寄生少年の学園生活日誌   作:生まれ変わった人

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リアルが忙しいでござる……
しかもまたまた難産で、疲れました……

今回はまた周りとの和解編です。


人間という生物

校庭を闊歩する『奴ら』を、新一は屋上のフェンスに体重を乗せて見下ろす。

 

正確には相も変わらず、何かを求めるようにゆらりと動き回る様子を()()()()()()

 

 

「今日も変わり映え無し……か」

 

律儀にノートに奴らの様子を書き込み、ノートを媒介に観察している。

本当なら、自分の平穏を、皆を殺し、悲しませる『奴ら』など視界に入れた瞬間に叩き潰したくなるのが本音だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 

新一はワンパターンな動きしかしない『奴ら』を観察しながら欠伸をする。

 

 

 

 

おれはこの異変が起こったその時から、ずっとミギーみたいになれるよう徹している。

ミギーはどんなに不利な状況でも諦めず、冷静な判断力と勇気を武器におれを助けてくれた。

しかし、そんなミギーがいない以上、おれが皆を護らなくちゃいけない。

だからこそ、こんな時ミギーならどうするか、ミギーは今まで何をしていたのかを思い返し、一つの結論に至った。

 

 

それが今回の“観察”だ。

 

ミギーは自分でも不意打ちをメインとした戦い方が主流、と言っていたが、言い換えれば、それは相手の弱点を探り、的確に突くことが多かった。

その戦い方で三木や後藤のような不利な戦いを乗り切ってきたと言っていい。

それらを思い返せば、ミギーは戦いの中でもよく観察していた印象が強く浮かんだ。

 

当然、そんなミギーもいなければ、戦いの最中に観察を行ってそれを実践するなんて技量はおれにはない。

だから、まずは地道にミギーの真似をするということで、おれはその日毎の『奴ら』を観察し、細かい所をノートで書いている。

 

開いてみれば悪趣味なノートにしか思われないだろうけど、今はこのノートがおれたちの命綱になる……ことを信じている。

 

ここまでで分かったことは、以下になる。

 

 

 

『1.『奴ら』は既に生命活動を停止させた、歩く死体』

 

『2.死んでいるにもかかわらず、力は強い』

 

『3.知能的な行動はせず、ただ『食欲』の本能のままに動き回る』

 

『4.光、音のような刺激に誘われ、集まってくる』

 

『5.『奴ら』は非常に燃えやすい』

 

『6.『奴ら』はパラサイトではない』

 

まだまだ、粗削りで情報というにはお粗末な内容だけれども、分かっただけマシだろう。

 

そして、観察の他にももう一つやっていることがある。

それが“戦闘”だ。

 

皆を生徒会室に避難させたあの日、確かにおれは三階で蠢いていた『奴ら』を殲滅した。

だけど、それだけでは『奴ら』の性質はおろか、どんな戦い方かを確認することができず、その翌日から奴らとの戦闘を積極的に行ってきた。

 

奴らに知能が無いことは既に把握済みだったから、色んな戦闘シミュレーションを繰り返すのを踏まえ、様々なシチュエーションを作ること自体は苦労しなかった。

 

例えば、一人だけを教室に誘い込んで軽く攻撃を避けたり当てたりした。

奴らは基本的に噛みついてくるか、身体を掴んで噛みついてくるか、それくらいのパターンしかなかった。

だから、一対一での戦闘ならまるで話にならない。

パラサイトと比べてもその差は歴然だ。

 

そして、戦闘は徐々に敵の数を釣り上げて、二対一、三対一、四対一と言う感じでやっていった。

 

こういった戦闘を重ね、それらを通じて分かったことの大半がさっきのノートに書いたとおりだ。

 

 

まず、奴らの体に折った机の椅子を突き刺した。

簡単に突き刺せたけど、パラサイト『A』の時と比べて出血量が明らかに少なかった。

それどころか痛がる様子も苦しむ様子も見られなかった。

多分、心臓が停まっているから出血はするものの出血の勢いが弱かったんだろう。

パラサイトとの戦いはよく血が噴き出てたから、これには自信がある。

 

 

