油断したら艦娘に拉致されました   作:断空我

2 / 33
1.鎮守府

 

「本当にこんなのでよかったのかな?」

 

ユグドラシルの一室。

 

そこは戦極凌馬の研究室。

 

口を開いたのは部屋の主、戦極凌馬。

 

秘書の湊の他にもう一人、そこにいた。

 

彼の傍に着物姿の女性がいる。

 

艦娘赤城だ。

 

「偽造の診断報告に身体データを警察へ提出。まぁ、これくらいなら造作もないけれど。本当に彼の身柄だけでよかったのかい」

 

彼は艦娘と取引をした。

 

唐突に表れた彼女へ警戒もしたがその情報があまりに魅力的で応じることにしたのだ。

 

「はい、ありがとうございます」

 

戦極の言葉に赤城は頷く。

 

湊は表情を保っているがいつでも動けるように懐のドライバーへ手を伸ばしている。

 

両者はニコニコと笑みを浮かべているが油断したらすべてが終わる。そんな空気が漂っていた。

 

「ありがとうございます。彼、黒崎廉太郎を私達のところへいただいて」

 

「物のように扱うか…まぁ、存在しなくなった人間の事などどうでもいいんだけどね」

 

「これが貴方の望む資材です」

 

「助かるよぉ、これがあれば色々と実験ができる」

 

赤城の出した書類はある日付にここへ届けられる資材の事が記されていた。

 

「貴方は実験を、私は…私達は彼を、これでもう会うこともないでしょう」

 

「そうだね。ま、彼らと残り少ない日々を大切に過ごしたまえ」

 

「そうさせてもらいます…では」

 

ぺこりと頭を下げて赤城は去っていく。

 

彼女がいなくなったことでドライバーから湊は手を放す。

 

「そこまで警戒する事かな?」

 

「当然です。あの子、殺気を放っていましたよ」

 

「まー、どこまでがセーフなのか楽しんでいたからね」

 

そういいつつ戦極凌馬も珍しく冷や汗を流している。

 

「あれが艦娘か、戦極ドライバーを使っても勝てるかどうかわからない。興味深いが、深淵へ足を踏み込む暇もないからやめておこう」

 

戦極凌馬は置かれているアタッシュケースを静かに閉じる。

 

彼が作り上げたゲネシスドライバーとクリアパーツのマツボックリロックシードが入っていた。

 

本来なら黒崎廉太郎へ与えるはずだったものだがお蔵入りは残念だ。

 

ケースを片付けながら戦極凌馬は呟く。

 

しかし、それが思いもよらない形で開かれることになるとはまだ誰も知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと見知らぬ天井だった。

 

「どこのネタだよ」

 

自分の思ったことに突っ込みを入れつつ黒崎廉太郎は体を起こす。

 

腕やわき腹に小さな痛みが走るが動くことに支障はない。

 

「携帯とか…全て奪われているな」

 

護身用に所持していた警棒や携帯電話。

 

念のため所持していたロックシードも奪われている。

 

所持品のチェックを終えて次は室内を調べた。

 

小さな机と椅子、簡易式のベッドが一つ。

 

「…窓は鉄格子、扉は木製見えて鋼鉄…鍵はないな…牢屋か何かか?」

 

外を見ようにも窓は高すぎて届かない。

 

何故、こんなことになっているのだろうか?

 

記憶を失う直前に現れた金髪の少女。

 

あれはどこかで見た様な気がする。

 

しかも最近の事だ。

 

「そうだ、アイツは海で」

 

コンコンと扉がノックされる。

 

状況の整理をする暇を与えずに誰かがやってきたようだ。

 

黒崎は置かれている椅子を手に取る。

 

相手が扉を開けたら襲い掛かろう。

 

誰かわからないが脱出するなら早い方がいい。

 

そう考えて扉に椅子を構えていた時。

 

黒崎の真横の壁がスライドした。

 

「なっ!?」

 

咄嗟の事に動きが遅れる。

 

対応する暇すら与えられず椅子を奪われてベッドへ体を押し倒された。

 

「素晴らしいですね」

 

頭上から聞こえた声は女のものだ。

 

――なんて力だ!?

