が腫れて、シバシバするまで泣いた後、くるみと一緒にすごく恥ずかしくなって顔を真っ赤にしたのを覚えている。

 

でも、その後のすっきりした感情はとても心地よかった。

今では自分たちのモヤモヤした気持ちに整理を付けさせてくれた新一への不信感はもうない。

ただ、今のように身を粉にして皆のために動いてる姿に申し訳なさを感じるほどだ。

 

逆に、今朝見せたようなドジな所とか、少し抜けている面を見れて安心できるとさえ思う。

ここ最近、彼の気が張り詰めているように見えるのも気のせいじゃないはずだ。

 

「ここ数日でも休んでる所見たことないわ。朝も昼も夜も見てるけど……心配してくれるのは嬉しいけど、休まなきゃ駄目よ。ご飯だって私たちに遠慮して少なめに食べてることくらい知ってるんだから」

「う、うん……」

 

予想以上に心配されてたことに新一も面を喰らったように曖昧に返す。

自分がよく観察されていたことを初めて知ったからだ。

ちなみに、りーさんはご飯の後の新一の物足りなさそうな気配を何気なく感じ取っていた。

無口な妹と同じ反応だったから何となく分かった。

新一は大食漢なのだと。

 

久しぶりに見た母性に新一は何だか変な気分になる。

少し恥ずかしくなって目を逸らし、むず痒い空気を破るようにおどけて言う。

 

「そ、それはそうと、まだまだ運ぶものも多いから早く行こうか?」

「あ、新一くん!?……もう」

 

慌てて机を持って先に行く新一に手を腰に手を当てて如何にも怒っています、と言いたげな表情を見せてくる。

 

少しうるさく言い過ぎたか?

一瞬、そう思うも、こういった小言は必要不可欠だと思い直す。

 

 

その脳裏にはつい最近に行った学級会を思い出していた。

 

 

 

 

新一と和解した直後、皆を交えて現状把握とこれからの方針について話し合った。

その時は新一のこれまでにまとめた『奴ら』に関するノートを皆に見てもらい、様々な意見を交わすこととなった。

 

その過程で、新一が実験と称して『奴ら』と複数戦闘を行ったことについてめぐねえはもちろん、若狭やくるみにまで咎められて反省したことは記憶に新しい。

 

そして、話の議題は『奴ら』だけに関することではなかった。

それはめぐねえの一つの質問がきっかけだった。

 

「今回の事件……パラサイトと関係はあるのかしら?」

 

生徒会が使っていた机に座っていためぐねえが挙手して疑問を新一に問う。

同じ卓に座っている若狭やくるみもホワイトボードの前に立って司会進行役を務めている新一に無言だが、めぐねえと同じ疑問をぶつける。

 

そんな彼女たちを一瞥した後、新一は迷いなく言った。

 

「それは無いと思います。この件にパラサイトは関係ない、それどころかパラサイトにとっても不測の事態だと思っています」

「何でそう思うんだよ? パラサイトは人の頭を乗っ取って活動するんだろ? 今の『奴ら』を見てるとそうとしか思えないんだけど……」

 

くるみがさらなる疑問をぶつける。

 

今まではめぐねえだけが知っていたが、こんな事態になったことと、既にパラサイトとの交戦経験があることから、自分の転校前の学校について明かしていた。

自分が西高出身だったことを伝えると、案の定というか二人は驚いていた。

 

この十年間で最も衝撃的な新生物・パラサイトが世間に知れ渡るきっかけとなった舞台ともなれば世間での認知度も高いのだろう。

その後、二人が妙に優しくなったのには複雑な気分になった。

 

それは置いておき、今は疑問に答えるためにマジックを使ってパラサイトについて説明する。

 

「確かにあいつらは人の頭を乗っ取って活動するけど、その際にパラサイトは頭部が変形して顔を変えたり、刃を出して物凄い速さで獲物を斬りつける攻撃方法が主流なんだ。それに対して『奴ら』は動きものろい上に攻撃方法は噛みつくだけ。手で掴んで動きを止めた後に噛みつくといったこともするけど、基本は噛みつくだけのワンパターンなんだ」

 

パラサイトと『奴ら』の違いをホワイトボードに書き、上手いとは言えない絵でパラサイトの変形した図を描く。

 

「それに、パラサイトは凄く知能的で下手な人間よりも頭がいい。一日で日本語をマスターできるくらいだから当然、作戦を立てたりとかする。でも、外の『奴ら』にはそういった知能はあるようには思えないんだ。階段に突き落としても昇るのに四苦八苦してたり、試しに一人捕まえて顎を砕いたんだけど、それでも噛みつこうとしてたから、そう言ったところも対照的だった」

「あぁ……うん……」

「あ、あまり無茶しないでね……」

 

最後の所では皆がドン引きしてた。

そりゃあ階段から落とす、とか顎を砕くなんて真顔で言えばそんな反応は仕方ない。

少し無神経だったのを反省しながら司会を続ける。

 

「あ、後はそうだな……パラサイトは基本的に繁殖方法がないんだよ。パラサイトは乗っ取った体は純粋な人間だから、パラサイト同士で子作りしても生まれるのは結局、人間の子供なんだ。だから噛みついて仲間を増やすってことはできないはずなんだ」

 

その話に全員が納得したように頷くが、ここでくるみが引っ掛かった。

気になることができ、挙手すると促された。

 

「あのさ、パラサイト同士で子作りって言ったけどよく知ってるよな。そんなニューステレビじゃあ全然やってなかったけど」

「あ、あぁ~……」

 

