東方槍呪伝   作:金沢文庫

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第十話 放火

 「お師匠様! 姫様!」

 

 剛が竹林を抜け出して始めに聞いた声はそれだった。鈴仙・優曇華院・イナバ 、寝巻きのまま外に出てきた彼女がどこかヒステリーじみた声でそう叫んでいた。

 

「おい! 何かあったのか?」

 剛がただならぬ気配を感じて大きな声でそう呼びかける。鈴仙は目玉をギョッ、と縮小させながらオロオロしており、何を話すべきか判断がつかない、そんな様子を見せた。

 

 そんな鈴仙の様子にしびれを切らしたのか、てゐが口を開こうとした瞬間、里の方から鼓膜を突き破るかのごとくの爆発音が響き、剛たちが反射的に顔を向けるとそこには火が里を襲っている光景が映っていた。

 

 三人ともあまりにも突然の出来事が重なり続け、驚きのあまり声すらもまともに出せなくなっていた。それでも、彼らの本能がそう呼びかけているかの如く、里に向かって、鈴仙とてゐは空を飛んだ。

 

 「ち、ちょっと待ってくれ! 俺も乗っけてくれないか?」

 剛が慌ててそう尋ねる。もし仮にこの騒ぎが佐々木によるものだったら俺が止めなくてはならない。責任感の強い剛の頭にはそのような考えが瞬時に浮かんでいた。

 

 「駄目よ! あんたはここで待ってて!」

 だが、鈴仙とてゐの口から出てきた言葉は、やはり、と言うべきか、拒絶だった。能力も持たないただの人間を連れて行ったところで何の役に立とうか。それに彼を運べばそれだけ時間もかかる。どう考えてもリスクとリターンが釣り合っていない。

 

 それだけ告げると鈴仙たちはあっという間に火の燃え上がる方向へと飛んでいった。剛も手を伸ばして足を掴もうとしたが、彼女らの離陸速度がその速さよりも勝っていた。

 

 すぐに剛も鈴仙たちの後を追おうとして駆け出すが、竹林を抜けるときに消費した体力のせいで足が棒のように動かなくなっていた。

 

 「くそ・・・・・・」

 剛の頭には焦りしかなかった。もちろん、俺が里まで走っていったところで何の解決にもならないかもしれん。だが、俺が最も嫌っている行為が傍観と言うものだった。親父にまだ俺がガキのころ、山に放り出されたときの経験が糸を引いているのだろう。あそこでは常に動いていないと何かから襲われる。それは熊だったり蛇だったり野犬だったりした。ひとたび足を休めれば四方八方をあっという間に囲まれる。だからこと非常事態において止まる、という行為はすなわち死を意味していた。

 

 動け、動かなくては、という意思に反して足は痙攣(けいれん)以外に動く気配をみせることはなかった。渇を入れようとして硬く拳を握って足に思いっきり振り下ろすも、痛みが頭の奥までギシギシと広がるばかりで何も効果がなかった。

 

 

 

 

 一方、鈴仙たちは里に辿り着くとすぐに火の元へ飛んでいこうとしたが、幻想郷の建物はほとんどが木製であるため、火の広まりは尋常な速さではなく特定は不可能だった。 

 

 「とにかく早く火の広まりを防ぐわよ!」

 鈴仙がてゐに向かってそう言うと、てゐも即座に頷いてまだ火が広まっていない建物を弾幕で破壊した。里の人間たちの避難も大体すんでいたようなので、それによる死傷者はおらず、里の消防団も大団扇や竜吐水といった道具で火の広まりを抑えていた。そのため、たいした被害もなく消火活動は終わったが、鈴仙たちには永琳たちの姿をまったく見かけなかったことが気にかかった。

 

 永琳たちを探す意味合いで消防団からお礼を告げられた後に里を徘徊していると、霊夢や早苗、他にも幻想郷の有力者たちが里に集結してきた。ただ、その中に八雲紫がいないのが集結してきた者たちの間で疑問に思われた。

 

 「遅いわよあんたたち。一体何やってたの? あんたらがチンタラしてる間に私だけで火を消したんだけど」

 鈴仙が悪態をつきながら誇張ぎみに事態を告げた。

 

 「うっさいわね。私だって暇じゃないのよ。大体紫はどうしたのよ。あいつさえいればすぐこんな物止めれたはずでしょ」

 そのことを間近で聞いた霊夢はイライラしながらそう返した。

 

