でも、書きました。
―――頭が重い。
カーテンから零れた朝日が顔に当たって深い眠りから目が覚める。
自分は確か、生徒会室でユキやりーさん、めぐねえと寝泊まりしている。
よし、今日は大分事態も把握できてる。
数人分の布団が敷かれた部屋を視線で一周、見渡す。
今までのことが夢で、起きたら自分の部屋だという淡い希望は現実によって崩れるも、それでも大分落ち着けたと思っている。
それだけ数日前の自分は酷かったと自覚できるほどに。
「朝……か……」
非情な現実にまた布団の上に寝そべって毛布を被る。
たとえ落ち着いたとしても、今の現実を受け入れるにはもう少し何かが必要だ。
身体も今の自分の気持ちに連動しているように重く感じる。
この状況には少し慣れた。
それよりも数日かけてやっと受け入れた、と言った方が正しいかもしれない。
そして、諦めた。
これが現実なのは、とっくに分かったことだ。
朝起きて、カーテンを開け、絶望して寝る。
また朝日が上がってから窓を開け、荒廃し、交通事故で上がった煙の臭いに再び絶望する。
曇った日も勝手に起きて、学校中に広がる血の匂いを感じて諦めた。
もう、自分たちが戻れるような平和な世界はどこにもない。
全ては夢の中に消えてしまった。
「くそ……」
息苦しさをそのまま言葉に出す。
頭は既に寝起きから覚醒してるのに、今だけはその寝起きの良さを恨む。
ここが、現実だと理解させるものだからだ。
目元を腕で押さえ、何かが零れるのをこらえるように寝込む。
そんな時、隣から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「起きたのね。くるみ」
腕をどけなくても分かる。
いつでも落ち着きを含んだ大人しい声。
りーさんが自分の方を見ている。
彼女もまた、自分のように絶望しきっている仲間。
「あぁ。おはよう、りーさん」
「おはよう……なんて時間じゃないわね。もう」
「あ、そっか……」
備品の壁掛け時計を見れば、既に時間は午前9時を指している。
普段なら遅刻は確定、急いで行っても先生から注意され、クラスの笑い者にされる光景が目に見える。
だけど、そんな光景はもう夢の彼方。
こんな壊れた世界で遅刻なんて言葉はもう存在するのか?
誰が自分たちを注意してくれるのだ?
自分を笑ってくれる友人などいるのか?
何もかもが真新しくて、ついこの間まで当たり前だった光景がもはや闇の中。
この数日、泣いて、泣いて、泣いたユキはもちろん、うわ言のように誰かの名前を連呼し続けたりーさんだって同じことでも考えてるんだろう。
気持ちは、痛いほどわかる。
「そういえば、めぐねえは?」
「分からないわ。くるみより後に起きたし、くるみが知らないなら……」
「そっか……」
それなら分かるわけねえな。
ここ最近、めぐねえの調子が少しずつだけど取り戻し始めているのを知っている。
最初の頃は凄く動揺してたけど、すぐに色々と動いてくれてたのは知ってる。
ご飯も私たちの分を分けてくれてたからよく分かる。
そう考えると、大人ってやっぱりすごいって分かる。
めぐねえだってこんな状況なんて分からないし、事実、怖いんだろう。
それでも私たちのために動けること自体は凄いことだと思う。
先生だから、大人だから、なんて言うけどそれだけじゃあ絶対にやってられない。
めぐねえは芯が強いんだなって思う。
だけど、本当はもう一人いる。
この中で、めぐねえを入れても芯が強い奴を。
心当たりのある姿を思い出していると、今度はりーさんが私に言ってきた。
「くるみ……」
「どうした?」
「……新一くんは?」
どうやら、考えてることはりーさんと同じだったな。
そう、私たちが絶対に忘れてはならない存在……新一だ。
「……まだ資料室にいるんじゃないかな?」
「そう……」
軽い答えで返すとりーさんも話題を続けることなく引き下がった。
事件があったあの日、全てが壊れた。
街も、学校も、皆の命も全部、消えてしまった。
でも、壊れたのはその他にもあった。
あの後……私を助けてくれた後に新一は奴らが蔓延る校舎の中へと戻って行った。
最初の頃の豹変は凄く驚いたし、命の危険が迫ってたこともあったからあいつのことをあまり気にしてなかったと思う。
でも、あいつが校舎から戻ってきた時、私たちは寒気を感じた。
