東方槍呪伝   作:金沢文庫

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第六話 寺子屋 

いきなり一波乱あったが、二人は顔を洗い、上着を身に付けると、金銭問題についての会議が朝から行われた。

 

昨日の範囲で剛たちが把握できた里の店は霧雨店という大手道具屋、花屋、蕎麦屋、団子屋、カフェ、酒屋、寺子屋、お茶屋、貸本屋、豆腐屋、といったところだ。(香霖堂は店主が趣味でやってるような店で安定した収入は望めないから除外)

 

妖怪退治屋なんてのはどうか、と剛が提案したが、どうやら佐々木は紫に『槍をむやみやたらに使うな』と釘を刺されていたらしい。

 

結局、剛は雇ってくれるところ、料理が得意な佐々木は蕎麦屋で働こう、という話になり、二人とも家を飛び出し、就職活動へと足を運んだ。が、意気揚々といろんな店まで行ったのも束の間、あっさりと『人手は足りてるからいい』、と門前払いされ、剛は路頭に迷う羽目になった。

 

とぼとぼと肩を沈めて、ようやく人々の朝の始まりを告げる欠伸の中を歩いていると、背後から突然声をかけられ、誰だ?、と剛が振り返ると、腰まで届きそうなほど長い青色のメッシュが入った銀髪を携え、六面体と三角錐の間に板を挟んだような形の青い帽子と赤いリボンを身に付けた凜とした顔つきの女性がいた。

「貴方は・・・・・・?」

 

剛が首をかしげてそう問う。彼女は凜とした顔つきを崩さずにこう述べた。

 

「あーーー、私は上白沢 慧音と言う者だ。さっき君が豆腐屋から出て行くのを見たんだが、職場が無くて困ってるなら私の営んでいる所に来ないか?」

 

慧音が自分の職場は寺子屋だ、と付け足すと剛は少しためらいを覚えた。外の世界でも佐々木が授業料を負担して高校に通っていたが、剛は勉強はそこまで得意なほうではなかったからだ。理系コースに進み、社会選択も地理を選んだからおそらく歴史を教えるであろう寺子屋はなるべく避けたかったのだ。

 

剛の視線が彼の足元を捉えていると、

 

「あ、別に授業をしてくれ、と言ってる訳ではないよ。ただ掃除や用具なんかの片付けを手伝ってくれるだけでいい」

と慧音が慌てて両手を前に出して手を振るので、どの道働くことは必須条件である、と覚悟していた剛は、深々と頭を下げ、礼と承諾を告げると、慧音の後を歩いていき、朝の買い物や出勤に急ぐ人々の波を渡り、寺子屋の戸口まで五分ほどかけて到達した。

 

 寺子屋の床は剛の住居と同じく、全面畳が敷き詰められており、生徒二人は使えるであろう長机が二つずつあり、それが何列か並んでいた。四方は茶色の木板で覆われており、数箇所に木格子がかかっている穴が存在しており、そこから朝の陽が差し込んでいる。

 

 今日はまず習字から授業を始めるらしく、剛は慧音の指示に従って硯、筆、半紙、墨を置いていく。その作業が終わったころには他の教師や生徒も全員やってきた。慧音は皆に剛を紹介し、早速習字の授業に取り掛かった。

 

 とは言え、剛に指導などできるはずもなく、その仕事はバケツに水を汲んで運んだり、道具の後片付けといった雑用が主な仕事だった。それらの仕事が無いときは、生徒から呼ばれて字を褒めたりした。あんまり見て回ると生徒の集中力を乱してしまうと思ったため、それすらないときはボーーーーッとしていた。

 

 次の授業は歴史だった。といっても幻想郷の、だが。稗田阿求と言う人物が作った資料を基に教えている、と出勤までの道で聞かされたのだが、何とも退屈だ、と剛はもう何度目か分からない欠伸を掻きながら、後ろから自分と同じように授業を受けている生徒たちの背中を見ていた。『俺が授業したほうが面白いんじゃないか』と心の中で何度思ったのだろう、と剛は数え始めた。雇い主の前でそんなことは死んでも口には出せないが。

 

 慧音以外の人物にとっては永遠とも思えるほどの時間が流れた後、ようやく昼休みに入った。陽光が窓から差し込み、教室を照らす中で、生徒たちは親の手作り弁当をおっ広げ、和気藹々と食べ物を口に運んでいた。その匂いが昨晩は団子三本、朝は何も口にしてない剛の鼻を刺激し、反射的にグゥゥゥゥゥゥ~という音を教室内に轟かせてしまった。

