強くないのにニューゲーム   作:夜鳥

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この世界が、唯一の現実

 (ようや)くだ────その言葉が胸に去来する。僕の役目が終わるときは近い。

 

 仮想空間という牢獄に自分から、誰に頼まれた訳でもないのに留まって、発展を見続けて約五年──仮想世界はひとまず、一般人にとって違和感を生じないレベルには到達した。

 

 ALOは軌道に乗り、SAOは再開が近い。実現したかったデスゲームの阻止も……まぁ、成功したと思っていいだろう。次代を担う者達の目星も付いている、茅場先輩を退屈させることもない。

 

 元より──僕に情熱などというものはなかった。他人の望みを理解して、自分のものであるかのように装っただけで。仮想世界の充実? メディキュボイド? 木綿季のため? 詩乃のため? 明日奈のため? それらは全て過程だ、手段に過ぎない。

 

 そうして役に立っている実感が、誰かの願いを叶えているという感覚が、ちっぽけでどうしようもない僕の心を癒してくれる──意味を持てる人間でありたいと欲したからだ。

 

 僕の心根は変わらない、あり得ない筈の知識が強いる罪悪感と己の臆病さ、その板挟みにあって逃げたくて、けれど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()あの頃と何も変わっていない。

 

 仮に僕の内から生まれた渇望があるとしたら、彼女達に生きて欲しいという願いに他ならない。けれど、それさえも知識(自分の外)からもたらされたキッカケによるもので……既に、叶ってしまった。

 

 残りはカデ子やストレアの成長を見守ることか、まだ手のかかる子達だから。アルヴヘイムは妖精達の通過点だ、無限に空を舞う力を得て羽ばたく彼女達をここで見送ることが僕の役目────

 

 

 

 

 

 それで満足だったんだけどなぁ────胸の奥からジクジクと何かが(にじ)んでくるのだ。

 

「どうして君達の生きざまはこんなにも……僕の胸を掻き乱すんだろうな」

 

 クラインの意地と叫び、キッカケが綺麗でなくとも手にしたモノが無価値になる訳じゃないと。

 レインの葛藤と暴発、暗い感情と尊い感情と、そのどちらもが人の中にあって、それでいいと。

 セブンの決意、他人の期待に応えて目指した目標だとしても、自分でだって憧れてよいのだと。

 

 彼らの示してくれた意志がどれ程に僕を揺らがせたか。彼らにその意図がなかろうとも。

 

「やはり、来るのは君達だと思っていたよ」

「その割には私達を見て表情が歪んだようだけれど、どういうことかしら?」

「心の準備ができていなかったんだ。僕は小心者だからね」

 

 シノンと、アスナとユウキ。弓を剣を携えて、やって来たのは恐れていた(心から待ち望んでいた)彼女達。こういう時、VRは困る。表情を取り繕うということが非常に難しい。詩乃と約束を交わしたのは正解(間違い)だった。

 

「ボクらだって言いたいことあるし。GM権限があるからってここで逃げたりしないよね?」

「あぁ……今さら逃げ帰る舞台袖もない。脚本家の分際で舞台に立ってしまったからね」

 

 ユウキ、君達の人生に僕は姿を現してしまった。認識されてしまった。影響を与えあってしまった。ならば幕が降りるまで勝手に引き下がることは、やはり許されないのだろうか。

 

「わたしは……今のすごーさんが浮かべている表情が嫌い。何もかも悟ったような目をして、そんなのはわたし達の隣で見せてくれたあなたじゃない。少なくともソレだけが、あなたじゃない」

「アスナ……君達はいつもそうだ。小心な僕の背を押してくれる、あの時も、そして今も」

 

 キラキラと好奇心に弾んだ瞳、悲しみと切なさに彩られた眼差し、怒りと意地に塗りあげられた目付き、心の奥底を覗かれそうな鋭い眼光に……励まされ叱咤され、そうして始まったのだから。

 

 片手剣をゆらりと半身に構えるユウキ。

 

「斬れば分かる、そうしてこの世界のボクは生きてきたのにすごーさんは斬ってなかった。ボクは知らない内にあなたのことを(ないがし)ろにしてたんだ……そのことを謝りたいと思って」

 

 シノンもまた、矢をつがえて狙いを付けてくる。

 