白いワイシャツが血で真っ赤に染まり、手から血を垂らす姿。
普通じゃない恰好を呈しながら、新一は物静かで明らかに異常事態を受け入れていた。
まるで悟りを開いていたかのように静かだった姿に私たちは驚いた。
なぜそんなに冷静なのか。
なぜそんな平気に戦えるのか。
正直、怖くなった。
単純に血まみれの姿に恐れたという訳ではない。
まるで、新一の皮を被った誰か別人のような気がしたから。
私は別段、そう言ったことに鋭いわけじゃないし、勘がいい訳でもない。
でも、あの時だけは分かってしまった。
あれは新一じゃないって。
多分、めぐねえやりーさんも察してたと思う。
自分でも気づけたのだから、他の人だって気付いてる。
「あの日の新一……覚えてるか?」
りーさんに聞いたはずだったけど、ユキが包まっている毛布もビクっと震えた。
そんなユキのことを知ってか知らずかりーさんは続けた。
「覚えてるわ……夢に出てくるもの」
まるでオバケ扱いだな……なんて軽口は叩けない。
夢には出てこないけど、人のこと言えないくらいに私も相当参っている。
生徒会室に私たちを連れていくとき、死体を跨ぎ、血の水たまりを平然と踏み進める姿はとても見れた物じゃなかった。
「だよな……私だって固まっちまったよ。最初見た時は落ち着いてて、大人びてても人の好さが顔に出てたような奴だったから尚更……」
「えぇ、園芸部に入ってからは水やりの後はよく時計の上の高台で空を見て寝てたわね」
「色々と変な噂も立てられて、一躍有名人になったしな」
話していくうちに話が脱線してきた。
まるで相当昔のことを話しているようだけど、実際は2,3週間前のことだ。
言い換えれば、それだけ濃密で楽しかった時間だった。
そう、楽しかったんだ。
だから、私たちは新一を恐れながら……頼ってしまっている。
「色々あったけどさ、こうしていられるのも新一が頑張ってくれてたからだよな」
「……」
りーさんも分かっているんだろう。
さっきまで思い出に耽っていて弾むように開いていた口がパッタリと閉じた。
「めぐねえだって一時期は何もできなかったのに、奴らが襲って来ないどころか物音さえしなかった……朝も昼も晩も、あいつは戦ってたんだよな」
それくらいここから動かなくても分かってる。
奴らは昼夜問わずうごめき、獲物を求めている。
休息が必要な私たちと違って奴らにはそれがない。
昼も夜も、奴らは休むことなく私たちを食い殺す機会を窺っている。
本当は、もっと早めに自分たちが動かなければならなかった。
恐怖も絶望も全て心の隅に追いやって、恐怖に竦む体に鞭を打って動かなければならなかった。
新一はそうならないために、ずっと戦っていた。
分かってる、それだけは分かってる。
でも、それでも―――
「分かってるんだよ……新一は私たちを全力で護ってくれてるって……でも、でもよぉ! あの光景が忘れられないんだよ! 死体を平然と跨いで、足で潰れた奴らを隅に追いやる姿が!! 血の付いた手で私たちに手を伸ばす姿が、先輩を殴り殺したあの時のことが夢に出てくるんだよっ! あいつの本当の姿なんて霞んで浮かばないんだ!!」
分からなくなった。
数週間もの間、新一とふざけたり笑い合ったりしていたというのにとんだお笑い草だ。
ずっと、それも数週間見てきた、どこにでもいるような人の好い姿ではなく、数日前に一度だけ見た血に濡れた姿が強く記憶に刻まれている。
そして、こんな状況だからこそ、新一の豹変も理解している。
何故なら、それが無ければ自分たちはとっくに死んでいたからだ。
惨劇は今まで築いた物をいとも容易く壊していった。
その破壊痕は深く、一朝一夕では決して埋まらない。
今までの記憶を信じられなくなって自己嫌悪と恐怖で頭が一杯になる。
自分の浅ましさが胸を締め付ける。
今日まで、何度も助けてくれた時のお礼を言おうと思った。
でも、血に濡れた姿が頭の中に浮かんで震える。
自分の心の弱さが新一の本当の姿を歪め、恐怖している。
それがくるみ―――だけでなくりーさんやユキたちを苦しめている元凶である。
「ちくしょう……友達なんだよ……っ! 助けてくれたってのに、別の部屋に追いやったってのにそれにホっとしちまった……っ!!」
深まる自己嫌悪。
頭で理解してるのに、心はそうもいかない。
新一から感じた恐怖感は生物的な本能に刻まれ、癒着した。