 

 寺子屋内の人々は一瞬呆けたような顔を見せたが、生徒の一人がプッ、と吹き出すと、堰が切れたように空間がたくさんの笑い声にたちまち支配された。剛は顔を真っ赤にしてうつむき、

 

「や、やい! てめぇらなにがおかしいんでぇ!」

 

と恥ずかしさのあまりべらんべぇ口調になって叫ぶと、それをからかって、さらにどっ、と皆が笑った。剛がさらにムキになっていると、

 

 「ま、まぁ、弁当がないなら私が奢るから外で食べないか?」

 

 慧音が慌ててそう切り出してきた。剛は職場までもらっておいてさらに世話になるのはいくらなんでも図々しいのではないか、と思っていたが腹の叫びには耐えられずに

 

 「・・・・・・お願いします」

 

 そんな思いは吹き飛んだ。

 

 里の中心まで二人で並んで歩いていくと、どの職場も昼休みに入っているのか、どこもかしこも人の群れでごった返していた。この状態じゃどの店に入っても次の算術には間に合わないだろうな、と剛が考えていると、

 

「おや? 慧音先生じゃないですか! まさかウチで昼飯を食べようとしていらしたんですか?」

 

 蕎麦屋の客引きからふとそんな声をかけられた。それに反応した他の人たちも、「本当だ」、「ささ、どうぞお先に」などと声をかけ、十メートルはあったであろう行列が開き、滑り台を滑るかのようにあっという間に店の中まで入れた。剛はその光景に圧倒されると同時に、慧音が里の人からとても慕われてるんだな、と感心していた。

 

 「本当はこんな手段はとりたくなかったんだが、今日は緊急だったからな」

 

 陽が届かない席まで案内され、席につくと慧音はそう告げた。

 

 「すみません、俺のせいで」

 

 すぐに剛もそう返す。慧音の発言はおそらく彼女の本心であろう、と悟った剛は慧音と佐々木にどこか通ずるものがあるように感じ、そんな彼女にこのような手段をとらせてしまった自分を恥じた。

 

 「い、いや、剛のせいではないさ。それより寺子屋の雰囲気はどうだい?」

 

 雰囲気が重くなったのを感じたのであろうか、慧音は露骨に話を逸らし、また剛もこれ以上そんな話をする必要もないと感じてこの話に乗った。

 

 「そうですね・・・・・・特に困ったことなんてのはまだ無いですね」

 

 出勤して数時間なのだからそんなことは当たり前なのだが、今の二人にとって最も気まずいのは沈黙であるため、黙っているよりは気が楽だった。剛が箸置きに置かれている箸を弄っていると、「行儀が悪いぞ」と注意され、少し気まずくなっていると、ようやく蕎麦が到着し、二人で黙々と食した。

 

 その後午後の授業も無事終わり、生徒たちが帰るのを見届けると、剛は慧音から給料を貰った。まさか初日で給料が貰えるとは剛も思っていなかったし、しかもその金額が二十銭というかなり高価なものだったことが余計に剛の頭を硬直させた。

 

 剛がこれほど高価な給料をもらっていいのか、と考えていると、

 

 「何、困っている人を助けるのも里の守護者の仕事だ」

 

 と胸を張ってそう告げた。剛は佐々木以外の人の温かみに始めて触れたような気がして、すっかり慧音に魅了されていた。

 

 

 

 

 後片付けまで終えて、剛が帰宅する頃にはすっかり日は暮れて過ごし易い空気になっていた。佐々木を誘って今日は銭湯に行こうかな、と考えながら道を歩いていた。

 

 ガツン! 

 

 いきなり背後から木の角材を頭に叩きつけられる。が、剛は微動だにせず、逆に角材の方が悲鳴をあげて真っ二つに割れた。何だ、と思って血を頭から垂れ流しながら一瞬で体の向きを背後に変えると、剛は自分の目を疑った。

 

 なぜなら、剛の背後にいた人物は上白沢慧音そのものだったからだ。

 




ようやく次回からまともに話を動かせそうです。導入をもう少し短くしたかったのですが、ここまで引っ張ってしまいました・・・・・・申し訳ございません

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