「うわあああああ!! 誰か! 助けてくれえええ! 槍、槍になっちまう!」
男の叫びと共に槍を持っていたその両手は思いっきり引き絞った雑巾のようにねじれ、ギシギシ、と腕からは滝のように鮮血がほとばしり、土の色をすっかり変色させていた。
彼の悲鳴に答える者はおらずその叫びは森の木に遮られ、やがて静寂が訪れる。樫の木で出来た柄がすぐに腕から肩、首、腰、足、頭、次々と捻らせていき、高熱を発して肉体は肉塊となり、ボトボトと地面に零れ落ちる。すぐさま槍の穂先が
---------やがて風を切る音だけが残り、三日月のもと、突如現れた空間の裂け目から二人の女性が焼土に残った槍を眺め、それを見つめる。
「今回も駄目だったわね」
焦ったように彼女はそう言って静寂を破る。表面上は冷静な態度を崩さないが額からわずかに汗が垂れている。
「紫様、私この件は私に任せていただけないでしょうか」
彼女の式はなおさら焦燥をあらわにして。
「あてはあるの? もう時間はないわよ」
九つの尾をもつ、藍と呼ばれた女性は
「はい。
すぐさまそう答えた。
「分かったわ。ただ、私がいないと連れてこれないでしょう? すこし私にも彼の力を見させてもらうわ」
紫と呼ばれた女性はそれだけ告げるて再びスキマを出すと、藍とともに姿を消し、風の音だけが森には残った・・・・・・
並の人間では取り込まれるだけ、その少年がこの槍を御せる男なら・・・・・・! 紫はまだ名しか知らぬ少年に対し、藁をも掴む気持ちである使命を託そうとしていた・・・・・・
時を同じくして、本格的な夏に向けて季節が動き出した7月の半ば、ムシムシした空気、熱気によって歪められた景色、様々な人々が行き交う街、その一角にあるビルに向かい時速百キロは優に超える速度でトラックが入口に突撃した。
バリン!
巨大な残像はガラスでできた入口を破壊しすると同時に十人を超えるヤクザをブッ飛ばし、建物内を食い荒らすかのようにガン、ガン、と壁にぶち当たり、組員を轢きながらトラックは侵食していく。やがて燃料が切れ、糸の切れた操り人形のようにそれが沈黙すると今度は白い影が窓から飛び出して風のように走り出し、ヤクザの間をすり抜けるとバタバタとドミノのように彼等は倒れていった。
そして組長の部屋まで辿り着くと、
「佐々木ってオッサンの借用書返してもらいに来た。さっさと返せばあんたは痛い目を見ずにすむぜ」
短い黒髪に空手の胴着を身に付け、顔に大きな傷を負った彼は、190センチメートルはあろうかという巨体を揺らし、一歩一歩、組長に近づいた。
「こ、こっちに来んじゃねえ!死ねぇぇぇ!!!」
組長は銃口を彼に向け、空気を轟かせ、すべての弾を撃つ。
「く、くはは、命中だ! オラァ! どうした小僧!」
と粋がってみせたのもつかの間、彼が全身に力を込めると、体からゴムが反発したかのように弾が飛び出してきた。
「な、なにぃぃぃーーーーー!!!」
少年は一気に間をつめると組長の頭を片手で掴み、思いっきり窓ガラスに叩きつけてバラバラに割り、今度は床に放るとその頭を踏みつけた。その後机の中を物色し始めた。
「えっぇと、佐々木真一、佐々木真一、あった! 悪く思うなよ」
もともとアンタらが撒いた種なんだ、と剛は心の中で吐き捨てて借用書を奪い取ると喧騒が収まったビルを後にした。
彼が借用書を取り返し,佐々木のもとにやってきて借用書を見せびらかしたら、佐々木は安堵の表情を浮かべた。
佐々木は三十四歳のサラリーマンであり、小太りとまではいかずとも、それなりにふくよかな体系をしておりよっぽど剛のことを心配していたのだろうか、スーツ姿のままで家の前をウロウロしていた。
「剛ちゃんが無事でよかったよ」
すぐに家に上げてもらい、世界中の凶悪犯罪者の失踪ニュースを横目に剛が明日のニュースのトップは俺だな、などと考えながら飯を腹に流し込んでると、そんな声が聞こえた。
「なーに、あんな人のやさしさに付け込むようなコスい玉無しどもじゃぁ100人いようが相手にならねぇよ」
剛がそう言うように、佐々木はとても優しく、人をあまり疑わないタイプだ。そのせいで職場の後輩の保証人になり、案の定彼は失踪、借金を全て押し付けられ、それに腹をたてた剛が先ほどその借用書を取り返してきたのだ。
「でもやっぱり中年にまでなって高校生に助けてもらうなんて情けないよね」
佐々木が自嘲ぎみにため息をついてそうつぶやくと、
「んな事ぁねえよ! おっちゃんがいなけりゃ俺は今でもその日暮らしのチンピラだったんだぜ! 今こうして高校にまで通わせてもらって・・・・・・情けねぇのは俺のほうだよ! すっごく感謝してんだぜ!」
と剛が叫んだ。佐々木は少し呆然としていたが、やがて涙を流し、
「ありがとう、ありがとうよ、剛ちゃん」
と呟いた。
「こっちの台詞だってば」
剛は佐々木の背中をポン、と優しく叩き、そう言った。