こびりついた油のように洗い流そうと擦っても、落ちるどころか逆に広まっていく。
「私だって……言いたいわよ、助けてくれてありがとうって……感謝してるのよ……」
りーさんだって同じように、自己嫌悪に陥っているのだろう。
だから、今まで寝たふりして逃げてきた。
偶に聞こえてくる戦う音も聞こえないふりしてきた。
面と向かって言えない臆病さに二人、いや、布団にくるまって狸寝入りしている三人がまた人知れず涙を流し続けた。
しばらく泣いた後、鼻をすすりながら少し落ち着いた。
「……っ、あ~……なんか、すっきりしたかも」
「えぇ……、また、時間くっちゃったけど……」
再び時計を見た時はもう一時間くらい過ぎていた。
高校生にはあるまじき寝坊具合だが、それは色々と気持ちを整理させた準備期間としてほしい。
私もりーさんも、ユキはまだ分からないけど、ようやく気持ちも整理できてきたのだ。
今まで黙ってた胸の内を口に出せたおかげか頭の中がすっきりした。
こういう時、思ったことを口にすると気持ちいいのは何でだろうな。
今でも、少し新一に会うのは怖いっていう気持ちはある。
でも、それ以上に新一に任せっきりにした罪悪感のほうが断然大きかった。
だから、今、こうして布団にくるまってる自分がもどかしくなって、りーさん……ユキにも届くように言った。
「あのさ……皆で新一に会わないか?」
その一言に二人の布団がピクンと跳ねた。
それだけで二人の思っていることは手に取るようにわかる。
私も同じ気持ちだから。
だからこそ、この気持ちに決着を付けたい。
「私だって、まだ新一のことを考えると震えちまう……でも、せめてお礼だけは言いたい!」
そして、またいつもみたいに気兼ねなく話をしたい。
そんな想いが沸々と湧き上がってきた。
「あいつ、こんな私たちを見捨てずに護ってくれたんだもんな」
本当に失望されたのなら今頃、私たちなど放っておかれてるはずだ。
新一なら一人だけでも……いや、私らみたいな足手まといがいないだけそっちの方が楽に思うかもしれない。
でも、今日までここに残ってくれたってことは、まだ残ってるはずなんだ。
どんなにヘルプを頼まれても、断れ切れずに受けちまうような……あの優しかった新一は死んじゃいないって。
「私、臆病だから、まだ一人じゃ会える自信が無い……だから、一緒に付いて来てほしいんだ!」
友達一人に誰かが付いてないと不安だ。
そんな臆病な私に対し、ここで初めてりーさんは潤んだ瞳で私と向かい合った。
「それは私も同じよ……くるみ」
「りーさん……」
ここで、やっと確信した。
りーさんだって新一を拒絶することに罪悪感を感じていたんだ。
同じ部員で、よくからかっているような仲だったから尚更に。
あの、園芸部として一緒に活動していた時期を思い出していたんだろうか。
そう考えると、今の確執に参っているのはりーさんなのかもしれない。
「私だって……まだ落ち着いたなんて言えない。でも、今のままじゃダメだって分かるもの」
言葉とは裏腹に、りーさんも涙を拭いて決心したように見据える。
「だから、一緒に行ってほしい……新一くんと、また……」
そうだよな。
やっぱり考えることはみんな一緒だ。
未だに話に入ってこないユキもきっと思ってる。
皆、心の奥で新一を恐れてても、やっぱり信じたいんだよ。
それは、あの事件が起こった後の新一じゃない……私たちと笑い合っていた新一が紡いだ縁だ。
あいつは本当は大人しくて、優しい、どこにいてもおかしくないような普通の学生だったんだよ。
あいつと笑い合った日々は夢なんかじゃない。
だから、今でもあいつを信じたいって思える。
その思い出さえなかったら、こんな風に会いに行こうなんて到底思えなかった。
だから、こうしてまた会いたいと思えるのは紛れもない、新一の徳っていう奴だ。
「やっぱり、暗い部屋で寝てばっかだったから陰気臭くなってたのかな……前はこんな性格じゃなかったのに」
「病気は気から、っていうわよね」
まだ、完全に回復したとは言えない。
それはまだ新一に会ってみないことには確かめようがない。
でも、ここまで自分の汚さをりーさん、ユキにも話したんだ。
―――少しくらい、前向きにならないとバチが当たるよな。
何より、私たち全員、めぐねえも含めてあいつに助けられた命だ。
なら、もうここで腐るのは止めだ、止め!