 

相手が女であることもさながら途轍もない力で動くことが許されない。

 

「うむ。混乱しつつも脱出の為に動く。無駄な動きが一つもない。冷静さを取り戻す時間も早い。見事だ」

 

「……質問、しても?」

 

上からの会話に訊ねる。

 

姿が見えないが相手は最低でも二人いる。抵抗しようにも万力のように締め付けられていた。

 

「暴れない所も好感が持てます」

 

「流石、戦艦タ級を退けた者だ」

 

会話だけで黒崎は状況を察する。

 

「…お前達、艦娘だな」

 

「その通りです」

 

「何が目的だ?ユグドラシルのデータでも狙いか?」

 

「そんなものに興味はありません」

 

「何だと?じゃあ」

 

「このままでは話もできないだろう?暴れないと約束するならこの拘束を解除しよう」

 

「…わかった」

 

素直にうなずくと手の拘束が解除される。

 

体を起こして振り返ると二人の女性がいた。

 

少女というには色々と成長している。体つきなどから女性という方が正しいだろう。

 

一人は黒く長い髪をそのまま伸ばし、やたらと露出した服を纏い、もう一人は髪を片方に結って白い着物と青い袴をはいている。

 

「そこのベッドへ腰かけてください」

 

「…立ったままで話もできるだろう?」

 

「長い話です。腰かけて下さい」

 

サイドポニーの女性に言われて黒崎は渋々着席する。

 

二人は用意していたのか、椅子へ腰かけた。

 

「まずは自己紹介を、一航戦加賀です」

 

「長門だ。ビッグセブンの一人」

 

「……」

 

ここは沈黙で答える。

 

「随分と警戒されていますね」

 

「拉致してきた相手に笑顔で応対を希望するのか?」

 

「雑な対応だったことは謝罪しよう。しかし、素直に話して貴方が我々の所にきてくれる確証がなかった。故にこうする手段をとることにした」

 

長門の言葉へ色々と沸き起こる感情を押し殺して次を促す。

 

今は少しでも情報が欲しかったのだ。

 

「…俺を拉致した目的は?」

 

遠回しにいかず本題を切り込むことにした。

 

そこで濁すかどのような反応が来るか。

 

狙ったうえでの発言だった。

 

俺個人に恨みがあるのか。

 

――一体、何が?

 

二人は互いの顔を見ると告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達の伴侶となってもらうことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女達は黒崎廉太郎の予想を超える発言をした。

 

 

「…は?」

 

様々な事態を想定していた黒崎もこれは予想外で間抜けな声を出してしまう。

 

「すまん、俺の耳がおかしくなった。伴侶ってきこえたんだが?」

 

「そうよ」

 

「そうだが」

 

「伴侶って、妻とかそういうあれ?」

 

「そうですよ。旦那様」

 

「阿呆か!?」

 

「失礼だな。我々はいたって真面目だ」

 

「旦那様が否定されなかった気分が高揚します」

 

「話にならない。伴侶を探すなら外にいくらでもいるだろう?伴侶欲しさに拉致?アホらしくて何にもいえん」

 

「そんなことはない」

 

「いいや、そんなことだ。とにかくそんなアホらしい話に誰が付き合えるか返事はNoだ。俺は帰る」

 

ガタッと気づけば長門が目の前に立っていた。

 

体に痛みが走り黒崎はベッドの上に倒れている。

 

「ガッ…ハァッ!」

 

「優秀のようだが本当の事を見逃しているぞ」

 

痛みに黒崎が顔を上げると長門が見下ろしている。

 

光を失った瞳で。

 

「我々は手段を択ばない。貴方にその気がなくとも時間は長くある。その間に我々の伴侶となるという言葉、YESがきければどんなことでもしょう。だが、我々も鬼畜というわけではない。そこで提案だ」

 

「…ん、だとぉ」

 

長門は怪しい笑みを浮かべて黒崎の頬を触れる。

 

先ほどの一撃から既に学習していた。

 

ここで抵抗すれば命はない。

 

艦娘は人間と異なる。

 

その気になればこの首もへし折れるだろう。そう直感出来た。

 

黒崎は丸腰だ。ドライバー等があればまだ変わる。しかし、それがない以上、大人しくしているしかない。

 

「私達と交流してほしい」

 

「…交流、だぁ」

 

「そう、交流だ。我々という存在がどういうものかそれを知ってもらうことで色々と変わるだろう…」

 