「でも、危険なことには手を出さないでくれよ」
「俺だってそうしたいけど、降りかかる火の粉は払わねぇと駄目だかんな」
と言って、食器を台所まで運んでいった。
剛は道場破りとして有名だった空手家、一之宮貫徹の一人息子として育てられた。彼を産んだと同時に母親は死に、四つんばいで歩いていたころからノウハウを叩き込まれ、二歳のときは山に放り出されて『自力で下りて来い』なんて言われた。どれだけ泣いても助けるような父親ではなく、強くなるしか生き残る道はなかった。
『男は誰もがより強くなり、自分より強い奴を倒すために生きるものだ』
これが貫徹の口癖であり、剛に対しての教育方針だった。
嫌だ。これが貫徹に対しての剛の正直な気持ちだった。寝ても覚めても待っているのは戦いだけ。今まで自分が見てきた親子の関係とはもっと別の、異次元の関係だった。小学校の授業参観で待ってましたと言わんばかりの気分で登校してくる同級生たち、遠足で親が作った弁当を嬉しそうに広げる彼等。それが剛が何よりも欲していたものの片鱗であり、自分は手に入れることができない、と諦めていたものだった。
そんな貫徹も病には勝てず、剛が十三歳のときに逝去した。その後孤児院に放り込まれたが、そこはさらなる地獄だった。
孤児を奴隷のように扱う先生たち、虐待、そんなものが日常茶飯事だったのだ。剛はやってきてから二日でそこにいる先生をぶちのめし逃走した。その後行き場を無くした剛は数週間山に篭り、熊や虎とも戦った。飢えを凌げるものなら何でも食べた。
そんなある日、山の中に巨大な悲鳴が沸きあがった。何だ? 剛は野次馬根性からその場に駆け寄り、そこで佐々木が熊に襲われているのを発見したのだ。
『ありがとう、助けてくれて』
佐々木はそのときもヤクザに騙されて莫大な借金を背負い、自殺しようとして山に足を踏み入れたとき、熊に襲われたと言った。
『けど、自分がもう死ぬ、って悟って初めて本気で生きたいって思えたんだ』
その後佐々木は剛にいつから山に住んでいるのか、親はどうしたのか、そんな話をたくさんしてきた。剛が全ての質問に答え終わったときの佐々木の顔は剛は今でも忘れられないほど後悔と悲しさに満ち溢れていた。その後、佐々木が剛を家に招き自分が保護者になるから学校に行ってくれ、と頼んだ。最初は剛も今までの経験から佐々木の話をまったく信じていなかった。だが、何とも言い難い熱意に押され、佐々木とともに生活するうちに、彼の人柄に惹かれていくようになっていった。今では本当の家族といってもいいほど良好な関係を築いている。
もし自分に力がなければ佐々木を救うこともできなかっただろう、剛の頭にはいつもその言葉が頭にこびりついている。だからこそ、今となっては貫徹にも感謝しており、彼の考え方ややり方も受け継いでいこう、と考えている。
翌日、学校が終わり家に帰ると、佐々木がおらず、不思議に思った。
すると次の瞬間、緑色の弾幕が襲い、剛はとっさに避けた。
「な、何だ!?」
くそ、と呟いて窓を割り、外に逃げると近くの空き地まで逃げ込んだ。
日が沈み、視界がすこぶる悪いため、耳に頼った情報しか得られず、じっとしていると、背後から赤鬼がフックで頭を目掛けてきた。
ビュン!
風を切る音が響き、剛は間一髪避けることができた。ローキックで赤鬼の体勢を崩し、距離をとると、背後の壁から青鬼が出てきて、剛の頭をがっしりと捕まえ、動きを封じた。
剛はヒジテツで青鬼を攻撃するも、まったく効かない。
「うおぉぉぉ!」
足を後ろに上げ、股を蹴り上げるとさすがにこたえたようで、手を振りほどき、脱出した。
「クソ野郎めが! そんなカッコウして何考えてるのか知らんがかかってきやがれ!」
「「ウオォォォォォォ!!!!!! 」」
二匹の鬼が叫びながら突進してくる。階段から飛び降り、赤鬼の顔面に蹴りを食らわすと、すぐに青鬼の顔面に中指を立てて拳で殴る。
が、これもさして効果はなく、すぐさま反撃を食らう。
「ち!」
二体の攻撃をかわしつづけているうちに、壁際まで追い詰められた。
(一か八か!)
二体の攻撃と同時に宙へ浮かび上がり、空中で体を半回転させ、それぞれの手で鬼の頭を掴み、角をそれぞれの頭に突き刺した!
二体の頭からは滝のように血が流れ、気を失った。
「やったぜ!」
着地した剛が息を切らしながらそう叫ぶと、ふと不思議に思った。
(ん………? 待てよ。最初の弾幕は一体誰が………?)
次の瞬間、頭に強い衝撃を受け、剛は気を失った。
そしてスキマが現れ、紫と藍が出てきた。
「どうですか、紫様」
「間違いないわ! 彼こそ私が探していた人材よ。すぐに連れて行かなくては!」
「はい」
藍がそう言うと橙が服の裾を引っ張っているのに気付き、橙の頭を撫でると橙は嬉しそうに身をよじらせた。
そして紫は剛をスキマに落とし、こう囁いた。
「ようこそ、幻想郷へ」