東方槍呪伝   作:金沢文庫

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第七話 敵

 剛が驚きのあまり硬直したままでいると、今度はいきなり飛燕のごとく目前まで飛び掛ってきた。ようやく我を取り戻してサッと体を沈めてかわし、腹を蹴り飛ばす。が、クルリ、と空中で一回転すると、何事もなかったかのように今度は拳で襲い掛かってくる。

 

 左、左、左、右、右、左でフェイントをいれて右、左、左、右、左、注意を拳に惹きつけて右足で回し蹴り。

 

 耳元で風を切る轟音が響くが、剛はすべて(かわ)しきり、回し蹴りも綺麗に捌く(さばく)

 

 こいつは俺を殺す気だ。剛は拳に込められた殺気からそう直感した。

 

 生き残るためにはこいつを殺すしかない。

 

 先程叩きつけられた木材の片方を拾って慧音の頭を叩く。

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 辺りには鮮血が飛び散り、剛の顔も真っ赤に染まっていた。慧音の頭部ももはや原型を留めていないほどバラバラになっていた。

 

 

 

 

 今まで雲に隠れていた満月の明かりがようやく出現し、頭部の中を(あらわ)にすると剛はその手を止めた。

 

 そこはコンピュータの巣窟だった。まだ血が飛び散っていない箇所からは銀色のコンピュータが顔を出し、その窓口を流れる青いランプはやがて血のように赤くなっていった。何なんだ。一体。そう剛が考え、呆然としていると、地面に影がやってきた。

 

 新手か!? そう考える間もなく顔をあげて、後ろ向きに飛び跳ねる。そこには昼間の彼女にはなかった角を二つ生やし、青いメッシュではなく薄い緑のメッシュが入り、あのへんちくりんな帽子はどこへやったのだろうか、上白沢慧音が呆然と立っていた。

 

 「こ、これは一体・・・・・・?」

 こっちが聞きたいくらいだ、と剛は思った。ワケも分からずに命を狙われる、というのは慣れているがやはり気分のいいものではない。が、慧音は剛のほうを見つめ、説明を求めている様子だったので、仕方なしに自分が経験したことを洗いざらい話した。

 

 

 

 話し終わった後も慧音は半信半疑だったようだが、少しすると剛の言葉に嘘がないことが分かったような素振りを見せ、納得した様子を見せた。

 

 剛が彼女になぜ此処に姿を見せたのかを尋ねると、どうやら騒ぎが起こったようだったので困った里の人が慧音を頼ってきた、という旨だった。すると今度は慧音から剛へ

 

 「こいつから襲われた心当たりなんてのはないのか?」

 そう質問が飛んできた。剛は一瞬答えるべきか否か迷ったが、彼女の様子を見る限り『知らない』と答えてもすぐに嘘だとばれてしまうだろう、と彼女の能力を知らない剛ですらそう思い、槍のことを慧音に打ち明けた。

 

 話を聞き終わると慧音は顔を青め、飛んだ。すぐさま剛も彼女を追いかける。

 

 「何か分かったんですか!?」

 剛がそう質問すると、慧音は焦って

 

 「剛! 君が襲われたのがその槍のせいだとしたらその佐々木という人も狙われているかもしれない!」

 と叫んだ。

 

 ようやく剛もハッ、と気付き、風を切りながら里の蕎麦屋まで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼェ、ゼェ、と息を切らしながら佐々木は襲い来る里の人間たちと戦っていた。と言っても、圧倒的な数の暴力に晒されているだけで、戦い、と呼べるものではないが。四方八方から来る拳、蹴り、頭突き、木の棒での殴打、佐々木の視界は歪み、テレビの砂嵐のように白黒の世界、ノイズが入った世界を彷徨っていた。

 

 

  遡ること数十分、

 

 「ありがとうございました!」

 今日最後の客を笑顔で見送り、佐々木は花屋の主人に挨拶して帰りの支度をしていた。

 

 今朝、剛との話し合いで蕎麦屋で働くことになっていた佐々木だが、やはり繁盛しているだけあって人手が足りない、なんてことはなかったようだ。主人に丁重に断られて路頭に迷っていたところ、花屋の主人に声をかけられて花屋で働くことになったのだ。

 

 「お父さん、ただいまー!」

 

 どうやら主人の娘が寺子屋から帰ってきたようだ、愛くるしい声に佐々木は今日の疲れが少しだけまぎれたような気がした。

 

 「女性と言えばさっきの風見幽香さんという人も綺麗でしたね」

 佐々木が主人に話しかける。

 

 「ああ、そうだろう? 実は娘の友達の稗田の御阿礼(みあれ)の子も中々のべっぴんさんでねぇ」

 話にノッてきた主人が娘の交友関係をひけらかしていく。自分のことのように誇らしげに語る主人を佐々木は羨ましいと思った。・・・・・・後ろで奥さんがニコニコと黒い笑顔で立っていることを除けば。

 

 

 佐々木も剛と同じく昼飯はタダで貰い、給料も今日二十銭貰った。主人のご厚意に甘んじて貰ってしまったが、やはり初日にこんなにもらってよかったのだろうか、と少しばかり後悔していた。帰宅ラッシュというやつなのだろうか、人通りが昼よりも多かった。ミスティアを助けた次の日に紫から常に持ち歩くように言われた槍を持ちながら朝偶然見つけた裏道を通って早く家まで帰ろうとする。

 

 大通りからちょっと離れた裏道は人通りもあまりなく、スイスイ前に進めた。大通りを照らしている家の明かりがほとんどないことは佐々木を不安にさせたが歩いてるうちにそれも気にならなくなっていた。

 