「どちらにしろ私達は貴方を逃すつもりはありません」

 

沈黙を保っていた加賀はそういうと立ち上がる。

 

「これから次々と艦娘が貴方の所へやってきます。邪険に扱わないでくださいね」

 

「勿論、問題がないよう別室で私は監視している。そのことを忘れるなよ」

 

ゾッとするように耳元で囁いて長門と加賀の二人は出ていく。

 

扉が閉まってから黒崎はベッドへ倒れこむ。

 

「わけがわからん」

 

拉致されてきたと思ったら自分たちの伴侶になれという。

 

断れば命がないみたいな脅しつき。

 

状況を整理しようにもわけのわからない事態ばかりだ。

 

「所持品は…奪われている。何か方法はないか?」

 

トントン。

 

小さなノックがされる。

 

早速、誰かがやってきたようだ。

 

黒崎は体を起こす。

 

「…どうぞ」

 

「どうもぉ!私、青葉と申します!」

 

扉を開けてやってきたのは活発そうな印象を与える少女だった。

 

手に持っているのはボイスレコーダーだろう。

 

ニコニコと笑みを浮かべている。

 

「どうも」

 

「おやぁ、元気がありませんなぁ。まぁ、当然ですよね。こんな牢獄みたいな部屋に入れられていちゃ」

 

「用件はなんだ?こんな牢獄の部屋に」

 

「まぁまぁ、実はわたくし、新聞を書いておりまして。一応、青葉新聞といいまして。不肖、青葉と妹の衣笠で作成しています。その新聞に黒崎さんの事をのせたいと思うのです」

 

「つまり」

 

――取材だった。

 

青葉という艦娘は黒崎に取材するため、ここへ押しかけてきたのだ。

 

「取材って、記者か、お前は」

 

「まぁ、そういうことをしたいなぁと思っております。さて、取材、応じてくれますか?」

 

「…時間つぶしになるからいいか。変な質問でない限り」

 

「ありがとうございます!!いやぁ、助かりました。では早速、取材をはじめまさせてもらいますね!」

 

ボイスレコーダーを突きつけたまま青葉は訊ねる。

 

「まずは黒崎さんの好きな食べ物を教えてください」

 

「…生姜焼きだな。好物なら」

 

「なるほど、なるほど!次の質問ですけれど、アイスなら何を食べます?」

 

「連続して食べ物だな…そうだな。変なものでない限り何でも食べるかな」

 

「ほぉー、では、次の質問です!好きな動物は何ですか?」

 

「…猫だな」

 

「猫、ちなみに理由は?」

 

「無邪気で自由だからかな」

 

黒崎からすれば無邪気で好き勝手に生きている動物というのは羨ましかった。

 

様々な理由でユグドラシル、実家から逃れることのできなかった自分にとって、気ままなものというのが羨ましいのだ。

 

その点でいえば、街で活動しているビートライダーズというのも自由だったのだろう。

 

だから――。

 

「嫉妬していたのかな」

 

「はい?」

 

「なんでもない。次は」

 

「気の強い女性ってどう思います?」

 

「…は?」

 

「ですから、気の強い女性は好きですか?嫌いですか?」

 

「そういう質問かよ。強いて言うなら苦手だな」

 

「苦手ということは好きでも嫌いでもないと?」

 

「そうだな」

 

「安心しました」

 

「………何か、いったか?」

 

「いえいえ、では次の質問です。女性の胸ってどう思います」

 

「胸?」

 

「はい、胸です」

 

「変な質問だな」

 

「そうですか?大事なことですよ?」

 

「まぁいい…胸か?特にこだわりはないな」

 

「ぺったんこでも構わないと?」

 

「…そう、だな」

 

そもそも今までユグドラシルメンバーとして生きてきた黒崎にとって恋愛や結婚など夢の又夢のようなもの。

 

だからこそ、好みなどを問われても答えようがなかった。

 

それから色々な質問がされた。

 

――酒は飲めるか?

 

――男勝りな女性はどう思う?

 

――苦手なものはなにか?

 

――嫌いなものは?

