今日の相手は長門だった。
両手の自由を奪われて食堂に向かう。
何がうれしいのか長門はニコニコと笑みを浮かべている。
「機嫌がよさそうだな」
「当然だ。将来伴侶となり得る相手と会えるのだ。嬉しくないわけがないだろう?」
「…こっちは最悪だけど」
ぽつりと呟いてみるが長門の表情は変わらない。
もし反応されていたら殴られていたかも。
長門は自分の望む言葉を言わない場合、機嫌が悪くなる。
何をどう言えば納得するのか。
いつ爆発するかわからない爆弾を抱えている気分だ。
長門という艦娘の扱いがいまいちわからない。
「というわけだが、聴いているのか?」
「…考え事をしていて聞いていなかった」
「それはダメだな。お前は伴侶となるのだ。ちゃんと私の話を聞いておくのだ」
長門が胸倉を掴んで顔を近づけさせる。
拒絶すれば殴られる。そのことをわかっているから大人しく従うことにしていた。
逃げ出すまでの辛抱だ。
「そうだ。今日は工廠にきてもらう」
「工廠?」
「艦娘の艤装、仲間を生み出す施設だ。そこにいる艦娘がお前と出会うことを希望している」
「……お前が案内するのか?」
「本当はそうしたいのだが、今回は私ではない。…まぁ、楽しみにしていろ」
そういって長門は微笑む。
相手が長門でないなら吹雪たちの誰かだろうか?
それなら少しマシだ。
拉致してきた相手だろうとまだ安全。
そんなことを思いながら黒崎は食堂に向かう。
「やぁ、僕は最上さ」
昼が終わり長門と入れ替わるようにやってきた艦娘はボーイッシュな印象を与えた。
「黒崎だ」
「黒崎さんと呼ばせてもらうよ」
「お好きにどうぞ」
最上はニコニコと微笑んでいる。
黒崎の手を掴んで歩き始めた。
「これから工廠とかいう所に案内するんだよな?」
「そうだよ。そこにいる夕張さんが貴方に会いたがっているんだ」
「自分でくればいいだろうに」
「工廠の管理を一括しているからね。中々席を外せないんだよ」
「ふーん、大変だな」
「黒崎さんの方が大変でしょ」
「…拉致されたからな」
「根に持っている?」
「いいや。只のネタだ」
「冗談なら言い過ぎない方がいいよ?中には気にして自殺しようとする娘がでてくるかもしれないから」
「…気を付けよう」
吹雪が鼻水まみれで泣いたほどだ。
そういう奴がでてきてもおかしくはない。
最上の忠告を胸に刻んだ黒崎だった。
工廠という所は工場のような中で鉄を叩くような音や様々なものがきこえてくる。
「ほぉ、これは凄いな」
「食堂以外の一番でかい場所だよ」
「覚えておくよ」
重厚な扉を開けて中へ入る。
思った以上に重たく開けるのに少し時間がかかってしまった。
中に入ると小人がせわしなく動いている。
「この小さな餅みたいなのなんだ?」
「え?」
最上は驚いた顔をして地面を見ている。
それからこちらをみた。
「黒崎さん“妖精”がみえるの」
「この饅頭、妖精っていうのか?」
「そ、そうだよ。僕達の艤装や修理とかを担当してくれる頼りな存在さ…驚いたなぁ。黒崎さんが妖精をみえるなんて」
「普通の人には見えないのか?」
「そうだね」
それっきり最上は沈黙する。
何か聞いてはいけない部分だったのだろう。
黒崎はそれ以上の追及をやめて本題に入る。
「それで、俺に会いたいとかいう奴はどこに」
「あ、あぶなーい!」
黒崎は咄嗟に最上を抱きかかえて横へ跳ぶ。
少し遅れて機材の山が落ちてきた。
周囲にいた妖精たちがてんやわんやしている。
「大丈夫か?」
「え、あ、あ、う、うん」
少し頬を赤くして最上は頷く。
黒崎は最上を地面へ下す。
周りを見ているとツナギを着た少女がやってくる。
「ごめんなさい!大丈夫だったかしら?」
「う、うん!黒崎さんのおかげで…それより何があったの」