 すぐに家の前まで辿り着いたが時遅く、周りの人々が佐々木に襲い掛かってきていた。まずは足を引っ掛けられて転倒。その後喉を潰されてから馬乗りになって一発、二発、三発、拳のラッシュを顔面に容赦なくあびせられた。そして二人に片腕づつ掴まれて立たされ、腹に拳を喰らった。血反吐を地面にブチ撒けながらなんとか腕を振りほどいて脱出するも、既に周りを囲まれており、助けも呼べなくなっていた。

 

 

 

 

 

 佐々木も必死で槍を振り回し応戦するが所詮素人の槍捌き、その上多勢に無勢どころか佐々木独りだ。到底太刀打ちできるワケもなく、佐々木はアザや血を全身に纏っていた。

 

 「おいおい、本当にこんな奴が槍の持ち主なのかよ。わざわざガキの方人質に取らなくてもよかったな」

 

 その台詞を聞いた佐々木がピクリ、と反応した。その反応を嘲笑うかのように

 

 「お前といつも一緒にいる奴を半殺しにしておいたんだ。おとなしく殺させてもらえるようにな」

 ニタリ、と一番奥の歯が見えるか、というほど不快な笑いを佐々木に飛ばす。

 

 途端、空気が凍りついた。

 

 彼等を襲ったものは恐怖。

 

 佐々木が抱いたものは怒り。

 

 今までの人生で感じたことの無い形容し難いものだった。

 

 突如、槍から幾重にも伸びた蚯蚓(みみず)の大群ような赤い気が発生した。

 

 佐々木の体は全身から真紅の血管が浮き彫りになり、皮はもはやあってないようなものだった。

 

 「グワオォォ!」

 佐々木が人のものとは思えぬほど醜い奇声を挙げて彼等に襲い掛かる。

 

 一閃、左肩から右肩まで槍の柄の端を持って一振りしただけで彼等の胴体と下半身はバラバラになった。

 

 嵐が通り過ぎた後のように辺り一帯の地面は抉れ、草木は全て吹き飛ばされた。

 

 その後佐々木の体はいつも通りに戻り、倒れた。 

 

 

 数十秒後、剛と慧音がやって来て槍を掴んで放さない血まみれの佐々木の肩をつかんで家まで運んだ。慧音が持ってきたバケツに水を汲んでタオルで全身を拭くと傷だらけの全身がむき出しになり、しばらくして佐々木は意識を取り戻した。

 

 「!」

 

何か言おうとしているが、喉を潰されているので上手く聞き取れない。

 

 

 「大丈夫! 大丈夫だからまず自分の心配をしなよ!」

 剛もこんなときまでまず他人の心配をしようとする佐々木に病的なものを感じながら焦ってそう告げた。

 

 

 傷口の痛みが退いてないのであろうか、佐々木が脇腹を押さえた。

 

 「ほら、言わんこっちゃねぇ! いいから寝てろよ!」

 剛が佐々木の態度に耐えかねてそう叫ぶ。

 

 「私も剛の意見に従ったほうがいいと思う。私の友人に今から竹林の永遠亭というところまで連れて行ってもらうよう掛け合ってみる」

 

 

 慧音の提案を受け入れようとしつつ、佐々木は首を傾げる。

 

 「おっと、名を名乗らずにすまなかった。私は上白沢慧音と言う者だ。彼の職場の先輩、といったところかな」

 慧音が迂闊だった、と言わんばかりにそう名乗る。

 

 その後、慧音が家を出て数分後にまた女性を引き連れて戻ってきた。その女性は白く長い髪を持ち、頭や髪にリボンを着けて上はカッターシャツ、下はサスペンダーつきの長ズボンを着用していた。

 

 「妹紅、彼を運んでくれ」

 慧音が彼女にそう依頼すると、

 

 「分かった」

 それだけ言って佐々木を肩に担いで竹林のほうへ飛んでいった。

 

 「彼女は?」

 と剛が慧音に尋ねる。

 

 「あいつは藤原妹紅と言ってな、不老不死の人間なんだ」

 どこか悲しみを含んだ目で慧音はそう答える。

 

 「悪いな。別にあいつは剛を無視した訳じゃないんだ。ただ少し人見知りなだけなんだ。だからあいつと仲良くしてやってくれないか?」

 縋る(すがる)ような表情でそう頼んでくる。その深刻さを剛も察した剛も

 

 「分かりました」

 とだけ答えた。

 

 「・・・・・・ありがとう、剛。 よし、私たちも永遠亭まで行こうか!」

 胸のつっかえがとれたかのように慧音がそう宣言し、剛もそれに頷く。

 

 

 

 永遠亭に行くまでの道のりで白沢の慧音の背中で彼女の役目や妹紅についての話を聞かされた。そのなかでも最も剛を驚かせたものはあの『かぐや姫』と妹紅が殺し合いをする仲だ、というものだろう。日本最古の物語として有名な竹取物語の主人公(?)である彼女が実在しており、今から行くところで会える、というのは剛にとって半信半疑なものであった。剛と佐々木を襲った敵の話をしないのは、彼等が恐れているからではなく、今考えても無駄だ、ということが分かりきっていたからであろう。

 

 しばらくして永遠亭に辿り着くと、妹紅が玄関の前で立っていた。

 

 「やっぱり来たか。さっきの人はもうぐっすり眠ってるから後はもう安静にしてれば問題ないって薬師が言ってたよ」

 と告げて竹林の中へ剛が礼を言う間もなく消え去っていった。

 

  妹紅の背中が見えなくなると、玄関に入って永遠に続くと思われるほど長く暗い廊下を歩いていくと襖が開けっ放しの部屋が見つかった。他にあてもないのでその部屋に入ると、長い銀の髪を三つ編みにし、上は右が赤で左が青、下はその逆の配合の服を着た永遠亭の薬師、月の頭脳と称される天才、八意永琳が座っていた。

 

 

 


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