「私も心地よい曖昧さに甘えて本音を隠していた……今のあなたは見ていられないから喧嘩をし(本当の親子になり)たい。親が間違っていると思った時、子は全力で反抗するものでしょう?」

 

 既にアスナは細剣を僕に向けていた。

 

「まだ頼りないかもしれないけど、わたしはこれからも成長する。あなたを守れるようになりたいから……だからあなたが誰かに傷つけられるのはイヤ、誰かに(撃破)されるなんて耐えられない」

 

 重い、重いよ君達────それを嬉しいと思ってしまう辺り、僕も相当にイカれているらしい。

 

 ならば応えよう、僕の全力をもって。(うた)い示そう、君達への愛を。

 

「ならば、まずは僕の世界に招待しよう。全てがあって何もない、ただ傍観するだけの特異点へ」

 

 ここから先は僕達四人だけが知っていればいい。資格なき者は例え、システムであろうが踏み入れさせはしない──転移は一瞬、たどり着いたのは全天をモニターで覆った無機質な空間。

 

 戦闘を続けているストレア達、世界樹の麓で再突入の準備をしているプレイヤー達、街を賑わすユーザー達、各地で各々のしたいようにプレイしている彼らの姿が全て見える──()()()()()()

 

 ALOの全体を統御するGMのコンソールルームだ。アルヴヘイムを──否、全てを遠巻きに眺めてはちょっかいを掛けることしかできない僕には相応しい空間、ここなら邪魔は入らない。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 速い────三人の印象は、ただその一言に尽きた。

 

 尋常でない速さで振るわれる拳は迫る矢を剣を(ことごと)く弾いていく。移動もまた、足を動かした瞬間には懐に潜り込まれる程に。最早、システム的な限界を超えた何かだった。

 

 矢筒へと伸ばしたシノンの右手をとって投げ落とし──

 斬りかかろうと剣を振り上げたユウキの腹部を打ち抜き──

 突き貫こうとしたレイピアをすり抜けてアスナを殴り飛ばし──

 

 三人がそれぞれ一度は地に倒れ伏したところで須郷は動きを止めた。

 

「不思議かい、何故これ程の動きが可能なのか」

 

 数メートルの距離を開けて口を開く彼、その態度はいつでも倒せると言っているかのようで……気に食わないながらも息を整えることにアスナ達は注力する。攻防を重ねて数十秒、息があがる程に攻め立てても(かす)りすらしない理由はどこにあるのか、知らなければ始まらなかった。

 

「オーバーアシスト、と呼ばれるコマンドだ。一般プレイヤーに課されている重力や慣性といった枷を、任意で外し行動することが出来るGMの権限だよ」

 

 けれど、と付け加えられた内容は壮絶なもの。オーバーアシストを扱える人間がアーガスとレクトにすらたった二人しかいなかったという事実。即ち最初期からVRを築いてきた茅場と、須郷だ。

 

 初期の仮想空間は酷いものだった。現実のコピーどころではない、出来損ないですらない。そも五感情報の全てが存在しない、光も、熱も、匂いも、感触も、音も、何一つとしてない無の中に、自分という存在の意識だけが漂っている。広大であるのかすらも分からない────

 

 呼吸をしたい──気が狂いそうだ──けれど死なない、そもそも肺なんてないのだから。

 声を聞きたい──気が狂いそうだ──けれど困らない、そもそも耳だってないのだから。

 

 一事が万事その調子である。重力や慣性にしても同じこと、現実の地上で生きるには必須のそれは、仮想空間では()()しなければあり得ない。オーバーアシストをまともに使える人間が須郷と茅場しかいないのもまた、昔からこの環境を体感しているからだ、嫌というほどに。

 

「君達は重力も慣性も光も空気もある世界が当然だと思っているだろう、疑問に感じたこともあるまい。けれど僕は違う。仮想技術黎明期、仮想空間にそんなパラメータは存在しなかった」

 

 己の身で重力を、慣性を、多くのパラメータを成立させてきた彼にとって、仮想空間とは欠陥だらけの世界、原初の世界だった。故にオーバーアシスト(慣性も重力もないふざけた動き)もできる。

 