 

「ふーむ、成程、青葉、参考になりました!あ、これを」

 

青葉は黒崎へ分厚い冊子を渡す。

 

「…なんだ、これ?バインダー?」

 

「はい、この鎮守府に所属している艦娘の資料です。これから遊びに来る子達もいますし、暇だと思いますのでこれをぱらぱらとめくってみるのもいいかと思いまして」

 

「そういうなら俺の所持品くらいかえして欲しいな」

 

「むー、青葉にその権限はないのですよ」

 

「わかった、まぁ、時間つぶしになった感謝するぞ」

 

黒崎の言葉に青葉は満面の笑みを浮かべる。

 

その笑みの意味を深く考えないまま。

 

青葉がボイスレコーダーともう一つ、小さなカメラを構えていたことに気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青葉が出て行ってから黒崎は艦娘図鑑と書かれている資料に目を通していた。

 

注意書きがあり、内容によると見つかった艦娘の記載がなされているのみで発見されていない子に関しては空欄になっているそうだ。

 

「まるでゲームの図鑑だな」

 

そんなことを思いながら黒崎はぺらぺらと資料に目を通す。

 

時間を潰していると扉が開かれた。

 

今度はノックなしの訪問か。

 

そんなことを思いながら黒崎が顔を上げる。

 

「ぽーい」

 

聴こえた声に黒崎は咄嗟にその場から離れる。

 

少し遅れてベッドでボフン!と跳ねる金髪の少女があった。

 

「酷いっぽーい」

 

「いきなり襲われた相手が飛びかかってきたら躱すに決まっているだろう」

 

黒崎の前に現れた人物、それは街中で襲い掛かってきた艦娘の一人だった。

 

流れる金髪に青い瞳。黒に近いセーラー服を纏った少女はきょとんとした表情を浮かべている。

 

「確か、夕立だな」

 

「そうっぽい!会えてうれしいよ。黒崎さん」

 

「俺は二度と会いたくなかった」

 

訪問者は自分を拉致した相手の一人。

 

さらにいえば、手ひどい攻撃をしてきた少女だ。外見が可愛くても油断できない。

 

あんなひどい目にあったのだ。

 

嬉しいわけがない。

 

たいして夕立という艦娘は頬を膨らませる。

 

「ぽいぽいぽい!夕立に構ってほしいっぽーい!夕立は任務だったから仕方なくやっていたっぽーい!本当は乱暴なことをしたくなかったっぽーい!」

 

「ぽいぽいうるさい娘だな。襲い掛かってきたとき笑顔だった分際で何をほざくか」

 

「あ、わかっていたの?」

 

「当たり前だ」

 

「…やっぱり黒崎さんは私の好みっぽい!」

 

にぃやぁと笑顔を浮かべる夕立を見て黒崎は改めて思い知る。

 

この艦娘といい長門といい。どこか狂っている。

 

警戒していた黒崎だが反応が遅れた。

 

気づけばベッドの上へ押し倒されている。

 

目の前でニコニコと微笑む夕立。

 

顔の距離で文句を言おうとしたがそれはできなかった。

 

気づけば夕立にキスをされる。

 

唇に触れる程度のキスだ。

 

しかし、キスだ。

 

マウストゥマウスともいわれる。

 

黒崎が突き飛ばすよりも早く彼女は離れる。

 

「てめっ」

 

「やっぱり黒崎さんは夕立の見立て通りの人だった!これから楽しもうね~」

 

ニコニコと笑みを浮かべながら夕立は出ていく。

 

残された黒崎はバインダーを手に取る。

 

 

駆逐艦夕立。

 

とにかく戦うことが大好きな艦娘。

仲間思いです。

 

 

 

 

「あてにならないな」

 

――付け加えろ、肉食娘と。

 

バインダーを閉じて黒崎は溜息を零す。

 

黒崎は気づかなかった。

 

バインダーの所々が切り取られたような塗りつぶされた痕跡がある事に。

 

 

 

 

 

夕立は好きな人に対しては徹底的にアタックしていく娘です。油断していたら結婚までこぎつけられているかも?

