東方槍呪伝   作:金沢文庫

8 / 10
第八話 決別

 八意永琳、彼女の話は剛も慧音から永遠亭に来るまでの道のりで聞かされていた。『月の都』の創設者の一人であり、この世の生き物を魅了するかのごとき美しさと凛々しさが彼女の中に混在している。そんな外見とは裏腹に実年齢は数億歳までいってるかもしれない、という噂もある。

 

 いろいろと尋ねてみたいことは後を絶たないが、とにかく今は佐々木の下へ急ぎたかった剛は

 

 「さっき運ばれてきた佐々木のいる部屋を教えてもらえませんか?」

 

 そう永琳に尋ねた。

 

 永琳はその質問を予期していたかのように

 

 「私の後ろの部屋にいるけど、入室は禁止させてもらうわ。今は絶対安静にしてもらわないといけないから」

 

 と即答し、右の人差し指を彼女の髪の側面に持っていって、くるくると髪を巻きつけた。

 

 「彼のことが心配なのは分かるけど、とにかく今はまだ会わせられる状態にはないの。分かって頂戴。まぁここまで来たんだし、今日は泊まって行きなさい」

 

 さらに永琳が付け加える。

 

 剛もそれを聞いて思い止まり、おとなしく突っ立っていると永琳の背後の襖が開いて中から薄い紫色の長髪をなびかせ、ヨレヨレのうさみみを頭につけた半袖のブラウスと青いスカートを身に付けた女性が出てきた。

 

 その女性は剛たちの存在に気付くや否や、ビクッ、と怯え、永琳に視線をやった。

 

 「師匠、さっきの患者さんの意識が戻りました」

 

 とだけ告げると一目散に廊下に足を向けて走っていった。

 

 「気にしなくていいわよ。ウドンゲはちょっと人見知りなだけだから。彼の様子を見てくるけどあなたたちはまだ来ちゃ駄目よ。ここから出て奥に二部屋進んだところの部屋に行っておいて」

 

 いますぐにも佐々木のもとへ駆け出そうとする剛に永琳がそう釘をさすと奥の部屋に入り襖を閉めた。残された剛は仕方なく廊下に出た。果てしなく続く廊下の一寸先は闇が蔓延り、何もかも飲み込んでしまいそうだった。

 

 「じゃあ私は歴史の編纂もあるし、今日は帰らせてもらおう」

 

 慧音が剛にそう伝えると剛が礼を告げる間もなく急いで出口まで飛んでいった。その後慧音とは反対の方に二部屋分進むと、左右どちらの壁にも襖があるのがぼんやりと見えてきた。どちらの部屋に入るか一瞬迷ったが、永琳から何も言われてないのでどっちも開いてるだろう、と当たりをつけて右の部屋に入った。

 

そこにはロングの黒髪を畳に着けて女座りをして盆栽を愛でている少女がいた。円型の窓から青白い月の光が差し込み、背中だけしか見えなくても彼女の美しさを物語るには十分だった。剛は顔を見るまでもなく、彼女こそが『かぐや姫』だ、と確信していた。

 

 あら、と彼女が首を回してこちらを見る。なるほど、美人だ。慧音の話によると、永琳と同じく億単位で生きている可能性もある、などと言われているが、それを感じさせないあどけなさが顔に残っているし、同時に儚さも持ち合わせている。永琳は完璧を体現した女性、という印象があるが、輝夜はそれとは別の、男を惹きつける何かを持った少女、というイメージを剛は持った。

 

 「貴方はさっきの患者の見舞いに来た人ね?」

 

 彼女がそう告げると剛は驚いた。結構耳が早いようだ。

 

 「あ、ああ。そうだけど・・・・・・」

 

 詰まりながらそう答える。こんな美人と一対一で自分の挙動がすべて見られる、というのは人付き合いにさほど慣れてない剛にとってはなかなかシビアなものである。まるで自分が醜い生物になってしまったかのように自己嫌悪に陥ってしまう。

 

 「あら、随分とお堅いのね。もっと楽にしていいのに。折角久々にお客さんが来てくれたんだから少し遊ばない?」

 

