ナザリック百景   作:つるつる蕎麦

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楽しんでくれたら嬉しいです。


エ・ランテルの片隅にて

 至高の支配者の執務室。

 

 部屋、と言うよりは半ばホールのように広く豪華な内装を持つ場所であるが、そこに詰める者達(最近慣れてきたがまだ落ち着かない一名を除く)にとってはそれは当然の光景である。

 室内には至高の存在としてナザリックを統べるアインズ、守護者統括でありナザリックの運営責任者のアルベド、執事として控えるセバス、当日担当の幸運な一般メイド一名、その他天井に護衛要員として張り付く八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)複数名といった者がいた。

 普段は通常報告業務などで回されてくる書類などをアインズが黙々と目を通したり承認作業をしている事が多いが、今に限ってはアインズの脇に立ったアルベドが、普段とは異なる沈んだ表情で報告を口にしていた。

 

「申し訳ありません。現時点では労働力としてのアンデッド(スケルトン)の市民利用は思うに拡大しておらず、アインズ様のお望みにお応えできておりません……」

「ふむ……使い所は多いと思うのだがなぁ……」

「やはり下等生物ごときには道具の価値を理解するだけの知性がないのではないでしょうか?」

 

 アルベドが憤懣やる方ないという口調で疑問を口にする。

 彼女にしてみればアインズから「強制はするな」と釘をさされているからこそ過激な手段を取っていないだけで、もし許しが出るのであれば無理矢理にでも各家庭へアンデッドを送り込みたいところだ。それどころか気分的にはそのまま反抗的な態度を取る人間を徹底的に踏み潰したいとすら思う。

 しかし、エ・ランテルを平和のうちに支配する計略は、最愛の主であるアインズが練り上げた巨大な智謀の成果として結実させねばならない。それを自分ごとき奴隷の愚かな考えで邪魔してしまい、主の覇道の妨げになど間違ってもなるわけにはいかない。それがよく分かっているからこそ歯噛みをして耐えているのだ。

 この辺りのアルベドの反応が容易に想像できたアインズは、内心で冷や汗を書きながら次の言葉を探す。これ支配者っていうか調整役だよなあーとか思ったりするのも日常茶飯事なのが困ったものだ。

 

「待て、待つのだアルベド……! その判断は早計だ。それに一つ気になったのだがな、現場でアンデッドの利用を広める活動をしているのは誰だ?」

「はい。シモベの中より比較的人間の外見に近いものを選び出し、現地で説明会を開くことによって周知と拡散をしております」

「あー、うん……ならば私に一つ考えがあるのだが、それを一度やってみてくれ」

「はっ! アインズ様のご命令とあらばいかようにも!」

 

 ・

 

 エ・ランテルの支配者が変わった。

 つい先日まではリ・エスティーゼ王国の主要な商業都市であり、帝国に対する防壁でもありまた橋頭堡でもあった都市は、たった一度の大敗によってその在り方を変えられてしまった。

 魔導国。それが今のエ・ランテルを治める国の名である。誰ひとりとしてはっきりとした正体を知らないが、神にも匹敵するような恐ろしい魔法の力によって多数のリ・エスティーゼ王国の兵士を虐殺し、和睦の条件として街がまるごと一つ魔導国に差し出されたためだ。

 街に住みながらも逃げる先のあった貴族は我先にと街を後にし、有力な商人たちは事の行く末を見守るために安全な場所で情報を集めている。しかし大多数の住人は他に行く宛もなく、息を潜めるようにして新しい支配者の動向を見守っていた。

 ただ、そうは言っても毎日を暮らさなければならない住人たちは忙しく動き回っているのだが。

 

「で、どうだったよ」

「うーん、悪くはなさそうなんだけどよお……」

 

 エ・ランテル郊外の麦畑近くで二人の男が話している。

 

「……使い方も分かるし便利っぽいし金も安いんだけどよ、なんかゾッとするっていうかよ……」

骸骨(スケルトン)だしな」

 

