東方槍呪伝   作:金沢文庫

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第五話 生活の始まり

 ………少しの沈黙、その後 

 

「あの、あなたはどちらさまで?」

と剛が沈黙を破ると、すぐさま彼女も 

 

「私は博麗 霊夢、博麗の巫女よ。あんたは見たところ此処に来て間もないって感じだけどあんまりこんな所まできてるとすぐに喰われるわよ」

と返してきた。

 

だいぶくつろいでいるようなのに『こんな所』呼ばわりとはたまげたなぁ、と剛が思っていると、

 

「おいおい霊夢、そんなくさすようなこと言うなよ。香霖が悲しむぜ」

 勝手口の奥からまた別の声が聞こえてきた。

 

「まぁせっかく来てくれたんだし、店主が戻るまで自由に店内を見回ってていいわよ」

 

 霊夢は気にも留めずにそう剛たちに言い放つと、再び勝手口に引っ込んでお茶をすする音を立て始めた。

 

 剛たちは少しの間固まっていたが、やがて店の中を物色し始めた。ギシギシと床の軋む音が静寂に割り込み、剛はファミコンやゲームボーイアドバンスといった自分が手にしていなかったゲーム機の棚にキラキラした目をやっており、その傍らで佐々木の目は今では絶版になった本の棚におもちゃを見つめる少年のように釘付けになっていた。

 

 あっという間に時は過ぎて行き、太陽が沈もうか、という時刻になってやっと店主が帰ってきた。

 

「やぁ、いらっしゃい。珍しいね、こんなところに来るなんて」

………どうやら『こんな所』でよかったらしい。と剛が思うと、すぐに奥の勝手口が開き、

 

「おかえりなさい、霖之助さん」

 

 先ほどの巫女が顔を出してきた。もう一人の客人(?)の魔女の格好をした少女も飛び出してきて、

 

「香霖、随分遅かったけど何かあったのか?」

と尋ねた。すると店主は

 

「ああ。今日は天気もよかったし、無縁塚まで出かけたんだ」

と返答した。

 

「あのー」

 

 佐々木が遠慮がちに会話に割って入った。このままだと会話が長引く、と判断したのだろうか。

 

「おっと、すまなかったね。それで、何をお買い求めかな?」

 

 霖之助が体ごと剛たちに向かってそう告げた。

 

「俺たち、貨幣を交換してもらいたいんですけど」

 

 剛が用件を切り出すと同時にポケットから二人の合計金額の二五七円を机の上に置いた。霖之助はそれらにじっと目をやって、しばらくの間観察していたが、五分ほど経って、

 

「この硬貨はどうやって造られてるんだ!? 金を完璧な円にして真ん中にさらに正確な穴を掘るなんて・・・・・・・・・」

とブツブツ独り言を言い始めた。剛たちが戸惑っていると、魔女の格好をした少女が

 

「今のうちにカネ持って行ったほうがいいぜ。今の香霖はもう自分の世界に入っちまってるからな」

と囁いた。どうやら一度没頭したら止まらない者のようだ、と察した剛は

 

「いや、でも黙って持っていくってワケには・・・・・・・・・」

と遠慮がちに言った。

 

------------------------結局、夜空に星が輝くまで延々と剛たちは霖之助の考察を聞いたり、質問攻めにあうことになった・・・・・・・・・

 

 霖之助の薀蓄がようやく語られ終わったときには、霊夢も魔理沙と呼ばれていた少女たちも帰っており、佐々木と剛も目を擦りながら立っていた。

 

「ん? 君たちが持っているその槍は・・・・・・・・・」

と霖之助が槍に反応すると、二人はギョッ、と身構えた。

 

「すまないけど、少し見せてもらっていいかな?」

 

 霖之助がそう頼んでくる。二人はしぶしぶ槍を机の上に置き、長話を聞く覚悟を決めた。霖之助が穴が開くほど槍を観察している間、剛は自分も槍をちゃんと見たことが無い、と思い出し、剛も観察し始めた。

 

 槍の柄の底にある石突は石で作られて、丸い形をしており、その中には五芒星が刻まれていた。

 

 また、槍の先端の穂は鉄製で棒状につながっており、三十センチほどの長さであった。が、穂の両端に七センチほどの筋が入っているのが霖之助は気になったのか、手で触れて確かめようとした。ところが、あと少しで触れようかという瞬間に、反射的に手を引っ込めた。それを見た二人は霖之助が妖怪であることに気付き(後に本人から半妖だと聞かされたが)、槍の説明をしたのだ。

 

「なるほど・・・・・・・・・。しかし一体なぜ剛ではなく佐々木君が選ばれたのか・・・・・・・・・」

霖之助がまたブツブツ何かを言い始めたので、二人はまずい、と思って

 

「あのー霖之助さん」

と話しかけた。

 

「ん? ああ、そういえば貨幣の交換をまだしてなかったね。まぁ好きなだけ持って行っていいよ。別に僕にはそこまで必要なものでもないし」

とそっけない返事をしてきた。

 

 とは言え、さすがにあれっぽっちの金で店の金を全て持っていくのは二人とも気が引けたので、十銭だけ取って別れを告げた。

 