 よいしょ、と輝夜が立ち上がる。

 

 「あ、遊ぶったって何すんだよ」

 

 しどろもどろになりながらも輝夜の言葉で少し緊張がとけて、なれなれしい言葉遣いになりながら剛がそう尋ねる。

 

 「最近こんな物を里で見つけたのよ。でもどうやって遊べばいいのか分からないから、教えて頂戴」

 

 輝夜が取り出したものはトランプだった。プラスチックの箱に角が擦り減ったり、曲がったりしているカードが入っていた。

 

 「わ、分かったよ」

 

 二人で遊べるトランプゲーム、と言っても数は腐るほどある。スピード、神経衰弱、等々。全部教えるとそれだけで夜が明けてしまうし、とりあえずスピードあたりでも教えるか。そう剛は考え、ルールを説明した。

 

 遊んでいる間の輝夜の様子はかなり楽しそうだった。手を蛇のように動かしてトランプを置いては手を引く彼女の様子は見ている剛も気持ちよく感じるほどだった。

 

 遊んでいるうちに、ふと輝夜のことについて考えてみた。彼女は蓬莱の薬を飲んでからどのように時を過ごしてきたのだろうか。決して死ぬことも老いることもない状態で何を感じて生きてきたのだろうか。剛の人生は楽しみや喜びを感じる暇もなく、ただ本能が『生きろ』、と叫んでいた。生きたくなくても生きなくてはならない輝夜と生きるために生きる剛。正反対にいるようで本質は同じなのかもしれない、と剛は目の前にいる絶世の美女に少しだけ親近感を抱いていた。

 

 どれほどの時間が経ったのだろうか、満月は妖怪の山へと向かって姿を隠そうとしているのが二人の眼に映り、今まで子供のように夢中にトランプで戯れていた輝夜が立ち上がり、

 

 「ねぇ、知ってる? 月には人を狂わせる力があるってこと」

 

 何の脈略もなくそう告げた。

 

 何のこっちゃ、と剛が首を傾げていると

 

 「月の民は自分たちを穢れのない者、地上の民は穢れに満ちた存在だと教えられているわ。自分たちも元は地上で暮らしていたのにね」

 

 「・・・・・・結局何が言いたいんだ?」

 

 話の流れが分からない、と言った風に剛が首を傾げて問う。

 

 「月のチカラで狂ったのは月の民の方だったのかもしれない、ってことよ」

 

 輝夜はどこか哀愁のある顔を隠れかけた月に目をやりながらそう告げた。

 

 「・・・・・・輝夜は月が嫌いなのか?」

 

 「あら、心外ね。私だって生まれ故郷に愛着くらい持ってるわよ。ただ、私が生活したい場所じゃなかっただけよ」

 

 少しムッ、とした顔で輝夜はそう言う。続けて

 

 「あそこは何でも簡単に手に入りすぎたのよ。楽すぎた。だから苦しい思いをしてまで何かを手に入れようとしている地上の人間の生活に興味が湧いたの。そのあと蓬莱の薬を飲んで地上に落とされてからお爺さんとお婆さんに育ててもらって、月の使者から逃げて幻想郷に来て異変を起こした。そこでやっと気付いたのよ。地上の民も月の民も楽しいって感情は同じだってことにね」

 

 剛はすっかり聞き入ってた。永遠を生きることを選んだ彼女は常に新しく面白いことを見つけないといけないのだ。心だけが死んでしまわないように。それが彼女の自業自得と言われればそれまでだが、剛はほんの僅かでもいいから何か新しいことを輝夜に教えたい、と強く思った。

 

 「・・・・・・なぁ、また来てもいいか? 今度はもっと面白いもの持って来るからさ」

 

 それを聞くと輝夜は目を輝かせて

 

 「ええ。今度は私もとびっきりの難題を用意して待ってるわ」

 

 そう告げた。

 

 突如、大量の兎が侵入してきた。部屋全てを飲み込むほどの大群だった。あっという間に剛の巨体は飲み込まれていく。

 