 瞬き一つの間に気がつけば目の前に立たれ──それを脳が認識して動こうとした時には既に離れている。冗談としか言えない動きを見せた須郷は乾いた笑いをこぼした。

 

「現実の再現に僕が今(なお)躍起になっているのは仮想世界に覚えてしまう違和感が許せないからさ。まるで()()()()が作り物みたいで──違和感を覚える()()()()()()なのかもしれないけれどね」

 

 そう言って──三人をしかと見つめる目。彼の目には今、確かな色があった。

 

 刀で貫かれた箇所を指でなぞる動きは、そこに籠められたクラインの意志を反芻するようで。

 

「こんな適性を得ても嬉しいとは思えなかった。けれど得たモノに罪はないと、教えられた」

 

 見やった映像にはセブン。周囲の思惑と混ざろうとも、構想に夢を見続けると決めた少女。

 

「仮想世界に夢を見る資格は僕にはないと思っていたんだが……後から憧れても構わないらしい」

 

 次いでレインへと目を移し、苦い笑みが零れたのは……自身の弱さを炙り出される感覚故に。ずっと君達に嫉妬していたと──心からの叫びと鮮やかな意志を見せる君達のようになりたかったと──なれる筈もないのに真似をして満足して──叶った願いを共に喜んで──なんという道化と。

 

「けれど僕が耐えられたのは君達がいたからだ。明日奈と、詩乃と、木綿季と、それぞれの生きる姿と願いから目が離せなかった。あまりにも魅力的だったから、同じ世界に生きたいと切望した」

 

 まるで炬火(きょか)に惹かれる羽虫のようだと。しかし顔付きは晴れ晴れとして……感情を偽ることの出来ないVR世界においてはつまり、己の過去を(うと)んではいないということを意味した。

 

「わたしたちが役に立てていたならとても嬉しいけど、これからはどうするの?」

「どうするか、どうしたいか、か……最初はここで君達を見送ってさよならでも良かったんだが」

「なっ、ボクはそんなこと許さないからね! どこまでだって追いかけ──」

「落ち着きなさいユウキ、話の途中よ。それで、今はどうなのかしら?」

「今は……またあの世界で生きたいと思う、って何だその顔は。曖昧だって?」

 

 もっと詳しく、とのシノンの返事に頭をかき……観念したように重い口を開いた。

 

「大切だと分かっているのに逃げたかった。いや、大切だからこそ逃げたかった。けれどやっぱり君達と離れたくない。君達という灯りがなければ、僕は歩くことすら(まま)ならない」

 

 興味、関心、観察、義務感、一切合切(いっさいがっさい)どうでもいい。三人の生きる姿を見て、間近で接して影響を受けて、人生の一部になって──今更、無くして生きられる筈もなかった、と。

 

「明日奈がいたから僕は変わり始めることができた。君の眼差しと笑顔が僕を奮い立たせた」

「わたしはただ安心できる人を求めていただけで、どうしようもなく子供だったのに」

「彰三さん達には感謝している。お陰で君と出会うことができたんだから」

 

 幼い頃を持ち出され赤くなったアスナの顔は、それを聞いて更に熱く赤く染まる。

 

「木綿季がいたから僕は道を探すことができた。逃げるように選んだ道に、胸を張れた」

「逃げるように? それは分からないけど……ボクはすごーさんに貰ってばかりだよ?」

「メディキュボイドの開発で一番救われたのは、他ならない僕自身だと思うよ」

 

 驚き目を見開くユウキ。自分以上に救われたと言い切る彼は、何を抱えていたのかと。

 

「詩乃に出会えたから僕は生き方を振り返ることができた。この世界の一人になれたんだ」

「出会い……私は、ただ苦しかった。それを誰にも言えずに……震えていただけよ?」

「君とお母さんの思い合う気持ちが僕を動かしたんだ。何かできることはないかと考えさせた」

 

 病室で一人、流せぬ涙を堪えていた自分に母の声を届けてくれた過去がシノンの脳裏に蘇る。

 

「恩を返したいと思う、けどそれだけじゃない。共にありたいと、愛しいと、そう思うよ」

「だったら私を放さないでよ! 私達から離れていこうとするんじゃないわよっ」

「そうだな……どうにも僕は気付くのが遅い。ごめんな、詩乃。これでは親の役も失格だ」

「失格したからって退場なんかさせないから。一生続けてもらうから!」

 