そして、『奴ら』に火を噴きかけたこともあったが、これは今までで一番焦った。

まだ、おれが『奴ら』をパラサイトと見立てて戦っていた時、『奴ら』の弱点である火のことを思い出した。

パラサイトは火を急に近づけられたら内と外との動きにズレが生じる……つまりはギョっとする。

とりあえず、火は有効な手かもしれないと思って学校に置いてあった殺虫剤とかのスプレーと拝借したライターを組み合わせた簡易火炎放射器で『奴ら』に噴きかけたんだけど……一歩間違えれば学校そのものを焼いてしまう所だった。

『奴ら』は既に死体だからか分からないが、火を当てた瞬間にまるで枯れ木のように勢い良く燃え上がった。

しかも、痛覚とかそんなのが無いから自分の身体が燃えてても構わずに歩き回っていたのには本当に焦った。

集団戦でやってたら本当に終わりだったなぁ……

 

まあ、これも成果の一つと言うことで納得しよう、うん!

 

 

そんなこんなで『奴ら』の情報が集まってきたことは間違いなくおれたちにとってプラスであることは間違いない。

 

まだまだ分からないこともあるけど、このペースなら案外なんとかなるかもしれない。

奴らが相当な数にまで群れることさえなければどうということは無い。

 

そう、自分はやっていけてるのだ。

この学校の豊富な購買の貯蓄が無くなっても、自分が頑張れば外にだって連れ出せる。

 

どんな状況になっても冷静になって考えれば切り抜けられない相手じゃない。

自分さえ頑張っていれば一人にならなくて済む。

 

自分が頑張ればもう悲しい想いをしなくて済む。

 

 

自分が

 

 

頑張れば

 

 

 

もう皆だって死ぬことは無い。

 

だから、考えてなくてはダメなのだ。

 

自分が頑張れば、きっと父さんだって―――

 

(ダメだ! 考えろ! 生きることだけを、今だけは!)

 

 

ずっと心の中に閊えてた気持ち

 

唯一、自分に残された家族の心配が『胸の穴』を押し広げる。

ワイシャツの上から疼く胸を手で握り、押さえ付けて頭に浮かんだ考えを無理やり封じ込めた。

 

(皆だって条件は同じだ……これはおれだけの問題じゃない……っ!)

 

自分に残された家族は一人だけ、家族を想う気持ちは誰にも負けないという自信はある。

 

 

でも、今回の事件で負った傷に不公平も平等もない。

理不尽な現実に負った傷しか残らない。

 

くるみや若狭、丈槍、もちろん先生にだって家族がいて、心配しないはずがないんだ。

皆も学校よりも家族の元にいたいに決まっている!

 

(おれだけが……我儘を言ってる場合じゃないんだ……!!)

 

多分、今なら新一の身体能力や冷静な判断力を活かせば一時的とはいえ、助けを呼ぶなり父親を迎えに行くなりどうとでもできる。

しかし、それだけはしない、いや、()()()()

 

自分が少しの隙を見せた時、何かが起こったら?

 

 

まだ傷も癒えていない、ましてや戦闘未経験な先生たちはどうなってしまうのか?

 

 

 

新一は知っている。

理不尽と喪失はどんな時でも、場所を選ばず、やってくる。

 

―――自分の油断で、もう失いたくない

 

 

 

(母さん……加奈ちゃんに……村野……っ!!)

 

 

自分はもう三回も失敗した。

 

 

自分がもっと用心して旅行を先延ばしにしてもらってたら

 

 

自分がもっと島田の動向に気を付けていたら

 

 

自分の秘密をもっと早くに打ち明けていたら

 

 

 

 

 

辛い過去、思いつく限りの危機を想定しても、新一は動揺しない。

悲壮感も生まれない。

 

 

 

 

しかし、胸の内に湧き上がるどす黒い感情にフェンスを握る手が白くなる。

無機質で、無感情な目がグランドの『奴ら』を冷たく見下ろす。

 

 

(もし、もしも、父さんに、皆に手を出してみろ……その時はパラサイトだろうが何だろうが八つ裂きにしてやる……っ!!)

 

込み上がる憎しみが絶えず溢れだす。

そのせいで後ろから近寄る気配にも気づけない。

 

こんな現実を作り出した『正体不明の奴ら』に対する憎しみが新一の五感を鈍らせる。

 

(殺す、これ以上、おれの大事な人を、生き残ってくれた友達を、先生を奪う真似をする奴がいるなら、たとえ人間であろうとパラサイトだろうと……)

 

憎しみ、怨嗟、獣の心……全てを抑えきれなくなった新一の顔は既に、まともとは言えない。

万人が見れば戦慄するような深い、無慈悲な表情で。

 

 

―――皆殺しにしてやる……っ!!