 「ぐあぁぁぁ!」

 

 顔面、腕、足、服の中まで侵食してきた。冷たい兎の体が直に伝わってくる。このままじゃまずい、そう剛が思ったとき、着物の襟を掴まれていつの間にか廊下に出ていた。ワケが分からずに剛がキョトンとしていると、輝夜が

 

 「しっかりしなさい!」

 

 と叫んだ。剛が我に返って輝夜に着いていき、ある部屋に入った。

 

 ガラッ、と襖を開けると、中では鈴仙がぐっすりと布団の中で寝ていた。

 

 「鈴仙! 起きなさい! 敵が攻めてきたわよ!」

 

 輝夜がそう叫ぶとすぐさま目を見開いて、体を起こした。

 

 「誰ですか!? まさか月の民がここまで!?」

 

 身を震わせながらそう問う。よほど恐れているのだろう、と剛が呑気に考えていると、

 

 「分からないわ。兎の姿をしていたことは確かよ。とにかくてゐも連れて行かないと!」

 

 再び襟を掴まれると、また今度は別の部屋に入っていた。

 

 「てゐ! 敵が攻めてきたわ!」

 

 輝夜がそう叫ぶ。が、てゐはすでに逃げる準備をしており、

 

 「わかってるよ! 速くお師匠様のところに行こう!」

 

 と言った。

 

 「てゐ、あんたが仕組んだんじゃないでしょうね」

 

 鈴仙が疑いの眼差しをてゐに向ける。

 

 「違うよ。私だってこの騒ぎのことは皆から聞いたんだ」

 

 そう言っててゐは兎の群れを指差す。

 

 「じゃあ一体誰が・・・・・・?」

 

 鈴仙が考えていると、輝夜は

 

 「考えるのは後にして! とにかく今は永琳とさっきの患者を助けるわよ!」

 

 そう告げた。

 

 今度は佐々木が眠っている部屋に入る。

 

 「永琳! 大丈夫!?」

 

 「姫様! ご無事でしたか!」

 

 永琳が周りの兎を撃退しながらそう叫ぶ。クールな永琳にしては珍しく感情を露にしていた。

 

 「姫様! この兎たちはどうやら本物ではなく機械のようです!」

 

 永琳がそう報告する。確かに彼女の足元に転がっている兎の死体の断面からは先ほど剛が里で対峙した慧音の頭と同じ機会が見える。

 

 「何だ、それなら遠慮なく戦えるわね!」

 

 輝夜、鈴仙、てゐの三人が応戦する。

 

 剛も負けじと机を両手で持ち上げて叩きつけて兎を潰していく。

 

 「永琳さん! おっちゃんは!?」

 

 応戦しながら剛が尋ねる。

 

 「安心して! ちゃんと保護してるわ!」

 

 永琳がすぐさまそう答える。しばらくすると、奥からまた新しい兎の大群が現れた。剛が机で叩き潰すと、シャンパンのように血が部屋中に飛び散った。

 

 「・・・・・・え?」

 

 変だ、と剛は思った。今まで倒してきた兎は血は流れてなかった。ということは・・・・・・

 

 「剛! 彼らは本物の兎よ! あの機械が取り付いて操ってるんだわ!」

 

 輝夜が叫んだ。

 

 剛の手は止まってしまった。今まで剛が殺してきたのは彼の命を自らの意思で狙ってくる野生の獣たちだった。今目の前にいる兎は違う。緊急事態には上司のてゐに危険を知らせるほど忠誠心にあふれた生き物だ。そのことが剛の心を痛め、彼の脳は攻撃することをよしとしなかった。

 

 「と、止まれ! 止まらないと潰すぞ!」

 

 兎を牽制するために大きな声でそう叫ぶ。だが兎の思考回路は全て支配されており、もはや言葉が通じる状態ではなかった。

 

 そして一匹の兎が奇声を上げて剛に襲い掛かってきた。どうしようもなくなり、右腕で頭をかばうと、一つの弾幕が飛び、兎の頭を跳ね飛ばした。その断面からは、まるで『死にたくない』と主張するかのように肉がピクピクと動いていた。