そして、新一も言いにくそうにしながら、少し悩んで正直に答えることにした。

 

「えっと……一度、西高の女教師としてやって来たパラサイトが実験で子作りした、とおれに……」

「ぶっ!?」

 

衝撃的な事実に一同は驚愕したが、その中でも一番反応が大きかったのはめぐねえだった。

 

「きょ、教師でありながら性行為を実験なんて……っ! ましてや、それを生徒に報告なんて何を考えてるのその人は!?」

「それがパラサイトですよ。奴らに情なんてありませんから」

 

これが普通の反応だよなぁ……なんて思いながら顔を真っ赤に、席から立ち上がってして今はいない田宮良子に怒りを表しているめぐねえに新一はしみじみと思う。

 

(やっぱり普通の人からしたらパラサイトって色々と理解できないんだよなぁ……)

 

自分はこうして長く、付き合ってきた数も多かったから麻痺してたけど奴らに情は無い。

最期の田宮……田村玲子は例外だが、パラサイトは自分の生存と興味あることに忠実だ。

くるみたちも子作りを実験と言ったことが気に入らなかったのか、厳しい顔をしている。

 

とりあえず怒りに燃えるめぐねえを宥めて、話を進める。

そのパラサイトはもうこの世におらず、子供も人間の元に送られるために今は施設に入っていることを伝えると渋々ながらも納得した。

 

「とりあえず、パラサイトは自分の好奇心に合ったことや、自分の生存にしか基本、精力的に動くことは無いんだ。そして、こんな大規模なテロ染みたことをすれば国の軍隊も動くし、何より自分の住処である人間社会を無暗に荒らす真似は絶対にしないはずなんだ。おれの経験則では」

「なるほどな……」

 

とりあえず、今まで挙げてきた例と、『奴ら』と対照的な点をボードに書いていく。

そして、そこで若狭が挙手したから指摘する。

 

「あの、パラサイトって自分の生存に精力的って言ってたけど……こんな状況になった時、どうなると思う?」

 

……やっぱり気になるか。

若狭は頭の回転が速いから、何となく察しがついてしまったんだろうな。

 

でも、それはおれも考えてたし、この機に奴らの危険性も教えておいたほうがいいかもしれない。

 

「……多分だけど、パラサイトが『奴ら』を殲滅するか、生き残った人間か同じパラサイトと徒党を組むか……物資、人間を食うために人を襲う……考えられるのはそれくらいかな」

「……そう、なのね」

 

おれの予想に若狭は俯きながら目を伏せる。

 

この数日、若狭と過ごし、少しずつ彼女のことが分かってきた。

彼女はこういった不測の事態とかに凄く弱く、気持ちもすぐに下がってしまう。

先生を除けば、この中で一番頭の回転が早く、その分、不安なことまでも容易に予想しては更に落ち込んでしまうようだ。

 

誰よりも頭がいい……というよりも誰よりも大局を見れる彼女だからこそ今の現実を重く見てるのだろう。

 

「大丈夫さ」

「え?」

 

だけど、やっぱり落ち込んだ顔は見たくはない。

安心してくれるか分からないけど、今は言葉で示す。

そして、これはおれの決意の改めでもある。

 

「おれが若狭を護るよ。パラサイトだろうが外の奴らだろうが、若狭には指一本触れさせないし、傷もつけさせない。だから、安心してくれ」

 

そうだよ。

パラサイトの相手はおれにしか務まらない。

もし、最悪の時はおれが全力を尽くさなければ皆が死んでしまうから。

 

ただ、ちょっとした決意表明で若狭は少し呆然とした後、途端に顔を真っ赤にしてらしくない慌てた声を上げる。

 

「し、新一くん……その、恥ずかしいわ……」

 

目をそらして顔を真っ赤にする若狭と周りで聞いていたくるみたちが茶々を入れてくる。

 

「おーい、口説くのはいいけど私たちがいるのを忘れんなー」

「確かに、こういうのは青春ではあるけど……せめて二人きりの時の方が……」

 

二人の声に少し疑問に思ったけど、少し考えて、自分の発言の意味に思い至った。

 

お、思わず本音と決意表明を兼ねて言ったんだけど、今になって思い返すと恥ずかしいなこれ……っ!

 

「いや、口説きとかじゃなくて……っ! そんな深い意味というか、何も若狭だけじゃなくて、皆も護るから……」

「はっはっは! そんな照れんなよ。今のは中々グッときたんじゃないか? なあ、りーさん」

「男の子からのアプローチ……こんな学園生活に憧れてたわ……」

「も、もう! くるみもめぐねえも真面目にしてください!」

 

狼狽えて変なこと言ったけど、若狭の気も紛れたからこれでよしとしよう。

 

 

そう、おれは皆を護る。

彼女たちが今もこうして生きていられるのは運が良かったからだ。

そして、おれはその運を更にこじ開けた……というのは少しおこがましい気がするけど、おれはこの力で皆を護れたのは事実だ。

 

だからこそ、おれには『皆を生かした責任』がある。

 

こんな果てのない地獄の中で、来るか分からない救助を待つだけの生活なんて普通の人では耐えられない。

楽しかった日常を懐古し、下手したら現実逃避に陥ってしまうことだってあり得る。

ある意味、あの時に死んでいたらこんな苦しみを背負うことなんてなかった。

未だに立ち直れないでいる丈槍が危なそうだ。

 

