オーバーロードSS 『ナザリック狂詩曲』 作:kairaku
王都 中央広場
飾られた壇上の上から漆黒の戦士が万雷の拍手を受けながら降りる。
拍手だけでない。歓声や口笛、あらゆる歓喜の表現が向けられ、中には涙ぐむものさえいる。
「素晴らしい演説でした!」
王女ラナーが輝くような笑顔で漆黒の戦士を称賛するとそれを皮切りに、今回この式典『慰霊式(いれいしき)』に参加した要人達が続々と漆黒の戦士に握手を求めてきた。
皆、称賛の言葉を口にし漆黒の戦士を褒め称える。
(はぁ。勘弁してくれ……)
漆黒の戦士ことモモン……ことアインズは胸の奥で大きな溜め息をついた。
今回この慰霊式に出るにあたって国民に激励の言葉を送って欲しい、つまるとこ演説を頼まれたのだが正直なところアインズには全く自信がなかった。
この体になってから演説のような事は何度かしてきたが、それはあくまでナザリック内でのこと。 支配者という立場での演説と今回のような立場での演説は全く違う。
そもそも普段の演説だって上手くいっているのかと疑問が残る。
(功労者の立場でとはいえ、大勢の人間の前でいったい何を話せというのか……)
そもそも立場で考えればアインズは『加害者』側なので加害者が被害者に激励の言葉を送るということになる。
笑えるほど理不尽な話だが、アインズの心に罪悪感という気持ちは既にない。
『そんな事』よりも演説の内容に困ったアインズはそれとなくデミウルゴスに相談し草案のようなものをデミウルゴスから受け取る事に成功した。
一安心と思いきや、よくよく内容を読んでみると、どうも高圧的というか人間を見下してるような印象を感じてしまう。
結局悩んだ末、デミウルゴスの草案を元でに書き直し、何度か抑制しそうになりながらも演説を成功させた。
(しかしなんか予想以上に受けているな)
喋っていた自分でもなかなか良いこと言ってるなぁとは思ったが、結果を見るに予想以上に素晴らしい演説になっていたようだ。
壇上から降りてしばらく経つがいまだに歓声が止まない。
今回アインズが書き直した演説部分は、鈴木悟の時に見た大昔のロボットアニメをそのまま『パクらせて』もらった。
アニメ好きの仲間に「これぞロボットアニメの古典だ」と進められて見た作品で
ロボット物ながら人間ドラマが面白く、当時は結構ハマってしまった。
その作品内に出てくる独裁者の演説とデミウルゴスの草案が合わさった結果、
『恐ろしく盛り上がる演説』になってしまったことにアインズは気付かず
「この原稿、また何か使えそうだな」と呑気に思う。
「モモン様っ、素晴らしい演説でした!!」
仮面とフードを身に付けた子供のように小さい人間がこちらに向かって来る。
心の中で舌打ちをするアインズ。
(ナーベではないが、下等生物(ハエ)と言いたくなるな)
ガゼフが出席出来ないと知ってホッとしていたところに現れたので余計にうっとおしく感じる。
「モモン様の後に語る者は可哀想ですね、あれ以上の演説など出来ないでしょう」
「どうもありがとうイビルアイ。……それよりここに居て大丈夫なのか? この後すぐに出立すると聞いたが?」
アインズは内心とっと行けと、促すように遠くで手を振る『蒼の薔薇』の面々を見た。
すでに挨拶と激励を終えてる蒼の薔薇は式の最中だが急ぎの用で途中退場すると聞いてある。
「あの老婆が急用などと言わなければ――っとモモン様には関係ない話でしたね。仲間にお願いして少しだけ時間をもらいました」
アインズは少し身構える。この女は出会いから幾度かこちらに怪しい視線を送って来ている。
……もしやという疑いの芽がアインズにはあった。
「その、モモン様に言いたい事があって!」
「…………なんだ」
「実は私は…………」
イビルアイはそこから先何も言わず沈黙してしまう。
何が言いたいんだとアインズが仮面の顔をじっと見つめると、イビルアイは背けるように顔を横に向ける。
本当になんなんだコイツとイライラし始めるアインズ。
この仮面の女には会ってからずっと不快な思いをさせられっぱなしだ。
今も仮面で表情は分からないが、時おり熱い視線でこちらを見ている気がする。
しばし沈黙が続くと式の外れから美しい女性がモモンに近づいて来る。
「モモンさ――ん。こちらの準備が整いました」
美しい女性、モモンのパートナーであるナーベはその場の空気を読まず、無遠慮にモモンとイビルアイの間に入って来た。
イビルアイが仮面の下で小さい声で呻く。
「了解した。すまない、こちらもこの後に催しの準備があるのだが」
「あ、あぁそうですか……」
「話の方だが――」
「いえその――! 今度エ・ランテルに寄るので一緒に買い物等でもどうですか?!」
イビルアイに気付かれない程ではあるが漆黒の戦士に動揺が走る。
この女が何を考えてるのか分からない――が、イビルアイの『提案』にモモンは思わず苦笑を漏らす。
「……素敵な提案ですね。喜んで付き合いましょう」
アインズの苦笑の声を喜んでいると勘違いしているのか、イビルアイはどことなく嬉しそうに感じる。
「ありがとうございます!ではまたいずれ!」