 そう言いつつギリギリと、弓を引き絞るシノン。

 

「まだまだ知らない話があるみたいで疎外感が半端ないんだけど。すごーさん、ボク怒ってるよ」

「あ、あぁ……話せる所はちゃんと話そう。というかユウキ、鉢巻のデザイン変えたんだな」

「今、今そこに気付くの!? ちょっと遅くないかな、ボクはずっと緊張してたのにさ」

 

 完全に目が据わったユウキは片手剣を構え、前傾姿勢を取る。

 

「わたしもちょっと許せないかな……ちなみにさっき斬られていたのは平気だったの?」

「首を落とされなければダメージは発生しない。GMの特権というヤツだな」

「へぇ──じゃあ、その素っ首を叩き落とせばいいのね」

 

 体勢を低くしたアスナは、明らかに突進からの刺突を狙っていることが見え見えだった。

 

「そうだ、とはいえ簡単にはやらせんよ。こちらの攻撃も急所に入れば一撃で全損させる」

 

 そう言って示した籠手(ナックル)はヤドリギ製、名をミストルティン、普段はダメージ0だが急所に当てた場合のみ防御もライフも無視して絶命させる鬼畜仕様だった。バルドル殺しの逸話に(ちな)んだ品だ。

 

 完全スキル制のALOでは初期装備の剣であっても上手く斬れさえすれば敵プレイヤーのライフを一撃で全損させることが可能だ。実際それをやってのけるプレイヤーも何人かいるのだが……流石にアイテムの形で提供するのは不味かろうということでお蔵入りした伝説級武器(レジェンダリィウェポン)の一つである。

 

「えええええ、すごーさんズルくない!? ボクら普通の武器だよ!」

「お前ら三人で袋叩きにされる僕の気持ちにもなってみろ、これでも足りんわ」

 

 ジト目と軽口の応酬、それもいつかは尽きるもので──自然と動きは重なった。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 まぁそうだよな、と思いながら僕は泣き別れた首から下を見上げ──すぐさま爆散するのをしみじみと見送った。オーバーアシストが使えるとは言え僕の身体能力は人体の限界を超えられない。

 

 一人ずつがバラバラにかかってくるならばトリッキーな動きで翻弄して対処もできるけれど……三人に連携して攻められては無理だった。僕が学生時代に剣道で学んだことは……格上にはまず敵わないということである。あと複数人を相手にするのは非常に難しいということだ。

 

 特に転移してからは魔法絡みのモノを僕も全て封印している。僕自身の手で戦いたかったから、などというつまらない意地だ──最初の数十秒を凌いだ段階で精神的な限界がきたのだけど。何が悲しくてあの子達を殴らないといけないのさ、胸が痛いわ。誰だよこんな展開にしたの。僕だよ。

 

 僕自身、PvP経験がない訳じゃない。ゲームだと、遊びだと割りきっていれば彼女達を倒すことにも……躊躇はない、多分。けれどあそこまで激しく気持ちをぶつけ合って、仮想世界における僕も彼女達もリアルなのだと認識してしまったら……現実世界で明日奈と、詩乃と、木綿季と対峙して殴り合いに発展してしまっているのと変わらないのだ、僕の心情は。苦行にも程がある。

 

 だからAIに任せたかったんだよなぁ──なんて考えながら空間が謁見の間に戻るのを確認して、妖精王が撃破されたことでシステム的に進められるだろうイベントの続きをリメインライト状態で待っていた僕に…………何故かアスナは近付いてくるなり瓶の中身を掛けてきた。バシャッと。

 

 え、いや、確かにプレイヤーアバターの一種ではあるから蘇生はできるけど、これだとイベント進まなくなってしまうんだが──え、この雰囲気の中で妖精王ロールもう一回やるの? 嫌だよ。

 

「あの、アスナさん……どうして僕を蘇生したんでしょうか」

「聞きたいことが山ほどあるからです。とりあえず──アバターをリアルに戻して、いいわね?」

「アッハイ」

 

 泣き別れた胴体の残骸が爆散するのをリメインライト状態で眺めながら、この後はシステム的にイベントが進行していくだろうと──思っていた僕はどういう訳か即座に蘇生された。