別に現実逃避が悪いわけではない。

あれは、人間の心を癒すシステム、言わば一休みの期間みたいなものだ。

実際に丈槍がそうなったとしてもおれはそれを責めないし、やることは変わらない。

 

 

死んだ者には死んだ苦しみが、生きている者には生きているからこその苦しみがある。

 

 

多分、丈槍はその苦しみを人一倍に感じていると思う。

常々思っていたけど、あの子は人の気に敏く、感情も豊かだ。

この中でも、人間の魅力に溢れている子だと言っても不思議じゃない。

 

だからこそ悲しみ、今も立ち直れないでいる。

 

 

だから、おれが立ち直れる時間を作り、それを護る。

 

 

もちろん、丈槍だけじゃない。

皆だって本当はこの現実が夢であってほしいと願っているはず。

それを考えれば、皆だって現実逃避するかもしれない。

 

皆には時間が必要だ。

 

 

気持ちの整理を付ける時間、そしてそれを可能にする安全も。

おれは既に、この現実に納得“してしまっている”から心配はない。

 

そう思っていると皆が神妙な、というよりも少し訝し気におれを見てきたのに気付き、疑問に思った。

 

「えと、どうかした?」

 

何か変なこと言ったか?

それとも気付かぬうちに引かれるようなことしたか?

そう思っていると、くるみを筆頭に何やら言いにくそうに、言葉を選びながら答える。

 

「いや、なんつーか……勘違いだったら悪いけど、あまり思い詰めてるんじゃないかな

って……思って」

 

……そんな顔してたのか?

少し考えに耽っていたからか油断してた。

 

その証拠にくるみのように先生や若狭もくるみと同じだった。

 

「そうね。泉くんって偶に『皆を見守ってます』ってスタンスだし、大人びてるって言えるんだけど……ただ、少し気負いすぎてる気がするわ」

「新一くんが強いのは分かるけど、知らない所で無茶してるって思うと凄く不安だわ……私たちだって新一くんの助けになりたいもの」

 

彼女たちはおれよりもまだまだ気持ち的に複雑なはずなのに。

それでもおれのことをちゃんと見てくれている。

そして、心配してくれている。

 

 

こんな時にまでも彼女たちはおれの身を案じてくれている。

 

自分のことよりも人のことを優先させるとまではいかない。

こんな状況でかけられる最大限の優しさが彼女たちにあることを確信できた。

 

だから、人間の性は捨てられないんだ。

 

ミギーを除いたパラサイトには絶対理解されない、でも、絶対に失いたくない物。

 

(だから、こんな人たちを護りたいんだよ)

 

人間の美徳を宿した子たちを一瞥して、安心させるように笑う。

皆には届きにくい音量で。

 

「もう、助けてもらってるよ」

「え?」

 

呟くように言った言葉が皆の視線を集めた。

だけど、その言葉は彼女たちの耳には入らなかった。

 

「大丈夫だよ。おれ、結構強いから」

 

この時だけでも安心させよう。

そのためなら、おれは道化にでも人でなしでも、化物にもなれるから。

 

 

もう見えなくなった新一のことを想い、若狭は少しの間だけ机の上に腰かける。

 

数日前の会話を思い出すと、改めて新一の存在の大きさを理解させられる。

冷静な判断力に、そこらの運動部とは一線を画した運動能力。

こんな極限状態でも決して取り乱さない精神的な強さ。

 

そして、何よりも目を引くのが、他人を気遣う善良な人格が一番に目立つ。

 

彼が優しく、穏やかな性格の人だということは事件前の付き合いからでもよく分かる。

私たちを一人も見放すことなく、慰めてくれたから私たちはこうして立ち上がることができた。

彼がいなかったらと思うと、あまりいい傾向だったとは考えられそうにない。

 

きっと私たちは皆、無理をしてどこかで躓いて取り返しのつかないことが起こっていたかもしれない。

 

(そ、それに、護ってくれる……って言ってくれたものね……)

 

思い出すのは恥ずかしいけど、あんなこと、あんな真剣に言われたら……ねえ?

 

 

ありったけ泣いたことや、新一が皆を護ると言ったことを思い出し、顔を真っ赤になる。

事実、新一は人の好さやルックスが適度にマッチしており、異性からは大分モテていたことを本人は知らない。

だから、少なからず新一の発言は花の女子高生に多大な影響を与えてしまうことを自覚していないのだから相当に厄介である。

 

それを真っ向から受けた若狭は桃色な思考に染まりかけるも、今の状況を思い返して自省した。

 

本題はそこじゃない。

 

確かに新一くんはここの誰よりも頼りになって、優しい……信用できる男子だ。

めぐねえのような大人がいるとはいえ、女性ばかりでは何かと不便なことが後々にあったかもしれない。

そういった点でも新一くんの存在は私たちにとっても大きい。

 

だからこそ、目立ってしまう。

 

新一くんは自分のことよりも他人を助けることに必死になっているということに。

こんな状況で、しかも新一くんの運動神経なら私たちを置いてどこにでも行けるはず。

両親のことも心配なはずなのに、私たちを優先している。

 

もしかしたら、新一くんは私たちに遠慮して無理してるんじゃないだろうか……

 

優しくて、園芸活動でも見せていた穏やかな表情がもはや遠い過去の中に置いてきたみたいに。

今では打って変わって、凄く野性味が増した……と言うべきなのだろう。

髪型も変わったからもあるのだろう、前までの雰囲気がもはや記憶の中で消えかかっているほどに。

 