 「それで、出火の原因は特定できたんですか?」

 山の上の巫女こと東風谷早苗が割り込んで鈴仙に話しかける。

 

 「いいや。何だか聞いた話によると原因不明だって話だったわね」

 首を横に振りながらそう返す。

 

 「ただ、出火元はあそこの貸本屋だって言ってたよ」

 そういって鈴仙は左上端がちょっぴり焦げた『鈴奈庵』という看板が転がった店を指差した。店は完全に焼失しており、もとの景観をまったく留めていなかった。

 

 それを聞くと霊夢は急に押し黙ってすぐさま里の住民の避難場所へと飛んでいった。

 

 それを見ていた二人はびっくりして

 

 「どうしたんでしょうか?」

 

 「さあ」

 といったやりとりしかできなかった。

 

 「っていけない! 私も早くお師匠様を探さないと!」

 ハッ、と思い出したかのようにそう叫ぶと鈴仙は再び里の中を徘徊し始めた。

 

 残された早苗はボーっとして里に集結してきた有力者たちを眺めていた。過去に異変を起こした人物、もしくはその従者といった者たちのほとんどはここへやってきており、その層々たる顔ぶれに驚きを隠せないでいた。まぁ里の人間が死んでしまえば彼女らも存在意義を失って消えてしまうのだからムリもない話ではあるのだが。

 

 それにしても、妖怪の賢者は一体どこにいるのだろうか。このようなケースでは真っ先に彼女が駆けつけて被害を最小限に止めるはずなのに、と早苗の疑問は解消されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 里の住民たちの避難所である稗田家のお屋敷に霊夢はズカズカと足を踏み入れ、ある一室の戸を力いっぱいあけた。カツンと大きな音をたて、少し雑談をしていた人々の間には瞬く間に静寂が訪れ、霊夢へと視線が注がれた。その中に見知った顔の二人組を見つけて強面のまま歩み寄る。そして小鈴の胸倉を掴んで

 

 「今度は何をしたの?」

 いつもとは違った冷淡な声でそう問い詰めた。

 

 「待ってください。今回の件は小鈴とは一切関係ありません」

 慌てふためく小鈴とは対照的にこのことを予期していたかのように冷静に横から阿求がそう告げた。

 

 「その根拠は?」

 霊夢はあくまで冷淡な態度をとり続ける。

 

 「今回の火事は小鈴が私と話しているときに突然店の奥から出火したんです」

 阿求もあくまで冷静に霊夢を諌めようとする。

 

 「それだけじゃ信憑性に欠けるわね。あんたがいないところで妖魔本と接触したのかもしれないし」

 

 「本当に妖魔本の仕業じゃないんですって!」

 小鈴も阿求に乗っかって反論してくる。

 

 「だって・・・・・・」

 

 霊夢が手を離して小鈴たちのほうへ目をやると、信じられない言葉を耳にした。

 

 「「あれは私たちが自分で点けたんですから」」

 

 そう言ってそこにいた住民たちは一斉に屋根を突き破って上空に舞った。そして、バラバラに散っていった。

 

 「ま、待ちなさい!」

 霊夢の呼びかけに応じる者はおらず、それぞれがどこかへ散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ドコダ!』

 

 『ドコダ!』

 

 『ドコダ!』

 

 『ドコダ!』

 

 飛び去っていった住民たちは血眼で何かを捜していた。

 

 『我ヨ! 聞コエテイルダロウ! ハヤク出テ来イ!』

 彼等は探している者にだけ聞こえる声で叫びながら里の上空を飛んでいた。だが、その呼びかけに応じる者は誰一人としていなかった。

 

 『ナゼダ! オマエハ此処ニイルハズダ! 出テ来イ!』

 だんだんと焦りを隠しきれなくなり、怒りの色を帯びていく。

 

 「あんたたち、何が目的? 小鈴ちゃんたちをどこにやったの?」

 霊夢が里にやってきた幻想郷の有力者たちを引き連れてそう質問する。

 

 霊夢はおそらくではあるが、小鈴たちは無事だと考えていた。なぜなら妖怪たちはまだ生きているからだ。もし里の人間たちがすべて殺されていたなら彼等は存在意義を失いとっくに消え去っているはず。

 

 『安心シロ。マダ殺シテハオラン。』

 

 返ってきた答えは霊夢にとっては予想の範疇であり、驚きはそこまでなかった。

 