「機材の整備を怠っていちゃって、ごめんなさいね」
やってきたのは灰色に近い髪の色の少女。緑のリボンでポニーテールにしていた。
彼女が最上の言っていた夕張だろう。
「……お前が夕張か?」
「はい、軽巡巡洋艦の夕張です!よろしく!」
「顔が油で汚れているぞ」
黒崎は持っていたハンカチで夕張の顔を拭く。
「え、あ、ありがとう」
きょとんとしつつ、夕張は感謝する。
「貴方が黒崎さんね!」
「まぁ、よろしく…変な出会いになったが」
「あれはごめんなさい。私の不注意だったわ」
「それにしてもここが工廠か…色々なものが置いてあるがガラクタみたいなものもあるな」
「工廠の開発関係は資材を使って妖精さんが行うんだけど失敗も多いのよ」
「この失敗は…どうなるんだ?」
「聴かない方が幸せなものって、あるわよ」
夕張の言葉に黒崎はなんとなく未来を察した。
「ふぅん、資材はいろいろ…」
周りを何気なく見ていた黒崎は動きを止める。
「これ…」
無数におかれているドラム缶の中、黒い機械がちょこんと置かれている。
それがなんなのかわかり駆け寄る。
――間違いない。
「戦極ドライバー…」
黒崎の手の中にあったもの。
それは海の中で失われた戦極ドライバーだった。
驚くことにマツボックリロックシードもある。
何故、これがあるのか?
驚きながらも黒崎はそれを懐へしまう。
「黒崎さん?」
「どうしたのかしら?」
「あぁ、いや、何か落ちているからなんだろうと思ったら、こんな綿みたいなものだったからさ」
咄嗟に横へ転がっていた綿みたいなものをみせる。
「あぁ、それは失敗作ね」
「回収していたつもりだったんだけど…どうして、ここに?」
首を傾げる夕張へ渡す。
そこから他愛のない話へ変わった。
一度、妖精の事を尋ねたがやはり最上の時同様、聴いてはいけない事だったようで話はそこで打ち切りとなる。
最上に誘導される形で部屋へ戻った。
「どうだった?工廠」
「色々なものが置いてあって珍しかったな。特に昔の戦闘機があんな小さなサイズであることが驚きだったよ」
「主に空母が使うんだけどね。ま、僕は水上偵察機だけど」
「羨ましいな」
「そうかな?」
「男っていうのは飛行機にあこがれるものなんだぜ?」
「へぇ、覚えておくよ」
「いや…忘れてくれ」
少しテンションの上がっていた黒崎は恥ずかし気に視線を逸らす。
流石に今のテンションが高すぎた。
最上は何が面白いのかくすくす笑っている。
「じゃ、またね。廉太郎さん」
「…おう」
いつの間にか苗字から名前呼びとなっていることに驚きつつも黒崎は頷いた。
最上は「今度、妹たちを連れてくるよ」といいながら彼女と別れる。
部屋へ戻った黒崎は枕の下へ戦極ドライバーとロックシードを隠す。
今回、思わぬ収穫があった。
後は脱獄するのみ。
「…逃げる、か」
最初から考えた事、逃走経路は覚えている。
逃げればいい。
それだけのことなのに小さな罪悪感が芽生えつつある。
明日、実行に移そう。
黒崎は鉄格子などを眺めてから外の脱出を計画する。
それから彼は腕で顔を隠す。
熱が冷めたように。
頭がさっきの戦極ドライバーのことを思い出させた。
マツボックリロックシードは艦娘達が持っている。
戦極ドライバーと一緒ということがある可能性を浮かばせた。
――あれは海で死んだ誰かのドライバーだと。
貴虎の言葉を思い出す。
自分以外の仲間は海で死んだと。
これは誰かの遺品だったのかもしれない。
もしかしたら、永田…いや、
次々と浮かぶ可能性。
悔しさと悲しみが混ざり合って黒崎の瞳から涙がこぼれていく。
「決めた」
脱走したら死んだ仲間達の墓へ花を供えにいこう。
強くなった決意で黒崎は天井を見据えた。
翌日、鎮守府を深海棲艦が襲撃した。