しばらくして黒崎は涙をぬぐう。
あまりに恥ずかしかった。
見た目小学生くらいの女の子の前で大人が泣く。
「何やってんだか…俺は」
無人ホテルで黒崎達は休んでいた。
本来なら誰か人がいるはずだが、自衛隊などの救援で街は無人となっている…筈だ。
「…インベスは相変わらず徘徊しているか」
「なのです」
オーバーロードの姿になればインベスと戦うことはできる。
しかし、黒崎は積極的に姿を変えることに抵抗があった。
変身すれば圧倒的な力が得られる。代償に人間性を失ってしまう予感がある。
オーバーロードになってからというものの、性格が攻撃的になっている気がした。
電に心の闇をぶちまけた時もそうだ。
黒崎はどこか変わった自分を見つめる。
鏡の自分に変化はない。
しかし、思うのだ。
どこか変わったのだ。
あの時のように狂った歯車を戻すことが出来なかった。
今の自分も前のように戻れないだろう。
「とにかく、少しでも遠くに逃げるか」
「黒崎さん?」
「何でもない…何かあったか?」
「その、食材とかがあったのです」
「料理ができるな。よし、腹を膨らませたら一休みして、車を調達する」
「…はいなのです」
電は鎮守府へ戻らないことに賛成してくれた。
あそこに姉妹がいるはずなのだが、黒崎を支えたいという。
疑うべきなのかもしれないが自分をちゃんとみてくれている電と離れたくなかった。
オーバーロードとなったことで心まで弱くなったようだ。
電が心の支えになっていた。
「…黒崎さん?」
「いや、何でもない。水道も生きているからお風呂もなんとかなりそうだ。食事がすんだら電も入っておけ」
「はいなのです…その」
「ん?」
体をもじもじさせて電がこちらをみる。
上目遣いだった。
「黒崎さんと一緒に入りたいのです」
「…すまないが、浴室が狭すぎで無理だ」
「残念なのです」
すんなりと引き下がってくれる電はとても良い子だ。
少しでもいいからこの時間を味わっておこう。
黒崎は外のインベスに注意しながら厨房へ向かった。
そんな彼らの様子を一機の艦載機がみていることに気付かないまま。
「あの、黒崎、さん」
「…どうした?おいしくなかったか」
「いえ!おいしいのです」
「レトルトだけどな」
簡単に作ったものだ。黒崎としてはもう少し手を入れたかったのだが…材料がないのだから仕方ない。
そんなことを思いながら黒崎はカレーとラーメンを頬ぼる。
「おいしいのです」
「そういってもらえると作った甲斐があるというもんだ」
「黒崎さんは料理が好きなのです?」
「まぁな…人から感謝されることの喜びを知ったらなぁ」
切欠は仕事ばかりしていた呉島主任の為に夜食を作った時だ。
少し不慣れだったのだが、彼がおいしそうに食べた顔が今も覚えている。
「そうなのですか?」
「電もいつかそういう時がくるさ」
「はいなのです!」
他愛のない話をしながら二人は食事を済ませる。
夜になり眠ることとなった。
離れ離れでは対処できないという事から同じ部屋で寝ることとなる。
幸いにもダブルベッドがあった。
片方のベッドで電が横になる。
「……黒崎さんは寝ないのですか?」
「勿論、眠るさ。ただ、周囲の警戒は必要だろ」
「そうなのですが、黒崎さんも休む必要があるのです!まずは電にお任せなのです」
そうして二時間後。
「~~~~~」
「ま、お疲れ、電」
黒崎は傍で舟をこいでいる彼女の頭を撫でながら微笑む。
久しぶりに心休まる時間だった。
それだけ電という少女が信用できるという事だろう。
隣で眠っている彼女の顔を見て、黒崎は布団の上から自分の上着をのせる。
信用できるからこそ。