 

 「いやぁぁぁぁぁ!」

 

 てゐが悲鳴を上げる。当然だろう。彼女にとって兎たちは単なる仕事仲間ではなく親友といってもいいほど信頼を置いてきたものなのだから。

 

 剛は弾幕が飛んできた方向に首を向ける。永琳が眉間に皺をつくり、冷徹な声で

 

 「剛、非情になれないのならどいてなさい。てゐも。中途半端な覚悟で戦場に立っている者ほど邪魔なものはないから」

 

 と告げた。

 

 その言葉を聞いて剛が最初に抱いた感情は怒りだった。てゐの気持ちを知っておきながらそんな非情なことを吐く永琳に対して頭にきたのだ。

 

 「おいあんた・・・・・・」

 

 剛が突っかかろうとしたところでてゐが着物の裾を掴んで静止させる。

 

 「剛、だっけ? お師匠様の言うとおりにしないと私たちが死ぬよ」

 

 表情を殺しててゐはそう告げる。剛がその言葉を聞くとばつの悪そうな顔をして机を再び持ち上げた。

 

 

 

 

 佐々木が目を覚まして初めて見たものは兎を机で叩き殺している剛の姿だった。その姿は佐々木にとっては衝撃的なものだった。

 

 いつも自分のために戦ってくれる剛。そんな剛に彼はいつだって感謝と憧れの感情を抱いていた。

 

 だが今目の前にいる剛はそんなイメージとはかけ離れた存在だった。自分よりも弱いものである兎を机で容赦なく叩き殺す剛。

 

 違う、佐々木がいつもヒーローのように思っていた剛ではない。周りの人たちも普通に兎を殺している。佐々木は彼等を恐れた。

 

 やがて騒ぎも収まって血の満ちた部屋で五人が一息ついて腰を下ろす。

 

 「おっちゃん?」

 

 剛の声が静寂を破る。皆が一斉に血のついた顔を佐々木に向ける。

 

 「佐々木さん、さっき襲ってきた兎は貴方が里で襲われた人間たちと同じです」

 

 永琳が落ち着き払った声でそう言ってくる。

 

 「このままでは里が彼等の手に落ちるのも時間の問題です。そこであなたに・・・・・・」

 

 「! そ、それなら早く里の人たちに伝えないと!」

 

 佐々木が焦った声でそう叫ぶ。

 

 「いえ、それはできません」

 

 永琳が即答する。さらに続けて

 

 「今このことを里に知らせたらパニック状態に陥ってしまいます。そうなるとかえって無駄な犠牲が増えてしまいます」

 

 と告げる。

 

 「で、でもこのままじゃ」

 

 「確かに、何も知らない人が彼等に襲われて命を落とす危険もあります。ですが・・・・・・」

 

 「それは絶対に駄目です! とにかく俺は里に戻ってみんなに知らせます!」

 

 「駄目です。どうしてもと言うなら力ずくでも貴方を止めます」

 

 永琳が立ち上がって佐々木に近づいてくる。それに呼応するかのように佐々木が槍を持って

 

 「こ、来ないでください! これ以上近寄ると刺します!」

 

 と叫ぶ。

 

 「構わないわ。貴方を全力で止める」

 

 永琳の歩く速度は変わらない。

 

 「ご、剛ちゃん! 剛ちゃんは分かってくれるだろ!?」

 

 と叫ぶが剛は目を合わせずに下を向いてしまった。

 

 「な、何で・・・・・・?おかしいよ! あんたたちは間違っている!」

 

 そう叫ぶと佐々木は再び異形の姿に変化し、槍を振るう。

 

 台風が直撃したかのような風が永遠亭の置物、屋根、剛たちを吹き飛ばし、壁に思いっきり衝突させる。外の竹林も何本か吹き飛んだ。

 

 全身を真っ赤に染めた化物は槍を構えたまま竹林の闇へと走っていった・・・・・・

 




以上です。
ちなみに、鈴仙の寝巻きは鈴奈庵の格好をイメージしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。