 

 

 

振り返った。

 

 

 

そして、見られた。

 

 

「あ、う……」

「……」

 

 

今日まで寝たきりになっていたと思っていた、若狭とくるみの怯え切った表情で。

おれの目としっかり合った。

 

ここで、二人の怯えた顔を見て、今自分がどんな顔をしているのか自覚し、後悔した。

 

 

「あ、いや……その……」

 

二人の顔に今まで渦巻いていた憎しみが霧散し、逆に二人に激情を浴びせてしまった動揺から表情が崩れた。

何か弁明でもしないと、そう思っている最中で力なく床に座り込む若狭に自己嫌悪の念が強くなった。

 

ただ、二人が一目散に逃げなかったことだけが最大の救いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

屋上で三人が向かい合う。

晴れやかな晴天の、青々とした野菜たちの緑の中でくるみと若狭と向き合う。

 

ただ、今日の天気とは対照的に三人の空気が怪しい。

若狭に至っては少しおっかなそうにチラチラと見てくる。

 

激怒した顔を見られた後、くるみの方から話があると言われてその場に座った。

 

とはいえ、対する二人は何だか居心地悪そうに見合って、話が中々始まらない。

 

二人がこうして会いに来たということは、ある程度回復したと見てもいいだろう。

だけど、そんな時に脅かしてしまったことが凄く悔やまれる。

 

(この子たちを脅かしてどうするんだよ……馬鹿かおれは……)

 

 

先生はおれを認めてくれた。

 

でも、この二人はどうするか分からない。

 

中でもくるみの場合は、くるみが好きだった先輩をこの手で葬ったのだ。

恨み言の一つ、いや、恨まれて当たり前だろう。

 

若狭だって、こんなおれのことを恐ろしいと思っていることは間違いない。

向き合っている今でも、いつもの落ち着きが全く見られないところから普通に分かる。

 

 

二人の反応は分かっていた、覚悟はしていたはずだった。

でも、いざ目の前で見せられると気分が落ち込む。

今まで当たり前だったはずなのに、いつもの関係が壊れてしまうのはやっぱり悲しい。

 

そんなことを思っていると、先にくるみの方から口火を切った。

 

「あの、さ……あ~……この数日は、えっと、手間をかけさせて……その……」

 

数日間、寝込んだことへの罪悪感か、それとも言い慣れないお礼を無理矢理言おうとしているからか、はたまた、さっきの新一の姿におっかなさを感じているからか言葉がたどたどしい。

恐らく、理由は全て当てはまるのだろうけど。

 

 

いつものサバサバした、はつらつな喋りもナリを潜める。

チラチラと若狭を見てるとこから、本当は若狭が言うはずの段取りだったんだろう。

慣れないぶっつけ本番の謝罪にしばらく四苦八苦していたくるみだったけど、遂にしびれを切らした。

 

「あぁ、もう、こんなん私のキャラじゃねえ! 新一!!」

「う、うん……」

 

急に吹っ切れた様に頭をガリガリ掻いた後、凄い形相で詰め寄ってくる姿に新一も勢いに負けてその身を逸らす。

傍から見たら喧嘩するのか、にらみ合っているかのような光景に若狭もハラハラとおっかなそうに新一とくるみを交互に見やる。

 

しばらくにらみ合う(くるみのみ)状況が続いたと思ったら、先にくるみがツインテールを揺らして勢いよく頭を下げ、新一の手を奪い取った。

 

「この数日、ずっと私たちを護ってくれてありがとう! それで、今までお前のこと避けて本当にごめん!!」

 

くるみが勢いよく頭を下げる姿に新一もりーさんも目を丸くする。

地面に額を付ける勢いで下げた頭を再び上げた。

その表情は強く、そして後悔したように歪んでいた。

 

「ずっと、先輩があんなになってから、今日までずっと何もしたくなかったし、考えたくないとも思ってた……」

 

まるで、自分の罪を懺悔するように自分の心情を吐露する。

 

言い訳じゃない。

ただ、行き場のない後悔をどんな形にせよ、決着を付けさせたかった。

 

「でもさ、どうしようもできなかった……ずっと新一を怖がって、遠ざけて、全部背負わせて……何も言えねえよ……」

「くるみ、それは……」

 