 手に持ったピッチフォークで地面を弄びながら、男が口を開く。スケルトンといえば墓地から湧き出る危険な存在であり、いつ何時であっても人間の敵という印象しかない。動死体(ゾンビ)などはその腐敗臭からして最悪だし、食屍鬼(グール)辺りに至っては単純に危険さで普通の人間の手には余る。

 

「だろ? 危なくは無いらしいけど、気味が悪いしよ……誰かの骨ってことだろ?」

「……カッツェ平原から取ってきたんかなあ」

「そうだろうよ……でもよ、気になるんならいっぺん見てみたらどうだ?」

「……説明会とやらは金がないと入れないとか、そういうことは無いんだろ?」

 

時間はまだしも作れても金は作れないというのが一般的な住人の姿である。

 

「金はかかんねえよ。街の通りに案内が出てるから、明日の昼時にでも行けば間に合うぜ」

「じゃあ、話の種にでも見てくっかな……」

「ただまあ、あんま気持ちのいいもんじゃねえよ? なんか説明してくれる奴も気味が悪いぜ? 覚悟してけよ」

「そりゃ余計に気になるじゃねえか」

 

 二人の男は話をそこそこに切り上げ、それぞれの作業へと戻っていく。

 なんだかんだ言いつつ娯楽といえば酒と博打と女くらいしかなく、博打と女は金が無いとどうにもならないということもあって住民は娯楽に飢えている側面がある。それは日々を農地で費やす人間も街から出ずに商売をやる人間も変わりない。金の掛からない目新しい何かと聞けば、飛びつく人間のほうが潜在的には多いのだ。ただ実際には日々を生き抜くための生活に追われてなかなか時間が取れないが。

 加えて今はエ・ランテル激動の時だ。人々は大なり小なり情報を求めているし、新しいことに敏感に反応しておくことは自分の安全にも繋がる。遠目の力を持つものが見渡せば街の中で、外で、こうした形での情報交換が積極的に行われている所が多く発見できただろう。

 つまり今のエ・ランテルは支配者が人間ではないという重圧を無視すれば、新しいことを始めるのには絶好の機会でもあったのだ。

 

 翌日。

 街の中には昨日の農夫の姿があった。辻道に出された案内通りに進むと一つの建物に突き当たる。普段は住民の小規模な集会場として使われている場所だ。

 受付に座る薄気味悪い男におっかなびっくり声をかけると、数字の書かれた札を渡される。そして促されるまま室内に入ると小さな机と椅子が並べられており、机の上には札に対応する数字があった。

 正面には講師が利用するのであろう教卓が備え付けられている。彼以外にも既に席についている者がちらほらとおり、説明会が始まるのを待っているという状況だった。

 室内にいるのは全員男ばかりで15人程だろうか。比較的若い男が多いのは怖いもの見たさといった度胸試しみたいな気分もあるのかも知れない。

 農夫は微妙に緊張感のある室内の雰囲気に少し怯みつつも、適当な席について時間が来るのを待つことにした。

 

 カッ、カッ、カッ、カッ、カッ……

 

 しばらくの後、部屋の外を歩く足音が農夫の耳にも届いてきた。

 恐らく講師だろう。気味が悪いと言われていたが、あの魔導国の連中と繋がっている輩であることは間違いない事を考えると、一体どんな化物が顔を出すのだろうか? と高まった農夫の緊張感は……現れたその姿を見て綺麗さっぱり吹っ飛んだ。

 

 信じられねえほどの美人じゃねーか!

 

 黒一色のタイトな膝まで届くスカートからは形よく長いふくらはぎが伸びており、スカートに小さく入ったスリットからはほんの僅かだが太腿までもが覗く。その上には生地を張り詰めさせる柔らかそうな腰が乗っていた。

 上半身はおろしたてにしか見えない白い長袖の襟の立ったブラウスを着ており、首元まできっちり止められたボタンという清楚な印象を裏切るように内側からは凶暴とも言える胸が自己主張している。

 艶めく黒髪は上部で優雅に結い上げられており、その下にある顔といえば……もう集まった男共には表現不可能な美しさだった。

 講師の女性は眼鏡を掛けているのだが、少しも美しさの邪魔になっていないどころか掛けてないともうダメだと言いたくなるような似合いっぷりだ。

 そして首にはそこだけが他の印象を裏切るかのように付けられたチョーカー。色っぽいを通りすぎてなんだこれは女神かと、頭をハンマーでぶん殴られたような気分で呆然としているところに(実際その場にいた全員がそうだった)、その講師が口を開く。