(あれがワイルドっていうものなのかしら……)

 

どこか見当違いなことを考えながらも、新一のことをこれからもよく見ていこうと決心していたことを本人は知らない。

 

 

 

 

若狭と少し話した後、規則正しく積み上がった机を慎重にワイヤーで固定しているくるみの元へ机を置く。

 

「おーい。大丈夫か?」

「おう、順調順調」

 

天井スレスレのとこまで積み上がった机の上に登って作業しているくるみがおれに気付いて手を振って応える。

ペンチを駆使して机同士をガッチリ固定する。

 

 

現在、おれたちは『奴ら』へのバリケードを造っている。

先生やくるみたちの調子が戻りつつあり、活動できるまでに回復したからこそようやく実行に移せた。

バリケードともなるとおれ一人ではどうにもならず、困っていたものだったけど、今はそんな心配はない。

まずは三階のおれたちのスペースに入られないようにするためのバリケード。

そして、次は二階、そして一階と行動範囲を広げていく予定だ。

 

こういった範囲確保は彼女たちの精神的余裕にも繋がるし、何よりこの学校の物資確保のためにも欠かせない防衛手段なのは言うまでもない。

 

この学校にはソーラーパネルによる電力供給や蓄電器、雨水貯水機器と電動式のろ過機のおかげでおれたちは電気も使え、シャワーさえも使えている。

よく考えてみると、結構、贅沢な設備のおかげで事件前とあまり変わらない生活を送れている。

 

前もって言っておくけど、シャワーは男女それぞれ時間帯をずらして、遭遇しないようにしている。

間違っても、ハプニングは起こってないから。

 

 

とにかく、今はこうして生活基準の確保をメインに活動している。

これから色んな活動をする際にも基本的にこの学校が活動拠点となる。

まず、そこを充実させることに重きを置いている。

 

「机の残量どうだった? 足りてるならこっちはもうほぼ完成したけど、一気に二階もやっちまうか?」

「ん~、少し微妙だったかな。教室の破損も酷かったし、一階まで通して造るのは厳しいかな」

「そうか……まあ最悪、一階は諦める方向でいくしかないのか?」

「一階の方は出口を塞ぐだけでいいと先生が言ってたし、今はそうしておこう」

「だな。わざわざあぶねえ橋渡ることはねえ」

 

くるみと簡単に打ち合わせていると、作業を終わらせたくるみが机の上から降りてきた。

それと同時におれの後ろにいた若狭が新しい机を持ってやって来た。

くるみが作業を終わらせているのに気付いて持ってきた机を置いた。

 

「あら? もしかして机はもういらなかったかしら?」

「欲を言えば、もっと乗せたいところだけど二階とかに割り振る分を考えると、これが妥当だと思ってさ」

「そうねぇ……じゃあこれは生徒会室に持っていくけど、それならめぐねえとユキちゃんにも言った方が……」

「まあ、後にも必要になるからどうせなら持って来た時に言えばいいかな」

 

今はいない二人も、まだ机運びの最中なのだろう。

 

今まで塞ぎ込んでいた丈槍は先生に誘われる形で今回の活動に参加している。

今日になってやっと引きこもった生活を脱却したのだが、どうにもいつもの元気が未だに戻っていない。

始終、何かに怯えている素振りは、未だ心が感知していないことを示している。

 

「えっと……おれは園芸活動に行った方がいい……かな?」

 

新一がこの場から離れることを伝える。

それは自分がこの場にいると、特定の人物を怯えさせることになることを知っているから。

この場にいない人物に気を遣って外そうとすると、若狭とくるみは悲しげに俯く。

 

今の丈槍は元気も失くして毎日塞ぎ込んでいるのだが、他にも厄介な問題を抱え込んでいる。

元気が無いものの、皆には最低限の挨拶も交わし、会話を振ればそれには答えてくれる。

それぐらいはできる。

 

 

でも、新一に対してはどこかよそよそしくなっている。

 

新一とは目を背け、まるで怖がっているように新一の所から理由を付けて離れていくことが多い。

それには先生や二人も気付いてるらしく、かと言って丈槍の気持ちも分かるから何とか宥めようとしてくれている。

でも、反応はどうやらあまり芳しくないらしい。

 

分かっていたけど、やっぱり来るものがあるな、これ。

今まで、おれに懐いてきてくれていた子に避けられるのはやっぱり悲しいものがある。

本人にも悪気が無いことくらい分かっている。

 

だからこそ、何もできないのだから。

 

「しばらく一緒にいればお前のことも分かってくれるとは思うんだけどなぁ……」

「あの調子じゃあちょっと難しいわね……ただ、ユキちゃん自身は新一くんのことは分かっているけど、無意識的に怖がってしまう、て所かしらね。たまに新一くんのことを気にかけているし、完全に嫌われてるわけではないと思うけど……」

「そっか……」

 

難しい顔をする二人に新一は仕方ないと諦める。

やっぱり、丈槍の問題は時間に任せるしかないのか……

 

とりあえず、まだ初日だし、久々でおれとの接し方を忘れたっていう可能性もある。

かなり楽観的だけど、そう考えるなら今日はあまり構わないでそっとしたほうがいい。

 

「……あまりユキちゃんを責めないであげて。あの子はまだ、立ち直れてないのよ……」

「まあ、こっちでも何とか落ち着かせてみるよ。お前のことは私たちは分かってるつもりだからさ」

「……うん。ありがとうな」

 