自嘲するくるみにりーさんも居た堪れなさから表情に影が落ちる。

罪悪感から何も言えない自分を見ているかのような写し鏡。

二人の気持ちは全く、同一のものであることは疑いようがない。

 

「違うよ、くるみも、若狭も間違ってない。あんなもの、急に見せられて、平然としてる方がどうかしてるんだ。人間なら誰だってそうだよ。だから、君たちは()()()()

 

若狭だってくるみだって、今はこうして普通に話せているけど、この数日の荒れようは凄まじいものだったはずだ。

彼女たちは女の子で、恋もしてたような普通の子たちだった。

 

決して、生死を賭けた環境にいたおれなんかとは絶対に違う。

 

だから、本当ならこうして現状を理解しながら今の状況に“納得”しているおれのほうがどうかしているのだ。

異端を嫌う人間として、彼女たちに非の打ちどころは無いと思っている。

 

「悪く……ない、だと?」

 

だけど、二人……特にくるみはそれを許せないと思っている。

くるみには“きっかけ”がある。

 

「悪くない訳ねーだろ! 私はっ! 先輩を、自分の手で殺そうとしたんだぞ!? こんなことさえ起こらなければ、ずっと好きでいられた先輩を……っ!」

 

 

くるみは、先輩を殺そうとした。

それはこの場にいない丈槍も含めた、生き残った面子なら全員知っている。

 

 

くるみもその時は命の危機を感じて手元にあったシャベルを振るおうとした。

それは単に、“死にたくない”という本能が働いただけであって、決して本人の意思から出た物じゃない。

第一、あんな状況で殺す以外に方法は無かった。

先輩と化した『奴ら』を抑える方法が殺すこと以外にあったのならご教授願いたい。

 

 

そんなもの、決して存在しない。

 

 

あの時、くるみがしようとしたことは間違いなく最善だった。

かつての好きな人とはいえ、手にかけなければくるみは死んでいた。

 

 

でも、人間の心というのはそんな単純じゃない。

『それが最善だった』とか『間違ってない』とか理屈並べて納得できるほど人間……普通の女子高生には酷な話だ。

 

 

 

彼女たちは人間だ。

 

 

通りすがりの命が死んだら悲しみ、涙を流してしまうほどに傲慢で、繊細な。

 

パラサイトであったなら、“仕方なかった”だけで済むのだろう。

だけど、人間にはまだ他にも大切な物がある。

パラサイトにはない、“大切な物”がくるみを苦しめている。

 

「私は、お前を恐れる資格も、安全な場所で護られる資格なんて無かった! こんな汚れた私は、奴らを倒すくらいにしか、もう……っ!」

 

瞳から大粒の涙がポロポロ零す姿に若狭は見ていられなくなったか目を伏せる。

あの時の光景を目の当たりにしてしまったのだ。

下手な慰めなんて意味が無い、それどころかこれ以上に深い傷を負わせることになると感じているのだろう。

 

「あの時、あのままいけてたら新一にあんなことさせることも、私だってお前みたいに強くなれてたかもしれない……なんで、あの時、お前がやっちまったんだよぉ……」

 

先輩を殺そうとした罪悪感と自己嫌悪がくるみの思考を歪めさせる。

 

 

ずっと考えていた。

 

きっと、新一がくるみの代わりに先輩を―――していたら、何もかもが違っていたはずだ。

 

 

あの時、くるみが手を下していたら彼女の中の“何か”が壊れていただろう。

 

先輩をただの肉人形と認識して、何度もシャベルで突き刺していたかもしれない。

 

くるみが血に濡れることで、今よりも強くなれたかもしれない。

 

確かにそれも悪くないことかもしれない。

今、優しさや慈しみなんて思えるほど皆には余裕が無い。

むしろ、余裕を感じてしまったらこんな現実に付け込まれるかもしれない。

 

 

でも、それは凄く悲しいことだ。

 

「そうなったって……辛いだけだ」

「……え?」

 

地面にうずくまっていたくるみの肩を掴んで、おれと同じ視線に立たせる。

涙や鼻水でグチャグチャになった顔は悲しみしか映らない。

おれの指で涙を拭いた。

 

「こんな状況だからさ、強くなることは必要かもしれない、奴らを倒すことだって必要かもしれない。今までの優しさも、慈しみもこんな現実の中で背負ったって苦しいだけかもしれない」

