「駆逐艦不知火です。貴方が黒崎廉太郎ですね?よろしくお願いします」
「……よろしく」
桃色の髪って、凄いな。
白い肌に青い瞳、桃色の髪の少女不知火は表情を変えず挨拶をする。
俺は頷いて彼女と握手を交わす。
これで八人目。
俺が出会った艦娘の数だ。
武蔵と道場で訓練をしてからというモノの武蔵の仕業か俺は艦娘との交流が増えていた。
不知火の前は潮という気弱そうな艦娘。その前は時雨というどこか儚さを持った艦娘、その前は山城という姉が大好きで不幸が多い艦娘。アイツの不幸に巻き込まれて海に落ちた記憶は新しい。
「なにニヤニヤしてんの?気持ち悪い」
「気持ち悪いは余計だ。曙」
「そうですよ。失礼です」
「フン!」
鼻音を鳴らしてそっぽを向く艦娘、曙。
鈴のついた髪留めで長い髪を一まとめにして気の強そうな子。それが曙だ。
提督をクソ提督と呼ぶらしい。
どういうわけか俺の傍から離れようとしない。
漣や他の面子がいると少し距離を置くけれど。
不知火に窘められているが曙は全く変動しない。
ちらちらとこちらをみている。
「不知火、そこまでにしておいてくれ」
「わかりました」
敬礼をとって離れる。
よくわからないが俺に従順だった。
屋敷にいる艦娘達と接してわかったがどうやら戦闘面で問題を抱えている子ばかりの様子。
赤城や武蔵は異なるが漣は人間不信が混じっている。山城の艤装は正常に作動しない。時雨は海へ近づくと顔を青くなっていく。
どうやらこの屋敷は一種のお払い箱にされているのかもしれない。
そんな疑惑が頭に浮かぶが今はよそう。
「黒崎さん、貴方の事を名前で呼んでも構わないでしょうか?」
「いいよ」
「ちょっと、クソ廉太郎!」
「なんだ?」
「アンタ、何でもかんでも許可しすぎよ!」
「……そんなに許した覚えはないぞ。名前呼びだけだ」
「許しすぎなのよ」
「気のせいだ」
「……もう、知らない!」
ぷぃっと顔をそらして曙はずんずん去っていく。
しばらくして不知火が訊ねる。
「よろしいのですか?」
「問題ない」
「そうなのですか」
「あぁ、アイツは素直になれないだけだ」
だって、
部屋へ戻れば待っているからな。但し。
「待っていたわよ。廉太郎」
入った途端、曙が俺に抱き付いてくる。
といっても腕に触れるか触れないかの距離だ。
「機嫌が悪そうだな」
「当然よ。廉太郎の事を名前で呼ぶ艦娘が増えていくのは好きじゃない」
「嫉妬か?」
「嫌い?」
「……特にないな」
「本当に?」
「俺が嘘を言ったことあるか」
「ないわ」
ぎゅっと曙が抱き付いてくる。
普段、気の強い彼女からは想像できない姿だ。
どうも“好きな人間”に見せる姿らしい。これは朧から聞いた。
漣は時々、これでからかおうとするが未然に防がれている。拳という名の制裁で。
「それにしても、アンタの事を好きになる子が多いのはなんでかしら」
「さぁな」
俺の事が好きになる。
曙には誤魔化しているがおそらく契約が原因だ。
自分と伴侶になる。
クソおやじがある存在と交わした契約。
それは艦娘が望んだのか、ある存在が望んだのかはっきりしない。わかっていることは俺が艦娘と伴侶になる事。その副作用かほとんどの艦娘に好かれやすくなっている。
ちなみに戦闘狂や他に好きな相手がいる場合、この効果は薄い。
どうせなら他の人間を好いてほしいのだが厄介な事に艦娘達と普通の人間の接点はなく、提督のみだ。
提督が気に入らない場合、現状を考える限りほとんどが嫌われているから他人を好きになる可能性というのも皆無でそれ以外の人間、消去法で悲しきかな、俺が好かれていた。
「何か考え事」
「まぁな…………なぁ、曙」
「なに?」
「俺が机に置いていた道具がないんだけど、知らないか?」
「あぁ、あの変な道具?あれならさっき、夕張さんが」
「少し外に出る」
曙が何か言う前に部屋を飛び出す。
ノックもせずに夕張のいる部屋へ突入した。
「夕張ィ!」
「あ、廉太郎、なに?」
「何じゃない!俺の部屋から無断で持ち出した道具を返せ!」
「えぇ~」
「言い訳も反論も聞かない、返してもらう」
夕張が持ち出した戦極ドライバーとロックシードを懐へ入れる。
ジャージ姿の夕張は口をとがらせる。
「いいじゃない、少しくらいお姉さんに触らせても」
「そういって人のラジカセを解体して戻せなかったのは誰だ?」
「うっ」
「壊されたくないから貸さない」
「ケチィ!」
「聞く耳もたない。俺は部屋へも――」
扉を開けたところで視界が真っ暗になる。
何が起こったのか、その理由を察しようとしたら小さな衝撃と共にベッドへ倒れた。