 

「皆様、ようこそお越しくださいました。ぼ……失礼いたしました。私が本日農作業用アンデッド『スケルトン95』の説明を担当するリリィ・アルファと申します。どうぞよろしくお願い致します」

「はっはいよろしくお願いします!」

 

 返答が何故か男たちによる唱和のようになったのはまあ偶然だが、必然でもあった。

 良い返事に満足したように講師が小さく微笑む。農夫は衝撃の抜け切らない薄ぼんやりとした頭で、今の微笑で多分死んだ奴が出たと思った。

 前に立つ女性講師はそんな男どもを見渡すと、話を切り替えるかのように手に持った指示棒で「ピシ!ピシ!ピシッ!」と教卓を叩く。呆然としたままだったのであろう幾人かがその音に反応して背筋を伸ばす姿が見える。

 講師は一瞬にして完璧にその場の空気を支配していた。

 

「ではこれから説明に入らせて頂きますが、まず最初に今回紹介するスケルトンが魔法的に創りだされたものであって、誰かの死体を材料にしたものではないということを宣言しておきますね……入りなさい」

 

 講師が外に声をかけると、3体の真っ白なスケルトンがカクカクとした動きで室内に入ってくる。うっ、と引き気味になった聴衆だったが、講師は平然とそのスケルトンに近づき、そのうち1体の頭を指示棒で叩いてみせた。コンコンと軽い音がする。

 

「見てくれはこのように人骨そのままですが、この3体の背の高さが全く同じなのが分かりますか? よく見比べると手や足の形まで完全に同じ骨格をしているのもお分かりかと思います。皆様も御存知の通り、全く同じ姿形の人間などおりませんから、魔法で創りだされたものだというのがご理解頂けるのではないでしょうか」

 

 言われてみればと農夫はスケルトンに目をやる。そもそも荒野で見かける動物の白骨などは薄汚れていたり欠けたりしているものだが、目の前のスケルトンはまるで磨かれたように綺麗で不潔感が全くない。

 

「一般的にアンデッドと言えば危険と思われるでしょうが、高度な魔法によって創りだされて完全に制御可能なものや、高い知能や人と変わらない感情を持つものなどが多数いる種族でもあるのです。人間にも温和な者と粗暴なものがいるのと同じですね」

「な、なるほど……今もうここは魔導国、だしな……」

 

 ある男の呟きに気を良くしたのか、講師はその男に向けてニッコリと笑う。あ、あいつも絶対やられた、と農夫は思った。

 

「魔法で擬似的に与えられた知能も持ちますので、簡単な命令なら誰でもすることができます」

 

 講師は続けて幾つかの命令を与える。座れ、歩け、伏せろなど。そして言葉の通り3体のスケルトンは行動する。一通り簡単な動きをさせ終わった後、講師は前の方の席に座っていた一人の男に声をかけると、前に来てスケルトンに触るように指示した。その男は微妙に怯えが残っていたのか少々難色を示したようだったが、講師が再び「ピシ!ピシ!ピシッ!」と教卓を叩くと、弾かれたバネのように立ち上がった。

 

「大丈夫です……怖くないですよ。私が手を添えてあげますから一緒に触りましょう」

「はっはははははい!」

 

 男の後ろに回り、体が男に触れそうな距離でスケルトンへと手を導く講師。陶然とした表情でスケルトンを叩いたりつついたりしているあの男はもう絶対にダメだし、手だってしばらくは洗わないに違いないとその光景を見た全員が思った。同時に「なんで最前列に座れなかったんだ俺は!」という後悔もしていた。

 

「はい。席に戻って下さい。……とまあこのように危険はありませんし、命令には忠実でもあります。また人を直接害するような危険な行為はそもそも禁止されていますので、例え子供が使ったとしても人間以上に安全です。ここまではよろしいですか?」

 