その後、霖之助から服を頂戴し、佐々木が槍を持って香霖堂を出て行き、人里に着いたときにはすでに人通りはほとんどなくなっていた。

 

 とにもかくにも腹を空かせた二人はまずさっさと飯を食うために繁盛している蕎麦屋の前にある人の少ない団子屋に足を運んだ。

 

 値段はかなり安く、串団子一本で一銭六厘という価格で販売されていた。

 

 二人は十銭すべて払って、六本の串団子と四厘の釣りを得た。最初は佐々木が剛に四本食わせようとしたが、剛が断って結局三本、三本で分けることになった。

 

 二人同時にかぶりつき、団子を一つ噛み千切ると、ゴムボールが口の中で跳ねるようにモチモチとした食感が口内に広がり、それに加えて甘すぎず苦すぎず絶妙なバランスの取れた味も二人を虜にした。

二人とも僅か数十秒で全て食べ尽くしてしまい、熱い茶を飲んで喉を潤していると、店主が

 

「向かいの蕎麦屋さえなければウチも繁盛するのにねぇ」

などと恨み言や愚痴をペラペラこぼしていると、ガラッ、と横開きの戸が開き、ピンク色の髪を携えた女性が入ってきて、

 

「またそんなことを言ってるのですか!? まったく、どうして自分をさらに磨こうと思わず他所を疎んで繁盛すると思うのですか?」

 

 いきなり店主に説教をかました。

直接説教されているワケでもないのに圧倒的な正論で店主を諭す彼女の声に自分たちまで説教されているかのように剛たちまで耳が痛くなっていた。

彼女の説教が終わるまで席を立つことは許されない、という雰囲気が店内を支配し、剛たちもすっかり冷え切った茶を飲み終えたとき、ようやく説教が終わった。彼女と店主に一言別れを告げると店を出て行き、佐々木はふと夜空に目をやった。

 

「剛ちゃん、見てよ。星がすごく光ってるよ!」

子供のように佐々木が叫ぶ。言われたとおり剛が視線を上にやると、今まで都心で暮らしていた二人からは想像もできないほどの星の光が夜空に瞬いていた。綺麗だ、剛は一点の曇りもなく心からそう思った。いつもの人工の光ではない、本物の輝きを目の当たりにして。

 

少し歩いて、剛たちは紫が手配したという一軒家に到着し、玄関に靴を脱ぎ捨て畳を素足で踏んでいく。真っ暗だったので入口に置いてあった蝋燭にマッチで日をつける。大きさは八畳ほどで、部屋は居間と便所しかない。窓が一つだけついており、台所と布団が入っているであろう襖がその両端にあり、床は全面畳が敷き詰められており、居間の真ん中には丸い木製のテーブルがある。

 

 畳の匂いが支配する空間に足を踏み入れ、テーブルに蝋燭を置き、手を台所で洗ってからあぐらをかいて畳の上に座る。

 

「そういえばさ」

佐々木が口を開く。何だ? と剛が思って体を佐々木のほうに向けると、

 

「風呂はどうすればいいんだろうね?」

 

 剛がハッ、と思わず立ち上がった。今から銭湯なんかに行っても開いてるとも思えないし第一金がもうない。剛は別に二、三日風呂に入らなくても気にしないが、佐々木は結構キレイ好きなのでなんとかして風呂に入れてやらなくては、と剛が考えると、すぐさま台所の下の戸棚を開け、中を確認する。ちょうど桶とタオルが入っていたので、それに蛇口の水の貯め、タオルを浸して

 

「ちょっと冷たいけどこいつで我慢してくれ」

とタオルを渡した。佐々木がそれを受け取って体を拭いている間に剛は襖から二つ布団を取り出し、テーブルを部屋の端に追いやってからそれらを敷く。

 

 その後、房楊枝に焼き塩をつけて歯を磨くと、佐々木も体を拭き終わったようで、剛は上着を脱いで一足先に布団に潜った。この日はずっと歩き回っていたからさすがの剛も疲弊しており、すぐにいびきをかきはじめた。

 

 

 太陽が東から顔を出し始めると同時に剛は瞼を開ける。ふあぁぁ、と背伸びをしながら欠伸を掻いていると、いきなり目の前にスキマが現れ、紫が出てきた。

 

「あら、今回は驚かないのね、残念」

 

 二度も同じ手段でやりこめられるか、と昨日の朝固く誓った剛はいつ紫がでても驚かないように心がけていたのが功を奏したようだ。

 

「でもいいの? 昨日彼が体を洗うときに使っていた桶、あれ糞尿を入れるためのものなんだけど」

サラリと爆弾が耳に入り、剛は驚きのあまり叫んだ。

 

「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」

 

「此処ではまだ糞尿が肥料に使われているからそれ売れば少しはお金の足しになるんじゃないかって思って置いてたんだけど」

 

紫が口元を手で隠してそう告げると、先ほどの剛の悲鳴で起きたのだろうか、佐々木が目を開け始めた。

 

「それじゃあ、またね」

 

紫がスキマへと消えていった。

 

剛は顔面を蒼白にしたまま、布団を片付ける羽目になったのは言うまでもない・・・・・・・・・

 




房楊枝というのは歯ブラシとして江戸時代に使われていたものです。焼き塩は歯磨き粉ですね。

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