もちろん、おれは丈槍を責めようなんて思っていない。

今まで送っていた日常が平凡で、それでいて楽しかったから、失った今が辛いんだ。

急に自分の日常が一変し、変わっていく怖さはおれにだって分かる。

この身で経験してきたおれだから痛いほどわかる。

 

丈槍の日常は、それだけ丈槍にとって輝いていたものだから。

輝いていた分だけ、辛いから。

 

 

おれには、丈槍の気持ちが痛いほど共感できるから。

 

「じゃあ、おれは先に上がって園芸活動でもするよ。今日は水やりと掃除をしておくよ」

「……えぇ、お願いね」

「あまり気にすんなよ? 何かあったら私らも協力するからよ」

「ん、ありがとう」

 

心配してくれる二人に背を向けて、おれは屋上へ向かう。

 

本当は、園芸だとかそういった当番はまだ決まっていない。

 

でも、おれに気を遣ってくれた二人はおれの行動を許してくれた。

本当に、お礼を言っても足りないとはこういうことだろう。

 

心配してくれる二人にお礼を言ってから振り向くことなく屋上へ向かう。

 

 

 

早足で屋上へと向かい、曲がり角で姿を消した新一を見て残った二人は何とも言えない気持ちでいっぱいになる。

 

「大丈夫かな」

「そうねぇ……何とも言えないってところかしら」

 

新一はいつものように笑って誤魔化すけど、その顔さえもが無表情に思えてきた。

そろそろ一週間経つが、これまで殺伐とした生活を送ってきたのだから、ある意味では当然かもしれない。

 

最近、新一は取り繕うような笑顔しか浮かべていない。

 

事件前に見せていたような自然な笑みも、今では冗談さえも言う姿を見なくなった。

代わりに、明らかに仮面のように如何なる時でも崩れないような笑みを見せるようになった。

それだけ新一も必死なのは分かっているが、そのせいでユキとの仲もあまり芳しくない。

 

でも、言えるわけが無かった。

もっと、会議の時のようにアタフタしてくれてた方が、何だか安心できる、なんて。

新一は新一なりに頑張っているからこそ、今の人格になってしまったのだ。

それにケチを付けるのは、今の状況にとって良いことではない。

 

どっちにせよ八方塞がりだ。

 

これはあくまで二人の問題とは分かっているけど、何かできないかと思案してしまう。

新一があそこまで滅私に至ったのは自分たちにも原因がある。

 

新一はこの状況を自分の力で最大限、維持していくよう決めているようだけど、くるみたちにとっては素直に容認しかねる。

本人には自覚が無いだろうが、傍から見る新一からは言いようもない苦労の影が見えている。

 

精神的な負担を見せない、そんな状態こそが問題なのだから。

 

「これから、あいつがしてくれた分を返していかないとな」

「えぇ、分かってるわ」

 

この状況が一息ついたなら、楽しいことを見つけて癒してあげよう。

 

そうしたら、前のように茶化し合う、気楽な関係に戻れるはずだから。

 

 

 

今だけは、まだ無理をしなければならない。

 

 

くるみたちと別れた新一は逃げるように屋上へと上がっていた。

前までは綺麗に掃除されていた階段も、今では所々に血が付着して気分が滅入る。

しかし、今の新一の心境はその程度では変わらない。

 

扉を開けて青い空の下に出た。

だれもいないことを確認した後、新一はその場で頭を抱えて項垂れた。

 

「あぁ~、もう何やってんだよ、おれは……」

 

普段は、彼女たちを不安にさせないように平静を保っているつもりだけど、こういう誰もいないときには素に戻る。

 

新一とて、こんな状況には慣れているとはいえ、一介の男子高生でしかない。

教師、友達の四人の命を預かっている……と思っている現状では彼への負担は計り知れない。

それでも平静でいられるのは、生物としての強さゆえなのだろう。

 

時間が経てば、どんなストレスも元から存在していなかったように霧散して、気付けば消えている。

自覚が無いくらいに、自然に。

 

こればかりは自分でもどうにもならないし、今はその力に頼るほかない。

ミギーと手に入れた力はこういう時にこそ使っていきたいと思っていた。

 

でも、その代わりに彼女たちとの価値観の差を広げさせ、その間の溝を広げていた。

 

『奴ら』を使って実験していたという話も、今考えてみれば皆が引くのは当然だ。

生前はおれたちと同じ人間だった人を実験として、痛めつけているのだから。

 

それに気づかず、そのことを当たり前に話したおれは結構、深い所まで落ちているらしい。

最近までは戦いも終わって、そんな兆候も収まっていたのに今になってぶり返していた。

 

(でも、バリケードさえ完成すれば丈槍と話す時間も作れるはず……その時までは我慢しよう!)