「……」

「でも、くるみの、先輩に抱いてた想いはあんな形で終わらせちゃ駄目だと思った……あんなにも綺麗な感情は、あんな形で捨てちゃいけなかったとおれは思うんだ」

「新一……」

 

何を考えても想像の域は抜け出せないが、きっとそれは無自覚な地獄なのだろう。

“慣れ”というものは些細なことにしろ、今回のような生死の問題にしろ起こり得る。

くるみが強くなったら、いずれ命を奪うことにさえ、ましてや自分が危険の渦中に飛び込むことさえ躊躇いなくしていたかもしれない。

 

そんな“現実”に、くるみの想いを潰されるのは見てられなかった。

 

そして、こんな場面になっておれは“あの人”に改めて感謝した。

 

 

「それに、くるみたちはおれのこと強いっていうけど、実はこういった生死をかけた戦いを経験するのは初めてじゃないんだ」

「……え!?」

「それって……どういう……」

 

二人は目に見えて狼狽する。

 

同じ年代の男子高生が、今まで死ぬような戦いをしてきたなど聞けば仕方のない反応だ。

こんな事態でなければ疑うような内容だけど、今にして思えば納得できる。

 

 

死が迫っている中での冷静な判断と観察力

 

 

強いショックから立ち直る強靭な精神力

 

 

人の頭を殴り潰せる人智を超えた身体能力

 

 

 

わずかな間に新一の、常人を超えた力は突飛もない話にも説得力を持たせた。

そして理解した。

新一の全ての力は実戦によって鍛えられたということを。

 

「パラサイトのことは知ってる? 結構、ニュースに出てたから有名だと思うけど」

 

パラサイト

 

 

この言葉を知らない人などいない、というくらいに全世界を震撼させた新生物。

人の頭を乗っ取り、頭を変形させて人を殺し、その人を食べるという驚くべき習性を持った人類の最も恐るべき天敵。

げに恐ろしきは人間と同等、もしくはそれ以上の知能を有し、人間社会に溶け込むことにある。

 

つい最近になってその存在が公表され、とある市役所で大規模な掃討作戦を行ったことは世間情勢に疎いような、誰でも知っている。

 

 

実の所、くるみたちは知らないが、入学試験、新一の転校手続き時には髪の毛の提出も義務付けられていた。

誰もいない個室で自分の髪の毛を抜き、数秒観察する簡単なテストだった。

その間、誰も入れないし誰も出られない。

やった本人たちは訝しげに思ったこともあるが。新一だけは内心で納得していた。

 

 

当然、二人はパラサイトの存在に対して首を縦に振った。

 

「まだそいつらが確認されてない頃にさ、おれの母さんは父さんと一緒に伊豆に旅行に行って、そこでパラサイトと出くわして……首を斬り落とされた」

 

新一の話にくるみは目を見開き、若狭は口に手を当てて震えていた。

 

巡ヶ丘近辺に、ミンチ殺人とかそういうのが無かったから、今まで他人事で済ませていたため、そのような身の上話は衝撃以外の何物でもなかった。

 

その顛末だけでも、今まで普通に過ごしていた二人にとっては衝撃だというのに、続きを話す。

 

「父さんは無事だったけど、母さんは体を乗っ取られて、母さんの顔で、言ったんだよ。死ね、とか首を斬り落とせばよかったとか……母さんと同じ声だったから余計にきつかったなぁ……」

 

 

言葉が出なかった。

 

新一はパラサイトに家族を殺され、口上からして殺されかけ、そして生き残った。

 

二人は新一の強さの一端を垣間見て、納得すると同時にくるみはすぐに気づいた。

 

 

(同じだ)

 

 

自分と、その時の新一の状況がよく似ていることに気付けた。

 

(私の時は先輩……新一は新一の母さん……)

 

 

二人はそれぞれ大切に想っていた人の体を乗っ取られ、そして殺されかけた。

でも、すぐに自分と共通していることを訂正した。

 

(新一は家族で……その人の声で殺すって……)

 

 

寒気を感じ、鳥肌が立った。

今と状況が酷似しているのに、自分と新一との差が果てしない。

 

自分は……言葉は悪いけど、この高校生活の中で知り合い、好意を持った相手だった。

 

でも、新一は―――他ならぬ肉親だ。

 

小さいころから育ててくれた肉親を殺され、ましてや体を乗っ取られ、その声も、履歴さえも全てを奪われた。

しかも、相手は知能、悪意を持って殺すと、母の声で言われた。

 