顔を二、三回ペチペチと叩いた後、私は布団から出た。
自分の意志で
寝てばっかで凝り固まった体を伸ばすと、ゴキゴキとなまった証拠が音となって出ていた。
「よっし! 今日から頑張る!!」
「そうね。そろそろ私もお休みはお終いにするわ」
隣で、既に布団を畳むりーさんと、まだ布団に包まるユキ。
二人がそれぞれ、どんな思いで今を生きてるにせよ、私はもう踏ん切りがついた。
受け入れる。
もう、平和だった世界が終わったことも。
そして、新一のことも。
まだ怖くはあるけど、自分たちを助けてくれた、あの姿は決して忘れないために。
◆
巡ヶ丘高校から離れた場所で一台の車が障害物を器用に避けながら前進を続ける。
交通事故で大破した車、折れて地面に倒れた電柱、そして、ゾンビ。
様々な障害物のおかげで宇田とジョー……そしてもう一人の小さい同行者はかなり時間を喰っていた。
「参ったな……これじゃあ目的地まで何日かかるか分からないぞ。これだけ荒れてたら車は逆にやりづらいな」
「だから、ゾンビくらい轢き倒せって言ってんだろ。とっくに死んでるような奴を気にかける必要なんざねえ」
「そうは言うけど、彼らだって元は生きてた人たちだったんだ。死んだ彼らに対してその扱いは……浮かばれないよ」
「浮かばれないって、死んでんだぞ? それを悔やむ奴がどこにいる?」
「そりゃあ、生きてる人が見たら誰だって思うんだよ。居た堪れないからな、こんな……」
周りを警戒して窓から見張るジョーと運転する宇田は何度目かの互いの倫理観のズレで軽く言い合っている。
人よりも人情派な宇田と生存競争に基盤を置いたジョーとの価値観から言い合うことは珍しくない。
それでも、いつも軍配はジョーに上がる。
「もしも、万が一にここでお前が死んだら、ルリはどうやって生きていくんだろうな」
「う……」
「少しでも生きる確率を上げるためだ。いい加減、その甘ったれた性格を何とかしやがれ」
ジョーは少なからず、学んでいる。
人間に対して、いかに揺さぶれば首を縦に振るかを学習し、それを実践している。
最近のジョーは人間の感情を揺さぶるような感情論が上手くなったと見られる。
それというのも、ジョーはミギーと違って、テレビを通じて映画やドラマで言葉や知識を得たことも少なからず関係している。
人間が創り、人間が演じるドラマや映画には人間の感情や想いを視聴者に訴える傾向が強いため、自然と演出に凝ったシーンも増える。
そんなシーンを盛りだくさんに詰め込まれたテレビを見て育ったジョーは少なくとも、ミギーよりは人間の何たるかを理解している。
その上、言葉遣いもミギーのそれより人間らしい故に、感情的な話をされると信憑性も増してしまって言い返しにくくなる。
そういった意味では、最も人間に近いパラサイトと言っても過言ではない。
そして、そんな妙な人間臭さがもう一つの効果を生んでいた。
「?」
「おい、用もないのにすり寄るな。それよりもやることがあんだろ」
窓を見張る目以外のもう一つの目と口、手を少女の傍に作って少女が膝に置くタブレットをコンコンと叩いて急かす。
急かされた少女はコクンと頷いた。
少女もタブレットの画面を指でなぞりながら、身体を伸ばしたジョーの細い体に寄りかかっている。
その様子に宇田も笑う。
「随分と懐かれたな。しっかり護ってやれよ」
「他人事だと思って適当抜かすな。おれが付いてやらねえとそこら辺勝手に歩き回るわ、夜もでけえ声で泣きわめくわ、散々なんだよ。少しは役に立ってもらわないと割に合わねえ」
「役に立つとかそんな問題じゃないだろ……るりちゃん、あまりこいつの言うこと気にしなくていいからね?」
珍しくも苛立たし気な口調で責めてくるジョーに宇田はるりと呼ぶ少女に笑いかける。