別れ際に意味ありげにナーベを見ると仲間の元へ文字どおり飛んで行った。
「よろしいのですか? あのような約束を下等生物(ガガンボ)にしてしまって」
「構わない。――楽しみだよエ・ランテルに来るのが」
漆黒の兜の下、暗く笑うアインズにナーベは静かに頷いた。
来賓の挨拶が終わり、ささやかな祭りが始まった。
出店から香しい肉の焼ける匂いとワインの香り。楽団が音楽を奏で、そのリズムに踊り子が踊る。
モモンとナーベがいる噴水前の広場では子供とその親御がモモン達を囲むように並んでいる。
「集まって頂いたことに礼を言おう。これよりささやかなながら余興をお見せしようと思う。喜んで貰えたら嬉しい限りだ」
子供達が騒ぎ、大人達が拍手する。
「まずは挨拶代わりだ。少々危ないので皆さん離れてください――来い、ハムスケ!」
広場の端で待機していたハムスケが民衆を飛び越えモモンの元へ現れる。
歓声から悲鳴に変わり、怯えが走る。
モモンを乗せ従っていることは理解しているはずだが、人々は森の賢王の姿には今だ慣れてはいない。
アインズからすればただのでっかいハムスターだがこの世界の人々からすれば恐ろしい魔獣なのだ。
そんな民衆の反応に我関せずのハムスケは背中に取り付けられた大きな鞍をうっとおしそうに体をよじっている。
「今日は森の賢王ことハムスケの力を皆さんにご覧にいれよう!」
「よろしくお願いするでござる!」
モモンがナーベの手伝いで二つの大剣を抜くとハムスケに構える。
ハムスケもそれに合わせ可愛い瞳をキュッと引き締める。
「いくぞハムスケ!」
「はいでごさる殿!」
モモンが剣を振るう。離れている民衆にまで剣風が届き、その太刀筋の鋭さに周りが驚く。
が、ハムスケはその太刀筋を紙一重でかわす。モモンは続け様に両手の大剣を振るうがハムスケは見事に避けきる。
こわごわ見ていた民衆からは次第に歓声が上がり、ハムスケが大きくジャンプしてモモンの後ろ側に立つと拍手が上がった。
「ナーベ!」
モモンの声に両者から離れた位置で見ていたナーベが用意していたリンゴをハムスケに投げつける。
ハムスケは投げつけられたリンゴを蛇じみた尻尾で切り裂くと、そのまま大きな口を開け食べた。
どや顔のハムスケ。子供達が笑い声を上げる。
ナーベはまた一個、更にもう一個とハムスケにリンゴを投げつける。
そのどれもをハムスケは華麗に切り裂き口にほうばる。最早ただの観客とかした民衆が口々にハムスケを称賛する。
「最後だ!」
モモンの掛け声のもと、ナーベが複数のリンゴを投げつける。
空中に舞う五個のリンゴ。ハムスケはクルリと一回転して尻尾をしならすと一太刀で全てのリンゴを切り裂いた。
数を増したリンゴは落下する勢いのままハムスケの口の中に入っていき
最後のリンゴがハムスケの口に入ると大歓声が上がった。
「ありがとうでござる~~♪」
観客に手を振るハムスケ。さっきまで恐れられていたハムスケに子供達は
「すごいすごい!」「カッコいい!」と興奮して近付く。
モモンの目が漆黒の兜の下でキラリと光る。
「私と乗ってみるか?」
一斉にモモンに集まる子供達。なぜかナーベも子供と一緒に集まる。
(なぜナーベラルも期待しているんだ!)
ナーベを無視し、モモンは一人の可愛らしい少女を選ぶと少女の親御に許可を取りハムスケに乗せた。支えるように後ろにモモンが座る。
ナーベからギリギリと歯軋りの音が聴こえる。後で拳骨だな。
ハムスケは少女が落ちないようゆっくりと噴水の周りを歩く。
最初は少し怖がっていた少女は徐々に嬉しそうに声を上げ、親に手を振るう。
再びの大歓声。今度はモモンに対して称賛する声が続々上がる。
「モモン様ありがとうございます!」
可愛らしい少女の丁寧な礼にモモンは少女の頭を優しく撫で応えてあげる。
遠くでリンゴを握り潰したような音が聴こえた。
なんかお前アルベドに似てきたな。
その後数人の子供達と相乗りをするとハムスケから降り、子供達だけでハムスケと遊ばせる。
「うん。いいアピールになっただろう」
「はい。モモンさんを絶賛する声があちらこちらから聞こえて来ます。当然ですが」
この催しは大成功だろう。これでモモンという存在は更に人気者になったはずだ。
(アウラの発言がいいヒントになったな。帰ったら何か褒美をやるかな)
満足しているアインズにナーベラルは恐る恐るといった様子で神妙に尋ねる。
「あのアイ――モモンさん、少しお聞きしてもよいでしょうか?」
ナーベラルの様子を察し、人だかりから離れた所に場所を変えるとナーベラルに促した。
「なんだ?」
「その……アインズ様はあのような少女が好みなのでしょうか?」
「はぁ!?」
思わず大きい声を出してしまうアインズ。
さっきの言い回しはなんというか、先程のような少女を異性として意識しているのかと聞かれたようなイントネーションだった。
「何を言っているんだ? 子供が好きかと聞いているのか?」
「いえその……実は……アインズ様がアウラ様に告白なされたという話を聞きまして」
「なっ!?」
続け様の衝撃に鎧の中で震えるアインズ。抑制が発動してしまうほどの衝撃だった。