 

「それで誰の攻撃で殺られたのかな、ボクだって分かりきってるけど、一応ね」

「私達の誰にもラストアタックボーナスの表示が出ないのだけれど、どういうこと?」

「僕を撃破しても経験値・ユルド・アイテムは何もないぞ? 謁見で充分なんだから」

 

 唖然とした空気に僕の方こそ吃驚である。最初から告知していたではないか、謁見すればいいと。僕とてその辺りを違えはしないよ。だというのに戦意旺盛な子ばかりで戸惑ったのだ。

 

 武装せずに歩いて入室すれば謁見ルートだ、という情報も追加クエストの報酬だったのだが……この分では無視したのではなく見逃したのだろうか。詐欺くさくない? とかボヤかれても困る。むしろどうして君達は僕の命を執拗に狙ってきたのかを知りたい──あれか、実はすごく嫌われているとかそういう話なのだろうか。だとしたら凄く落ち込むのだけれど。

 

 ガックリと肩を落とす面々に僕こそ肩を落とした。次に質問してきたのはユウキだ。

 

「ボク達の滞空制限は解除された、んだよね。もうアインクラッドには行けるの?」

「行ける、けど気を付けた方がいい。SAOの踏破経験者は例外なく裏SAOにご招待だ」

 

 裏? と首を傾げる彼女に詳しく説明をすることに。表の第百層の続きとなる、実質的な百一層に位置付けられる難度のアインクラッドは未だ完成してはいない、それこそ下部の十数層くらいだろう。時間は充分にあったのだが……茅場先輩が全力で作り込んだらそこまでしか出来上がらなかったのだ。あの人ホントにアインクラッド好き過ぎだろう。アーガス社員の悲鳴が聞こえそうだ。

 

 しかし十数層とはいえ作り込みの具合は半端ない。そして難度は目も当てられない。死に戻りが前提だからといって先輩、デスゲームでは試せなかったことをこれでもかと満載しているのだ。

 

 僕が見せた飛行不能も魔法不能もアイテム使用不可も、全ては序の口だ。かつてのユニークスキルや伝説級武器も広く開放されるが、その程度の餞別しか贈れないことが不甲斐ない程に。

 

 SAO事件でのアイテムやらを引き継いで裏に進むか、放棄して表に進むかはプレイヤー次第だ。

 

「市街地は表と共通だけど裏のアイテムは持ち込めないから……諸君の健闘を祈る」

「祈られても困るわよっ、難易度を調整するカーディナルシステムは機能しているの?」

「表をグラズヘイムとすれば裏はヴィーンゴールヴね。エインフェリアが大量に出そうだわ」

「シノン、割とシャレにならないよ……まぁボクらはこんな所かな。キミ達は何かある?」

 

 ユウキに促されて近付いてきたのはレイン……の背中に隠れたセブンだ。

 

「あの……アナタも、あたしの理論に反対なの?」

「理論って、クラウド・ブレイン構想のことか?」

 

 こくり、と頷くセブンは顔だけを……というか目から上だけを覗かせてこちらを見ている。何かそこまで怯えるような理由があっただろうか……不思議に思いながらもとりあえず答えておく。

 

「実に興味深いと思うよ。リソースの共有と統一的意志、夢のある話だ」

「で、でしょう? それなら」

「あの茅場先輩と思考を直結させてくれるなら是非もない。随分と助かる」

 

 へ、と間の抜けた声を出すセブン。何を惚けているのだろうか、彼女の望みなのに。

 

「僕なんて及びも付かない異常な茅場晶彦と脳を繋げるだなんて随分な勇者だと思うよ」

「い、いや……あたしは別に、そういうつもりじゃ」

「楽しみにしているよセブン、いや七色博士。彼と繋がっても無事なことを祈っている」

「ぴい!?」

 

 変な悲鳴をあげるなりセブンはザザザザッと後ずさって物陰に隠れてしまった。

 

 僕ですら茅場先輩と思考を繋げるなんて御免被るというのに、天才というのは凄いものである。十二歳にしてあれ程の自己犠牲を実現しているとは……これで先輩の翻訳業も引き継げそうだ。

 