 男たちの頭が同意を示すようにカクカクと一斉に動く。もはやどちらがアンデッドか分からない。

 

「では、実際の農作業でどのような事を任せられるか、この集会場の裏手に広場がありますのでそちらで実演してみせましょう。皆様、私についてきて頂けますか」

 

 その場にいた男たち全員が親を刷り込まれたカルガモのように列をなして講師の後についていったのは言うまでもない。

 

 ・

 

「流石はアインズ様です! アインズ様の叡智は人ごとき容易く操っておしまいになられる!」

「アルベド……私が何のために実際に人間の暮らす街にまで出て、多くの情報を収集していたと思うのだ?」

 新たに上がってきた講習会の成果報告書を手にしたまま「あの行動にはそのような思惑まであったのですね! ああ、ああ、アインズ様、至高にして比類なく賢明なアインズ様……」と身悶えし始めたアルベドを横目に「んな訳ないんだけど」と頭のなかで呟くアインズ。

 実際のところは、人間からすれば得体の知れないシモベが講師役をするより、綺麗どころがやったほうがウケが良いに決まってるという単純な発想と、現実で女教師であったやまいこの創ったユリ・アルファであれば最適な組み合わせに違いない、というだけのことだったのだが。

 

 服装については……こう、かつて見たことのあるそういう方面の映像ソフトでの女教師のアレがアレという訳だったので、まあなんだ、多分男の遺伝子にはああいうのに弱いという何かがあるんじゃないかと思ったというかなんというか。

 まあちょっとやまいこさんに申し訳ない気もしたのだが、実際にユリに命じる時に「この格好は由緒正しい女教師の服装なのだ」と言ったらユリの雰囲気が変わったのも確かだし……服装くらいまでなら許してくれるんじゃないかな…………と考えたのだった。

 

 もちろん、ユリに指示した内容にいかがわしさは全く無い。まあ説明させた内容に「死体が原材料じゃない」など一部嘘は混じってはいたが、それを除けば普通に講師役をせよと命じただけだ。

 なので、説明会に参加した人間は中学生が美人教師にのぼせ上がる如く勝手に魅了されているだけである。事実ユリはまともな講師として完璧に仕事を果たしていた。

 

 この手の色仕掛けじみた方法ってアルベドなら真っ先に思いついてもおかしくなさそうなもんだがなあ……と横目でアルベドをチラリと見ながら不思議に思ったアインズだが、実際のところアルベドのそういう興味や対象は「アインズ様」一色なので、「下等生物」にウケを良くする方法など雄カメムシの好み並に盲点になっていた。女淫魔(サキュバス)なのに。

 

 

 さらに数日後。

「よお~! どうだったよ……うはっ!? お前それ骸骨(スケルトン)じゃねえか!?」

「あ、まあな……これ物凄く便利だぞ……て言うか、お前この間これの説明会の講師、どんな奴だって言ってたっけ?」

「え? いやだから若い男なんだけど、なんか体の下に別の生き物でもいるようなって言うか、動きも気味が悪くて……」

「……ツイてなかったな!!」

「突然でけえ声出すなよ馬鹿野郎! 一体何だってんだ?」

「信じられねえほどの美人が出てきたぞ! なんか滅茶苦茶いい匂いもするし、色っぽいし優しいのに厳しいし、街で今じゃすっかり有名人だぞ!」

「……なんだと!?」

 

 このしばらく後にエ・ランテルでは「《美姫》ナーベ派」と「《女教師》リリィ派」が誕生し、骨肉の争いを繰り広げるという醜悪な様相を呈するのだが、スケルトンの方は一度住人の忌避感が後退すると驚くほど静かに街の暮らしに溶け込んでいった。

 帽子や服を着せられた野良仕事スタイルのスケルトンが井戸で水汲みをしていたり、黙々と片足立ちで案山子(かかし)活動に精を出すスケルトンがいたりといった光景が見られたり……。

 中には何かに目覚めたのか、盗賊に襲われた一家を守るべく刃の前に立ちふさがり、家族を守り抜いて堂々の立ち往生を遂げたスケルトンが現れたりといった感動秘話が生まれたりするのだが……。

 それはまた別の話である。


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