 

 

 

 

 

 

「し、失礼します、なのです」

 

「(なのです?)」

 

独特な口調と共にやってきたのは髪を後ろでまとめている気弱そうな女の子。

 

その子に黒崎は見覚えがあった。

 

「…お前、確か」

 

「あ、暁型駆逐艦、四番艦のい、電なのです。それと、お久しぶりなのです」

 

間違いじゃなかった。

 

黒崎は一度、電という少女と出会っていた。

 

電と名乗る少女と黒崎が出会ったのは海の上。

 

その出会いは一方的なものだった。

 

深海棲艦に襲われていた黒崎を助けてくれた少女。

 

自分はそれをみているだけだった。

 

「……また、会えたのです」

 

電は黒崎を見ているとぽろぽろと涙を零し始める。

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

「はい、なのですぅ」

 

泣きじゃくる彼女をベッドへ誘導する。

 

この時、黒崎の頭からは伴侶の件は消え去っていた。

 

泣いている電から話を聞くことにする。

 

しばらくして彼女は話し始めた。

 

任務中、現れた深海棲艦をみて電は恐怖のあまり戦うことを放棄していた。そのために戦列は崩壊。

 

仲間も傷つくばかり。

 

「全ては電が悪いのです」

 

「いや、全部は悪くないだろ」

 

黒崎は電の顔をまっすぐにみる。

 

「誰だって戦うことは怖い。恐怖は誰もが持つ感情の一つ。それを取り除くことは誰にもできないさ」

 

「黒崎、さんもなのです?」

 

「俺だって、怖いさ…何度か人を殺している」

 

黒影トルーパーとして、ユグドラシルの脅威を退けるために。

 

この手を何度も汚してきた。

 

だが、恐怖がないわけではない。

 

命を奪う瞬間を好きになれなかった。けれどやるしかない。そうしないと守れないのだ。

 

「けれど、俺はやる」

 

大事な家族を守る為に力を振るう。

 

戦極ドライバーも仲間を守るべく使ってきた。

 

それ以外は敵。

 

敵は徹底的に殲滅する。

 

黒崎廉太郎の考えであり覚悟だった。

 

しかし、その覚悟も最早意味を持たない。

 

彼は力をなくし、牢獄に閉じ込められているのだから。

 

「…電も伴侶になりたいとか考えているのか?」

 

何人かの艦娘と話をしたが伴侶になる件を切り出せたのは電がはじめてだった。

 

「……わからないのです」

 

「…え?」

 

予想外の対応に黒崎は驚く。

 

「私は、黒崎さんと仲良くなりたいとは思っています。でも、伴侶はまだ早いと思うのです」

 

「…そうか」

 

会話をして黒崎は思う。

 

まだ電は信用できるかもしれない。

 

試すように黒崎は頼み込む。

 

「電、頼みがある…俺の所持品をいくつかとってきてくれないか?」

 

「それは、できないのです」

 

「そう、それは許されないのだ」

 

扉が開いて長門が現れる。

 

電は驚いた顔をしていた。

 

「な、長門秘書艦さん」

 

「…礼儀がなってないな。はいる時はノックするだろ?ここはノックなしが常識か?」

 

「夕食の時間だ。私が迎えに来た。さぁ、食堂へ行こうか」

 

長門の言葉に黒崎は渋々と頷いた。

 

立ち上がった黒崎の腕にがちゃりと音が響く。

 

「手錠かよ」

 

「危険から身を守るためだ」

 

「…」

 

「あ、あの」

 

「電は一足先に食堂へ行くといい」

 

「…はい、なのです」

 

電は心配そうに黒崎を見つつも部屋から出ていく。

 

「さ、行くぞ」

 

長門に手を引かれて黒崎は部屋から出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前に聞きたいことがある」

 

「ほぉ、何だ?」

 

「どうして、お前達は俺の名前を知っている?」

 

「伴侶になる人物を調べることは当然だろう」

 

「そうだろうな。だが、なんで俺なんだ?どうして俺の名前を知っている」

 

「一つ、切欠があった」

 

長門がまっすぐに黒崎を見た。

 

光がないどこか濁っている目。

 

「私達は毎日地獄の中にいた。毎日が地獄だ。そんな世界に、我々は人間がどれほど素晴らしいかと思い知らされる存在が現れた。それがお前だ。黒崎廉太郎。お前という存在が我々の光となった」

 

「光、だと」

 

「そうだ。だからこそ」

 

ドンと長門の手が黒崎のすぐ横の壁に叩きつけられた。

 

「私達はお前が欲しい」

 

そこから先の言葉を長門は飲み込んだ。

 

言えば恐怖されることはわかっていた。

 

 

 

――お前を手に入れる為なら私はどんなことでもしてみせよう。たとえ、許されないことであろうなぁ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。