ぞっとするような長門の告白から少しして食堂へ到着する。
「食堂のメニューはAかBかで選べる。今日は定食のようだな」
入口にぶら下がっている看板にAサバみそ定食、B生姜焼き定食、と書かれていた。
「そうだな、Bにでもするか」
「了解だ」
「あ、何を…ん?」
食堂の中へ足を踏み入れた黒崎へ無数の視線が突き刺さる。
「何だ、一体」
ぶつぶつと彼女達は何かを話し合いながらこちらへ視線を向けていた。小さくて聞き取れない。
「ねぇ、あの人」
「うん、そうだよ」
「嘘、めっちゃ、タイプなんですけど」
「そんな睨むように見ては失礼ですよ」
「でも、かっこいい人だね」
「キタコレ!絶対アタックする!」
「………お話し、してみたいなぁ」
「あれが…」
「いい人そうだねぇ」
はっきりってどこか怖いものがある。
周りの目と合わせないよう注意して黒崎は食事を頼もうとして。
「お前はこっちだ」
長門に豪華な椅子へ座るように促された。
「何で無駄に豪勢なんだよ」
「さぁな」
腰かけた所でがちゃがちゃと銀の食器に生姜焼きや野菜などがのってやってくる。
目を丸くしている黒崎の前に置かれたのは明らかに銀など豪華な食器の数々。
貧乏人でそういうものと縁がなかったから思考がマヒしてしまう。
他のもそうなのかと黒崎が視線をさまよわせたところで動きを止める。
「おい、長門」
「何だ?」
「お前らは何食べんの?」
「あれだが」
長門が指差したものはレーション。
軍隊などで出されるものだ。
彼女達はそれを淡々と食べている。
「それが当たり前なのか?」
「…あぁ」
「俺はこんな豪勢な食器なのに?」
「あぁ」
「…長門」
「なんだ」
黒崎の表情に変化はなかった。
しかし、長門は見抜く。
歴戦の戦士として、戦場にいた彼女だからこそ気付けた。
黒崎廉太郎は怒っている。
何に対してかはわからない。しかし、怒っているのだ。
彼は口を開く。
「厨房を使わせろ、それと全員に今すぐレーション喰わせるの止めろ」
数時間後、食堂内は長蛇の列ができていた。
「おいしそうな香りにゃしー」
「カレーっていうみたいだよ?」
「お姉さま、私、カレーが好きになりそうです」
「エクセレントネ~」
「幸せね。山城」
「幸せです。お姉さま」
「こら瑞鶴、はしゃがないの」
「でも、翔鶴姉も笑顔じゃない」
その列はまっすぐに黒崎のいる厨房へできている。
彼の前には鍋に入っているカレーとご飯。
「おいしい~~」
「舌が焼けそうにゃ」
「おいしいクマ~~」
「一生食っていたいぜぇ!」
艦娘達は口から涎をたらして出されるカレーを頬ぼっている。
しばらくして鍋は空になり彼女達は部屋から出ていく。
残された黒崎はドカッと椅子へ腰かける。
疲れた。
目を覚ましてから数時間足らずだが一番疲れたと思う。
自分の分で残しておいたカレーを用意する。
少し冷えているがまだいける。
「ごくろうさまです」
ことりと傍に水の入ったグラスが置かれる。
「どうも…アンタは」
「空母の鳳翔といいます」
ぺこりと会釈して彼女は微笑む。
それだけのことだが彼女らしいと不思議と感じた。
「一応、知っていると思うが黒崎廉太郎だ」
「はい」
ニコニコと笑みを浮かべて鳳翔は立っている。
「…座ったら?」
「よろしいんですか?」
「許可がいるのか?」
黒崎の言葉に鳳翔は目を丸くしつつも隣へ腰かける。
対面に座らなかったのは何か理由でもあったのだろう。
カレーを食べていると鳳翔は尋ねてくる。
「黒崎さんとお呼びしてもいいですか?」
「呼び方はご自由に」
「他の方からはなんと?」
「さぁ、ちゃんと聞かなかったからなぁ…ここに来る前は補佐だったり黒崎だったり…名前はなかったな」