『奴ら』とは違い、殺意や悪意を込めて言われた新一の苦しみなど想像できない。

もし、自分がそうなったら……どうなってしまっただろう。

 

 

多分、強くなるどころか殺されるか……二度と立ち直れなかったと思う。

 

 

新一と私たちとじゃあ、踏んできた経験が違う。

 

 

「母さんを殺した奴が憎くて、憎くて、色んな人の助けを借りて、ようやく母さんの体をしたパラサイトを殺そうとした時……おれの恩人が言ってくれた」

 

 

―――君がやっちゃいけない気がした

 

 

「その時、その人がどういう気持ちだったかおれには理解できなかった。でも、あの時、くるみが手を出そうとした時、何となくわかった気がしたんだ」

 

 

そうだ。

 

おれの今の力はその時から宿ったものだ。

いわば、あれは母さんを……大切な人を手にかけることをきっかけに手にした。

 

恐らく、あの時、くるみに任せていれば彼女にも強い力、精神力が宿ったかもしれない。

こんな事態でも何かしらの拠り所を見つけて生きていたかもしれない。

 

 

 

でも、この力は悲しかった。

 

 

 

強い身体能力と強い精神力……確かに普通だった時と比べて得た物は大きかった。

 

でも、失ったものも大きかった。

心は冷え切って、手は血まみれだった。

 

あんな姿、他人から見たらどう映るだろうか。

 

 

悲しいのか、泣きたいのか、分からない顔って何なんだろうか。

 

目の前の子たちはおれとは違う。

泣くときは泣ける、ただの人間だ。

 

この子たちが無理矢理強くなるなんて、おれには耐えられなかった。

 

「おれはもしかしたら、偽善だったかもしれない……くるみにとんでもない重荷を背負わせたかもしれない」

 

こんな力は―――おれだけでいいよ。

 

「でも、人間として……くるみの想いだけは捨てちゃいけないんだ。これからもずっと」

 

きっと、くるみのことが羨ましいと思っている。

 

彼女は自分と違って涙を流している。

たったそれだけ、それだけのことが、今のおれには難しい。

人間は心の掃除をするとき、涙と一緒に綺麗にする。

 

おれにはそれが他人より弱くて、必要ないとさえ思ってるかもしれない。

 

一度失い、取り戻して、今度は自分で手放した。

 

くるみが、若狭が、丈槍、先生のことが羨ましくて―――失いたくないと思った。

 

自分は捨てた。

でも、この子たちはおれの代わりに泣いてくれている。

 

おれの話から何を感じ取ったかなんてわからない。

同情されているか、または憐れんでいるのか。

どれでもいい……彼女たちは泣いてくれている。

こんな状況になっても、まだ彼女たちは優しさを忘れずにいてくれている。

 

こんな現実に押し潰されてしまうような、いつか完全に取り戻したかった輝きを―――自分から手放した物を護りたいから、こうして戦っているのだ。

 

「先輩じゃなくても、生きるために殺す時は必ずやってくるかもしれない……苦しいかもしれない……でも、それを溜め込まないで吐き出して、泣いて、少しずつ強くなるしかないんだ。だから、無理に強くなっちゃ駄目だ」

 

力と心が追いつかなければ、結局は化物と変わらない。

 

もう失敗したくない。

人が自分と同じ道を辿るのも見たくない。

 

「だから、ちゃんと考えて、これからどうしたいかを自分で決めるんだ。何かを得て、何かを捨てる時が来ても、捨てちゃいけない物があるということを覚えて、少しずつ強くなっていけばいい。誰かに泣きついても恥ずかしいことじゃない」

 

震えるくるみの震える頭を撫で、変わらない笑顔でこう締め括った。

 

「悲しいことがあると、やっぱり泣きたくなるもんな」

 

 

最後の言葉がすっと胸にしみ込んだ。

 

 

こんな状況になったことは納得してしまった。

どれだけ惰眠を貪ろうと、この地獄が夢になることが無い。

これが夢であったら……せめてこの現実から逃避できればどれだけ幸せだろうか。

 

全てを無かったことのように思い込んで……それまでに失った命さえも忘れる。

 

 

 

死んだ

 

 

好きだった先輩が死んだ

 

 

 

一緒に園芸をしていた部員が死んだ

 

 

 

共に大会に出た仲間が死んだ

 

 

 

教師が死んだ

 

 

 

