オーバーロードSS 『ナザリック狂詩曲』 作:kairaku
???
シャルティアは紅茶を味わっていた。
奥深い香りのダージリンがシャルティアの可愛らしい鼻をくすぐる。
そのお供に味わうはこの世界で売られている高級クッキー。
潜伏していたソリュシャンが土産に持ってきたもので様々な乾燥させた果物を練り込んである。
正直高級品という割に質素な菓子でナザリックで作られる菓子に比べれば二段落ちる。
「まぁこれはこれで乙なものよね」
美食家気分で粗末なクッキーを許す。
そうこれらはあくまで演出のようなものなのだ。
シャルティアはテーブルに置かれた分厚い本をゆっくりと愛しそうにめくる。
『ペロロンチーノ様が所有していた百科事典(エンサイクロペディア)』
アインズから頂戴したシャルティアの宝物。
特に読書家ではないシャルティアだが暇を見つけてはこの本を読んでいた。
何かを調べるわけでも何か知識を増やそうというわけでもない。
しかし一ページ、一ページしっかりと読む。
「あ、うふふふ……」
丁寧な説明文の隅にぶっきらぼうに、だが説明文よりもより詳しい分析文を発見すると
シャルティアは嬉しそうに微笑む。
本の元所有者であり、自らを創造したペロロンチーノの書いた文。
それは例え一行にも満たない走り書きだとしてもシャルティアにとっては砂金を発見したような喜びを与えてくれる。
その度にシャルティアは本を閉じ、ゆっくりと紅茶を飲む。
シャルティアにとって最高の一時だ。
カーンカーン
ガラガラガラガラ
この音がなければ――――
「ちょっと静かにしなさんし!」
「静かにすんのはアンタよアホ吸血鬼! 工事中なんだからうるさくて当たり前でしょ!」
杭を打ち付ける音と土砂が崩れる音、他にも色々な音が混ざりあい静かな森を騒ぎ立てる。
現在進行形でナザリックの出張要塞を作ってる場に何故かパラソルを立て、リゾート気分で紅茶を飲んでるシャルティアに怒り心頭のアウラ。
「いやね~チビスケ。こうやって監視を手伝ってるでありんしょ?」
「どこがよ! お茶飲んでるだけじゃない!」
一応ナザリックから建築物資を運んでくるという名目でゲートを時々開いてはいるがそれだけである。 運び終ったならとっとと帰って欲しい。
「こういう事はお茶でも飲みながら優雅にやるものでありんすよ」
シャルティアが指を鳴らすとメイド服のヴァンパイアブライドが恭しく紅茶を注ぐ。
そのままわざとらしく紅茶の香りを楽しむ素振りをすると、アウラに見せつけるように紅茶を飲む。
「ははーん。シャルティア、アンタ寂しいんでしょ?」
思わず紅茶を吹き出しかけるシャルティア。
「ば、馬鹿じゃないの!? そんなわけないでしょ!」
図星なのか素で喋るシャルティア。
色々と事情があるシャルティアは、あまりナザリックから外に出してもらえない。
「うう、いいでありんす。部屋でヴァンパイアブライドと乳繰りあってるでありんす……」
いじけたようにヴァンパイアブライドのスカートを捲る。恥ずかしそうにスカートを抑えるヴァンパイアブライド。
しかし圧倒的なレベル差の前に成す術無し。綺麗に剥かれる。
「しましま……アンタそれパワハラよ?」
「メイドのパンツはしましまでしょ?」
誰もいないはずのシャルティアの後ろにとある至高の御方がぐっと親指を立てているのが見える。
頭を振るうアウラ。やはりシャルティアの後ろには誰もいない。
「あぁーー分かった分かった、居ていいから! 邪魔しないでよ」
流石にシャルティアが可哀想になるアウラ。
シャルティアの事になると自分でも知らずに甘くしてしまう。
「いいでありんすなアウラは外で行動出来て、この前なんてアインズ様と二人で任務でありんしょ?」
「う、うん。まぁね」
シャルティアの問いかけに素っ気なく答えるアウラ。
アウラの態度を不思議に思うシャルティア。
アインズとの二人きりでのお出掛けなどご褒美にも似た任務だ。
自分であればアルベド達に自慢するだろう。
「そういえばメイド達がありもしない事を言ってたでありんす……」
「な、なにさ」
じっとりと、まるで炙るような視線でアウラを見る。
「アインズ様がアウラに告白されたとか」
アウラの顔が火を付けたかのように一気に真っ赤になる。
なんとか誤魔化そうとするがニヘっと口が緩み、身体を嬉しそうにくねらせる。
「え、本当に? え、はっ? ありえないでしょ?」
「……私のこと大好きだって」
浮かれるアウラにシャルティアは悪態つく。
「……『子供』としてでありんしょ? 嫌でありんすなぁ、マセた子供の勘違いわ」
シャルティアの言葉にアウラはくねらせたていた小さい身体をピタッと止める。
「……そうね。大きくなりなさいとは言ってたわ。で~も~、今の時点でもアルベドやシャルティアよりも好きだって言ってたし~。よっぽど普段の二人が煩わしかったのかなー?」
空気が変わる。
一時前の掛け合いが冗談であったことを感じさせるようにシャルティアとアウラの間に剣呑な雰囲気が広がる。
この世界では存在自体が災害クラスのレベル100の化け物二人。
その二人が身体中から殺気を放つ。
普通の人間ならば対峙しただけで心臓を止めてしまうような氷の殺意。