 「そう。それであんたたちの目的は何? まさか人間に化けて暮らそうってワケじゃあるまいし」

 続けて質問する。まともな答えが返ってくるとは霊夢も微塵も思っていなかった。少しでも時間を稼いで一斉攻撃の準備を整えさせようとしているだけ。だが、返ってきた答えは霊夢の想像を遥かに超えるものだった。

 

 『妖怪ノ存在意義ノ変化ダ』

 

 「は?」

 ワケが分からない、と言った風に霊夢が首をかしげる。

 

 『我々ハ妖怪ガ人間ト共存シナクテハナラナイシステムニ改革ヲモタラシ人間ヲ絶滅サセ、妖怪ダケノ世界ヲ創ル。ソレガ答エダ』

 

 手が止まる。奴は一体何と言った? 私の聞き間違いじゃないの? 様々な考えが霊夢の頭を駆け回る。

 

 『人間ハ(ちから)モ持タズ、我々ノ足枷トナッテイル。ソンナモノガ外ノ世界デハ全テヲ支配シテイル。ソレガ我慢ナラナイノダ。ダカラ我ガヤツラヲ滅ボシ妖怪ノ妖怪ニヨル妖怪ノタメノ社会ヲ築ク!』

 

 「・・・・・・そう」

 霊夢が神妙な面持ちでそう呟く。

 

 『ン? ソウカ、貴様ハ人間ダッタナ。マァ安心シロ。今スグ妖怪ニナル決心ヲスレバ生カシテオイテモ良イ。ドウスル?』

 そう言いながら小鈴の偽者が近づいてくる。指で霊夢の顎に触れようとした瞬間、お払い棒で頭を叩き割った。

 

 「私は、まっぴら御免よ」

 

 その言葉が引き金になったかのように後ろの者たちが一斉に弾幕を放つ。正確に狙いが定まっていた弾幕は寸分違わず人形たちの頭を吹き飛ばした。

 

 「何だ、随分と歯ごたえがないやつらだったな」

 魔理沙が涼しい顔でそう独り言を呟いた。

 

 「ええ。仮にも幻想郷に喧嘩を売ってくる奴らだから警戒してたけど、かなり弱かったわね」

 霊夢もその意見に賛同した。だが、霊夢の中にはある種の恐怖が芽生えていた。

 

 もしここにいる誰かが偽者だったら・・・・・・?

 

 そのような疑惑を芽生えさせただけでも首謀者の幻想郷侵略は一歩前進した、と言えるだろう。それが後に大きな誤解や疑心暗鬼を生み出すことになるのだから。

 

 だが、霊夢たちはこのことを一切話し合おうとはしなかった。何しろ顔を見慣れた小鈴でさえ見間違えたほどの精巧さなのだ。一度疑い、疑われたらその疑惑を取り除くのは至難の業。だからこそこのことには触れないほうがよい、と判断したのだ。その考えは概ね正しい、と言えるだろう。だが、もし知らない間に入れ替わったら? 疑心暗鬼の戦争はもう始まっていると言っても過言ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バタリ、と地に膝をつく音が響いた。

 

 「佐々木さん! どうしたの!?」

 

 輝夜の声が法界に響くが、佐々木の耳には何も聞こえない。尋常でないほどの汗がしたたり落ちている。

 

 「ほっほっほ、どうやらもう槍は使いこなせないみたいじゃの。それでは、そろそろ槍を破壊させてもらうとしようかの」

 ぬらりひょんがそう呟く。それを合図として全長三十メートルはあろうかという蛇の妖怪が尾を首に巻きつけ、佐々木の体を持ち上げる。

 

 そして他の妖怪たちの体が見る見るうちに黒い布になり、槍の力を封じ込めんとして這いよる。

 

 永琳も輝夜も度重なる戦闘によりかなりの体力を消耗しており、それを妨げる余裕などあるはずもなかった。

 

 そろり、そろりと這いよる布。妖怪のことに疎い佐々木でもそれに込められた妖力に反射的に鳥肌を立てていた。

 

 「この布で槍を包めばその力は相殺される。その瞬間こそが槍を破壊する絶好の機会じゃ!」

 ぬらりひょんが高笑いしながらそう叫ぶ。

 

 槍は壊される。誰もがそう確信した瞬間、すべての者の視界から布が消え去った。

 

 「ふーん、法界の妖怪の力と魔力の向上で封じようとしたってことね。この布は私が貰っておくわ。役に立つかもしれないし」

 

 そう余裕満々に告げたのは、妖怪の賢者こと八雲紫その者だった。 

 

 

 

 


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