この展開、あぁ、最悪だ。
「捕まえました!」
「漣」
腹の上に跨っているのは曙の姉妹艦、漣。
俺の苦手な積極的な艦娘だ。
「むふふふ、油断したご主人様の運は漣がもらいます」
「何する気だ!?」
「ナニするに決まっているでしょ?」
「ふざけんな!まだ十五すらなってねぇのに!」
「だからいいんです!」
「何するつもり?」
「味見ですよぉ、敵はどんどん増えますからね。今のうちに先手を」
「うっておくと?」
「はいは……あれ?」
首を傾げて漣が振り返る。
そこには規制の入った曙の顔が。
漣は曙に連行されて俺は部屋に戻った。
自室には誰もいない。
本当なら部屋へ鍵を駆けたいがそれをやったせいで心配性の高雄によってドアを壊されたことは記憶に新しい。
「まぁ、前よりは関係もマシ、だよな」
昔の俺なら何でもかんでも拒絶していた。
少し受け入れるとここまで変わるのかと驚いている。
だから提督になるかといわれたら、そうではない。
俺はやるべきことがある。
異世界に来ても俺は提督になるつもりはなかった。
クソおやじのいう通りになるつもりはない。
「……なんだ?」
ぞくりと背中に嫌な予感がした。
この感覚は前の世界で何度も経験した命のやり取りのものだ。
俺は壁に背中を向けてそっとカーテンをめくる。
塀の向こうに何かがいる。
殺意を放ちながら屋敷の様子をうかがっている。
しばらくして、家の門が音を立てて吹き飛んだ。
黒崎家の屋敷は曲がりなりにも軍関係者がいるということで定期的に大本営の軍人が周回パトロールをしている。
「おい、そこで何をしている」
一人が懐中電灯を黒崎家の塀に向ける。
ライトを向けられて男は振り返った。
浮浪者のような恰好をした男は笑みを浮かべている。
怪しい。
男が不審者を拘束しようとした時。
『スパイダー』
「何だ!?」
奇妙な音にホルダーの拳銃を取り出そうとした時。
不審者が不気味な異形へ姿を変える。
その事態を理解しないまま目の前の二人は首をへし折られた。
首をへし折った異形、それはどこか蜘蛛の姿を模した怪人。
軍の男達、変身した浮浪者は知らないがこの姿はドーパントという。
ガイアメモリという特殊アイテムを用いることで使用者を超人へ至らせる。
蜘蛛の記憶を内包しているメモリを使用した男はスパイダードーパントへ“変身”する。
そんなドーパント砲撃がぶつかった。
派手に吹き飛ぶスパイダードーパント。
動きを警戒しているのは主砲を構えている不知火と曙。
「やったの?」
「直撃はしました……ですが、倒したという感触はありません」
「なんなの!?あの変なの」
「わかりません、深海棲艦ではないと思います」
不知火の言葉通り爆炎の中からスパイダードーパントが現れる。
「いってぇなぁ!餓鬼がぁ!ぶっ殺す!」
撃たれた事で怒っているのかスパイダードーパントは悪態をつきながら常人では考えられない速度で迫ってくる。
「危ない!」
曙が不知火を突き飛ばす。
突撃してきたスパイダードーパントは塀を壊す。
彼女が突き飛ばさなかったら不知火は大破していた。
その事実に彼女達は冷や汗を流す。
「貴様、何の目的でやってきた?」
二人が身構えている時、屋敷の方から戦艦武蔵がやってくる。
主砲をいつでも撃てるようにしながらスパイダードーパントという異形へ問いかけた。
「目的?あぁ、いっけねぇ、それがあったんだった」
怒りで忘れていたのかスパイダードーパントは自らの頭をポンポンと叩く。
「此処に黒崎廉太郎とかいう奴がいるだろう?」
「……もし、いるといったら?」
「そいつを差し出せ」
ドーパントのつづけた言葉、それは彼女達の逆鱗へ触れるに十分なものだった。
「そいつを殺せばたんまりと金が入るからよぉ」
「……貴様、なんといった?」
「あ?だから、黒崎廉太郎を渡せつったんただよ。二回もいわせんなよ、面倒――」
最後までドーパントが言葉を続けることはできなかった。
何故なら既に武蔵が間合いへ入り込み、拳と主砲を同時に繰り出した。
艦娘の中でトップクラスの実力を持つ戦艦、大和の姉妹艦である彼女が繰り出す一撃は普通の人間なら体をミンチにさせてもおかしくはない。
しかし、仮にも相手は超人。
「ぐ、げ、げぇ!?」
死ぬことはなかったがそれに匹敵する痛みを受けた。
地面に崩れ落ちたスパイダードーパントを冷めた瞳で武蔵は見る。
「貴様はいってはならんことをいった。命は残しておいてやるがそれ以外はないと思え?」
「おやおや、これはどういうことざんしょ?」
次回は変身ですなぁ。