「これ以上、巻き込めない、よな」
黒崎は最後に彼女の頭を撫でて外へ出る。
薄暗い路地裏へ黒崎が出てくると待っていたとばかりに戦極凌馬が現れる。
「やぁ、待っていたよ」
「少し前の俺ならアンタを八つ裂きにしていた」
「おぉ、怖いなぁ。どうだい?神の領域へ踏み込んだ気分は?」
「最悪だ。人でなくなるという事がここまで怖いとはなぁ…んで、何の用だよ?」
「私に協力しないかい?黒崎廉太郎君」
「協力だぁ?」
「私は禁断の果実を手に入れる。それに協力してくれればキミの望むことをしてあげよう。例えば、艦娘の呪縛から解き放つこととかね」
「何故、俺に言う?アンタならいくらでも手駒を見つけられるだろう」
「確かに、そうだろう。だが、強大な力、それも制御できる。役に立つ人間となら数は限られている。黒崎廉太郎君。キミはそれに見事あてはまっているのだよ」
「…拒否すれば?」
「残念だが、そうなるとキミは」
「夕立たちが連れ戻すっぽい!」
横からの攻撃を黒崎は足をずらすことで躱す。
「ぽい!」
「っ!」
横から繰り出されるスタンガンを足で蹴り飛ばす。
隣から現れた黒い三つ編み姿の少女も目を見開いている。
「これはどういうつもりだ。戦極凌馬!」
「本当に残念なことだが、彼女達と取引をしたんだ。彼が私に協力すれば、手を出さない。しかし、彼が拒否をすれば…連れて帰るそうだよ?」
「貴様ァ」
「おぉ、怖い怖い。私は失礼させてもらうよ。キミがどこまで対応できるか見ものだ」
離れていく戦極凌馬と入れ替わるように艦娘達が現れる。
「夕立と…」
「はじめましてかな?僕は時雨。白露型の艦娘だよ」
「俺を連れ戻しに来たのか」
「当然だよ。黒崎さんを危険な場所に残したままなんてできないよ」
「それに、こうすれば黒崎さんと戦えるからうれしいっぽい!」
叫びと共に夕立が突撃してくる。
黒崎はそれを片手で掴む。
「わぁお!やっぱり強くなっているね!夕立も本気出そうかなぁ」
「勝手にしろ。俺はお前達の所に戻るつもりは…ない!」
叫びと共に繰り出した蹴りは近くの電柱を破壊する。
夕立はにたぁと笑みを深めながら攻撃を仕掛ける。交互に時雨も攻め込むが決定打に至らない。
元々“人間”としてのスペックが高かった黒崎はギリギリ艦娘の動きを捉えることができていた。
そして、オーバーロードへ至ったことで彼の動体視力は信じられないくらいの成長を遂げており、彼女達の攻撃を悠々と躱せることが出来る。
最初は優位だと思っていた時雨だが次第に焦りがみえてきた。
時雨が繰り出す攻撃は右に、左へ受け流される。
夕立は楽しさが増しているようで攻撃がより野生染みていた。
このままでは黒崎を連れ戻せないかもしれない。
そんな不安の隙を彼はついた。
「寝ていろ」
時雨の腹部へ一撃。
衝撃と共に彼女は地面へ崩れる。
意識を奪われることは阻止した。
夕立は目を見開きながらも攻撃の手を緩めない。
「すごぉい!艦娘相手にここまでやれるなんて黒崎さん素敵!」
「そう、かい…」
「これは素敵なパーティーになりそう!」
「生憎、パーティーは」
夕立の腕を掴み、引き寄せる。
彼女の意識を刈り取ろうと手を動かす。
「終わりだ」
「そこまでです」
動こうとした黒崎は手を止める。
チャンスだったが夕立もしない。
ゆっくりと音がして一人の艦娘が現れた。
「ようやく、みつけましたよ。廉太郎」
「…赤城」
現れたのは空母赤城。
ニコニコと笑顔を浮かべているがその目は一切の隙が無い。
「夕立さん、ここまでです」
「ぽい~、もう少し楽しめると思ったのにぃ」
あっさりと夕立は離れる。