元から人の好い宇田の笑みを素直に受け取ったのか、少女はジョーに頬をすり寄りながら頷く。
口が悪い同居人が辟易とさせる珍しい一面に笑みをこぼしながら宇田は車を進める。
宇田たちと同行している、るりという少女は、元々は鞣川小学校の生徒だったらしい。
事件が起きた日、教師生徒含めた周りの人間がゾンビ化していく中を必死で逃げていたのを宇田たちに救助された。
その際、宇田の放っておけないということで、ジョーもそれに賛同して保護、及び同行している。
というのも、ジョーはるりを無暗に逃がして自分たちのことを吹聴されることを恐れたこともあり、同時に何かしらの情報を聞き出すために傍に置いている。
しかし、るりの症状に宇田もジョーも驚きを隠せなかった。
あの日、事件が起こったことと、友達や先生が食い合ったこと、そして食われる直前まで怖い思いをしたということもあり、その幼い心に大きな傷を負わせた。
事件のショック、ストレスでるりは声を出せなくなった。
所謂、失声症だった。
宇田に助けられた安心感から倒れて、起きた後、幾ら喋ろうと頑張っても口を開けるだけで精一杯らしく、叫ぶ以外に意図的に喋れなくなってしまった。
今では、宇田の持っていたタブレットや紙とペンでの筆談がメインになっている。
その症状を知ったとき宇田は泣きながら謝り続け、ジョーは何も言わず、情もかけなかった。
宇田はるりを助けるタイミングが遅かったから失声症になってしまったと自分を責めていたが、ジョーとしてはるりに情の一欠けらもかけていない。
むしろ、声を失ったから捨てても大丈夫か、ぐらいにしか考えていなかった。
というものの、そんなこと言うと宿主がうるさくなることは経験で知っているため、そんなことは言わず、少女の保護に努めている。
ジョーは宿主との折り合いを心得ている。
そして、そこからジョーの受難は始まった。
車の運転は宇田に任せるとして、自分の役割は周りの監視とるりの身辺護衛となった。
宇田自身に戦闘力が無いことと、考える作業は自分の方が優れているという自覚があったため、るりの護衛に努めている。
何より、るり自身がジョーに助けられたからか、えらく懐いていることで合意した。
だけど、パラサイトに不安定な人間の子供の面倒を見るというのは無理、というより無茶だった。
夜、車の中で寝ているとるりが事件の日の恐怖を夢を通して思い出し、夜泣きすること。
しかも洒落にならないほどの大音量で泣くからゾンビを引き寄せる。
その時はジョーが片っ端から斬り伏るからいいものの、そもそもそれだけではるりは泣き止まない。
宇田があやしても全く効果が無く、既にジョーからは役立たずの烙印を押されて凹んだこともあった。
その時、ジョーがパラサイト特有の変身でテレビで見たような動物に変身したり、大口と牙を見せていないいないばあ(本人は脅して大人しくさせるつもり)をした所、見事に成功した。
喋れないながらもニヘっと笑う姿を機に本格的にジョーはるりのお守りを任せられた。
そして、子供特有の奔放さ故に偶の下車の時にもチョロチョロ動き回る困った癖も見せた。
一度、宇田が知らずにゾンビの死体をタイヤに挟み、それをどかすために停車していた。
宇田がタイヤに巻き込まれた死体を片付けている間、るりが久々に外に出た為か宇田たちに黙って近場を歩き回っていた。
その時、るりはゾンビと出会ってしまった。
既に恐怖の対象となっている相手から逃げようとした瞬間、音もなく湧いてきたゾンビに数で囲まれ、逃げられなくなってしまった。
恐怖で元々から失った声も出せない、その場でへたり込んで泣いていた時、それを助けたのがジョーだった。