その殺意が解き放たれそうになるその時。
シャルティアとアウラ、二人にメッセージが届く。
ナザリック第六階層 闘技場
デミウルゴスは事前にアルベドに今回の企画の許可を取っていた。
基本的に階層守護者は何かしらの仕事についており、全員で集まるには色々とスケジュールを調整しなければならない。
調整を管理するアルベドには今回の企画は『勉強会』だと伝えアルベドも特に疑問を持たず了解した。
デミウルゴスにしてみても嘘をついたつもりはない。
『保健の勉強』はこれから先、必要な事だ。
しかしそれでも正直に言わなかったのは女性陣が嫌がると思ったからだ。
男性陣でもあまり歓迎さてないこの勉強会を女性陣が好むとは思えなかった。
これは自分の思い過ごしで実際は抵抗ないのかも知れないが、とにかく何か『いちゃもん』をつけられても説き伏せるだけの言い訳と正論は考えてきた。
後は思った通りの結果を出さねば
デミウルゴスはその聡明な頭脳で色々と考えていた。
――が。それは現れたアルベドの姿によって霧散に消える。
「あら皆早いのね」
「あぁアルベド待って、た…………」
ピンクのパステルカラーを基調としたフリフリのワンピース。
柄にはクマやウサギのヌイグルミがプリントされ、蝶々に結んだリボンが端々に備えられている。
頭には青のリボンが付いたカチューシャ。
足はピンクとホワイトのしましまニーソックス。
腕には『これが今日のファッションのキーポイント』とばかりにアインズのでっかいヌイグルミを抱いている。
アインズの元の世界でいう『スウィートロリータ』
俗に『甘ロリ』とも呼ばれるファッションで、シャルティアのよく着るゴシックロリータとは真逆のロリータファッションである。
『ピュア』と『天使』をモチーフとしている甘ロリ衣装に身を包んだ大天使アルベドとも言うべき存在は「どうしたのかしら?」と普段と変わらぬ感じで唖然とするデミウルゴス達を見る。
「な、なんですかその格好は……」
あのデミウルゴスが大変珍しく動揺している。
ナザリック一の切れ者の頭脳が目の前の人物がどうしてそんな格好をしているのか考えようとして色々考えて、面倒くさくなって考えるのを止める。
「あぁこの格好? アインズ様はどうやら『子供っぽい』格好が好きみたいで……どうかしら?」
と、いたいけな少女のポーズで上目遣いをするアルベドだが、大人びたアルベドがやると可愛らしいどころか痛々しい。
マーレはおろおろと困ったように目を背け、コキュートスはガチガチと顎を慣らし警戒音を出す。
混沌(カオス)とかした闘技場に黒い渦が現れ、ゲートが発生する。
「子供は子供らしく恋愛ごっこしてるでありんす!――――!?」
「アンタだって子供みたいな体系の癖に!――――!?」
ゲートから口喧嘩しながら現れるシャルティアとアウラが目の前のアルベドに驚きで固まる。
「何よそのイカれた格好は!?」
「風俗嬢ってヤツでありんすか?」
二人の暴言にアルベドが顔をヒクつかせ二人に迫る。
「誰が風俗嬢よ!! 可愛いでしょ!! っていうかシャルティア、あんた人の事言えるの?」
「この衣装は『美少女』の私だからこそ相応しい服装なのでありんす! オバサンには無理でありんしょう?」
オホホと笑うシャルティアと今にも我慢の蓋が開きそうなアルベドをよそに、アウラがテーブルに置かれた資料に目をやる。
「げ、なにこれ。エッチな本?」
アウラにつられてアルベドとシャルティアも資料を目にする。
「夜の営みについて……基礎から学ぶ性の仕組み……」
「これが『勉強』でありんすか? 馬鹿馬鹿しいでありんす……」
熱心に資料を読むアルベドとは対象的につまらなそうに呆けるシャルティア。
アウラは資料から目を離し明後日の方向を見ながら薄い胸を張る。
「そ、そうそう。私にも必要ないし!」
「「貴女(チビスケ)はやりなさい」」
「な、なんで!?」
「貴女はこれから大人になってくのだから勉強しないと」
「そうそう。自分が子供だって分かってればアインズ様が言った事の意味も良く分かるでありんす!」
シャルティアの言葉に思い出したようにニッコリと笑うアルベド。
腕に抱えたアインズ人形がアルベドの豊満な胸に挟まれ苦しそうに歪む。
笑ってはいるが先程よりも殺気立っているのが分かる。
「うふっ。そうそう忘れてたわ、アウラに聞きたいことがあったのよね!!」
女三人寄れば姦しい。
今回の集まりの事など忘れて騒ぎまくっている女性守護者達。
アルベドどころかシャルティア、いつもは止めに入るアウラまで暴れている。
完全に忘れ去られた男性陣。
どうしたらいいか分からないマーレはデミウルゴスを見て固まった。
デミウルゴスの顔は『素顔』に戻っており、背中からメリメリと音を立てて悪魔の翼を広げている。
誰がどう見ても怒っている。
正真正銘のマジギレだ。
それに気付かないアルベド達。
コキュートスも万が一を考え戦闘体勢をとる。
マーレも混乱しながらも杖を構える。
止めようにも止められぬ。
ナザリックの『狂詩曲(ラプソディ)』が始まろうとしていた。
――――しかしその
『守護者達よ、全員王座の前に集合せよ』