赤城を前にして黒崎は緊張していた。
如何に人外となろうと過去の傷は消えない。
「……」
「さ、廉太郎。鎮守府へ戻りましょう」
「断る!」
「つれない態度ですね。そんなに私達の中から伴侶を選ぶのが恥ずかしいですか?」
「勘違いもそこまでいくと呆れてしまうなぁ。俺はそんなつもりは毛頭ない。俺は、お前達から逃げる為にあそこから出ていった」
「……うーん」
「何度いわれようと俺は変わらない。俺は、外に出る」
「そうですか」
赤城は溜息を零す。
続いて。
「外に出したのは間違いでしたね。私達だけをみられるようにしないと」
「やはり、か」
わかっていたが黒崎は溜息を零す。
彼女達に自分の声は届かない。
どれだけ声をからしても理解できない。
電と話をしたからだろう。
黒崎は彼女達とやり直したいと思った。
結果は残念なものだったが。
「悪いが、お前達に捕まるつもりはない。ここから逃げ出す」
逃げ出すために地面を蹴った瞬間、上空から別の艦娘が降り立つ。
ギリギリのところで躱すことに成功するが相手が繰り出した一撃が黒崎の腕に直撃した。
「グッ!」
痛みに顔を歪めながら壁に体をぶつけた。
「動きにムラがありますね」
「妙高…」
「久しぶりですね。廉太郎。口が悪くなっていて私は悲しいです」
「逃が、さない」
「雲龍まで来ているのか…ということは」
「アンタを逃がすつもりはないという事よ!バカじゃないの!?」
「廉太郎、逃がしませんよ」
黒崎を包囲するように現れてくる妙高、雲龍、霞、白雪、そして。
「久しいな。武蔵はお前に会う日を待ち望んでいた」
暗闇の中から現れたのは黒崎にとって最大の傷ともいえる戦艦武蔵。
彼女の姿を見た途端、体の震えが大きくなる。
それを偽りつつ、黒崎は武蔵と対峙した。
「…その様子だと赤城は失敗したようだな」
「ごめんなさい」
「フッ、口で戻るなら既にことは終わっているさ。コイツは頑固だからな。さ、お遊びは終わりだ。廉太郎。こっちへ戻っておいで」
「……断る」
拒絶するまでかなりの時間を有した気がした。
一瞬の事だった。
武蔵は小さく息を吐いた。
「どうやら、少しお仕置きをしないといけないようだな。だが、それをやってもお前は従わないのだろう?」
嫌な予感がする。
武蔵がこういう時、何かを企んでいた。
逃げるべきだと思い、走り出そうとした時。
「あの駆逐艦電にお前の分の罰を与えようとするか」
信じられない爆弾を投下した。
「なん…だって?」
「聞こえなかったか?電に罰を与えるという事だ」
「……なんのことだ?」
「とぼけても無駄だ。貴様が駆逐艦電と行動を共にしていることは把握済みだ。今、私の仲間が確保済み。お前がこれ以上、抵抗を続けるというのならすべての罰があの娘へいくこととなる」
さぁ、どうする?と武蔵の目が問う。
残された黒崎に許された選択肢は一つのみ。
認めることに激しい抵抗を持ちながらも彼は口を開く。
「俺が…戻れば、アイツに危害は及ばないのか?」
「武蔵の名に誓って約束しよう」
「……」
「戻ってくるな?」
電が悪いわけじゃない。
こうなることを予測していなかった自分が問題だ。
黒崎は小さく頷いた。
待っていたとばかりに横から霞と白雪が抱き付く。
「そういうと思っていたわよ!」
「さ、戻りましょう」
「念のためだ」
近づいてきた武蔵が黒崎の両手に手錠を。首にチョーカーをとりつける。
「さ、良い返事をもらえることを期待しているぞ」
黒崎の頬へキスを落として意識が奪われる。
逃走劇はこうして幕を閉じた。
こうしてみると武蔵とかが悪くみえるだろうけれど、彼女達にも理由があるんだろうなぁ。