一瞬でるりを囲んでいたゾンビを斬り捨てた後、荒い口調で注意された後、泣きながら手を引かれたこともあった。
こういった経緯から、るりはジョーを気に入ってしまった。
子供特有の無邪気さゆえに、宇田の人の好さも知り、信用しているが、ただジョーのほうが安心できるご様子。
それから、夜泣き防止にジョーの体を抱いて眠るなど最近ではよく見かけるようになった。
ジョーは鬱陶しく思っているためか、完全に眠ったのを確認した後はスルリと抜け出してグチグチと悪態を吐く。
ジョー本人に言えばまた悪態を吐くだろうが、宇田から見れば地獄の中の癒しにしか思えない。
そして、ジョーもそんなるりに付き合わざる得ない状況を淡々と過ごしている。
「そろそろ飯も少なくなってきたな。これからどうすんだよ」
これまでに起こったことを思い返していると、ジョーから声がかかった。
恐らく、荷台に詰め込んだホテルの食べ物のことだろう。
「そうだなぁ……なんか、コンビニとか崩れてるし使えるとは思えないしなぁ」
「電気も停まって腐ってるものが多いだろ。こいつの食い扶ちさえなければもっと長持ちできたんだがな」
「るりちゃんは悪くないだろ。成長期の子が食べるのは当たり前だ。それに、食べる量で言うならぼくたちの方が相当だろ……それに、服といった雑貨もまとめて欲しいんだよ」
ここ数日のところ、ホテルで仕入れた食料は既に底を見せ始めていた。
ジョーも最初は宇田の分だけを仮定していたのだが、るりの同行によって想定以上の食料の減りを見せた。
成長期のるりは少女でありながら予想以上の食欲を見せた。
とはいえ、宇田もジョーを加えた分の消費量の方が圧倒的に勝っていたのだが。
その上、そろそろナイフとかそういった雑貨も欲しくなってきたのはジョーも同じ。
コンビニを見つけて、その都度回収するのもいいが、それでも品数の関係で充分な量を確保できるとは思えない。
そろそろ車での路上生活にも限界が見え始めている。
ホテルのような比較的、いや、せめて寝転がれるような寝床も確保したい。
そんな要望を都合よく叶えてくれる場所があるだろうか。
そう思っていると、るりがタブレットに指を滑らせる。
「おっ」
その様子にジョーが声を上げると宇田も緩やかに車を止めてるりが見せてくるタブレットを見ると、少し不慣れな字で書かれていた。
『りーねーといっしょにいったデパートがあります』
その書き込みに宇田とジョーが目を丸くした後、お互いに目を見合わせた。
「ジョー!」
「あぁ」
二人の考えは一致したようで、何も言わずとも声が弾んだ。
「そこまで案内してもらえるかな!?」
宇田の嬉しそうな問いにるりは再び指をなぞらせ、タブレットを見せる。
『めぐりがおかの、学校の近く』
難しい漢字は平仮名に直されているが、それだけで充分だった。
ジョーは途中で無人のコンビニから拝借した(盗った)地図をめくる。
目を増やし、現在地と目的地を見合わせる様子にるりは興味津々に見入っていたが、そんなことはお構いなしに手を生やして指をさす。
「これか」
指さしたところには『リバーシティ・トロン・ショッピングモール』と書かれていた。
そして、よく見たら近くに『巡ヶ丘高校』の文字も。
「ここ、新一くんの学校じゃあ……」
「なるほど、これはおれたちにとっても都合がいいぞ。近くにガソリンスタンドもあるし、もしかしたら生存者も残っていて、情報も得られるかもしれねえぞ」
「それじゃあ……」
二人、いや、三人は見合わせて、頷いた。
目的地は決まった。
進路が決まったことで宇田の表情もぱぁ、っと明るくなる。
「よし、じゃあそこに行こう!」
気合とも取れる声と共に止めていた車を再び動かす。
行き場所が決まっただけでも気の持ちようは大分変わっていた。