「…その、名前でお呼びしても?」
「どーぞ」
「では、廉太郎さん」
「おう」
「廉太郎さん」
「おうよ」
「廉太郎…さん」
「満足、か?」
「はい、うふふふ。廉太郎さん」
何がうれしいのか鳳翔はそれからニコニコと笑顔が絶えない。
カレーを食べている間、色々な話をしていた。
艦娘というものについて。
深海棲艦。
「深海棲艦については上もはっきりとしたことはわかっていないそうです。把握しているのは船や人間を襲う。地上へ上陸できない…人間の兵器は一切通用しないという事です。そういえば、退けることは可能だと最近わかりましたね」
「あぁ」
「廉太郎さんが纏っていたあの鎧は?」
「詳しい原理はわからないけれど、戦極ドライバーという道具とロックシードを使って変身する。まぁ、変身する機能はあくまで身を守るための手段だけど」
「そうなのですか?」
「最初は研究調査のために作られた。それが色々あった末に戦闘用になったんだ」
かなり色々あったらしい。
その話を聞こうとすると主任はいつも苦笑していたなぁと黒崎は思い出す。
「ところで、鳳翔さん」
「鳳翔と呼び捨てにしてください」
「…鳳翔、ここはどこなんだ?」
「正確な場所は教えられませんが鎮守府です」
ここが鎮守府ということは教えてくれたがその他は「教えられない」ということだった。
「教えられないって、誰かが決めているのか」
「はい」
「そいつの名前も教えられない?」
「ごめんなさい。廉太郎さん」
「別にいい…さて、俺は」
急に瞼が重たくなってきた。
それに抗うことが出来ず黒崎の意識が薄れていく。
「あれ、急に…」
「疲れているんですよ。安心してください」
体がいう事をきかなくなり廉太郎はそのまま倒れる。
「ゆっくり休んでください、廉太郎さん」
▼
意識が闇の中へ消えた黒崎廉太郎を鳳翔は優しく抱きかかえる。
艦娘は人間と異なる。
少し力を入れれば黒影トルーパーを一撃でノックダウンすることは可能だ。
故にひょいと軽く黒崎を抱きかかえることは可能だ。
お姫様抱っこならぬ王子様抱っこをして歩き始める。
「まだお前の番ではなかったはずだが?」
歩き出したところで長門が壁にもたれてまっていた。
振り返るも鳳翔は顔を上げない。
「眠ってしまった廉太郎さんを部屋へ送るだけです」
「…一応、いっておくが誓約は守れよ」
「当然です…でも」
顔を上げた鳳翔の目に光はない。
「貴方も誓約を破りそうなのですからうっかりそうなるかもしれませんね」
「…絶対とは言わない。但し、やりすぎるなということさ」
長門は続ける。
「ここにいる全員がそいつの事を欲しているのだからな…あとはそいつが受け入れること次第…そうすれば」
黒崎廉太郎をベッドへ寝かせて鳳翔はじぃーと見つめる。
少し汗ばんでいるのか髪が額へはりついていた。
「うふふふ」
鳳翔は髪を指でかきわける。
右へ左へ、動かしていた手は次第に彼の髪を触っていく。
慈しむように。何かをいたわるように鳳翔はしばらく撫で続けていた。
しばらくして、彼女は手を放す。
名残惜しそうにしつつもこの部屋の監視者が何か言いだしたら不利になるのは自分だとわかっている。
「廉太郎さん」
急に口と口が触れ合う距離まで鳳翔は詰め寄る。
「廉太郎さん、私は貴方の事をお慕いしています。今は嫌われていても…いつか」
――いつかは貴方のことを。
その未来を想像して鳳翔は笑みを浮かべた。
未来を想像して彼女は部屋から出ていく。
薬で眠らされた黒崎は翌日になるまで目を覚まさなかった。
「愛しています。廉太郎さん」
そうして口づけを交わす。