 

今が順調にしろ、まだまだ気は抜けない。

どんなに気を遣っていても、死んでしまったら元も子もないのだ。

 

 

植物に水を上げながら、新一はこれからの進捗をひそかに思案していた。

 

まだまだ丈槍が安心できるように安全ラインを拡大、確保しなければならないのだ。

 

 

その足掛かりとして思いつくのが―――物資問題

 

(ここの設備は大体、屋外のソーラーパネルの電力で賄われているけど雨が降ったら致命的なんだよな。キッチンもシャワーも使えなくなるから、缶詰とか乾いた物も必要なんだよな……)

 

皆と和解した後、偶に学活と称して各々が気付いたことを報告し合う機会を設けている。

この時、新一は初めてこの高校のメカニズムを理解できたのだから、学活ほど有意義なことは無い。

学校から出るのもそれが発端である。

 

(ここの購買でほとんどの物資は賄えるけど、やっぱり長期期間は難しいし……やっぱり一度、学校の外に出ることも考えないとなぁ……)

 

皆を置いて自分だけ自宅に帰るということはしないが、やはり外に出られるのなら、自分たちの生活も劇的に変えられるという確信はある。

確かに、この高校はパンフレットの言う通り、もはや一つの街だといっても過言ではないが、それでも本物の街には到底及ばない。

 

外も同様に地獄なのかもしれないが、得られる物もきっとあるはずだ。

 

 

その分、危険が大きいことも承知の上。

学校から出て物資を調達するにも自分一人の方がまだ気持ち的にも安心できるのだが、そんなことを先生たちが許すわけがない。

きっと自分のことを心配して付いて来ようとするだろう。

 

気にし過ぎだとは思うけど、そう思うとなんだか嬉しくさえ思う。

 

(本当に、一人じゃなくてよかった)

 

もし、自分一人だけだったらと思うとゾっとする。

そうなっていたら、きっと自分は狂っていたかもしれない。

 

でも、自分は一人じゃない。

学活の時もそうだけど、自分一人の力などたかが知れている。

人間が他の人間と助け合うことでしか生きていけないということを改めて認識した。

 

 

そんな人間に少しの情けなさを感じ、同時に尊く思える。

 

(だからこそ油断はできない。街には学校とは比べ物にならない量の奴らが潜んでいるはず……そうなるとやっぱり武器が必要か。何とかすればおれは素手でもいけるけど、皆には必要だし、おれがいないときに襲撃されたら最悪だ)

 

頭の中で最悪な未来を思い浮かべ、それを頭から振り払う。

いや、思い出したというべきか。

 

自分が傍にいながら護れなかった人たちの顔が頭の中を過ったからこそ、今回は冷静に、徹底して安全策を講じなければならない。

 

(まずは、学校中から武器になりそうなものをかき集めよう。陸上部の使う砲丸もあるし柔道部のバーベルもある……みんなの意見も聞いてから集めていこう。明日も忙しくなるな)

 

もうこれ以上の悲劇は繰り返させない。

 

新一はパラサイトとの戦いを通した反省を最大限に活用させ、これからの予定を練り続けた。

 

 

―――今にも降り出しそうな曇天の下で。

 

 

 

 

 

「――――――」

 

 

新一が新たな指針を決めている中、高校から離れたショッピングモールの中もまた地獄だった。

 

モール内を魑魅魍魎が跋扈する地獄と化している。

華やかに新商品を魅せるショッピングウィンドウも今では無残に割られ、血糊がこびりついている。

 

無残な爪痕と『奴ら』と相まって昼間だというのに電気が停まって暗くなっているショッピングモールにかつての華やかさはない。

あるのは、瘴気と血の匂いだけ。

 

「―――」

 

その中を静かに、それでいて迅速に奔走している影があった。

 

 

祠堂圭

 

地獄の中で生き残り、終わりのない絶望を打開しようと親友の袂を分かった少女である。

 

 

 

自分たちは運が良かった。

事件が起こった直後、パニックに陥った私と美紀はただがむしゃらに走って、目に移った場所に駆け込んで逃げこんだだけだ。

それ以外、何をやったとか具体的に思い出そうとしても全く浮かんでこない。

 

覚えているのは、隠れた先でショッピング中に響く鳴き声や悲鳴を耳に入れまいと必死に耳を塞いで縮こまった震えていた記憶くらいだ。

周りの人たちが倒れていくのを震えて見ていることしかできなかった。

 

結局、自分のことで精一杯のちっぽけな存在だと自覚させられただけだ。

今まで生き残ってこれたのも、一重に運が良かったとしか言いようがない。

 

 

 

 

 

運良く難を逃れた私たち、と途中で出会った太郎丸という犬と一緒に職員用の部屋の一角に逃げ込んで籠城生活を送っていた。

幸いにも逃げ込んだ部屋には飲み水や食料、ドッグフードまでもが多く保存されていたため、そういった基本的生活には困らなかった。

 

美紀と二人で助けを待って、待って、待ち続けた。

 

晴れやかな日も

 

 

雨が降った日も

 

 

CDプレイヤーのラジオが機能しない日も

 

 

携帯の電池が尽きた日も

 

 

『奴ら』が唐突に襲ってくる日も

 

 

 

シャワーも浴びれず、身体の匂いが気になってきた日も

 

 

私たち以外の生き残った人を見ることなく、落胆した日も

 

 

 

私たちは待ち続けた。

 

待っていれば、きっと助けが来ると信じて待ち続けた。

 

 

でも、誰一人として助けに来る人はおろか、私たち以外の人を見ることは叶わなかった。

二人と一匹だけの夜を何度過ごしてきたのだろう。

 

寝る時、窓から見える月があまりにいつもと変わらないからふと思ってしまう。

もしかしたら、今までが夢で、外は何も変わっていないんじゃないかと。

そんな夢も、眠ってはすぐに醒める。

 

その度に心は謎の静けさと虚しさが、私の心に染み入って取れなくなる。

心に溜まっていく物が膿のごとく心までも蝕み、やがて耐えきれなくなった。

 

 

―――ここを出よう。

 

 

そのことを提案した時、美紀はひどく取り乱して私を引き留めようとした。

美紀は取り乱して私を引き留めた。

外に出る恐ろしさもあっただろうけど、恐らく美紀の行動は間違っていなかった。

 