ゾンビしか見ていなかった欝々しさから一変して少しの希望が灯っていた。
「新一くん、大丈夫だといいんだけど……」
「あいつはお前と違ってメンタルも身体もできてるから心配するだけ無駄さ。お前と違ってな」
「二回言うなよ!!」
動き出すと再び漫才のようなやり取りが始まる。
運転中に喧嘩しているような、それでいてじゃれ合っているような光景はるりにとって面白い見世物になっていることは二人して知らない。
「ん?」
そんな中、ジョーが自分の身体が突っつかれている感触に気付き、そっちを見るとるりがジョーをじっと見つめていた。
「なんだよ。また何か思い出したか?」
そうとだけ言うと、るりはプーっと頬を膨らませる。
「?」
もちろん、人間の感情の機微に疎いジョーにはその真意が分からなかったが、バックミラーで見ていた宇田は笑っていた。
「るりちゃんはお前に褒められたいんだよ。そうだよね?」
問いかけると、ミラーの先で元気よくコクコクと頷くるりが映る。
そんな二人の様子にジョーは当然のように聞き返す。
「つまり、役に立った褒美渡せってことか? こういう所は随分と利己的だな」
「そんな大したものじゃないよ。そうだな……頭を撫でてやればいいんじゃないか?」
「撫でる? その程度でいいのか?」
心底不思議そうに聞き返すジョーに宇田はどこまでも嬉しそうに、太陽で輝く笑顔を顕した。
「人間ってのは、ありがとうの一言でも頑張れる生き物なんだよ」
そうは言うが、ジョーにとっては理解できないことだった。
そもそも、善意を善意で返す意義が分からないジョーにその感謝の気持ちを理解しろというのが無理があった。
互いが協力し合うのは利害の一致しかあり得ない。
この場で協力した仲でも、場合が違えば騙し合い、殺し合う仲になるなど当然のこと。
それを宇田を含めた人間はそれに『感謝』し、『正直』でいることが分からない。
自分に利があればそれでいい、それがジョーの不変の真理。
だが、ここらに土地勘があるるりのやる気を維持するための理由も含まれているのなら、撫でることくらいいくらでもやってやる。
フロントガラスに目を向けながら、後部座席のるりのために新しい手を創り、小さい頭の上に乗せて往復させる。
柔らかで繊細な髪の毛の感触と共に、ニヘっと笑うるりにジョーは人知れず思う。
(こんなことのどこに意義があるのか……やっぱ人間って分かんねえな)
自分がなぜ、こんなことをやっているのか理解できないままジョーはるりとの交流を深めていった。
今回は、くるみとりーさん、そして宇田&ジョーサイドの話でした。
今作のくるみたちですが、原作よりも立ち直りが遅い設定です。
というのも、新一に甘えていたということになりますが。
ただ、原作のようにパンデミック後にも積極的に行動できるくらいくるみたちのメンタルは強いです。
しかし、今作では新一という頼りになる人物が積極的に動いているということで充分な休息を取る時間が取れました。
言うなれば、『甘え』とも取れる行動も一種の『心の暇』に繋がるものとしてます。
なので、原作よりも心の余裕、または立ち直りが早いとも言えます。
これも、新一による一種の救済とも取れると思います。
ただ、本人はその間にも鉄の心に徹していたので精神ががががが……
そして、同時進行で書いた宇田サイドですが、要点はこうです。
ジョーが幼女とイチャってます。
進路先はショッピングモールに行きます。
人間の心が解らぬ。
こんな感じです。
とりあえず、SSではありがちな原作ステージへの移動イベントをひっそりと消化しました。
なので、色んな過程が無理矢理に思えても無視してください。
と、まあ今回はこんな感じです。
それでは、次回にお会いしましょう!