 仮想世界の先行きに憧れ、夢を追ってもいいのだと体を張って教えてくれたセブンには感謝してもし足りない。僕にもやりたいことがまだまだあったのだと、思い出させてくれたのだから。

 

 まぁそれは僕個人の思いだ。運営のレクトとしては──研究の場に使われるのは面白くないが、禁止はしない。それでもなおセブンがこの世界を楽しいと感じてワクワクにとりつかれてしまう程にアルヴヘイムを魅力的にしてやろうじゃないかという具合で──むしろ燃えていたりする。

 

 まぁ茅場先輩の再来と噂される天才科学者を自分達の手でトロトロにたらしこんでやろうという非常に変態的かつサディスティックでマゾヒスティックな連中が多いという、それだけの話だ。

 

 会議で聞いている時は「なに言ってるんだ」と思ったが……今となってみれば感じ方も変わる。その挑戦も悪くないと思う辺り、僕も彼らと同類らしい。

 

「あ、あのー」

「君はレインか、わだかまりは解決したかい? 君のストーキングは何件か通報があってね」

「あ、あはは……ご迷惑お掛けしました。というか、私達の事情ってもしかして知って?」

「いや? 丁度いい機会だからそれらしく質問しただけで何も知らなかったぞ」

 

 うげ、と女子らしからぬうめきをあげるレイン。MHCPならむしろ更に直接的な質問を繰り返していただろう。彼女達のような眼があれば楽なのだが、そこまで人間を外れる勇気はまだない。

 

 

 

 

 

 さて、向こう側にはキリトとリーファにストレアと、ローブを脱いだユイ達が話し込んでいる。

 

 彼らにも積もる話はあるだろうし邪魔するのも忍びない。システムの実装だけ済ませて各自解散でいいだろうと操作する僕の手元をシノンは凝視して、何か気になったのか声を発した。

 

「ねぇ、このコマンドは何をするものなの?」

「ん? あー、開発段階でお蔵入りした演出だ。グラズヘイムに行くための橋を掛けるんだよ」

「それって虹の橋、ビフレストのことよね」

 

 是である。世界樹を攻略できなかったプレイヤー達に「歩いてアインクラッドを目指すがいい」と提供する救済措置だったのだが、流石に意地が悪いということで中止されたのだ。

 

 元ネタ的にはアルヴヘイムからグラズヘイムに繋ぐものではないし、滞空制限は解除されたことで今となっては不要なのだが────そうだな、せめてもの詫びか。

 

「レイン、セブン、君達にグランドクエスト達成の報酬を払おうと思う」

 

 バルコニーに来いと伝えて外へ、管理者権限で実行されたプログラムはテラスから七色の橋を伸ばし、遥か空の彼方へと伸びていった。この先にこそ、アインクラッドは存在している。

 

「ふ、ふんっ、そんな安直なプレゼントされてもあたしは喜ばないんだから!」

「といいつつ七色、頬が緩んでない? というかいい加減に私の背中から出なさいよ」

 

 カバディのごとくレインを壁にして離れていくセブン。それでもビフレストを歩いていこうとしている辺り、気に入ってはいるようだ。と、入れ替わりにアスナとユウキが迫ってくる。

 

「ねぇねぇ、ボクらにご褒美はないの?」

「わたしも、何かあったら嬉しいなって」

「え? そう言われても何も用意していないんだが」

「心配いらないわ二人とも、すごーさんの手を見なさい」

 

 ん? と僕を含めて視線を集めたのは手、というかミストルティンの籠手。

 

「ミストルティンの材質はヤドリギよ。そしてヤドリギの下にいる人はキスを拒めないの」

「ちょっと待とうかシノン女性が拒めないというだけの習慣で男ではなく、いや待ってくれアスナなんで腕をがっしりと掴んでいるんだ、ってユウキまで僕にしがみついていったい何を」

「わたし、今は男女平等の時代だと思うの。だから気にしなくていいよね」

「ボク、ちなみに初めてだから……ね?」

「諦めなさい、アナタは狩られる側よ」

 

 

 

 

 

 拝啓、父上様。嫁を捕まえる約束なのに捕まりました、どうやら僕はヒロインだったようです。

 

 

 

 

 

 誰かを連れていくのは少し待ってください、相手が学生なんです──というか助けてください。


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