目を覚ました時、黒崎は嫌でも自分がどういう存在になったかを思い知らされた。
「…感覚が鋭い」
普通と比べると少し鋭い程度だった。
しかし、目を覚ました時から周囲の音や視ようとすると今までよりも遠くまでみえるようになる。
明らかな変化だ。
「…くそ、嵌められた」
おそらく戦極凌馬はこうなることを知っていてドライバーとあのロックシードを与えたのだろう。
脱出できたことは喜ぶべきだが、もう少しあの男を疑うべきだった。
「いや…甘いのは俺か」
相手を疑うよりもあの場所から逃げることを望んだ。メリットよりもデメリットがあったとしても逃げることを選んだ自分の運命か。
黒崎は小さく笑う。
その手は人の形をしていたが一瞬、異形のものに変わる。
「ハハッ、とうとう逃げる為に人すら捨てちまったよ」
自虐的に笑う黒崎のもとへ電がやってくる。
「黒崎さん!目を覚ましたのです!?」
「…電か、あぁ」
「すぐにここから離れるのです」
「お前だけでいけ…」
「え?」
黒崎はそういうと立ち上がる。
「ど、どこへいくのです!?」
「俺は俺でやることがある…お前はとっとと鎮守府へ戻れよ」
「え、あの」
自虐的な笑みを浮かべて黒崎は歩き出す。
これからやること。
それは。
「黒崎さんはどこにいくのです?」
「逃げる。遠くに」
「え?」
ますます困惑する電へ黒崎は言う。
「俺は鎮守府へ戻らない。俺はあんなところに戻るつもりはないのさ」
「…それは、あの、事が原因ですか?」
「理由がそれ以外にあるか?あんなくそっったれな理由、納得できるか。俺は俺だ。お前達艦娘のおもちゃじゃない!……わかったら失せろ。お前の顔ももうみたくない」
そういって歩き出した黒崎だが、耳はついてくる靴音を捉えていた。
黒崎は振り返らず薄暗い道を進む。
やはりというべきか、外にいるべき人間の姿はなかった。
「戦極凌馬はマスターインテリジェントシステムを使ったのか」
マスターインテリジェントシステム。
スカラー電磁波兵器に次ぐユグドラシルが有するシステムの一つ。
全ての通信インフラを市民から隔離してユグドラシルに集約するというもの。
騒ぎを防ぐための手段だ。
最も、スカラー電磁波があればマスターインテリジェントシステムなど不要なもの。
「確か、スカラーを壊したのは葛葉紘汰だったな」
黒崎は考える。
彼ならばこんな自分でも受け入れるのだろうか?
「…呉島主任、アンタは…俺を殺してくれるか?」
重荷を背負わせることになることはわかっていた。
黒崎は生きていることが辛い。
この人生を終わらせたかった。
「いつまで、ついてくるつもりだぁ」
少し苛立ちながら振り返る。
電はびくりと体を震わせた。
「言ったはずだ。俺は戻るつもりはない。失せろ」
「い、嫌なのです。今の黒崎さんを放っておくことはできないのです!」
「おもちゃを気にかけるのか?変な趣味だな」
「違うのです!」
「何が違う!」
その叫びに電は黙り込む。
「俺の事をおもちゃにしかみていない癖に!」
「電は、そんなこと思っていないのです!」
「黙れ!お前らのいう事を信じられるか!!」
「黒崎さんを支えたいのです!」
「支える?この俺をハハハハッ、笑えるな。こんな化け物を支えるというのか!?」
叫びと共に黒崎の姿はオーバーロードとなる。
「答えてみろ!俺を、この俺をォォォォオ」
泣き声に近い訴えに対して電はゆっくりと歩み寄る。
そして、黒崎の体を抱きしめた。
「なん、で」
「黒崎さんは一度、電の心を救ってくれたのです。そんな黒崎さんを支えたいのです。おもちゃとかそんな最低なことは思わないのです」
「俺なんか」
いつの間にか黒崎は人間の姿へ戻っていた。
電に頭を撫でられているのに黒崎は抗うことをしない。
それどころか涙を流し始める。
「電は黒崎さんがどんな気持ちなのかわからないのです。でも、こうして支えることはできるのです…」
「何で、俺なんかの為に」
「電の心を黒崎さんが救ってくれたからです」
艦娘の作戦において、駆逐艦を盾にして後方から戦艦や重巡、空母が攻めるといった作戦が近年、使われることが多かった。
駆逐艦がボロボロになることで戦艦たちが頑張らねばという奮闘で敵を殲滅していく。
そうしていくことで戦果を挙げる。
電も例外ではなかった。
多くの駆逐艦達が沈んでいく中、ボロボロになりながらも電は進む。
いつか、自分がいなくなるのでは?
次は自分では?
今日、あの子が沈んだ。次は。
そんな恐怖の毎日で電の心はずたずたになっていく。
姉妹艦が沈んだ時、涙すらでなかった。
そんな電の心を救ったのは黒崎廉太郎だった。
偶然の事だった。
ある船が深海棲艦に襲われているという情報が入り、救援に向かう。
その際に船の上で槍を振り回している人がいた。
あろうことか深海棲艦と戦っていたのだ。
深海棲艦の攻撃を受けて彼は海に落ちた。
口を開けて深海棲艦が彼を食べようとした時、電の主砲が救ったのだ。
陸地に着いた時、彼は言った。
「助けてくれてありがとう」
そういって優しく電の頭を撫でた。
たった、それだけ。
それだけのことなのに、電の心は救われたのだ。
ぽろぽろと彼の前で涙を流したが電は救われる。
後にその進行方法は禁止という事で沈むことはなくなった。
けれど、電はいつも思い出す。
彼の姿。
彼の言葉。
あの言葉がなかったら電の心は完全に死んでいただろう。
再び、彼、黒崎廉太郎と再会した時に誓ったのだ。
彼の力になりたい、彼の支えになりたいと。
その前に、武蔵達から黒崎廉太郎のことについて教わっていた。
彼女達は彼を手に入れることを絶対としていた。
電としては彼に会えるならそれでもいいかと強く反対しなかった。そもそも反対するような者はいない。
でも、違うのだ。
彼らのやることを見ていて電の疑問は大きくなり。
今の、怪物となった黒崎廉太郎の姿を見て電は強く思う。
武蔵達のやることは間違っている。
自分は彼の支えになりたい。
電は泣いている黒崎の頭を撫でながら言う。
自分の決意を。
「電は黒崎さんの事を…支えたいのです。助けたいのです!」
同じように涙を流しながら電は黒崎を抱きしめていた。
その光景をラピスという存在がみていた。
次回から、本格的、艦娘乱入。