偶に『奴ら』が襲ってくるとはいえ、二人で入り口を押さえれば追い払うこともできたし、何より水道も食料もあった。

美紀は最善策として『助けを待つ』ための籠城を選んだのだとすれば、美紀の行動もこの状況においては最善だったのだろう。

 

だけど、私の考えはどうやら美紀とは違っていたらしく、事態も好転しないような籠城生活に嫌気が差してしまった。

だから、私は美紀とは正反対の考え方で『助けを呼ぶ』ことを選んだ。

 

私は常日頃からやりたいことは勢いに任せてやり、美紀はやりたいことでも慎重に事前準備してからやる、という点でもお互いに思う所もあった。

こういった分かれ目に遭ったのもこういった性格も原因の一つなんだろう。

 

そして私は美紀にCDプレイヤーを託して外に出た。

 

友達の手を振り払い、『死』が蔓延る外の世界へ。

 

 

 

 

そして、私はモールで『奴ら』に追い回され、足を負傷した。

 

 

最初はその数にひるみながらも、足が遅かったから全力で走って『奴ら』を振り切ろうとした。

普段から使わないような生き延びるための策を一つか二つ実践してもその全てがままならず、頭で決めた逃げ方も、生き残り方も全てが現実と恐怖で思うように動かない自分自身によって摘まれていった。

 

 

 

 

そこからは、言うまでもなくジリ貧だった。

 

 

事件当日のように逃げ回って、隠れては見つかって……気付けば私の周りには『奴ら』が囲っていた。

ただ、モールから出るだけで既に絶体絶命だった。

命からがら外に出た圭の目に映ったのは開けた世界―――とは程遠い地獄だった。

 

どこに視線を向けても目に映る『奴ら』の大群

血がこびり付いて大破した車

全ての建物のガラスは割れ、惨状の生々しさを物語っている。

 

「―――」

 

人っ子一人いない、まさに地獄。

 

想定した時よりも多くの『奴ら』が一人、また一人と増えていくのを見て、胸の中の何かがストンと落ちた気がした。

 

自分は間違っていたと確信した瞬間だった。

 

 

あの時、美紀の制止を振り切って行動したのがそもそもの間違い、今まで普通の女子高生として生きてきた自分が生き死にを賭けたサバイバルに一人で挑もうという時点で既に破綻しているのだ。

 

私は特別な力を持った人でもなければ漫画の中のヒーローでもない。

自分一人がこの状況を打破できる訳が無かったと気付く頃には既に遅すぎた。

 

そもそも、自分の欲求のために今までの形を放棄したのは私だ。

多少の我慢強さがあれば今の生活体系で生きていくことができたかもしれない。

そうでなくても、こんな状況下でも美紀と一緒に助け合って行けてたかもしれない。

 

 

 

 

「は……はは……」

 

やっとの思いでデパートから出たと思ったら、足を挫いて『奴ら』を振り切った時のように走ることができない。

でなくても、外にいた『奴ら』の数はショッピングモール内にいた数など比べようがないくらいに密集していた。

 

 

 

『生きたい』の一心でモール近くのフェンスにぶつかってひしゃげた軽トラの上へほぼ腕力の力だけでよじ登ってひと時の悪あがきを続けている。

生存本能なのか、普段からあまり運動神経に自信が無い私は自分でも驚くほど俊敏に車によじ登ったと思う。

本当に、最期のひと時だけだけど。

 

奴らが密集しすぎて大きく揺れ、気を抜いたら奴らの大群の中へ落ちてしまうくらいに不安定なボンネット上で笑った。

 

いや、嘲った。

 

 

自分の無謀さを

 

 

自分の認識の甘さを

 

 

 

自分の運命を

 

 

私は間違った。

理性的に考え、美紀と一緒に可能な限り籠城していたらもっと結果だって違っていたかもしれない。

少なくとも、モールから一歩出た程度の場所で追い詰められたりはしなかったのだろう。

 

 

そして、美紀が正しかった。

多分、こうなることが感覚で分かってたかもしれない。

思えば、頭のいい美紀が間違ったことなんてあまり無かった。

 

 

 

美紀は『待つ』ことを。

 

私は『行く』ことを。

 

 

こんな状況でどっちが正しいかなんて分からない。

もしかしたら、どっちも不正解かもしれないし、正解だと言えるかもしれない。

 

 

ただ、今回は運が悪かった。

それだけのことだった。

 

「いや~……あんな偉そうに言った後でこれだもんね~。もう笑うしかないよね……」

 

自分に向けているのだろう自嘲しながら責める。

 

知能がない『奴ら』でもがむしゃらに圭を目指すために、腕を振るったり伸ばしたりしてきた奴らの一部が遂に軽トラの荷台に転がり込んできた。

がむしゃらに動かしていた腕がうまい具合に引っ掛けてよじ登ってきたのだ。

 

そして、怪我して畳めなかった足もいずれ掴まれ、引きずり込まれることだろう。

容易に奴らに食われる未来が脳裏に浮かんだ。

 

そして、ここを出る前に美紀に放った一言を思い出した。

 

 

 

 

―――生きていれば、それでいいの?

 

 

 

 

「ぁ……」

 

その言葉をフラッシュバックした瞬間、迂闊で愚かな自分を嘲る気持ちが霧散し、代わりに笑顔のまま光を失くした瞳から涙を流した。

それは、頑なに外に出ようとせず不動の生を過ごそうとした友人に言った皮肉めいた言葉。

そして、それは自分自身に言った言葉でもあった。

 

 

―――出口のない絶望の中で生きて、それで生きていると言えるの?