色んな命が消えて、空の向こうへ消えていった。

 

 

死んだ

 

 

 

死んだ

 

 

 

 

死んだ

 

 

 

「あぁ……うああぁぁぁ……」

 

たった一日で全てが消えて、死んだ。

 

辛かった、哀れだと思った。

 

 

それでも、死にたくなかった。

 

 

 

そして、心のどこかで彼らのことを忘れたくなかった。

 

この学校にいた人たちは、自分と同じ年齢で、時には笑い合い、競い合い、一緒に過ごしてきた。

こんな状況で昔のことを懐かしがり、自分の中から事件を無かったことにするのもまた、一個の生物のあり方だ。

それを否定するのはお門違いかもしれない。

 

 

でも、二人は人間だ。

死んでしまった人たちのことを忘れろと言われて、すぐに忘れられるほど単純じゃない。

 

もっと生きたかっただろう、痛かっただろう

 

 

可哀想で、辛くて、居た堪れなくて。

 

 

 

果てのない地獄に取り残された様に生き残った悲しみと、他の人の死を見送る悲しみ。

板挟みで考えないようにしていた。

人の死を悲しんでいたら、キリがなくなる。

 

そう思って、自分の気持ちを押し殺してきた。

 

でも、どんなに取り繕うと人の性は捨てられなかった。

二人が、紛れもない人間だから。

 

「うああああぁぁ!」

「くる……みぃ……!」

 

死んでしまった人のことを想い、こんな地獄に取り残されて。

 

どうしようもないほどに、疲弊した心に新一の優しい言葉は二人のタガを外した。

 

自分の家族も一瞬で亡くしたかもしれない悲しみは、声を殺して抑えられるものではなかった。

そんな彼女たちに新一は、感情を吐き出させる言葉を、場所をくれた

 

みっともないほどに涙を流し、鼻水を出して二人は声を大きくして泣く。

どこか知らない場所で迷子になってしまった幼子のように。

少なくとも布団の中で殺しきれなかった感情が溢れる泉のように流れ出て、止まらない。

 

傍観していた若狭は地面に座り込んで両手で目を覆う。

 

 

くるみは空を見上げて、泣く。

 

そんな二人の間に入る新一は、二人の肩をそれぞれの手で包み込み、優しく自分の方へ引き寄せて言った。

 

「生きよう。みんなで寄り添って」

 

―――おれはどこにも行かない。皆を置いて、どこにも。

 

 

最後にそう締め括った言葉を機に、二人は新一の体にその身を預けた。

 

新一の服を二人の感情が濡らしていく。

どこまでも青い晴天の下で、二人の人間の慟哭が風に乗って。

 

どこまでも青い空の中に溶けていった。

 

 

 

 

 

(そうだ、おれはどこにも行かない)

 

今はいない丈槍も、こんな風に泣きたくて仕方ないはずだ。

そして、先生も、皆も……

 

でなければ皆の心が壊れてしまう。

 

 

だからこそ、おれが頑張らなければならない。

 

 

おれが皆の身も心も、全て護ってみせる。

故に、おれが泣く暇も立ち止まる暇もない。

 

それに、おれは知っている。

 

 

泉新一(化物)は涙を流さない。




ここでの新一は自ら悩み、自分の逃げ道を塞いで他の人の心のケアまでしてくれる自己犠牲タイプです。

今回が事実上のくるみとりーさんとの和解となってましたが、再び泣かせました。
でも、普通の女子高生がパンデミックに遭えばこうなるだろう、という想像の下で今回の話を作りました。

原作では皆が現状に不安を持ち、身も心も強靭という人がいなくて、全てを吐き出す前に自立してしまったという考えだと思います。
なので、新一がその感情を思い切って吐き出させた話になります。

そうなると、くるみに至っては原作よりも戦闘は苦労するかもしれません。
ここでのくるみは先輩をその手で殺さず、かつ、人としての基本的な感情を残したままなので。
これはりーさんにも言える話ですが。

そして、序盤でサラっと言いましたが、新一の感覚が既に麻痺しかけてます。
ゾンビで実験のためとはいえ刺したり燃やしたり、そして、この現状を既に受け入れてる時点で……


次からは遂に、あの話の前哨になります。
新一のSAN値がどうなるかは、今の私でも予定しておりません。
ただ、どっかで爆発……すると思います。

本分の解説はここまでにして、また次回にお会いしましょう!

また遅れますが!

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