怖いのは嫌だ、光が見たい、生きている喜びを分かち合いたい、だからどうか、誰か、私たちを助けて……

 

 

あの時、美紀に言うと同時にこの胸に抱いていた気持ちだった。

美紀と言う存在がいながら、私は美紀を信用しきれずに彼女と袂を分かって安全圏を出た。

最後の時、美紀には助けを呼ぶんだっていったけど、それはもっと醜い自分勝手な欲望の隠れ蓑でしかない。

 

私は終わらない地獄の中から逃げようとして、美紀を置いてきた。

美紀を助ける、とかそんな立派な理由じゃない……怖くなって逃げだしたんだ。

誰かに助けを乞おうと、美紀を地獄に売り渡したのだ。

 

「あぁ、そうかぁ……そうだったんだ……」

 

全てを理解した時、圭の中から恐怖が消えた。

そして、『生きたい』という気持ちも消えた。

 

あるのは、怪我した足を『奴ら』に握られた痛みだった。

 

 

鈍い動きからは想像できないほど強い力で足を引っ張られ、ボンネットから荷台に落とされた鈍痛が身体を奔る。

 

頭から赤い、温かい血が流れても圭は微動だにしない。

 

全体重を乗せた『奴ら』の拘束で両肩が潰れてしまうほどの痛みを感じても、それらが全て自分の『救い』のように思えた。

 

「これは、罰だ……親友を裏切った、私への……」

 

 

身体中を奔る痛み全てが自分の罪。

これも、自分が負うべき業だとさえ思う。

 

黒ずんだ歯が自分に突き立てられ、酷いにおいを放つ唾液をかけられても、もう何も思うまい。

 

 

罪には罰を

 

 

自分に言い聞かせるように、圭は目の前に向かってくる“死”を迎え入れる。

まるで、母親のような慈愛に満ちた笑顔を以て“死”を抱き込むように両手を開いて―――

 

 

 

 

 

「生きることはっ! 罪でも罰でもないっ!!!!」

 

 

「……ぇ?」

 

空耳や幻聴と言うには、あまりに力強い声が鼓膜を―――

 

心を震わせた。

 

 

 

朦朧とする意識の中で、自分に跨っていた『奴』の首が突然消えた。

そして、首を失った身体を押し退けて視界に入ってきたのは、どこにでもいるような男の人だった。

 

顔からして中肉中背の、どこにでもいるような人だが、『奴ら』と違って顔色も悪くなければ、力強さを感じさせる強い瞳をしている。

 

突然現れた人が、大量の『奴ら』に囲まれていた軽トラの荷台に乗り込んだことなどどうでもよく思えるほどに眩しく見えた。

 

意識が朦朧とし、身体もグッタリとし始めても意識が目の前の男の人から離れない。

 

 

「こ……これ……は?」

 

かろうじて、聞くと、沈みかかっている意識にも届くようなしっかりした声で言った。

 

 

「僕は……君を助けに来た」

 

目に再び光が宿る。

 

意識が既に正常じゃないくらい理解している。

今、こうして見ている人も、聞いた言葉もただの幻覚とも幻聴ともいうものかもしれない。

 

死に直面した自分が見ている都合のいい夢、もしくはあの世からの甘い誘惑なのかもしれない。

 

 

 

でも、それでも、疑うよりも、諦めるよりも先に再び思い出した。

 

 

―――生きていれば、それでいいの?

 

 

心を締め付ける、無慈悲な問い

 

明確な答えが無いと知っていても、投げかけた難問。

親友も答えられず、自分でさえも分からなかったこの答えが胸の中でつっかえていた。

 

 

―――助けに来た

 

 

この一言を聞くまでは。

 

「あ……わた……」

 

どこの誰かも分からない人というのは分かっている。

こんな状況で、気が狂った人かもしれない。

 

「わた……し……」

「もういいんだ……これ以上は喋らないで……」

 

 

でも、そんな懸念をふっ飛ばすような一言に圭の心で燻っていた残酷な問いが、スっと自分の中に溶けていった。

 

 

「とも、だちが……モールの中……に」

「と、友達……君のかい!?」

 

喋ることが億劫になってくる。

それでも、言い切るまでは、伝えるまでは絶対に眠らない。

 

安心しない。

 

 

安心するのは、せめてもの自分の罪滅ぼしを終えてからだ。

 

「に、かい……ざっかや……しょ、くいん……へやに……」

「二階の……雑貨屋の職員部屋にいるって、そういうことかい!?」

 

自分の意図がしっかりと伝わったことを、確認した圭から涙が零れる。

 

首を僅かに動かして頷いた時、自分の身体が軽くなった気がした。

 

 

これが運命かどうかなんて分からない。

 

自分は、親友を売った酷い女なのかもしれない。

 

 

 

それでも、自分を誤魔化す偽りだったのかもしれない。

友人を置いて、一人で逃げだすための言い訳だったかもしれない。

 

 

 

だから、もし、もしも助かるのならば……それが蜘蛛の糸くらいに弱くて心もとない可能性だろうと掴みたい。

 

 

 

生きて、親友と再会して、心の底から謝りたいと願って。

 

 

「たの―――だよ。ジョー」

 

 

切なる思いを胸に圭の意識は闇の中に溶けていった。




宇田さん、普通に懺悔を聞いて、叫んじゃった系イケメンです。

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